第三十三話 妖精騎士アイギスさんと百合百合んな日常(2)
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私、アステリアは朝っぱらから繰り広げられるアイギス神のご家庭の事情から逃げるように洗面台のある浴室前の部屋に入りました。
寝起きでいきなり女の子同士でイチャイチャ、イチャイチャ……やってられませんよ。
しかもこれ四六時中なんですよね。
自宅で家族の女の子が出会う度にイチャ付き始めます。バカっプルを毎度見せ付けられる、なら良い方なんですが、恋人同士で真剣なのが何とも言えないんですよね。
独り身だから羨ましいとかじゃ有りませんよ?
それなりに人生経験は積んでますから、恋愛にも人それぞれの形が有るとは知ってますって。
ですがね……それを複数人で、しかも双方向横繋がりと縦横無尽に、悪魔も含めて、腹違いの姉妹で、しかも母娘さえも、全部引っくるめてその範疇とか。
ハーレムにしても常人だと気が狂いそうな関係性なのにやってるでしょう……実際、気が狂いそうなんですけどわたし。
しかも並の人間が恋愛だとかイチャイチャしてる訳じゃないんですから。当の本人達がハイエルフ以上の存在ですからね。
精神世界面が、精神世界面がヤバいんですって。
汎ゆる生命の精神、魂は、物理的現象下の世界に対応した近接次元の精神世界――星幽界にも存在しているんです。
その精神世界でも、発情した人間の微細な思念って微かに発生して感じられるものなんですよ。
常人では感じられませんが……哀しいかな、聖女だとか言われてる私には感じ取れるんですね。しかも元が強力な存在なので発する思念も強いんですって。
はっきり言って、眼の前でやられると砂糖を盛りに盛りまくった菓子を腹一杯に詰め込まれる感覚に陥るんですよ。朝から胸焼けしますって。しかもそれを私の心に直接ブチ込んで来るんですから。……もう勘弁して下さいよぉ。
「ダメですね。泣き言いったらあのアイギス神ならもっとやる。気をしっかり持たなきゃ……」
洗面台の鏡を見て私は自身に言い聞かせます。
確実にあの魔大公アスタロッテの罠だと解りますからね。
この気が狂いそうな百合ハーレム環境に叩き込んで、私をそっちに目覚めさせようという悪巧みです。絶対に負けませんよ、私は!
女の子同士でも良いかな、と思った瞬間に付け込まれますからね。
相手を洗脳するなり意のままに操る常套手段です。心の隙を突いて来るんですよ。
しかもあのアスタロッテ、天使王の血筋なのか、尚更たち悪いですよ。余計な世話を焼いて来る所が特に。
心を強く持てアステリア。
独り身で有ることに負けるな、独身バンザイと強く念じます。信念を以て立ち向かうと自分を奮い立たせますよ。
と洗面台の鏡の前で悲しい決意を新たにしてると風呂場からシャルさんが裸体を晒して出て来ました。
おっと……いきなり信念が揺るぎそうなこの世のものとは思えぬ美少女っぷりです。
十歳くらいの容姿のエルフ……ドゥルイデス族の方なんですが、その儚げな表情と特に若草を思い起すような緑色の髪がマッチして、まさに森の妖精のような美貌の方なんですよね。
エルフは眉目秀麗、美男美女で知られてますが私はシャルさん以上の美少女という存在を三百年以上生きて来て知りません。
他のドゥルイデス族の方、それも女性の方とも会ったこと有りますが……抜きん出てますねぇ……更に少女というのが中々……
「マズいですね。いきなり落とされそうです……」
「あ、あの。すみません。まさかいらっしゃるとは思わなくて」
「いえ、気付かずに入った私の方が悪いですから……良いもの見せ――いえ! なんでもないですよ。そうだ。わたしも朝風呂しますか!」
取り繕うために咄嗟に思い付きましたがそれも良いかも知れません。
なにせお風呂上がりで、しかも羞恥に頬を朱に染めて水も滴る美少女を見せられたら、幾ら至尊の聖女と呼ばれる私でも邪念が芽生えそうですからね。
「いえ……お湯ではなく水なのですが」
「なら、頭を冷やすにはちょうど良いですね。顔を洗おうとしてましたし、なら全身でっ、と」
と私、さっさと衣服を脱ぎ始めます。
見せ付ける訳ではないですがこちらも見せてもらいましたし、別に女性同士で見られた所でなにかが起こる訳でもなし。
そもそも同性の裸体に欲情する感覚が分かりませんよ……異性の裸体を見て悶えるのも今は昔の話なくらいですから……彼これ三百年は生きてるので肉体的な欲求は薄いですからねぇわたし。
かと言って聖ロクスの血筋なのか肉体的な衰えは一切なく二十歳くらいの容姿と美貌を保ってます。世の女性に羨まれるプロポーションってやつです。
今まで使い所が一切ない悲しい人生送ってますが。
そしてさっさと服を脱いで置いてあった籠に放り込みました。着替えは精神空間に空間収納して有るんで問題有りませんし、精神系魔法は便利ですよね。
「――ん?」
で、脱いだは良いんですがシャルさんが身悶えしてるんです。いえ、最初から下半身に手を当て恥ずかしそうにはしてるんですが……
……迂闊でした。この超絶美少女エルフのシャルさんもあのアイギス神に惚れてましたね。
様子を見てればもう恋してるのがまる解りですから。まだ恋人という段階ではなさそうですが。
「おっと、すみません。お目苦しいものをお見せして……眼に毒でしたか」
「い、いえ……そういうことじゃないんですが。あの」
目線を下にして、恥ずかしそうにする裸体で緑髪の少女の森の妖精……いけません。アイギス神がしょっちゅう恋心を弄ぶように悪戯してましたが、私もなにかに芽生えそうです。
「邪念よ、去れ!」
「へ!? あの」
「いえ、すみません。さっさとお風呂に行きますね――」
と、そのままシャルさんの横をすり抜け風呂場に向かおうとして、身体を洗うタオルがないのを思い出しました。浴室前の籠にまとめて置いて有るので私は全裸でしゃがみ込みます。
「えっーと、この籠に。……身体拭くタオルじゃないですか、すいません。そっちの籠と間違えましたね――」
と、うっかり間違えた事に気付いて顔を横に向けました。そしてシャルさんの下半身が眼の前に、
「――?」
「――あ!」
そこには有るはずが無いものが……。
美少女には存在しない筈のものが。
何とは言いません、ナニとは。むしろ可愛いですね。無毛でした。
そして私の三百年生きて鍛えあげた鋼の精神に時間差で亀裂が奔るのを感じましたね。
マズい耐え切れないのか!
不意打ちで、しかも眼の前ですからね。そりゃ三百年生きて来ても普段見慣れないセンシティブなもの見せられたら私の感情も爆発しますよ。
だが、ここで悲鳴なんぞあげたらそれこそ良い嗤い者。私の理性が刹那に判断し感情の発露を抑え込みます。全力で醜態を防げ、アステリア!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
声にならぬ声を全力で抑えます。生娘ではこうは行きません。男性経験が無いからと言っても見たことは有るんですから。
ただ……この眼と鼻の先の至近距離はさすがに無い。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「あ、あの! すみません! 私も油断してしまって!」
いけません!
その慌てふためくシャルさんの狼狽えた姿は!
私の感情が決壊しそうになるじゃないですか! 耐えろ、アステリア! こんな事がバレたら、あのアイギス神とアスタロッテにどうイジられるか解らんぞ!
「――〜〜〜〜〜んぅぅぅ! 良しっ! 防いだ」
ふぅ。なんとか声を出すのは呑み込んで防ぎました。顔とか超真っ赤ですよわたし。もう居ても立っても居られません、さっさと浴室に逃げ込もう、頭を冷やそうと立ち上がると――
ガラッと開け放たれる居間からのドア。
そこに居たのは栗色の髪のエルフ少女アイギス神。少女の外見に似つかわしくない鋭い眼付きでした。
この場で一番会いたくない人が来ましたね……
嫌な予感がしました……。
「アステリアよぉ……まさかシャルさんを襲おうとする痴女だったとはなぁ……解ってんだろうなぁ。テメェ」
「この状況見て、どうしてそう思う……?」
「おまえよぉ。大の女が男の子の前で真っ裸になってよぉ、とんでもない奇声を星幽界に流したら何かあったとしか思えねぇだろぉ?」
「…………」
なんという事でしょうか。アイギス神は妖精たちの神にして幻想の世界の王とも呼ばれる存在、精神世界を感知出来て当然でしたか。あの感情の抑え込みが漏れてしまって居た。めっちゃ恥ずかしいです。
「い、いえ、アイギスさま。それは違うんです。私が粗相をしてしまって」
「いや、シャルさん……どんなに粗相してもその女が脱いでる理由にはならねぇな。――言ってみろ、シャルさんの前でなんで脱いだか言ってみろ、この痴女」
「お風呂に入ろうとするなら脱ぎますよね……ここ、脱衣室でもある訳ですし」
「シャルさんが入ってるのに?」
「ちょうど出て来ましたし……ですよね、シャルさん」
「は、はい。そうです、私が、出てきたので入ろうとアステリアさまは思い至ったようでした」
さすが森祭司、森の聖者さまです。頬を赤らめながらも私を庇ってくれます。アイギス神の家族で一番まともな常識人ですよ。
「で、お前はシャルさんの前で脱いだ、と。どう考えても痴女じゃねぇか」
「結果としてそうなっただけですよ! まさかシャルさんが男の子だとは知らなかったんですから」
「アステリア、おまえよぉ。シャルさんみたいな超絶美少女が女の子な訳ないじゃん。だから喪女って言われんだよ。そうでなくてもわたしの家族百合百合してんだよ? ノーマルが裸見せ付けて良い訳無いだろ。吐け! どんなやましい気持ちで脱いだ! おまえが脱いだからわたしの思考が一瞬停止したわ! この痴女!」
吐き捨てるように言われましたよ!
三百年生きて来てそんな蔑むような眼付きでこんなセリフ吐かれたの初めてです。
わたし、大ショック!
聖ロクス教国では至尊の聖女とさえ言われてるのに! 実際は魔女と変わらないとは思いますがここまで言われるなんて。
もちろん頭にきますとも! 別に連れて来てとも頼んでないんですから。喪女呼ばわりに痴女呼ばわりとか許せませんって。
「……にゃ、にゃろう……そこまで言うことないじゃないですか! アイギス神だってシャルさんにいつも悪戯してるじゃないですか!」
「わたしの悪戯は妖精の神だから許される」
「神さまが言うことですか。大体、貴女、シャルさんの気持ちも考えたことが有るんですかね」
「あ、待ってください! それ以上は――」
シャルさんが慌てて私を止めようとしましたが止まりませんよ。だって、普段の様子見てれば何も聞かなくてまる解りじゃないですか。
「シャルさんがなんだって?」
「シャルさんは貴女のことが――」
と口走った瞬間に浴室の開き戸が開け放たれ、金髪碧眼やや天然パーマの幼女が姿を現しました。
滑り込みように私とアイギス神の間に割って入ります。
「そこまでにするが良い。朝から醜い争いはやめるのだ」
「「ア、アリーシャちゃん」」
なぜ風呂場から出てきたのか……とか問うのは愚問でしょう。この幼女、転移魔法とは違う魔法……能力で空間を跳躍して来ますから。
「国一つ越えたアウレリア王国に居たはずでは……」
「ふむ……朝から妙な精神波動をキャッチした。面白――胸騒ぎがしたのだ」
「アステリアの奇声、星幽界を駆け巡ってんじゃん。良くそれで我慢できたと思ったな、おい」
そこまで感情爆発させて居ましたか?! むしろ抑え込んだ私、凄い、って自画自賛できるレベルでは?
「……こっちも必死だったから自分じゃ解りませんよ。って、じゃあ、わたしの無実を照明できるじゃないですか。自分から裸見せ付ける痴女がそんな感情を爆発させますかね?」
「シャルさんを襲おうとして、とんでもない感情を発露させた可能性も有るじゃん。実はどうしようもないショタコンだったとか。ある意味、ロリコンより許せない存在よね」
「そんな変態じゃ有りませんって。精神波動――ってか思念でどんな感情だったかくらい解るでしょう……」
「ふむ……。アレはあらゆる乙女の羞恥がないまぜしたような波動だった」
「ほら、アリーシャちゃんもこう言ってますし」
「あぁん。……ふむ」
とアイギス神が眼付きだけは鋭いながら小顔を傾げますね。精神感知はできても思念の詳細までは本当に解らなかったんですかね。
そして少し間を置いてアイギス神の顔が元に位置に戻ります。余り納得はしてなかったようですが。
「まぁいい。そういう事にしておいてやる。でも、シャルさんに手出したら只じゃすまねぇぞ」
「だから、しませんって。そろそろひとっ風呂浴びたいんで、コレで良いですか? 風邪引きたくはないですから」
「馬鹿なんだから大丈夫」
「……私も良い加減怒って良いと思うんですがね……? キレますよ」
疑い掛けるのは、百歩譲って仕方ない。まぁ、配慮が足りませんでしたからね、私にも落ち度があります。ですが、"馬鹿"は明らかに悪口でしょう……
「おう、真っ裸でやる気か。そのまま外出ろ相手してやる」
「するか! このスケコマシ。この場で暴れてやりますよ、掛かって来なさい! 私の尊厳が高く付くことを思い知らせてあげますからね!」
余り舐められてもムカつきます。それほど行儀の良い女って訳じゃないんですから。
ですが、そのまま殺し合いに発展しそうな時に、間に居た幼女が衣服を一瞬で脱ぎ捨て真っ裸になりました。
「風呂場の前で戦うというならこのアリーシャちゃんが相手になろう……二人とも掛かって来るが良い!」
「「なぜ脱いだ」」
くそう、余りの幼女の謎行動にアイギス神とハモりました。赤ん坊をそのまま大きくしたような寸胴体型三歳児くらいの幼女が両手を広げて構えます。
「……お風呂とは神聖な場なのだ。風呂場での争いはゆるされざる行い。服を着たままなんて以ての外。アイギスちゃんも脱ぐのだ」
「……っち。たしかに風呂場の神聖さを汚す訳にはいかないな……生命拾いしたなアステリア」
「なんで風呂場にそんな掟が有るんですかね……。って、私が収まりませんよ! 喧嘩売られて引き下がれるもんですか」
「仕方ない。アイギスちゃんも脱ぐが良い。風呂場の作法に従い仲直りに一緒にお風呂に入るのだ。それでまるく収める」
眼光鋭くアイギス神がわたしを睨めつけましたが、間を置いてアイギス神が服を脱ぎ始めました。……初めて見ましたが肌白くて綺麗ですね。
「仕方ないな……アリーシャちゃんの顔立てと風呂場の作法を貶したことへのケジメだからな。後、馬鹿は言い過ぎたわ。馬鹿だとは思ってるけどよ」
「一言余計なんですがね……。まぁ謝罪と思いましょう」
馬鹿、と思われる点に付いては文句言えませんからね。それに、アイギス神が人に謝ることができるのは以外で私も拍子抜けしましたよ。
そして3人でなぜかお風呂に入ることに……水風呂でしたがアリーシャちゃんが先に入るとなぜか丁度良い温度のお湯になっていました。
てか、この幼女、気だとか肉体から放出して湯を熱めに沸かせてました。なんですその能力。
アイギス神にはずっと睨みつけられて無言でしたが。……って、私の裸体を隅から隅まで見てましたね。大きなバスタブで向かい合い、真ん中に幼女が居る形で二人して入りましたが……
「ふ〜む。良い湯加減にしたけど……このアリーシャちゃんに気にせず百合っても良い」
「しませんよ」
「できないでしょうね」
どう考えても恋愛関係には発展しないでしょう……。そもそも価値観も違えば、気性も合いませんしね。
ある意味安心ですよ。この百合ハーレムには加われませんから。……いえ、伏線とかではなく本気で。
なにより女の子同士がイチャイチャしてても自分でやりたいとは思いませんからねぇ……
私に百合は遠すぎますよ。
こう、大人の恋愛したいですし。百合って少女同士じゃないですか、年齢が違うんですから、ね。
「あぁどこかに良い男の人。居ませんかねぇ……はぁ」
この後もどうせ仲の良い女の子同士を見せ付けられるんです。溜息も出ますよ。
もう、生き地獄ですぅ。独り身の辛さを傷口に塩塗り込む形で、見せ付けられるぅ。
でも、ふと思いました。大人の恋愛なら女の子なら有り? と。……幸い、このアイギス神の家族に大人は居ませんから。熟考の余地有りですね。
なにより急がねばなりませんので。
おそらく魔神王がやって来る、そんな予感がするんです。……そしてアイギス神が私を、いえ私の身体を見て来るんです。
やっぱり、好きな人は好きなんですよ。
こんな状況では、なんとしても口実を作らねばなりませんから。何かの間違いが起こる前に。
でないと魔大公アスタロッテにぐっちゃぐちゃにされます。あの女、狙った獲物は絶対に逃さない。
そんな危機感が芽生えはじめて居ました……
「良い肉体してんじゃん……」
こんな事言われた日には特に。
お願いですから、本当に私を狙わないでくださいよ!
偶数日掲載にする為、明日も投稿。
(´・ω・`)〈 奇数はしっくり来ないという謎のこだわりよな。




