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My Fair Vampire  作者: 九重ゆえる
第6話 『遠い街の加護』
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第6話 12

 その後はチヒロに引きずられるようにして橋を降ろされた。

「アホかっ! 何考えてんだよ! 死んだらハルカちゃんに会えないぞ!? ──だいたいおまえはな──!」

 チヒロの説教を意識の表層で聞き流しながら、ハイコは向こう岸を泣きながら歩くハルカを見つめて叫んだ。

「ハルカーッ!!」

 周囲の通行人が煩わしげに振り向くくらい力いっぱい叫んだのに、ハルカには聞こえていなかったようで、ぴくりとも反応しなかった。

 エリザベスや社長なら向こう岸へ行けるのだが、今は疲れ切ってホテルで寝ている。仕方なかった。最近は毎日広範囲検索をかけていたから。動けなくなって当たり前なのだ。

「あっ! あいつ!」

 チヒロがハルカの方を見て怒ったように言った。その原因はハイコにもすぐ分かった。地元のイタリア人らしき少年が一人、ハルカに声をかけたのだ。親切なのか作戦なのか、ハンカチか何かを差し出して。……今のハイコにとっては100%作戦にしか見えなかったが。

 ついて行ってしまったりして。

 そんな心配はただの杞憂に終わり、ハルカは怯えたように逃げて行くだけだった。

「あいつ絶対ナンパだよ。あんないたいけな少女をたぶらかそうとするなんて許せん。ハンカチ出したのも優しさとかじゃなくて絶対下心だよ。弱ってるところに付け込もうとするなんて最悪な奴ー。さっさと消えてしまえ」

 チヒロの悪態をぼんやり聞きながら、ハイコはやるせない気持ちで立ち尽くした。

 何があったのだろう。どうしてあんなに辛そうに泣いているのだろう。一人ぼっちで、こんな遠い街に連れて来られて……。

 今すぐ話しを聞いてあげたい。大丈夫だよと言って安心させてあげたい。怖がらないでいいと言って抱きしめてあげたい。

 その顔を曇らすすべてのものから守ってあげたいのに、それなのに……傍にすら行けないなんて。

 ……どうして私はヴァンパイアなのだろう……。

 自分がヴァンパイアだということを嘆かずにはいられない。

 やがてハルカは角を曲がり、ハイコ達からは完全に見えなくなってしまった。

 その日は警察官に職務質問されながらも、一日中その場所で、また現れるかもしれないハルカをずっと待った。

 次の土曜日も日曜日もそこで待ったが、ハルカは二度と姿を見せなかった。







 ついにエミリオとの約束の月曜日がきた。本日イタリアは平日だが、日本は体育の日で休みなのだ。ちょうどよかったが、試験勉強がまったく出来なかったのはかなり悔やまれる。……火曜日から中間試験なのに。

 ハルカはトネットのブティックがある建物の屋上でエミリオを待っていた。トネットと一緒に。制服と、トネットに貰った服がたくさん入ったボストンバッグを右手に持って。白うさぎのシュネーは、ボストンバッグから顔だけ出して外を窺っている。

 金曜日は結局、でたらめに走ったあげく迷子になった。しばらく街を歩いていたら、テレビでよく見かけるスペイン広場に辿り着いた。夕方までなんとなくそこにいたら、トネットが見つけてくれた。申し訳ないことをしたと思い、ハルカは素直に謝った。それからはホテルを一歩も出ていない。サン・ピエトロ大聖堂で注目されて以来、人が大勢いる場所が怖くなったのだ。様々な国籍の人に見下ろされる恐怖はまだ消えていなかった。

 部屋でテレビを見ていたら、サン・ピエトロ大聖堂のマリア像が微笑んだ後血の涙を流した──というニュースをやっていた。トップ扱いだった。あの時大聖堂にいた観光客などが興奮気味にインタビューに応じていた。今やこのニュースはイタリア中に知れ渡っているようだった。もしかしたら日本でも取り上げられているかもしれない。

 そしてワイドショーでは、ピエタのマリアと同時に血の涙を流したとされる、アジア系の謎の少女の話題で持ち切りだった。なんと少女──つまりハルカが辿った道順を推測して撮影までしていた。……だいたい合っていたから恐ろしい。ホテルを突き止められないで良かった。そして観光客のカメラに映っていないで良かった。

 とっととこんな国出て行きたい。早く自分のマンションで落ち着きたい。

(早く来ないかな……エミリオ)

 アズーリの空の向こうを見つめ、ハルカは心中で呟いた。不安顔で。もしかしたら来ないかもしれないから。

 アナの声が戻った今、結局エミリオにとってハルカなんかはもうどうでもいい存在なのかもしれないし……。このままローマで野垂れ死んでも構わないと思っているのかもしれない。いくら妹に“守って欲しい”と言われていても、大勢のヴァンパイアに狙われるハルカと一緒に行動をするのは、得策とは言えないと思うし。

 お得意のマイナス思考が加速してきた時、不意に背後に気配を感じた。振り向こうとしたら──。

「今僕のこと考えてませんでした?」

 不敵に微笑う、白髪赤眼の美少年に後ろから抱きしめられた。ハルカの黒髪と少年の白髪を、ローマを流れる緩い風が絡ませていく。

 びっくりしたが、ハルカは冷静に、「……バカじゃないの?」と半眼で軽く睨む。すると容赦なく片頬を抓られた。

「ん~~……」

 ハルカが声にならない声を上げて頬を押さえて呻いている間に、エミリオはトネットに何か言っていた。トネットは上品に微笑んだ後、ハルカを抱きしめて両頬にキスをしてきた。それが別れの行為だとハルカが気付いた時には、トネットは手を振り、何か言って建物の中へと続く扉に入って行ってしまった。

 最後にもう一度、1週間面倒を見てくれたことと服のお礼を言うつもりだったのに、別れの言葉さえ言えなかった。

 ハルカががっかりしていると、エミリオがこっちを見て言った。

「“イタリアに来たら必ず訪ねてね。今度はローマ市内を案内するわ。ただ一つの心残り、あなたの笑顔が見たいから”──だってさ。ハルカのこと気に入ったみたいですよ?」

 それを聞いたハルカは微笑みが零れそうになった。しかし恥ずかしいので噛み殺し、なんでもない顔で、「トネットさんには感謝してる。……いろいろ迷惑かけたし」と言う。

「素直に嬉しいって言って微笑えばいいのに。めんどくさい奴ー」

 エミリオが半眼で小言を言ってきた。また抓られたら嫌なので、ハルカは数歩下がって距離を取ってから、「……うるさいなぁ」と口を尖らせて文句を言った。しかしそれは意味が無く、真後ろにシフトして来たエミリオに黒髪をピンと引っ張られた。

「その言い方ムカつきます。微妙に逃げてから言ったのが余計ムカつきます」

 エミリオは何度も髪をピンピン引っ張ってきた。ハルカが自分の頭を押さえて、「痛い痛い」と抗議の声を上げた時だった。ハルカの黒い双眸にありえない人物が映った。数軒先のオレンジ色の屋根の上。アズーリの空によく映えるプラチナブロンド。風になびく細く長い赤いリボン。透き通る碧い瞳。それから黒いロングコートの肩に乗る空色の小鳥。

(ハイコ……先生?)

 ハルカは固まって目を丸くした。まだ髪を引っ張るエミリオが横で、「かわいく、ごめんなさい許してください──って言ったら放してあげないこともないですよ?」などと性悪なことを言っていたが、ほとんど耳に入らない。

 力の抜けた右手からボストンバッグが落ちる。シュネーが中に引っ込んだ。

「──ハルカ?」

 訝るようにエミリオがそう言った時、長身が至近距離に現れた。ロングコートが乾いた音を立ててはためく。

 やっぱりハイコ先生だ!

 信じられないような思いの中、ハルカの心には強く輝くキラキラとした感情が生まれていた。見知らぬ土地で知ってる誰かに会うのは、言葉にならない程の喜びだった。ローマの街が一気に違って見えた程だ。

「レディーになんてことしてるのかなエミリオ君」

 ハイコは余裕そうに言いながらエミリオの腕を掴み、ハルカの髪を引っ張るのをやめさせた。そしてハルカをエミリオから守るように自分の背中に隠し、手を繋いできた。

 決してがたいが良い訳ではないのに、ハルカはその背中に頼りがいを感じた。

 するとエミリオが癇に障ったような低い声で、

「僕のハルカに触らないでください」

 片方しかない赤眼は鋭くハイコを睨み上げている。

「いつからハルカはエミリオ君のものになったんだい?」

 ハイコの雰囲気は真面目で、叱るような言い方だった。

「そうですね。けっこう前からです。弱い者にハルカを守る権利はありません。ハルカを守るのは僕一人で十分です。だからさっさと手を放してくださいっ」

 同時にエミリオは人差し指の上に青白い火球を出現させ、バックステップで距離を取りつつ、振りかぶって投げてきた。

 ぶつかる──と思いきや、砂のようにキラキラ輝くエメラルドの空気の塊が、火球を的確に弾いていた。まるで映画やアニメに出てくる妖精が、通った後に出す魔法の光みたいだった。

「これは“シュトゥルム”といって、風の魔法なんだ。ハルカは見るの初めてだよね? ……怖くない?」

 ハイコはこっちを見ないで、少し不安そうに言った。ハルカは怖くないと言う代わりに、ハイコの左手を握り返して、「綺麗だと思う」と言った。

「良かった」

 吐息混じりに言ったハイコは安堵したように微笑んでいた。

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