第7話 16
「え? うーん……」
ハイコは困り顔で腕を組んだが、急に明るい表情になって、
「ブルーハワイはブルーハワイだよ。つまりブルーハワイ味だねっ」
ウインクしてきた。
……使えない。そして意味が分からない。
がっかりしたハルカは、「わたしはイチゴにする」と言って先に注文した。
「かわいいお嬢ちゃんには大サービスだ!」
威勢の良い40代後半くらいの男性店主が、そう言って赤いシロップを氷に掛けた。きっと通常より多めなのだろう。
お金を払う為巾着からクレジットカードを取り出したら、注文し終わったハイコに、「えぇっ!?」と頓狂な声を上げられた。
「どうしたの?」と訊くと、
「ハルカお嬢様には脱帽だよ」
ハイコは信じられないというような目で見てきた。ハルカは眉をひそめ、首を傾げる。
「お祭りでカードはナンセンスさ。使えないのだよ」
ぎょっとした。知らなかった。日本にいながらカルチャーショックだ。
「う、そ。ブラックでも?」
呆然として訊くと、
「いやいや、ランクとかは関係ないのだよ」
カードをしまったハルカは焦った。
どうしよう。カードしか持って来てない!
「じゃ、ちょうどでお願いします」
ハイコが笑顔で店主に代金を渡した。受け取った代金をさりげなく手際よく死角に置いた店主は、「はいまいどー」と赤と青のかき氷を差し出してきた。
両方受け取ったハイコは、赤のかき氷──イチゴをハルカに差し出してきて、優しく微笑み、
「はいどうぞ。最初からおごってあげるつもりだったのに」
かき氷をきょとんと見つめた後、ハルカは、「えっ?」とハイコを見上げた。
おごられることなんて、まったく考えてなかった。
むず痒くなってきたハルカは、下を向いてかき氷を受け取った。このプラスチックカップは記念に家に持ち帰ろう──と決めて。
だって、よく分からないけどなんだかすごく嬉しかったから。
「……ありがと」
視線だけ逸らしてぼそっとお礼を言った。
「どういたしましてっ」
にこっと微笑って言った後、ハイコは複雑な顔をして、
「……でも、たった400円にお礼を言われるのは、大人としては結構恥ずかしいよ?」
そう言ってブルーハワイを一口食べるハイコの口元を、じっと上目遣いで見つめたハルカは、「しょっぱい?」と訊いてみた。
「んっ?」
聞き間違いでもしたかのようなハイコ。
「ブルーハワイって塩味なんでしょ? ……やっぱハワイの海水入ってるのかな……? 値段一緒なんて変だね。輸送するのにいろいろお金掛かってそうなのに」
先端がスプーンになっている画期的なピンクのストライプストローで、人生初の生かき氷を崩しながら、ハルカは何気なく訊いてみた。
するとハイコが突然むせりだした。「大丈夫?」と訊くと、今度は笑いだした。
「ハルカおもしろすぎだよ。ツッ、ツンデレ+【プラス】天然なんて、ずっ、ずるいよ」
ハルカにはよく分からないことを笑いながらハイコは言っている。
ハルカは、崩したかき氷をすくって一口食べてみた。冷たさが口に広がる。
(……おいし)
目を丸くするハルカ。
これは。すごい。さすが。
たかが氷とシロップだけなのに、かき氷マジックに嵌まってしまった。
甘さや舌触り、香り、量、氷のきめ細やかさ、やわらかさ、シロップの染み込み具合、鮮やかさ。すべてにおいてスーパーやコンビニのかき氷アイスとは訳が違う。あっちは完全なフェイクだったのだ。今まで贋作を買わされていた。なんてことだ。
ハルカが少し異常な程初めてのかき氷に感動していると、笑いが収まった様子のハイコが自分のかき氷を差し出してきて、
「食べてごらん? ちゃんと甘いから」
ハルカは素直に自分のストローを青い氷に突き刺し、すくって食べてみた。
(甘い……)
普通に甘い。いや、微妙に爽やか? でも、これがブルーハワイだなんて納得いかない。うーん……。
ハルカは煮え切らない表情でブルーハワイを見つめた。
「甘いだろう? これがブルーハワイ味さ。ちなみにハワイの海水が甘いのではなく、そもそも入っていないのだよ。分かったかにゃ?」
何が“かにゃ?”だ。自分だってフランクフルトが直輸入だと思ってたくせに。ふーんだ。いいもん。
屈辱感に子供っぽくふて腐れたハルカだが、ふとあることに気付いて落ち込んだ。
つまりハルカ自身も、お祭り屋台の知識に関しては、フランクフルト直輸入説を信じたハイコと、所詮は同レベルという訳だ。
「花火何時からだっけ?」「8時8時! 後10分!」「神社まで上ろっ? あそこが一番よく見えるんだよ?」
男女5~6人の小学生の集団が、そんなことを話しながら駆け足で去って行った。
ハルカは時間を知る為、かき氷のカップを持つハイコの左手首からちらりと覗く腕時計を、身体を曲げて見てみた。
なにげに高級腕時計で有名なブランド名が文字盤に明記されていたので、ハルカは一瞬驚いた。モデルは違うが父親も持っているからだ。
そんなことを顔には出さず時間を確認すると、確かに8時10分前だった。そろそろ神社へ行かないと。
リュウトを探しながら老若男女で賑わう通りを歩き、神社へ続く長い石段の前に辿り着くと、ハイコが口を開いた。
「それじゃ、私はエリザベスやチヒロと合流して、忍者の如く陰でハルカを見守ってるから、みんなと花火楽しんでおいで?」
ハイコは立てた左手の人差し指を同じ形の右手で掴み、よくある忍者の真似をしている。
(忍者……)
またふざけたことを──と呆れるハルカだが、守ってくれることはありがたいので、ここは頷くことにした。
「うん」
「それから──」とハイコは付け足す。
「エミリオ君から話しがあるそうだよ? 私の部屋で待つそうだから、ハルカは家に着いて準備が出来たら、連絡してね? シフトで迎えに行くから。実はね──」
そこでハイコが辺りを窺うように碧い瞳をキョロキョロさせた。
「ここにも来ているのだよ? エミリオ君。どこかで私達──というよりも、ハルカを見ているはずさ。そして広範囲検索を一生懸命かけてくれているよ。この辺りには3回くらい訪れて、地理の下見を念入りに行ったそうだよ? しかも学校でハルカと喧嘩みたいになる前からね。暴言も吐くエミリオ君だけど、ただハルカのことが心配だっただけなのだよ。かわいいよねぇ」
ハイコはにこっと微笑う。
そうだった。エミリオと喧嘩してたんだっけ。
憂鬱なことを思い出したハルカだが、気分までは不思議と憂鬱にはならなかった。




