第8話 パーティー編8
「え……」
そんなこと訊かれてもハルカは困った。エスコートなんて身分不相応なサービスをしてもらえるのに、その相手を自分が選ぶなんて……。そんな大それたことできない。
別に一人で──と思うハルカだが、ふと周りを見ると、5歳くらいの小さな女の子でさえパートナーと一緒で、女性は誰一人として一人で行動していない。
“一人だと浮く”という事実に気づいたハルカは、恐れ多くも選ぶことにした。でもエミリオは羊が怖いし、だからといってハイコ先生を選んだらエミリオにあとで何かされそうだし──。
そうこうしている間にも二人の視線が突き刺さってきて痛い。どうしようどうしよう──と考えた結果──。
「チヒロ先生がいいっ」
ハルカは結局逃げるようにチヒロの背中に避難した。
チヒロは若干驚いているようだったが、特に動揺するでもなくさらっと、
「なにこれまさかの展開? いいのハルカちゃん俺で?」
ハルカがこくこく頷くと、チヒロは余裕そうに続ける。
「あれだな。がつがつしてると嫌われるってことだよ諸君」
「そん、なっ……!」
そんなにショックだったのか、ハイコはよろめいた。
「犬のコスプレなんかする奴のどこがいいんですか」
ふてぶてしく不満を吐くエミリオに、チヒロがすかさずツッコミを入れる。
「犬じゃねぇ狼だ。ちなみにこの服はイギリス産業革命時代のコスプレなっ。そういうおまえはなんの仮装なんだよ?」
「分からないんですか? ケチャップ大好き羊伯爵ですよ」
「分かるかそんなもん!」
◆
午後8時。船の中では今頃ハロウィンパーティーが盛大に行われているというのに、ジェックスは凍えるような暗い暗い海の底で、魔法陣を施すヴァンパイア達を一人一人見回っていた。
ジェックスは普段ドイツの学校で教師をしている。教科は魔法陣。評判はけっこう良い方。だからこの作戦に呼ばれ、今こうして監督を任せられている。
さっき、トイレはどうすればいいのかと訊きに来た二人組みがいたが、それ以降は特にトラブルもなく、すこぶる順調だった。
下は10歳、上は23歳と、“反逆者”のいる可能性が高い船に配属されたヴァンパイア達とは年齢実力共に大きな差があるが、みんな真面目によくやってくれているので、もう全体の半分くらいは完成していた。
しかし。そんなに上手くはいかないのが人生。ジェックスの元にさっそくトラブルが舞い込んだ。
「ジェックスさん、大変です──」
シフトしてきた30代後半くらいの年上男性ヴァンパイアは、ジェックスの作った空気の玉の中に入り、小声で耳打ちしてきた。周りは海だから作業中のヴァンパイア達には聞こえないのに。律儀なヴァンパイアだ。
「エンプティーの第1団が到着したのですが、そのうちの1体──E4201【イーフォーツーゼロワン】が逃走しました。私の部下はE4201がスリーピング・キャットのデッキに上がるのを、見たと言っています」
それを聞いてゾクッとなった。
“空の、空虚な”という名前で呼ばれているその存在は、その名の通り魂がない。“ある”と主張する者もいるが、誰も証明できない為公式では“ない”ということになっている。
レベルにもよるが、理性もほとんどない。しかしパワーだけは桁外れにある。ほぼすべての個体が体格に関係なく片手でリンゴを砕いたり素手でフライパンを丸めたりできる怪力だ。元は普通の人間だったのに。
乗船作戦が始まったら思う存分暴れ回ってもらって構わないが、今は非常に困る。
「比較的命令をよく聞く、“レベル1”の使えるエンプティーのみを連れて来ているのではなかったのですか?」
「そう聞いてますけど、人手不足ですからエンプティーも不足していて、“レベル2や3”も混じっているんじゃないですか? とにかく、こういう場合は作業にあたっているヴァンパイアの中から数人選び、捜索に向かわせることになってますよ。エンプティーは半分人間なので検索ができませんからね」
そんなことは知っている。そして捜索に向かわせるのは“一番使えないヴァンパイア”だということも。
ジェックスは何も言わず、胸ポケットから愛用の手帳を取り出した。ページをめくり、指を止める。
(これを使うことになるとは……)
縦にズラッと並ぶ教え子達の名前を見て、ジェックスはちょっと胸を痛めた。
この計画が議会で可決されてから毎日毎日悩んでやっと完成させた──いわゆる“捨て駒リスト”だ。
一番上に書かれているのは声変わりもまだのたった10歳の少年──ユアン・クロス。さっきトイレに連れて行ってあげた子だ。
別にジェックスはユアンのことが嫌いな訳ではない。ただ、ユアンは明らかにどう考えても“使えないヴァンパイア”なのだ。この先も伸びることはないだろう。ユアンの属性──光属性とはそういうものなのだ。しかもユアンの性格は将来“出来損ない”になる可能性がある。
こんなリストを作らせた“上”と、10歳の少年を一番上に書いた自分は、いったいどっちが残酷なのだろうかとぼんやり考えつつ、ジェックスはユアンの元へ向かった。
ユアン少年は細い両腕を前に伸ばし、深く落ち着いた印象を与えるブルーグレーの瞳で一生懸命魔法陣を作っていた。明るいアッシュブラウンの細くて柔らかい髪には、今日も一ヶ所だけ漫画みたいな寝癖がついていた。ストレートなのでよく目立つ。
「ユアン君」
すっとユアンの周りの空気に入り、なんでもない口調でそっと後ろから話しかけた。ユアンはびくっと小さな身体を震わせ、くるっと振り向いた。
「ジェッ、ジェックス先生! ぼっ、ぼく、どこかまちがえましたか?」
「いや。問題ない」
ユアンが作った部分をちらっと確認したあと、そう答え、ジェックスは本題に入った。
ユアンは今緊張していた。怖いって有名な魔法陣の先生──ジェックスが話しかけてきているから。
ジェックスはユアンに、“あの怪物達”──エンプティーが1体行方不明になったと言った。そしてその1体を数人のヴァンパイアと一緒に今から探しに行けとも。
「──そしてユアン君は北側、右舷後方から侵入して下さい。見つけたら自分でどうにかしようとせず、まず私に報告に来なさい。分かりましたか?」
「はい!」
真剣に返事をする。
「危害を加えられそうになってもユアン君は攻撃魔法を使ってはいけせん。なぜなら──分かってますね?」
「……爆発、させちゃうかもしれないから……ですか?」
ユアンは伏し目がちにしょんぼりと言った。
以前、攻撃魔法の授業中に爆発騒ぎを起こしたことがある。教室を1ヶ月使用不能にし、クラスのみんなにもたくさん怪我をさせた。ただ丸めた紙を机の上に立て、それを倒すだけの授業だったのに、ユアンは力加減を誤り過ぎたのだ。……普通にやっただけなのに。
「そうだ。ただ探しに行けばいい。では行って来なさい」
「はい。行ってきます、ジェックス先生」
嫌なことを思い出し、若干元気をなくしたユアンだが、エンプティーを探しに行った。怖かったけど、ジェックス先生が自分に何かを頼んでくれたのが嬉しかった。
それに、運が良ければエミリオ先輩に会えるかもしれないから。
呪文も魔法陣も使わずにその歳であれだけの威力が出せるってことは、ユアンは天才なんですよ。天才用に構成されていない授業の方が悪いんです。
あの爆発騒ぎのあと唯一叱らず、逆にそう言って慰めてくれた優しい先輩に。
この船にいるといい。
その願いを胸に抱き、ユアンは近距離シフトでスリーピング・キャット号のDデッキに降り立った。パーティー中だからか広いDデッキには誰もいない。ユアンの小さな黒い影だけが動いていた。
◆
見よう見まねでチヒロの腕を掴み、エスコートされて絢爛豪華なホールに着くと、そこにはもうたくさんの乗客達がいた。
フォーマル、インフォーマル、仮装、のうち、意外にも仮装をしている人が一番多かった。
魔女、幽霊、悪魔、ミイラ男、クリーチャー、ゾンビ、毛むくじゃらの怪物──など、アンデッドを連想させるものはもちろん、羽根の生えた美しい妖精やステッキを持った女神や天使、それからかわいらしいウサギや猫の全身着ぐるみを着ている者までいた。
猟奇的な被りものを被っている者も少ないながら確かにいて、ここではエミリオもあまり目立たなくなった。
おどろおどろしいゾンビの特殊メイクをした男性と、裾の広いボリュームのあるフォーマルドレスを着た女性が一緒に腕を組んで歩く様は、このハロウィンパーティーが自由でなんでもありだということを物語っていた。やりたい放題のごちゃまぜパーティーだ。
やりたい放題なのはホールも同じだった。
軽食やデザートの乗った壁際のテーブルの上や下にはこれでもかというくらい本物のカボチャで作られたジャック・オー・ランタンが置かれていたし、床からは墓石がにょきにょき突き出していたし、照明は薄暗いし、楽団の演奏するクラシックの曲は華やかさとはかけ離れているし、通常の豪華客船で行われるパーティーとはまったく違っていた。
通常の豪華客船ではまず見られない光景は、他にもあった。
それはヴァンパイアの使い魔達だ。
使い魔達はそれぞれ仲の良い者同士や種族ごとに集まって小さなコミュニティを形成し、楽しそうにおしゃべりをしている。
ハイコの使い魔のエリザベスはさっき、待ちきれない様子でハイコから許しをもらい、天井のシャンデリアへ飛んで行った。シャンデリアにはよく見ると鳥やコウモリがたくさんとまっている。エリザベスが飛んで行ったのは特に小さな鳥達が集まる隅っこのシャンデリアだ。
チヒロの使い魔の社長はちょっと行ってくると言うと、のそのそと壁際のテーブルの下に潜って行った。ジャック・オー・ランタンが発するオレンジの光に照らされたその狭い空間には、古今東西痩せ型肥満型あらゆる種類の猫達がひしめき合っていた。
これがヴァンパイアのハロウィンパーティーなのだ。
すべてに圧倒されたハルカが呆然と辺りを見渡していると、ふと見たことのある人物が視界に入った。数年前、海賊をモチーフにした映画の船長役で大ブレイクしたハリウッド俳優だ。ハルカは映画は見たことないが、来日した時散々インタビューの映像がニュースで流れていたので、よく知っていた。
インタビューの時、彼はほとんど笑顔を見せていなかった。しかし、今彼は仲間と楽しそうに談話し、まるで少年のように無邪気に笑っていた。
彼にとってこのパーティーは、本当の自分を曝せる貴重な場所なのかもしれない。
その他にも有名人が多くいた。ハリウッド女優に政治家、資産家、ミュージシャン、マジシャン──等々。
ハルカには誰がヴァンパイアで誰が人間なのか分からないが、みんなテレビで見るよりずっと生き生きして見えた。もしかしたらみんな──というのもありえた。




