第8話 パーティー編4
するとまたしても訪問者が。二人。しかし今度はハイコとチヒロの知り合いのようで、ハルカの知らない人だった。
自分達は何か目立つオーラでも発しているんじゃないかと、ハルカはそろそろ疑いたくなってきた。
特にハイコと親しくする二人組みは、一人は背の高いすらっとした日本人ぽい男性で、もう一人はプラチナブロンドの緩やかなミディアムヘアーに碧い瞳の白人女性だった。二人共見た目は40代後半くらいで、なぜか妙に目立つ高貴で気高いオーラを発している。美男美女だし、スタイルも良い。映画スターとかかもしれない。なんとなくどこかで見たことある気がするのはそのせいかもしれない。
よく見ると、決していやらしいほどではないが高そうな宝石付きのアクセサリーを身につけていた。着ているものも高級そうなものばかりだった。
かなりのお金持ちであることが窺える。
「ハルカ、この二人は私の両親だよ」
やっとハイコが紹介してくれた。しかしその意外な正体にハルカは一瞬固まる。
「おいおい~。ハイコは日本語の時は“俺”だろう? あの時賭けに負けたじゃないかぁ。家訓に追加したじゃないかぁ。パパ悲しいぞう?」
「そうよしたでしょう? 忘れちゃったなんてママ怒るわよう? ぷんぷんっ」
「“私”なんて教科書通りでつまんないのになぁ。おまえはそんなに小さい男だったのか? ん?」
「そうよう。男なら“俺”よう? もうっ。ハイコにはママのポテトパイ送ってあーげないっ。プイッ」
ホントにプイッとそっぽを向いてしまった。腕を組んで頬を膨らませて。幼い雰囲気の残るちょっとおっとりした女性なので見ててかわいらしいが、やはり子供っぽ過ぎる感が否めない。
突然繰り広げられたアホ会話に、ハルカはア然としていた。お蔭で緊張は緩んだが。
ハイコは頭痛でもしたのか額を押さえている。ちょっと恥ずかしそうに頬を染めて、困ったように。
ずっと前確かハイコが自分のことを“俺”と言っていたのをハルカは思い出した。あの時は両親と電話か何かで会話をした直後だったのかもしれない。……どうでもいいことだけど。
「ところでっ! あなたがハルカちゃんなのね?」
突然ハイコの母親が笑顔で話しかけてきた。ハルカは再び緊張する。
「は、はい」と頷くと、
「まぁ! なんてかわいらしいの。子猫ちゃんみたいだわ」
両頬を包むように触られ、ぎゅっと抱きしめられた。柔らかい匂いがした。安心する──というよりも、いろんな思いが込み上げてきて、ハルカにとっては心が締め付けられる匂いだった。
「あらあら? でも変ねぇ。ハイコは“高校生”を教えてるんじゃなかったかしら?」
ハルカの伏し目がちの表情は、抱きしめられていたので誰にも気づかれなかったようだ。
「それとも今年から“小学生”を教えてるんだっけぇ?」
小 学 生……。ありえない……。
ショックに目の前が真っ白になっていると、横のエミリオが鼻でくすっと笑った。ハルカはそれを睨む。ハイコの母親に悪意がないのは分かっていたので、悪意のあるエミリオにショックの矛先を向けることにしたのだ。
「童顔はかわいいってことだからいいじゃないですか」
フォローされても鼻で笑われた事実は消えない。
「母さんっ。ハルカは高校生だよっ」
ハイコが必死っぽいツッコミを入れると、ハイコ母は瞳を輝かせてハルカを見つめてきた。
「あらぁ! まぁホントにぃ? 日本人って存在が魔法ね! あぁ、なんて素敵なの。パパぁー?」
ハイコ母は別のテーブルでチヒロとブラックジャックをしだした夫を呼んだ。
「なんだいママ?」
ハイコ父が爽やかに到着する。
「このパーティーが終わったら日本へ旅行に行きましょう? 魔法使いに会いに行くのよ?」
「ハッハッ。なんだか楽しそうだねぇ。じゃあ京都の別荘へ行こうか?」
「ダメよう。座敷童子は東北でしか生きられないのよ?」
「また“あの子”に会いたくなったのかい?」
「うふふー」
「ママも好きだねぇ。ハイコが嫉妬するぞぉ?」
二人のちょっとおかしな会話を聞いていたら、ハルカの脳裏に浮かんだ景色があった。船首の一番前で映画のワンシーンを再現するバカップルの後ろ姿だ。
もしかして──と思ったハルカは勇気を出して訊いてみた。
「あのう……」
「あら! なぁにぃ? ハルカちゃん?」
「さっき船の一番前にいませんでしたか?」
「やぁだぁ、見てたのぉ? 恥ずかしい~」
というか嫌でも見えましたとか、恥ずかしいならやらなければ良かったんじゃないですか? とかは、言わないでおいた。
どこかで見たことある二人だと思ったら、こういうことだったのだ。
ハイコの両親が装飾過多なVIPルームの扉の向こうへ腕を組みながらスキップで消えて行くと、チヒロが話しかけてきた。
「ハルカちゃんびっくりした? ハイコの両親」
ハルカは頷きながら、
「さすがハイコ先生の親って感じ……」
あんな二人に育てられたからハイコ先生はちょっと変なのだ。今ハルカはものすごく納得した。
「ハ、ハルカ? ちなみに、そ、それは褒めてるのかな?」
なぜかハイコは怯えている。ハルカが何か言う前にハイコは続けた。
「というかハルカ怒ってる? 怒ってるよねごめんねっ?」
「なんでハイコ先生が謝るの? 別に怒ってないよ。ただちょっとショックだっただけ」
落ち着いて素直に、全部本当のことを言った。
「ホ、ホントに?」
「うん」
コクッと頷くと、エミリオが10ポンドチップをいじりながら、
「あんなアホでもVIPルームに、しかも嫌な顔されずに入れるってことは、かなりの金持ちなんでしょう? どんな仕事してるんですか?」
「え? いちおう、企業の──役員だよ」
お茶を濁した風のハイコにチヒロが、
「もう金持ちだってバレたんだからさ、この二人には言ってもよくない? ハイコがVIPっていうのもバレてるし、両親にも会っちゃったし、今こそ打ち明ける時だと思うけど?」
「うーん……。そっか……。そうだよね。じゃあ……ハルカとエミリオ君だから特別だよ? 学校のみんなには内緒にしてね?」
ハイコはあまり乗り気じゃないようだったが、話し始めた。
「父さんは、あれでもいちおう朝倉家の現当主なんだ。朝倉財閥のね。そして母さんは、ゲルブ・タッシェントゥーフっていう会社のCEOの、家族なんだ」
まず朝倉財閥とは、工業、造船、鉄道、貿易、銀行、医療、酒造など、あらゆる分野に進出して日本の経済に大きな影響を与えている、日本三大財閥の一つだ。現在朝倉家は経営からはほとんど身を引いていて、個々の事業に関わることなくただ朝倉本社の総理事の決定を承認したり、相談役などに徹している──というのが公に知られている事実だ。
そしてゲルブ・タッシェントゥーフ社とは、高級知育玩具のみを販売しているドイツの玩具会社。支社は世界各地に存在し、欧米でのシェアは長年断とつトップを誇っている。日本でも10年前くらいから販売が開始され、CMも頻繁に流れている。
つまり世界的に有名な玩具メーカーなのである。ちなみに社名の意味はドイツ語で“黄色いハンカチ”。
「ふーん。つまりあの二人は有力スポンサーとしてVIP待遇を受けてる訳ですか」
「まぁ……そういうことかな」
ハイコが答える。次はチヒロが。
「そして主催者は将来ハイコもスポンサーになってくれることを期待して、毎年こうやって“友人”付きで招待してくれてる訳だな。このパーティー、毎回豪華客船を何隻も貸し切る訳だし、とにかく金がかかるから主催者も大変だよ。さしずめスポンサーは神様か」
「ミニスイートの客なのにバトラーついてますしね。やっぱりスポンサーの家族とその友人は将来の為に大事にされる訳ですね」
「だな」
「でもなんでヴェインリッヒはそんな念入りに隠したがるんですか? 自慢すればいいじゃないですか。きっとモテますよ?」
エミリオの訊き方はちょっと雑だった。ハイコはそれ自体には気分を害した様子はないが、「それは……」と言い淀み視線を下方に下げた。
「チヒロッ……!」
助けを求めるように視線をチヒロに向けたハイコは、チヒロの肩をがしっと掴んだ。
チヒロは短くため息をつき、「言っていいの?」と訊く。ハイコがこくりと頷くと、チヒロはゆっくりしゃべりだした。
「細かく話すとドン引き確実だろうから、まぁ、おおざっぱに」
軽く咳ばらいをして続ける。
「昔大学でバレた時にさ、急に友達が大量に増えたんだよ。心優しいハイコはその友達に……。何があったかは想像に任せるけど、ハーフってだけですでに色眼鏡で見られてたし目立ってたから、もういろいろ大変だった訳。モテるとかそういう次元じゃないみたいな? そんなことがあってからハイコは自分が財閥の御曹司だってことをいちおう隠すようになった訳だ。まぁ、それより前からも普通に隠してたけど。バレたのは偶然だったし。それにハイコは長男じゃないから──ていうかハルカちゃん気持ち悪い!?」
「えっ?」
急に訊かれたのでハルカは思わずびくついてしまった。とりあえず小さく首を横に振って、「ううん。大丈夫」と言う。
ハルカはちゃんとみんなの話しを聞いていた。ハイコ先生って朝倉財閥の御曹司なんだ。びっくりだなぁ。でも隠したりするところがハイコ先生らしいな。そういうこと自慢しない人ってカッコイイな──とか考えていた。
でも元々寡黙だし、他人──特に大勢がしゃべっている時はもっぱら黙って聞いていることの方が多いし、話しに加わるのにはちょっとした勇気が必要だし、結局黙っていた。
気分が悪いとかつまらないとか、そんな風に勘違いされることは昔からよくあった。俯き気味だったり伏し目がちになったりしているからかもしれない。心配かけることは悪いことでもある。ハルカは申し訳なく思い、反省した。
「ぼーっとしてた」
心では“ごめんなさい”を言ってるのに、口から出たのは全然違う言葉だった。
まだまだ全然いろいろダメだ。結局逃げてるのだ。苦手なことから。大勢との会話から。
◆
「──説明は以上だ。分からないことはそれぞれ班長を経由して私に訊きに来なさい。では作業開始」
涼しい目をした若い男──魔法陣のジェックス先生の合図により、100人近い人影が一斉に暗黒の海中へと消えて行った。月明かりに照らされる豪華客船──スリーピング・キャット号の船底に向かって。
海中でも息ができるようにみんな自分の周りを空気で包んでいる。これも学校で習った魔法の一つだ。水属性か風属性の性質を持ったヴァンパイアにしか使えないので、みんなで助け合っている。




