第三十二話 妖精騎士アイギスさんとアウレリア王国での決着を付ける者たち(4)
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獣精王ケルヌンノス。その身体を構成していた魔力――生命力を蝕んでいた呪いのすべてが黒い靄となってわたしを標的に引き寄せられてくる。
クレーターに設置された魔法陣がわたしを標的にするよう誘導してるの。その吸引力はどこぞの掃除機かってくらいにね。
そして――バチバチっとわたしの精神世界に触れた瞬間に次々に霧散消失していく。
森に仕掛けられた呪いと同じでなんともない。
それこそ埃が焼き払われるみたいに消し飛ばされていく。わたしが無効化してるんだけど、やってる本人はナニコレ? って感じなの。
ちょっと拍子抜けなほど呆気ないんだもの。
こう、最後に精神力を試されると思うじゃん。
神とか呼ばれるヤツの生命力を使った死ぬ間際の呪いだよ? そういう呪いって呪いの中では最悪だって定番なのよ、この世界でも。
「てか、何あれ? 人が気合い入れて心を強く持ったのに勝手に掻き消えたんだけど? でも……まったく何ともない……よね? ん??」
「いや、だから言っただろう。超重力の特異点にゴミの欠片入れた所でどうって事は無いとな」
いつの間にかジェラルダインが戻って来て、わたしが戸惑う所に声を掛けて来た。
「あれほど呆気なくとは思わないじゃんよ……。気合い入れて損したな」
「さて、決着は付いたようだが……」
と、わたしが困惑気味なのに構わずこの暗黒騎士は何でもないように話進めるの。人の事をまったく気にしてねぇ、素振りも見せないってどういう了見よ。
「で、まだシャル殿との約束事は果たせそうか? 日を改めても良さそうだが」
「おっと、まだ終わって無かった。……すぐにやろうか。狂ったヤツらをこのままにしとくのも可哀想だしね」
森の魔物だとかでも生命には違いないもの。
見捨てておけないよね。もう森を封印してた結界も無くなってるんだし。
……まだ狂ってる魔物が暴走して森の中から出てくるだとか最悪でしょ。
「……危険が有るなら一旦、森の外に退避するが、どうする?」
「いや、味方と認識してるなら影響ない筈だよ。艦隊は森の外に待機くらいで良いんじゃない?」
「それはもうとっくにしてある。魔神王の直属艦隊とだけ連絡だな」
通信機器を懐から取り出し連絡するジェラルダイン。相変わらず抜かりがないよね。
「……ああ、艦隊は待機が望ましいとの事だ。では以上。――これで私の仕事は終了。後はそっちだな」
「度肝抜かしてやるよ。……ってシャルさんが必要なんだけど?」
「…………そうか。触媒という訳だな」
それからマスティマがシャルさんとアイリを連れて時を置かずに戻って来るの。
勝った後の遣り取りもそこそこに、わたしはシャルさんに事情を話したよ。
「……私の記憶が必要なのですか?」
「そ、イメージを元に復元するから。魂の記憶、因果とかかな、そういうのをきっかけにして元に戻そうと思って」
「正確に覚えているでしょうか……私がまだ小さい頃でしたから、森の姿が正常だったのは」
俯くシャルさん。自信がないんだね。
「大丈夫だよ……魂は忘れないって言うし。ほら」
わたしはシャルさんの手を取る。
白い肌……こんな小さな手で今まで先祖の意思を継いで頑張って来たと思うとわたしにも思うものが有る。
「魔法って究極の所は想像力でしょ。足りない所があっても間違ってても補えるからさ。多少の失敗はあっても良いじゃない」
「……私も……すべてを覚えてる訳じゃ有りませんから……もうお母さまの事もお父さまの事も朧げな所がありますが……できるだけ思いだしてみますね」
そしてわたしはシャルさんから〈念話〉の魔法でできるだけ率直なイメージを伝えて貰う。
そんなあやふやな物で、狂った獣や森を元に戻せるのか疑われるかも知れないけど、今から使う魔法はそういう奇跡なのよ。
シャルさんからは覚えてる事のすべてを伝えてもらったよ。聖人級の森祭司だからか心の記憶だとかでも鮮明にわたしに伝わったの。
お父さんとお母さんの大切な想い出もね。
優しいお母さんとお父さん……情景だけ見てるけどそれこそ親の愛を感じずには居られないような暖かな日々がそこにあったの。
その暖かな記憶に浸って居たいけど、そこは我慢してそのまま使う魔法の依代にさせてもらったよ。ちょっと心が取り込まれそうなくらいだったから、そこは我慢して。
「……来たれ空想の世界。虚無より出る、幻想の世界。かくあれかし、神祖にして真祖、幻想の王アイギス・フェアリーテイルが命じる。門よ開け、虚構より現れ想像を顕現させよ――〈幻想具現(イマジネーション・リアライズ〉。……世界を塗り替えろ」
魔法の発動により周囲の光景が一旦白一色に塗り替えられる。世界を侵食する魔法なの、一時的な物じゃなくて元には戻せない。
魔法の発動が確定すれば完全に塗り替えられ元の世界は拒絶され、空想の世界が現実になる。これがレベル13、終焉級魔法よ。
……やろうと思えばこの世界、惑星単位すら塗り替えれるんじゃないかな。
塗り替える範囲に依って時間が掛かるけどね。
「これが……アイギスさまのお力なのですか」
「今は元にあった世界とどちらが正しいか凌ぎ合いの最中……なんだけどね」
白一色に塗り替えられた世界を見てシャルさんが呆然と周囲を見渡すの。何処まで見ても境界が曖昧な白世界よ。
「実はわたしも見るのは初めてなんだけど……大丈夫か、ジェラルダイン?」
「……試しでも使った事はないのか……それで良く安全と言えたな」
「味方と認識すれば巻き込まない系の魔法じゃん。耐性があれば無効化されるし」
アイリは無効化できる。わたしの娘なんだよ、確実に耐性あるでしょ。でも、ジェラルダインはそのアイリを見つめながら、呆れた風に小首を振った。
「私の推測だが……この魔法に耐性を持てるのは神域の存在でも数少ないのではないかと思うがな。世界の修正力さえ力負けする代物だぞ?」
「まぁ、世界改変系は大体修正力に負けるからね」
「神が一個の世界だとするならその神すら捻じ伏せる魔法だな、これは」
「ふむ……」
わたしはジェラルダインの様子を観察しながら疑問に思うの。
こんな状況なのに一切動じてねぇ……胆力が有るというより、コレぐらいどうって事は無いって態度だもの。そりゃ訝しむよ。
マスティマも「へぇ」って感心したように見てるから同じ穴のムジナだけど。
「ジェラルダインも相当なもんに関わってそうだよね」
「おまえに関わってる時点で察してもらいたいがな。……そろそろ世界の方が根負けしたようだな」
「後は結果を御覧じろ……上手く行くと思うよ、わたしなりに良い感じにね」
そして次の瞬間には静寂に包まれた世界が一変していた。
†
陽の光が温かく差し込み、森の樹木と草花を照らす世界。鳥たちが春先の穏やかな季節に声を出して鳴き声をあげてるの。
今居る場所は、石で組み上げた祭壇がある場所だった。
その広間のような場所から見える森の様子は、少し前まで何もかもが捻れて狂った森の様相だったものが、何かの間違いだったように何一つ違和感がない"いつもの日々"の延長線の世界に豹変していた。
「どう? シャルさん。大体こんな感じだったんじゃない?」
でもわたしの問いにシャルさんは辺りを見回してから、
「……いえ。余りに、余りに昔の事なので、細部までは覚えてないんです。雰囲気は同じように思えます……ですが」
「残念だけど……死んだ人は戻らないの。創造できる魔法であって旅立った死者を取り戻せる魔法じゃないから」
「……そうですか。すみません……私の未熟です」
家族を求める恋しさ……シャルさんから伝わって来たこの森のイメージにはその想いが詰まってたの。だからすぐになにを探してたのか解ってしまった。
樹木妖精の爺さんがシャルさんをわたしに預けた最大の理由だよね。あの爺さん、シャルさんが家族を求めてたのを解ってたから心残りにわたしに託したからな。
「でも、ほら。人は居ないけど村とかは想い出通りになってると思うから。……後は動物だとかだけど……」
修正して森の魔物だとかも元に戻したんだけどね。
魂への干渉? このアイギスさんに掛かればお手の物、大体元に戻した筈。細かいことはニュアンスで。細けぇことは魔法だよりよ。
祭壇の小高い場所からは森の魔物だとか動物の妖精の姿が見える、呪いの侵食に対して"幻想"を侵食させて無理矢理に戻したんよ。一見すると獣達に変わった様子はないように思えたよ。
「アイリ、それにマスティマ。何か違和感ある?」
「ううん。他の森と余り違いがないと思うけど」
「雰囲気はさほど変わりありませんねぇ……なんか紛れ込んでるのを除いては」
「ん……?」
マスティマの視線の先――森の木々の影からこっちを見守る太った子熊みたいなのが居た。
そいつが良く解ってない感じで直立二足歩行でこっちに向かって歩いて来る。
「がぅ〜?」
「なにアイツ? 獣の妖精? 見た事ない種族だけど。この森の固有種族的な?」
「ケルヌンノスだ……」
「がうー!」
アイリが口走ると祭壇に居るわたし達の所に走って来るのよ。さっきの殺意が迸ってた時と違い、何か喜んでアイリに向かって行くのよ。
そして小さい。背丈がそれこそ十歳くらいのアイリの腰周りくらいしかないのよ。敵意もまったくない感じでアイリに向かって行って抱き着いてたの。
「がうがうがうー」
「がうがうがうぅ」
「アイリが、アイリが、がうがう語を喋ってる!?」
「意思疎通できる事に驚きですねぇ……そして可愛いですねアイリちゃん」
「てか召喚した覚えないんだけど?」
「いえ……実は、姿を現すことはお有りだったんです獣精王さま」
シャルさんが驚くわたし達に告げる真実。
獣精王は封印とかされてた訳じゃなくて、普通にこの地に居ただけ。それも物理的な実体を伴ってよ。
普段はこの森の近接次元の星幽界側に居たんだってさ。分身体が倒されたからこっちの世界にまたやって来たんじゃないかってね。
そんなホイホイ来れるものなのかと思ったけど……
「先ほどの魔法……幻想世界の門を開くものでした。獣精王さまも誘われてやって来たのかも知れません。私に、獣精王さまの記憶も有りましたから……」
「ならシャルさんも会ったことあるの、アレに――ってこっち来たわ」
「がうがうがうー」
さっきの戦いとか覚えてないのか、ご機嫌って感じでこっち来て、シャルさんに挨拶みたいに肉球付きの手を挙げるの、見知った感じで挨拶してんぞ。
「お久しぶりです、獣精王さま。……」
「がうがう! ――がう?」
そして今頃、わたしに気付く、角付いた子熊って感じのケルヌンノス。
「が、がううぅー」
わたしに気付くなり、いきなり驚き、慌てふためいて両手振って逃げ出しやがった!
「待てや、コラ! どういう了見だ、逃げ出すとかよ!」
森の方に逃げ出すから思わず咄嗟に叫ぶ、"私"。
「テメェ、ブッ殺すぞ! この役立たず! しかもアイリの前で逃げ出しやがって」
ん? なんでそんなこと口走ったのかわたしにも解らないの。つい怒声を浴びせちゃったんだけど……
でも逃げるケルヌンノスがわたしの怒声に反応したのか眷属を召喚して来た。
周囲の空間が歪み、毛むくじゃらのハイトロールの戦士たちが姿を現す。戦ってた時の連中は狂っててそれこそ狂犬みたいな奴らだったけど、その顔付きは精悍な戦士そのもの――
が、召喚されると次々に片膝を付き中には土下座する奴らまで居た。
「「また、ケルヌンノスさまが何か粗相をした由。お怒りをお納め下さいアイギス神さま!!」」
戦う意思とか全力放棄して眷属が許しを請う姿にわたしは……思い当たる、ような節がある。いや、何となくだけど。
前のわたしとの関係性みたいなのが一目で解るよね。
本人は森の樹木から怯えたようにわたし見てんのよ。
「……どうやらおまえら、前の私のことを覚えているようね……。――ケルヌンノス、怒らないであげるから戻って来いや」
「がうがう……?」
「知能は有るんだな……ほらアイリの元に行きなさい」
「がうがうぅ!」
そして能天気にアイリの元に行くの。さっきまでの怯えようがなかったように陽気にね。良い性格してんな、おい。
どうやら狂わされて戦ってた事は覚えてないな、と思う。反応がわたしと戦ってた事覚えてるにしては軽いもの。
まず、わたしなら許さねえからよ。
それなりに罰を与えるな。言って解らないタイプの獣は躾るでしょ、前のわたしなら。何となくだけど前の私って暴君っぽいしさ。
そしてジェラルダインがわたしに視線を送ってたのに気付いた。
「あのハイトロールどもには話を聞きたいな」
「でしょうね。前の私を知ってそうよね。ただ、それは後で……森の様子を先に見ないとね」
この後で、ハイトロールどもの一団も連れて森の中を見て回ったよ。シャルさんの住んでた村だとかも住人以外は復元されてたし、森の動物たちも狂わされた生命が元に戻ってたよ。
戻らない物もあるにしろ、ハイデリアンの森はかつての姿を取り戻したの。それは以前とは少し違う姿だったかも知れない……けど。
前よりはマシでしょ? ポジティブに考えないとやってられないって。やっぱり細部は何かが違うんだろうけど細けえ事は良いんだよ。
そして森が一応は元に戻ったことを確認してハイデリアンの森を後にした。取り敢えずは召喚されたハイ・トロール達を守り人に残してね。
だが、獣精王、おめぇは駄目だ。
精神耐性に穴があるとか弱点が致命的だ。
後、多分やらかし要因になりそうなのでお持ち帰り、手元に置いて躾てやろう。
……こうしてアウレリア王国での一連の騒動は決着が付いた。
後始末が大変だったようだけど大部分はその後やって来た魔神王だとか、ロルムンドの監察部隊だとか新人類帝国の皇女、デリアーズ公爵に任せたわ。
一つ気がかりだったのは……最初に潜ってた地下遺跡ダンジョンの最奥に居た筈の悪霊たちが居なくなってた件だけどね。
まぁ何とかするでしょ。何もかもは請け負えないって。妖精連盟の仕事もあるんだし。
そしていつもの日常にアイギスさんは帰って行ったのでした。めでたしめでたし。
にしたかったけど……唯一許せねえのは教国の黒幕野郎が生き残った件だけどな。コレだけは納得いかなかった。




