第8話 パーティー編7
エミリオが何か言おうとした時、部屋の呼び鈴が鳴った。さっそくドアを開けてみると、ハイコとチヒロと──それから使い魔達だった。
ハイコはフォーマルな白タキシードの上下だった。蝶ネクタイではなく白のスカーフだったが、エミリオのように返り血みたいなシミなんてついてない。袖や襟にはフリルが覗いており、ポケットチーフは瞳の色に似た水色だった。プラチナブロンドも手伝い、全体的に高貴な雰囲気を醸し出している。
典型的な西洋の王子様スタイルといえよう。
一方チヒロは、決して汚れても破れてもいないが年代ものっぽいワイシャツとサスペンダー、それから頑丈そうなワークパンツを履いていた。ワイシャツのボタンは二つくらい外しており、ネクタイはしていない。そして一際目を引くのは、髪の色と同じ獣耳としっぽ。まるで毛の長い黒い犬みたいだった。でもきっとハロウィンパーティーだから狼男のつもりなのかもしれない。
チヒロはどちらかというと童顔なので、耳としっぽを付けるとちょっとかわいくなった。とても似合っている。
使い魔達もおしゃれをしていた。空色の小鳥──エリザベスは首にシンプルな赤いリボンを。巨大な三毛猫──社長はおとぎ話の中のヴァンパイアが着てるみたいな襟の長い黒いマントを羽織っていた。
ハイコとチヒロは、エミリオとリアクションが同じだった。ハルカを見て固まっている。
……やっぱり変なんだ。
そんな風に思ってしまったハルカが俯きがちになると、夢見るようなハイコの呟きが聞こえてきた。
「ハルカ……。まるでユリシスの妖精みたいだ……」
ユリシスとはオオルリアゲハのこと。やはりハイコにもそう見えるらしい。
続いてハイコは声の調子を上げ、眩しいくらいの笑顔で、
「すっごくかわいいよハルカ! とっても似合ってる!」
言って欲しいことを屈託なくまっすぐ言われてしまい、ハルカはどう反応していいか分からなくなってしまった。
「うんうん! これは完全にアイドル越えてるな」
チヒロまでべた褒めだ。
ハルカは頬を染め、セシリアの後ろに隠れた。
「いっ、いいよそんなの言ってくれなくて。変だって自分で分かってるもん」
結局あまのじゃくな態度しかとれなかった。映画に出てくる美人な女の人みたいに、さらっとかっこよくは受け流せなかった。
「そっ! そんなことないよハルカ。本当に綺麗だよ? もっとよく見せてくれないかい?」
ハイコの声は優しくて甘い。覗かれたハルカは反対側に顔を向け、セシリアの背中に前髪を押し付けた。羞恥が極限に達し、気分が悪くなってきた。吐きそうだ。
「ハ、ハルカさん……?」
セシリアはどうしたらいいか分からないというように背中を気にしている。
セシリアに迷惑をかけてはいけないと観念したハルカは、こそこそと背中から出た。
「くるって回って見せて欲しいな」
その穏やかな声と微笑は、ハルカの心を素直にさせた。
「い、一回だけだからね」
恥ずかしいので伏し目がちにそそくさと一回転すると、また吐き気が襲ってきた。思わず両手で口を押さえると、「どっ、どうしたんだいハルカ!?」と心配されてしまった。
「大丈夫。はずかしすぎてきもちわるいだけだから……」
ゆっくりそう言うと、ハイコとチヒロは安堵したように笑った。
ハルカが自分の情けなさに落ち込んでいると、不意にハイコがポケットから小さくて細長い箱を取り出した。有名アクセサリーブランドの名前が刻印されたそのシルバーの箱には、真っ赤なリボンが付いていた。まるでプレゼント用みたいな……。
本物の王子様みたいに、優雅に箱を差し出してきたハイコが微笑みながら言う。
「ハルカにプレゼントだよ」
一瞬何を言っているのか理解できず、ハルカはきょとんとした。しかしすぐにハッとして、「えっ?」とハイコを見上げて訊き返す。
「まだハルカの準備は終わってないのだよ? セシリアに、アクセサリーはつけないでおいてって頼んでおいたのだ。受け取ってくれるかな?」
戸惑っていたのでのろのろと両手で受け取ると、待ちきれないというように、「開けてみて」とハイコが言ってくる。横に、本を開くようにかぱっと開けると──。
(……なに、これ……)
中に入っていたものがなんなのか分からなかった訳ではない。ごく普通のネックレスだ。ただ、夢に誘うようなその美しい輝きに、ぽかんとしてしまった。
不覚にも見とれてしまったハルカだが、ふとヘッド部分の透明な物体の正体が気になった。
まさかダイヤモンドとか……。
そんなまさか──と軽く思う一方で、ハイコ先生は財閥の御曹司──ということが頭に浮かんだハルカは、透明の物体をじっと見つめた。母親の結婚指輪やテレビで見たダイヤモンドを思い出して査定してみる。
濁りのない美しい透明。ブリリアントと思われるカット。天然ものと思われるまばゆい輝き。
ダイヤモンドの可能性が現実味を帯びてくると共に、だんだん緊張が増してきた。
「きっ、気に入らなかったかな?」
ハイコが不安げに訊いてきた。ハルカは首を横に振る。気に入ったことは気に入った。でも……。
「びっくりして……。ていうか、あげるひと間違えてない? これ、すごく綺麗だし、高そうだよ? ──そうだ彼女は? ハイコ先生これ彼女にあげるやつだったんじゃないの? まだ触ってないから大丈夫だよ」
ハイコの彼女はまだ見たことないが、その容姿と家柄だ。絶対いるに決まってる。箱を閉じて返そうとしたら──いきなり頭を撫でられ、作業を止められてしまった。
「ハルカってホンットに……」
ハイコの表情は泣いているのか微笑っているのかよく分からない、不思議なものだった。
そのあとも台詞がありそうだったが、ハイコは箱の中のネックレスを取り、フックを外しながら別の話しを始めた。
「彼女なんていないよ。これはハルカの為に買ったのだよ? ハルカだけのことを思って選んだのだよ?」
外したフックの両端を左右の手で持ち、それを開きながらハイコが近づいてくる。
「だから、そんなに自分を過小評価しないで?」
抱きしめるように両手を首の後ろに回してきたハイコは、一拍すると離れた。その時にはハイコの手にネックレスはなかった。ただ、ハルカの白い肌にひんやりとした光るものが残った。
「……」
すごいものを貰ってしまった事実にハルカの思考は停止したが、すぐにはっとなってどもりながら訊く。
「なっ、なんでくれたの?」
素朴な疑問だった。
「えっ!? そっ、それは、その──」
急にハイコの挙動が怪しくなった。せっかく王子様の格好をしているのに台なしだ。
「ほっ、ほら! さっきカジノで母さんが失礼をしただろう? だからそのお詫びさっ」
ハイコはハルカの両肩に両手を置いてきた。そしてネックレスが入っていた箱をハルカの手から取って近くの机に置き、みんなを見渡して告げた。
「さぁ、これで準備は調ったよ。ホールへ行こうか?」
ハルカ達一行はそのままホールへ向かった。
結局、ネックレスのお礼は言えなかった。
招待してくれたヴァンパイアと一緒に行く約束をしているらしいので、セシリアは2等客室がある階でエレベーターを降りて行った。
ハルカ達はさらに下、大ホールがある階でエレベーターを降りた。少し廊下を歩くと、開けた明るい場所に出た。ホールへのエントランスだ。
目の前とちょっと離れたところに赤絨毯が敷かれた大理石の下り階段がある。階段は緩くカーブしていて、下でほぼ合流していた。木製の手すりや柵は素手で触るのが忍ばれるほどピカピカだった。
初めてこういうものを見たらきっとその優美さにため息が出るのだろうが、あいにくハルカは自身の通う学校で嫌というほど見慣れていたので、そんなに見とれはしなかった。
見とれない代わりに、ハルカは畏縮していた。階段の下のホールへの扉の前で丁寧に開閉をしているフォーマルウェアのスタッフの存在や、階段を降りて行く人々の存在感たっぷりのオーラや輝いている笑顔に。
自分がここにいることが果てしなく場違いに思えてくる。現実感が希薄になっていく。だんだん何もかもが怖くなってくる。みんなが自分を視界に入れる度に“帰れ”と言っているような気さえしてくる。
ハルカが得意なのはマイナス思考だけではない。被害妄想も実は得意だったのだ。
ハルカの思考を読んだのかどうなのか、チヒロが気遣わしげに小声で話しかけてきた。
「ハルカちゃん、あんまり深く考えないで。大丈夫。みんなハルカちゃんの味方だから。でも無理そうだったら、遠慮しないですぐに言ってね?」
ここまで来たのだから引き返したくはない。ハルカは心を強く持ち、こくりと頷いた。これは挑戦なのだ。賑やかで人の多いところに身を置くという。
チヒロはさらに小声で続ける。さっきより真面目に。
「……それと、酔ったヴァンパイアにはなるべく近づかないようにね。人間と同じで、酔うと何するか分からないヴァンパイアも、中にはいるからね。悲しいけど、噛みつかれない為に」
それを聞いてハルカは思わず怯えた表情でチヒロを見上げた。
「大丈夫大丈夫。ホールは人が多いし、安全だよ。でも人気のない場所では気をつけてね」
こくっと真面目に頷くと、エミリオがいきなり右手を掴んできた。ちなみにエミリオは来る途中、ついに例の羊の生首──いや、例の羊の被りものを被った。どうでもいいが、皮膚の表面温度を調節しているので暑くはないそうだ。
「ハルカは僕がエスコートします。行こうハルカ」
羊の口の部分に隙間が開いているので、思ったよりエミリオの声は篭っていなかった。
接近してきたリアルな羊に、ハルカは微妙に身体を反らし、目も逸らした。微妙なのはビビッていると思われたくないからだ。しかしハイコにはそれがバレていて、エミリオとの間に割って入って来た。
「ダメだよエミリオ君。ハルカが怖がっているではないか。だいたいなんだいその品のない被りものは」
「気持ち悪いフォーマルを着ているヴェインリッヒなんかに言われたくありません」
「なっ!?」
「気持ち悪いんですよネックレスとかこれみよがしなところが。そんな奴にハルカをエスコートする資格なんてありません」
「エッ、エミリオ君こそ、その羊は思いやりが足りない証拠だよ。だからハルカは私に任せてくれたまえ」
ハイコがハルカの両肩に両手を置いてきた。エミリオはハルカの右手を引っ張ってきた。
見つめ合う二人。
なんだこれは。
ハルカはどうしていいか分からずおろおろするだけ。
なんだか雰囲気に殺伐としたものが混じってきた時、チヒロが仲裁に入ってきた。
「こんなとこで争奪戦するなよみっともない。てゆーかここはハルカ姫の意見を聞くべきだろ? という訳で、ハルカちゃんは誰にエスコートしてもらいたい?」




