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My Fair Vampire  作者: 九重ゆえる
第8話 『海の上のヴァンパイア、狙われた眠り猫』パーティー編
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第8話 パーティー編1

 ドイツ連邦共和国の地下に広がる保守的ヴァンパイア達の本拠地は、約2000年前に建造が開始され、その後も何度か改修や拡大を繰り返し、17世紀頃にはほぼ今と変わらない規模と姿になった。それ故街並みは電車を除き中世そのもので、地上にある世界遺産よりも貴重な建物が数多く存在している。

 その貴重な建物の中でも特に貴重な、位の高いヴァンパイアが書類仕事をする建物に、ドイツ人ヴァンパイアである熊のような大男──シュナイダーはいた。窓を背にして机の前に座る神経質そうな年上の男と、向き合っていた。

 男の身分はシュナイダーより二つ上の査問監察官。

 査問監察官は主に枢機院議員や、シュナイダーのような元帥の監督をするのが仕事。適任ではないと判断した場合には国王親衛隊に進言し、身分降格を実行することもできる。もちろんその逆も。

 シュナイダーには実際昇格話しがきていた。しかし憎むべき部下のせいで無しになってしまった。その判断を下したのが、今目の前にいるこの男。

 今日、シュナイダーはチャンスをくれと慣れない敬語で慣れない懇願をしにきた。

 先日議会で可決された大規模な計画のことは知っている。更生が必要な──いわゆる出来損ないのヴァンパイア達は、毎年この時期になると世界各地の海上で盛大なハロウィンパーティーを催すらしい。そのどこかに、“反逆者”がエトワールを連れて現れる──もしくは“反逆者”の居場所を知るヴァンパイアがいるかもしれない。だからパーティー会場を片っ端から襲撃しようという計画だ。……誰がエトワールのいる東京へ行くかは派閥争いの末の暗殺騒動などによって未だに決まっていないというのに、この計画を実行することはすぐに決まった。

 計画は“あの怪物達”まで使う危険なものだが、汚名返上に利用しない手はない。さっそくシュナイダーは、もしも“反逆者”を生け捕り──もしくはエトワールの捕獲に成功したら、昇格取り消しを取り下げ、名誉ある勲章を授与して欲しいと頼みにきたのだ。

 今まさにその返事を待っている最中だった。

「……ではシュナイダー」

 男が書類から顔を上げた。体温の低そうな声と目つきは、まるで爬虫類だった。ちなみにこの男にはトカゲの使い魔がいる。今日もその首に貼り付いている。

 気味の悪い男だ──と思いながらもシュナイダーは真面目に耳を傾ける。

「君には北大西洋へ行ってもらおう。ドイツに近いから、地中海の次に“可能性の低い”場所だ。君はもうただの捨て駒だから、せいぜい議員や私の仲間の盾になって、“名誉ある死”を遂げてくるといい。良い“勲章”が貰える」

 実につまらなそうに、片手間のように話している。

 一度ミスを犯した者にはここまで差別するのか──。なんという扱い! 俺はドイツ人だぞ!? なんという屈辱!

 プライド崩壊寸前のシュナイダーだったが、魂を震わせて宣言した。左胸に拳を当て、敬礼のポーズをとって。

「反逆者及びエトワールを、生きたまま必ず連れてまいります!」

 爬虫類男は見下したようにフッと嘲笑った。馬鹿にしたのだ。他人の誠意と決意を。

 この時シュナイダーに、いつかこの爬虫類男を3週間人間の血を飲ませない上で砂漠のオゾンホールの下に放置してやる──という残虐な野望が生まれた。

 計画の詳細が書かれた書類を引ったくると、シュナイダーは速足で部屋を出た。

 不愉快さに眉間に皺を寄せていたシュナイダーだが、書類に書かれていた“船の名前”を見ると、ほくそ笑んだ。

 ここに必ずあいつは来る。“あのずる賢い赤眼の白猫”は。

 シュナイダーの本当の望みは昇格でも勲章でもない。それは上辺のものだ。怒りを収めるものはもう“そんな位置”には存在しない。

 ただ、殺して殺して殺して殺して、殺し尽くしてもまだ殺して、命乞いしてもまだ殺して殺して殺して殺して殺して──!

 自分のすべてをめちゃくちゃにしたあの白猫を、シュナイダーは今でも許していない。許すとか許さないとか、もうそんな次元はとっくに過ぎ去った。どこまでも残酷に、身も心も苦しめてやろうと思った。散々可愛がってやったのに恩を仇で返されたから。

 あの白猫の為だけに世界中の拷問法や処刑法を覚えた。中でも中国と日本のものは群を抜いていたので実際にやるのが楽しみで仕方ない。精神的苦痛も与える為、妹を探し出して目の前で大勢に犯させたり、東ヨーロッパの売春宿に売り渡すと脅したり、顔面をズタズタに切り裂いてから強力な呪いを何重にもしてかけ、再生できなくしたり──そんな風なあらゆる手段を考えた。

 あの白猫の絶望する顔が見れるのは妹に不幸がふりかかる時だけだから。

 忌まわしい白猫が恐怖と後悔と絶望の果て“無事に”世界から消えたら、シュナイダーはエトワールを奪って究極の力を手に入れ、すべてのヴァンパイアの頂点に立つつもりだった。

 国王さえもひざまづかせて、踏みつけてやるつもりだった。







(……うーん、どうしよう……)

 黒髪ストレートの色白小柄少女──相澤ハルカは悩んでいた。明日の旅行に楽譜を持って行くか行かないかを。

 今日はもう10月30日、金曜日、午後9時。明日の今頃は出発している時間だ。

(やっぱり持って行こう……)

 心中で呟き、ローマでトネットに貰ったボストンバッグに、3曲分ほど詰め込んだ。

 ピアノがあるのは明白だがハルカなんかが勝手に弾いてはいけないのも明白だった。それでも、暇な時ただ眺めるだけ用として持って行くことにした。安心できるかもしれないから。精神安定剤として。

 たった1泊2日の旅行だが、ハルカにとっては多大な勇気が必要なのだ。他人なら気にもしないようなことが大きな不安となってのしかかってくる。普段から逃げ場や一人になれる場所を探しているハルカにとっては。

 少し前のハルカなら、絶対に断っていた。でも、今は苦手なことにでも挑戦してみようという向上心がある。だから行くことにした。

 ヴァンパイアでもあり担任教師でもあるハイコから誘われた、ヴァンパイアの船上ハロウィンパーティーに。

 ……とは言いつつ今でも気を抜くと“やっぱり断ろうかな”という引っ込み思案な自分が出てくるのも事実だったりする。でも、自分が行かないと毎年行っているハイコとチヒロが行けなくなってしまう。ハルカを日本で守らなければいけないからだ。だから行くことにしたというのも半分くらいはあった。

 二人は気にしないでいいと言ってくれたけど、自分のせいで二人が毎年の楽しみを失うのは絶対に嫌だった。

 ハルカが行くと言うと、横でずっと黙って巨峰を食べていた白髪赤眼の少年ヴァンパイア──エミリオも行くと言った。あまり浮かない顔をしていたのがなんとなく気になったが、ハルカはその時は何も訊かなかった。






 翌日。31日、土曜日、午後9時5分前。ハルカはグレーのフェルト地膝丈ワンピースの上に真っ白なピーコートを羽織り、先の丸いピカピカの黒の革靴とダークグレーの靴下を履き、一つのボストンバッグを両手で持って、貴重品が入った小さめのショルダーバッグを斜めにかけ、大理石の玄関にある鏡の前で全身をチェックしていた。

 この時期の東京でこの格好は厚着といえるが、今から行くところは東京より北なのでこのくらいがちょうどいい。ハイコもあったかい格好で──と言っていたし、ハルカは夜中にデッキに出るつもりだったし。……とある用事で。

「はぁ~……」

 特に変なところはたぶん無いが、一気に気分が悪くなってきたハルカはため息をついて目を閉じた。吐き気はするし心臓はバクバクいってるし……もう最悪だった。何がそんなに不安なのか、もう自分でもよく分からなくなってきていた。

 そんな時携帯電話に着信があり、エミリオがシフトで迎えにきた。

 エミリオと一緒にハイコの家の玄関ポーチに着くと、ハイコとチヒロの他にハルカの知らない男の人がいた。ホテルのベルボーイのような格好をしている。

 この間ハイコが言っていたトランスポーターという職業のヴァンパイアだろう。トランスポーターは言わば“瞬間タクシー”のようなもので、行き先を告げれば人間・ヴァンパイア関係なくだいたいどこへでも連れて行ってくれる。シフトのエキスパートだそうだ。もちろん商売なので料金も掛かるが、今回はパーティーの主催者が雇ったトランスポーターなので、無料になっている。

「こんばんはハルカ。忘れ物はないかい?」

 ハルカの目線の高さまで少し屈み、優しい笑顔でハイコが訊いてきた。そのあと奥から、ハルカのカウンセラーでもありヴァンパイアでもあるチヒロが小さめの旅行カバンを持ちながら出て来て、和やかに言う。

「まぁ、忘れ物あってもすぐ戻れるけどね」

 ボストンバッグの取っ手をキュッと握ったハルカは、こくりと頷いた。

「ないよ。大丈夫」

 ハイコやチヒロの笑顔を見て声を聞いたら、なぜかホッとした。

 二人も一緒。二人がいればきっと大丈夫。

 そんな風に思えてきたハルカの心からは、少しずつ不安が消えていった。緊張も吐き気も消え、脈拍もだんだん正常に戻っていく。

 それだけこの二人の大人は、ハルカにとって大きな存在となっていた。

「エミリオ君も平気?」

 黒いナイロンバッグを持ったエミリオがそっぽを向いたまま無言で頷くと、「バッグ持つよ」とさりげなく言ったハイコがハルカのボストンバッグを掴んできた。ハルカは素直に厚意を受け取り、そっとバッグから手を離した。そしてぼそっと、「ありがと……」と言う。するとニコニコ微笑ったハイコに、「どういたしまして」と言われた。

(……うぅ、なんか気持ち悪い)

 むず痒いというか、恥ずかしいというか、嬉しいというか、なんとも言えないほあほあした気持ちを、ハルカは“気持ち悪い”と表現した。間違ってはいないと思う一方で言ってはいけない言葉でもある気がしたので、言うのはやめておいた。

「じゃあ、行きますか?」

 チヒロが言うと、狭い玄関ポーチに5人+使い魔2匹が集結した。……ここでしか靴が履けないので。

 トランスポーターが営業用なのか本心なのか、親しみ易いスマイルで丁寧に手際良く両腕をまくると、ハイコ、チヒロ、エミリオが腕を掴んだ。ハルカもそれを見てそっと腕を掴む。使い魔たちはマスターにくっついて行けるので、触れる必要はないそうだ。

「では、これより数回のシフトを繰り返し、ロシア経由で皆様を目的地までお連れ致します。シフト中はくれぐれもお手を離さぬよう、お願い申しあげます」

 一通り挨拶が終わると、一瞬で景色が変わった。雪の積もった森の中だ。ロシアのどこかだろう──とハルカが思っていると、次々と景色が変わっていった。トランスポーターは途中で熟考したりせず、リズムよくすらすらシフトしていった。

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