第7話 17
エミリオも悪魔という訳ではないし、血も涙も優しさもちゃんとある。妹思いな姿を見たので、ハルカはそれをよく知っている。
下見までしていたなんて……。
すっかり見直してしまったハルカは、もう許すことにした。リュウトに火傷を負わせたことも悪く言ったことも。
エミリオなりに心配してくれていただけなのだ。リュウトをあまり知らないからこそ、ハルカがアナみたいになってしまうことを恐れていたのだ、きっと。
ただ、不器用だったからこじれてしまっただけ。さらにあの日はハルカの精神状態が最悪だったし、エミリオはエミリオで生活環境が変わったばかりで気が立っていたのだろうから、余計ぐちゃぐちゃになってしまったのだ。
ハイコと別れ、石段を上り、神社に着くと、ハルカの友人達は皆狛犬の横にいた。ハルカが小走りで近付くと、モモがミルクティー色のくるくるヘアーを跳ねさせ、すごい勢いで飛び付いてきた。ユカリには両手で頬を挟まれ、怪我してない? と真顔で訊かれて見つめられてしまった。
携帯電話は通じないし、ハルカが誘拐でもされたのかと思って皆心配していたそうだ。
リュウトの携帯電話が通じなかったのは、ハルカとはぐれた時金魚すくいの生け簀に落としてしまったかららしい……。
ハルカが心配させてしまったことを、リュウトが見失ってしまったことをそれぞれ謝ったりしていると、やがて細く甲高い音が響き渡り、花火が始まった。
待ち合わせをした時とは違い、境内はたくさんの人で賑わった。
ハルカの友人達は皆何かしら食べ物を持っていて、それを食べながら花火を見ていた。モモは左手にわた飴を持ちつつ、右手にリンゴ飴を持つ彼氏のケイタと、たこ焼きを食べさせ合っていたし、ユカリとカズキは仲良く冷やしパインを食べていた。ハルカの隣のリュウトはタコスを頬張っている。
ハイコに買って貰った残り少ないイチゴ味のかき氷を口に運びながら、ハルカは思っていた。
たとえ、これから悩んだり落ち込んだりして生きることに迷ってしまっても、見つめる先が闇でも、少しでいいから、“可能性”を信じてみよう。
現実と向き合うのは苦痛だし疲れるし怖いけれど、簡単に諦めるのはもうやめなければいけない。この世界に参加しているという自覚を持ち、人との関わりを大事にして、投げ出さないで、めんどくさがらないで、真面目に向き合って行かなければ。
だって、そうじゃないと失礼になるから。
真っ暗闇の淀んだ深海には、いつの間にか温かいランプを持った人達がたくさんいて、ハルカに手を差し延べて微笑みかけていたのだ。
ハイコ、エミリオ、チヒロ、リュウト、モモ、ユカリ──。
つい2ヶ月前には存在すら知らなかった人達が、今、確実にハルカの力になっている。
これはターニングポイントなのかもしれない。
状況は変わったのだ。次に変わるのはハルカ自身。支えてくれる人達の為にも、前を向かないといけない。貰った優しさにただ甘えるだけなら、今以上に価値の無い人間になり果ててしまう。
これからは、いろんなものに興味を持つのも良いかもしれない。新しい自分との出会いも大切だ。リュウトと付き合ってみるのも一つの手段だろう(まだ好きならの話しだけれど)。
苦手なことでもやってみれば、主観としての世界はきっと変わるはず。良い方に変われば、過去に怯えることも、未来に絶望することも、きっともうなくなるはず……。
隅田川に浮かぶ平らな台から次々と打ち上げられる花火は、星のない淋しい夜空に鮮やかな賑わいを与え、見上げる者すべての顔を照らしていった。
(……?)
ふと感じた視線の方向にハルカが顔を向けると、リュウトがこっちを見つめていた。突然ハルカと目が合って驚いたのか、リュウトは頬を染めて目を泳がせた。しかしすぐにまた目を合わせ、照れたように、嬉しそうに微笑った。
その少年らしい無邪気な微笑みに、ハルカはつられてほんの少しだけ口元を緩めた。でも恥ずかしいので、ごまかすようにすぐにかき氷を食べた。
「舌見せて?」
なんで?──とも思ったが、あまり深く考えず、ハルカは言われた通り舌を少し出してみた。するとリュウトはクスッと笑い、「真っ赤」と言った。
花火の方はメインと思われる激しい連射が始まり、最高潮を迎えていた。
来てよかった──とハルカはしみじみ思う。もしもドタキャンして部屋に篭っていたら、きっとまだどんよりとした憂鬱の霧に包まれていたはずだ。
数時間後すら何が起きるかまったく分からない世界。こんな世界を楽しむ方法は、暗い過去でも不透明な未来でもなく、きっと“今”にあるのだと、ハルカはなんとなく思った。
(エミリオにお土産買って行ってあげようかな……)
何が良いかを考えつつ、ハルカは光る夜空をまっすぐに見つめた。
◆第7話◆
◆END◆




