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My Fair Vampire  作者: 九重ゆえる
第8話 『海の上のヴァンパイア、狙われた眠り猫』パーティー編
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第8話 パーティー編17

 新品のようにピカピカなオートマチックタイプのハンドガンの、ズシッとした重みに緊張してきたユアンは、ジェックス先生を見上げて、

「あのっ、ぼくって待ち受け組ですよね……?」

 待ち受け組──。遠隔魔法陣発動後、ユアン達魔法陣製作要員は、乗り込み組と待ち受け組に別れることになっている。

 船内に入ってエミリオの捜索をするのが乗り込み組で、魔法陣の効果が及ばない空中で待機し、デッキに出て来た者の中にエミリオがいないかをチェックするのが待ち受け組だ。

 乗り込み組には武器が支給される。出来損ないだろうと今回の作戦でヴァンパイアを殺すことは禁じられているので、殺傷用ではなく護身用としての銃やナイフを。船内ではすべてのヴァンパイアが人間のように無力になってしまうからだ。

 落ちこぼれユアンはもちろん待ち受け組。

「ユアン君が待ち受け組というのに変わりはない。しかし末期レベルのエンプティーがまだ確保されておらず危険なので、これは魔法を禁止されている君にだけの特別措置だ。さっき上から許可をもらっておいた。基本的にはデッキに出て来た奴らをまとめる時など、脅し道具として使えばいい。子供の君はなめられ易いからな。そしてもしエンプティーを撃つ時は、脳幹を狙いなさい。一時的に行動不能になる。両手でしっかり支えるのを忘れないように。手首を捻ったり銃を落とす恐れがあるからな」

「は、はい……」

 ユアンは真面目に返事をし、再び手の中のハンドガンを見下ろした。

 これは願ってもない出来事だった。

 なんとかしてこっそり船内に入り、自力でエミリオを探そうとしていたから。武器を入手できたことはかなり幸先が良い。

「ありがとうございます、ジェックス先生!」

 ハンドガンを両手でギュッと握り締めたユアンは、ジェックス先生を笑顔で見上げた。

 そのあどけない笑顔に偽りはない。

 ただ、エミリオに会える確率が上がったことによる純粋な喜びのみが存在していた。

「油断はするなよ」

 ジェックス先生は相変わらずちょっと怖い無表情だったけれど、撫でるように優しく髪を触ってきた。

「はいっ」

 ほんのり頬を赤く染め、くすぐったがるように目を細めて照れ笑いをするユアンの心に、これから勝手な単独行動を取ることへの後ろめたさは存在しなかった。

 もうすぐエミリオ先輩に会えると思うだけで、幸せな気持ちが溢れてきて心がパンクしそうだった。






 ジェックス先生と共に大きな空気の塊に戻ると、遠隔魔法陣を設置したヴァンパイア達が一斉に呪文を唱え始めた。

 ユアン達から見える船底に施された直径2メートルほどの魔法陣が、真紅に輝き始めた。通信アンテナやブリッジの精密機械に施された魔法陣も、今同じようになっているはずだ。

 やがてユアンの耳に鈍くて重い爆発音が届いた。

 メインイベントの始まりだ。







 一旦部屋に戻って私服に着替えてきたハイコ達は、またしばらく医務室でハルカを待ち続けていた。

 そして23時53分になった頃、ハルカが治療を受けている部屋の扉が開いた。

 そこから出て来たセシリアが切迫した表情でこんなことを言う。

「あのっ、皆さん、突然ですが何か魔法を使ってみてくれませんか?」

 医務室をうろうろしていたハイコはセシリアに近づきながら、

「何かあったのかい?」

「それが……どういう訳か治療室にいるヴァンパイアが私も含め全員、魔法が使えなくなってしまったんです」

「えぇっ!? そっ、それでハルカは!?」

 セシリアに詰め寄るハイコ。

「大丈夫です。傷はまだ完全には塞がっていませんが、命に別状はありません。血圧も安定しています」

「そっ、そっか……」

 ほっと息をついた時、ソファーに座っていたチヒロが立ち上がって、

「おい、ハイコ。俺も使えないんだけど。魔法。シフトもだ」

「う゛ぅ~……なんか変だ。オレも使えねぇ。キモチワリィ……」

「オレもダメだよハイコ……」

 三毛猫の社長に続き、小鳥のエリザベスもへばったように報告してきた。

「ハイコは?」

 チヒロの問いかけにハイコは、「ちょっと待って」と答えながら雨を確認する時のように、胸の前で右手の平を上に向けた。そして右手の上にエメラルドの光の粒が現れるように念じてみた。極々簡単な魔法だ。

「……あ、あれ?」

 眉を寄せ、ハイコは戸惑いの声を漏らす。

 いつものようにやっているのになんの現象も起こらない。集中したいのに集中力が高まらない時のような、どうにもならないやきもき感に似ていた。

「ハイコもみたいだな」

 チヒロが真剣な表情で言った時、医務室の出入口の扉が開いた。

 エミリオが戻って来たのだ。手にはハルカのものと思われるミュールとコサージュが握られていた。

 犯人が分かったのかと訊こうとしたら、エミリオの方が先に口を開いた。鋭い目つきで。

「気づいてますか? 魔法が使えないこと」

「ああ。エミリオもか」

 チヒロが答え、続ける。

「みんな同時に使えなくなるなんて明らかにおかしい。誰かが魔法陣を仕掛けたな。しかもかなりでかい」

「僕もそう思います。この船では今何かが起きてるみたいです。ハルカを襲ったのは恐らくヴァンパイアではありません」

「そっ、それはどういうことだい?」

 ハイコが険しい表情で尋ねた時──。ついに異変が自ら主張を始めた。

 足下と頭上から爆発音のような篭った轟音が上がり、船体が地震のように小刻みに揺れた。

 医務室の全員が床や天井を見ていた時、エミリオがハイコにミュールとコサージュを渡してきた。

「ちょっと見てきます」

 踵を返したエミリオが入ってきた扉に向かうと、

「待て。俺も行く」

 エミリオに続いて使い魔の社長と共に医務室を出て行こうとするチヒロは、最後に立ち止まって振り返り、「ハイコはハルカちゃんの傍にいろよ」と言って出て行った。

 残されたハイコはエリザベスとセシリアと共に、ハルカがいる治療室へと入って行った。

 時刻は、ちょうど午前0時を回ったところだった。







 遠隔魔法陣はすべて問題なく発動し、船底にはいくつか穴が空いた。航行スピードも急激に落ちてきたので、ストップするのも時間の問題だ。

 これからこの船は確実に沈没へと向かっていく。

 午前0時の爆発後、北大西洋上で煌々と輝く一隻の豪華客船──スリーピング・キャット号に、ヴァンパイア達は次々と乗り込んで行った。船の周囲には比較的若いヴァンパイア達が6~7メートルほどの間隔で並び、デッキを見下ろしている。

 “目標”がデッキに出て来ないかを見張っているのだ。中には声変わりもしていなさそうな幼い少年もいた。

(さあ、かくれんぼの始まりだ……)

 Dデッキに降り立った大柄のヴァンパイア──シュナイダーは、舌なめずりをしながら意気揚々と大股で船内に入って行った。

 腰にダガーナイフ、右手にハンドガンと、まるで狩りに出かけるハンターだった。

 レベル4と思われるエンプティーが1体行方不明──とかいう情報を聞いたが、シュナイダーはさして問題としなかった。

 そんなことより白猫だ。

 憎き白猫がこの船にいると分かった時は、一気に放出されたアドレナリンにより過呼吸になったほどだった。

 早く首根っこを掴まえて、まずはそのまま壁にでも思いきり叩きつけてやりたい。

 そのあとは上に報告せずに無人島にでも連れて行き、“赤猫”になるまで何日も何日も拷問したあと、処刑してやるつもりだった。

 その為には何がなんでも一番に見つけなければならない。エトワールもだ。その血を飲み、高みを目指す為に……。

 だから、邪魔する者は容赦しない。

 そう自分に言い聞かせたシュナイダーは、お客様のプライバシーがどうとか言って白猫の部屋を答えないホテル部門の制服を着た真面目そうな乗務員の顔面を、岩のような拳で無慈悲に殴った。殴った瞬間肌に触れたので、このホテルマンがヴァンパイアであることが分かった。さらに拳は相手の鼻の骨が砕けたことも教えてくれた。

 シュナイダーは相手が床に倒れてからも顔面を踏みつけ、歯がボロボロ折れてきてからも蹴り続け、顔中真っ赤になったところでようやくやめた。

 しゃがんだシュナイダーはハンドガンの銃口を捻りながら額に押し付け、冷たい声で訊く。

「答えたくてしょうがないという顔をしているが?」

 ヴァンパイアを殺してはいけないことになっているが、シュナイダーにとってはそんなの荒れた学校の校則ほどに意味のないものだった。答えなかったらあっさり引き金を引くつもりだ。正当防衛だったとあとでいくらでも言い訳できるし、白猫の部屋を知っているのはこいつだけではない。

 位の高そうなホテルマンは、怯えきった表情で震えながら両手を上げ、かなり聞き取りづらかったが部屋番号を言った。

 生意気に、白猫は野良猫の分際で2等客室に泊まっているらしい。

 しかし行ってもいない確率は高い。あいつは本当に猫のようで、たとえ深夜だろうと仕事もないのにどこかへふらりと出かけて行く癖があったから。

 それでもシュナイダーはとりあえず部屋へ行ってみることにした。

 引き金は引かれないままホテルマンの額から離された。







 まだ完全には治っていない左の二の腕に医者が包帯を巻いている間も、ハルカは起きる気配をまったく見せなかった。

 ただ静かに眠っている。

 まるで眠り姫のように。

 ハイコはベッド脇の椅子に腰掛け、ハルカの右手を両手で包むように握り、祈るように開かない瞼を見つめていた。

 そんな時、治療室の扉が開く。

 外の様子を見に行っていたチヒロと社長とエミリオが戻って来た。

「何か分かったかい?」

 さっそく訊いてみると、チヒロが答えてくれた。

「ああ。全部噂で、実際に見て来た訳じゃないけど、どうやら船底やブリッジで爆発があったらしい。船は止まってるし、もしかしたら浸水してるかもしれない」

「それって、沈没するかもしれないってことかい?」

 ぎょっとして尋ねると、チヒロは険しい表情で腕組みをし、

「絶対しない──とは言い切れないな」

「では早く避難しないと。シフトはできなくてもボートがあるよ」

「いや無理だ。デッキに出ればあっさり捕まる」

「捕まる……?」

 生まれた疑問にハイコは眉を寄せた。

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