第8話 パーティー編5
ひと班6人編成で、2人が全員分の空気を担当し、残りの4人が計画通り船底から船全体を包み込むような一つの巨大な魔法陣を完成させていく。能力使用不能魔法陣とシフト防止魔法陣を掛け合わせた複雑で強力な魔法陣を。
船底の魔法陣がある程度できてきたらドイツから地上班がシフトしてきて、通信設備や船底の一部を遠隔で物理破壊できる魔法陣を施しにかかる予定だ。それが終わったら、いよいよメインイベントの始まり。
先輩ヴァンパイアの隣で船底に手を翳し、一生懸命魔法陣を作っていた幼い少年──ユアン・クロスは、とても緊張していた。今日初めて実戦投入されたから。まだ10歳だから実戦はずっと先だと思ってたのに、今回の作戦はとにかく人手が足りないそうで、緊急召集されたのだ。ここにいるみんながそう。ほとんど学生だ。……ユアンが断トツの最年少だけれど。
夜の海は真っ暗で怖い。魔法陣の光だけが頼りだ。時々足の下を通る大きな魚なんかはお化けみたいで、ユアンはもう何度も悲鳴を上げそうになっていた。しかももうすぐドイツから、むしろお化けより怖い“あの怪物達”がやってくる。
それでも、召集されたことは嬉しかった。もしかしたら、大好きな先輩に会えるかもしれないから。
(……どうしてドイツを裏切ったりしたんですか……? ……エミリオ先輩……)
ユアンは、ドジで成績も悪くて泣き虫で怖がりな自分なんかにいつも優しくしてくれた、大好きな先輩のことを思った。真っ白な髪と真っ赤な瞳がとっても素敵でカッコいい先輩だ。この前左目をシュナイダー元帥に取られちゃったみたいだけど。
エミリオがドイツを裏切ったと知って、ユアンは大きなショックを受けた。食事も喉を通らなかったほどに。信じられなかった。いつも真面目に時に非情に任務を熟し、常にドイツに忠誠を誓っていた模範的なヴァンパイアだったから。
だから、もしも今日会えたら戻ってきてと説得するつもりだった。きっとまだ間に合うはず。ちゃんと謝れば王様だって許してくれるはず。
この船にいるといい。自分が配属されたこのスリーピング・キャット号に。
他の船でもほぼ同時刻に作戦が始まり、徹底的に探すと偉いヴァンパイア達は言っていた。もしもエミリオが他の船で見つかってしまったら、処刑が決まっているのでもう二度と会えなくなってしまう。
だからと言ってどの船にいるかは分からない。検索すれば簡単に分かるが、ユアンはエミリオに直接触れたことがないのでできなかった。だからこそ召集されたのだが。
魔法陣製作要員に必要な条件はまず魔法陣が作れることと、エミリオや他の“出来損ないヴァンパイア”達に検索されないことだった。
相手に検索されないということは、こちらからも検索できないということでもある。
「ヒッ」
足元を通りすぎた昆布らしき細長い物体に、ユアンはついに悲鳴を上げた。小さな悲鳴だったから気づかれなかったかも──と安心したのも束の間、魔法陣作りを中断したのはどっちにしろバレていて、隣の先輩に怒られた。
「おいユアン。何ビビッてんだよサボんなよ」
「ごっ、ごめんなさい……」と言いつつユアンは股を擦り合わせてもじもじした。困った。やっぱりもたなかった。でも言ったら怒られるんだろうなぁ。ああ、ぼくってホントに……。
「なにしてんの?」
先輩の問いかけにユアンは白い頬を羞恥で赤く染め、ついに打ち明けた。できるだけ小声で。
「おしっこ……」
「はぁあ!?」
◆
ハロウィンパーティーの時間が迫ってきた吹き抜けショッピングプロムナードの高級ブランドジュエリーショップで、ハイコはハルカへのプレゼントを探していた。チヒロに手伝ってもらって。
「やっぱネックレスが妥当なんじゃないの? 指輪とかは引くだろ」
「そうだよねぇ……。びっくりしちゃうよね。じゃあネックレスにしようか」
ハイコはちょっと落ち込み気味になった。“指輪は引く”という事実に。自分とハルカは恋人同士でもなんでもないという現実に。
「これなんかどうかな?」
ハイコはショーケースの中の、プラチナとピンクダイヤモンドで出来たシンプルながらもかわいらしいネックレスを指さした。
「確かにハルカちゃんに似合うとは思う。がしかし!」
いきなり、チヒロに束ねた髪を引っ張られた。
「色付きダイヤなんて高いってすぐバレるだろ? ハルカちゃんは頭がいいから余計だ。この値段がバレたら指輪と同じくらい引かれるぞ?」
「そ、そうかな……? でもすごく似合ってると思うし……。それにさっき母さんが失礼をしたし、これくらいは……。だって普通なら怒ってるところなのに、ハルカは怒ってすらいなかったのだよ? それどころかショックだったって……。傷つけてしまったのだからこれくらい内緒で──」
ハイコの台詞をチヒロが遮る。
「いいややめとけ。ハイコの誠意は値段なのか? 物なのか? 愛じゃなかったのか?」
「あっ、愛に決まっているともさ!」
頬を染めながら、ハイコは小声で熱血的に言った。
「というか、高価なものだとハルカちゃん本気で困るぞ? 今まで付き合ってきた娘とは価値観が全然違うって、ハイコも分かってるだろ?」
「うん、でも、ハルカだって家は裕福だし、そんなに驚かないんじゃないのかな?」
「確かに庶民から見たらかなりの金持ちだと思う。でもハイコはさらに別次元の金持ちなんだよ。ハルカちゃんが銀河ならハイコは宇宙。ちなみに俺は太陽系くらいね。昔は木星くらいだったけど──ってそんなことはどうでもよくて! ダイヤにするなら透明の、もっとランクの低いやつにしなさい。本物だってバレてもそんなに高くないって思ってくれたら受け取ってくれるだろうし、ガラスと勘違いしてくれたらラッキーだ。もちろん渡す時は彗星の半分もしなかった──みたいな顔で渡すんだぞ? 軽くな?」
「おもしろいたとえだねぇ」
素直に感心してると、「分かったのか!?」と鋭く突っ込まれた。
「わ、わかった。じゃあこれにする」
とりあえず納得したハイコは、日本円にすると約25万円ほどのネックレスを購入した。1カラットの二点止め一粒ダイヤモンドだ。チェーンはプラチナ製。
チヒロはまだ高いと言ってきたが、見ようによっては数万円程度に見えなくもない──と考え直し、許してくれた。
あとはドレスを着たハルカにプレゼントするだけだ。今頃ハルカはセシリアと一緒に部屋で着替えているはず。女の子なので、細かいことはセシリアに任せたのだ。持ってないというドレスは女性のコンシェルジュに任せた。
◆
(これって、全部……)
ハイコに頼まれたという女性コンシェルジュが持ってきてくれた十数着のレンタルドレスを見て、ハルカは絶望的に心中で呟いた。
センスは悪くなく、色も素材もデザインもハルカ好みのものが多かった。サイズも問題なさそう。ドレスといってもインフォーマルなもので、ちょっとおしゃれな普段着──といったレベルだ。こういうのを普段着にしている人も普通にいるだろう。
何も問題ない。何も問題ない。
でも……“ハルカに着れるもの”は一着もなかった。
もうコンシェルジュは出て行ったので、ハルカは盛大にため息をついた。自分で自分の両肩を抱きしめ、背中の傷痕のことを思いながら。
これを誰にも見られたくない。ドレスは全部背中が露出するタイプだ。だからドレスは着れない。たとえ普通のキャミソール程度でも、見えてしまうのだ。
(でも……)
眉間に皺を寄せ、ハルカは葛藤していた。
“見られたくない”ということは“消し去りたい”ということにならないか? 母親の行動を、母親と過ごした日々を、証を、消去したいと自分が思っているなんて、そんなの気づきたくなかった。そんなの認めたくない。でも、このまま背中の開いたドレスを着て人前に出るのも嫌だった。嫌がる自分をどうしても消せなかった。
背中が開いてないものを持ってきてもらおうか……。でもそんなの無いって言われたらどうしよう。ショールで隠そうか? でも何かの拍子に落ちたらどうしよう。
こうなったらドレスはやめて仮装にしようか? 黒いローブをすっぽり被った魔女なんか最高かもしれない。
パーティーに出るにはフォーマル及びインフォーマルか、ハロウィンらしく仮装をしないといけない。そういう決まりなのだそうだ。エミリオとチヒロは仮装にすると言っていた。
(でも……)
今度の“でも”は迷いと不安だった。
ハイコ先生がせっかくドレスを用意してくれたのに、自分らしくもない仮装なんてしたら、どんだけあまのじゃくなんだ──と思われてしまう。愛想を尽かすかもしれない。パーティー気分の心をシラケさせてしまうかもしれない。
どうしよう──とハルカがどんより沈んだ時、部屋の呼び鈴が鳴った。そういえば一緒に着替えようとセシリアと約束していたんだった。ヘアメイクもしてくれると言っていた。
とりあえずドアまで行き、そっと開けると、“妙”に近い意外な組み合わせの二人が立っていた。
セシリアと──エミリオだ。
「遅れてすみませんハルカさん。途中でエミリオ君と会いました。ハルカさんの様子を見に来たそうですよ?」
セシリアは相変わらずほわっとした柔らかい雰囲気の女性で、見ているとついなにもかも胸の内を打ち明けてしまいたくなる。
「中で待っててもいいですか? ちなみにハルカの──“小学生”の着替えなんてヴェインリッヒの生い立ち以上に興味ありませんから安心してください」
憎まれ口をたたくエミリオはもう着替えたようで、二列の銀ボタンが並ぶおしゃれな黒スーツを着ていた。それだけならインフォーマルっぽいが、ネクタイの代わりの白スカーフには返り血のような真っ赤なシミが付いていたし、なにより被るつもりであろう右手に抱えた“リアルな羊の頭部”が仮装だということを猛烈に主張していた。
羊の被りものは遊園地のウサギやクマのように大きなものではなく、被ると本当に羊が二足歩行しているように見えそうだった。まるで生首だ。しかも羊の口周りは生肉を食らった直後みたいに赤い。……羊は草食動物なのに。
てゆーかめちゃくちゃ怖い。
それがハルカの素直な感想だった。
羊の頭部から目を逸らし、ハルカは緊張しながら静かに告げた。自分なりの結論を。
「パーティーには出ない。ここで待ってる」




