第5話 恋編6
ハルカの5人の友人達は皆ハルカを援護するという目的で参加する。友人に居場所を教えるのはルール違反なのでできないが。ちなみにハルカの携帯電話は先程生徒会室の金庫に保管されてしまった。
(あっ、エリザベス)
ハルカは上空を旋回する空色の小鳥──エリザベスを発見した。
エリザベスは今までも学園内でよく見かけた。授業中(とくにハイコ担当の化学)窓枠にとまっていたり、体育の時校庭の木にいたり。
そしてハルカが一人でいると、決まって肩にとまり話し掛けてくる。会話内容はほとんど、マスターであるハイコへの不満か公園を占拠する悪いカラスをやっつけたという武勇伝だ。
ハイコによるとエリザベスは今まで学園にはほとんど来なかったらしい。人間が嫌いだからだ。しかし今はハルカに会う為に頑張って来ているらしい。それを聞いてハルカは嬉しくなった。
しばらくハルカの周りを飛んでいたエリザベスは、やがて数メートル離れた木の幹にとまった。……いつもと違う。
「……? どうしたの?」
訝しがったハルカがきいてみると、
「ホ、ホントにハルカなのか? 猫みたいな耳としっぽが生えてるぞ!」
「……」
ハルカは自分の格好を今一度冷静に考える。……確かに猫だ。
「違うよエリザベス。これは作りもの」
言いながらハルカは猫耳付きのヘッドドレスを取って見せた。そしてまた付け直す。これを付けていないとルール違反になってしまうので。
「なぁ~んだぁ。びっくりしたぁ。オレ猫は大嫌いなんだ。だって“あいつ”、いーっつもオレのこと食べようとするんだぜっ?」
エリザベスがハルカの肩に飛んできた。
「酷い猫だね」
相槌を打ちながら、ハルカはあることに気が付いた。
「ねぇエリザベス。今から2時間くらい一緒に遊ぼう?」
「いいよ! なになに? なにして遊ぶの?」
「あのね──」
◆
第2化学準備室で中間試験の問題を作りつつぼんやりとコーヒーをすすっていたハイコは、ふと入った自分を呼ぶ校内放送に席を立った。
(……誰かな?)
まだ見ぬ客人をなんとなく想像しながら、ハイコは廊下を進み、第5応接室へ向かった。
コーヒーをブラックにした甲斐はまったくなく、頭はすっきりしていなかった。昨日から。
そう、昨日、ハルカとリュウトが手を繋いでいるのを目撃してから、ハイコはどうもおかしかった。気がつくとハルカのことばかり考えていたのだ。
今何をしているのだろうとか、何を考えているのだろうとか、誰を思っているのだろうとか。
「はぁっ」
盛大なため息をつき、第5応接室の扉を開けると──なんとそこには見知った顔が。
「チヒロ!?」
ハイコは思わず頓狂な声を出す。
「なっ、なんでチヒロがこんなところに!?」
「そっ、それはこっちの台詞だっつーの! なんでハイコがこんなところにいるんだよ!?」
溌剌とした若い男は、ハイコが8年前日本に来て初めて出来た友人──牧野チヒロだった。今でも交友は続いている。つい数日前にも二人で飲みに行った仲だ。そしてチヒロはハイコの“正体”のことも知っている。
「おまえエーデルワイスだったのかよ……。言ってくれれば良かったのに。まぁ、いくら金持ち学校ったって男だらけじゃ自慢の種にもならないか。女子って20人しかいないんだろ?」
チヒロはハイコがコーヒーをいれる間、癖のある自分の黒髪を指に絡めていじりながらそんなことをきいてきた。高級そうな黒のスーツを着ていたが、黒革張りのソファーにあぐらをかいて座っているチヒロは、まるで好奇心旺盛な小学生のようだった。
「うん。いないよ。でも関係ないさ。男子だろうと女子だろうと、みんな大事な生徒だからね」
言いながらハイコは、自分の胸に何か引っ掛かりを感じていた。今、嘘をついてしまったような……。
「へぇー。偉いねハイコは。つーか真面目だなぁ。俺は無理。もし教師になったら、やっぱり女子に牧野せんせー──とか呼ばれて囲まれたいもん」
にしし、と悪戯っぽく笑いながら、チヒロはハイコが差し出したコーヒーに口をつけた。
「“クライアント”にはそう呼ばれないのかい?」
「クライアントねぇ……。最近は家庭崩壊寸前のおじさんとか、夫の浮気に悩むおばさんとかばっかりで、若い女の子はご無沙汰なんだよ」
不満げなチヒロに、ハイコは呆れたようにふっと笑いながら、
「クライアントの性別や年齢にこだわっているようでは、真のカウンセラーにはなれないよ?」
「いやいや、口コミでここまで広まったんだ。もう俺は真のカウンセラーでしょ? ハイコは知らないだろうけど、仕事中の俺はむちゃくちゃ真面目だから」
そこでチヒロはきりっとした嘘っぽい真顔を披露してみせた。
チヒロがこういった不真面目なことが好きなところや、どんなクライアントだろうと真摯に対応する、実は真面目なカウンセラーだということを、ハイコはよく知っていた。だからこそ交友を続けているのだ。
「──で、私にどんな用があって来たんだい?」
ハイコのその台詞に、チヒロは難しい顔をしてきちんと座り直した。彼なりの、いわゆる“本気モード”だ。
「今回のクライアントは願ったり叶ったりな女子高生なんだけど、家庭にいろいろと問題を抱えてる。今日来たのは、クライアントの父親に担任にだけは娘のことを話しておいて欲しいと頼まれたからなんだ。ちなみにクライアントの父親は、何年も前からほとんど海外で過ごしているので直接ハイコに会えない状態にある。だから俺が父親代理人として、今クライアントの担任とこうして会ってる訳だ」
「そのクライアントって、もしかして……」
まさか。
ハイコの心拍数が上がり始めた。嫌な緊張感に襲われる。
ハイコのクラスに女子は3人しかいない。そのうち2人は両親が日本で働いていることをハイコは知っていた。残ったのは……つまり。
「相澤ハルカちゃんだよ。15歳。やぎ座のA型──」
チヒロはファイルをめくりながらどこか楽しげに話している。
「背は小さいけど容姿はアイドル並。ストレートの黒髪から察するに多少潔癖症の疑い有り。趣味は天体観測とピアノ。好きな食べ物はアイスクリーム。嫌いな──」
プロフィールを読み上げるチヒロを遮って、
「ちょっと待ってくれ給え」
「なに?」
「ハ、ハルカが、“チヒロみたいなカウンセラー”を必要とするほど、な、何か心に、問題を抱えているということかい?」
動揺してきたハイコは引っ掛かり気味に問う。
「てゆーか呼び捨て!? なになに? もう“そーゆー仲”なの? “実録! 今時の教師と生徒は秘密がいっぱい”ってやつ!? うわっ! 知りたーい! 父親には黙っといてやるからさ、ホントのこと教えてよ」
ハイコの隣に座って興味深げにきいてくるチヒロ。頬を染めたハイコは慌てて否定する。
「まっ、まさか! とっ、というかなんだいそれは!? そんなことある訳ないではないか! 親しみを込めてファーストネームで呼んでいるだけさ。もちろん他の生徒もね」
「ふーん」
疑いの眼差しを向けてきたが、チヒロはとりあえず諦めたようだ。
「ハルカちゃんは確かに心に問題を抱えてるよ。ちなみに何だと思う? “ハイコ先生”?」
挑戦するような言い方だった。
「え……」
落ち着いて考えた結果、すぐに二つの言葉が浮かんだ。
いじめ。
虐待。
一度思い付いていたことだった。疑惑はまだハイコの中に確かにあった。
「いじめか……虐待……?」
至近距離のチヒロに恐る恐るきくと、
「さっすが熱血教師! なんで分かったの!? 前の学校の引き継ぎ資料からは何の情報も得られないはずなのに」
チヒロは目を丸くしていた。
「それより、まさか両方なのかい?」
「いや、いじめに関しては父親から報告を受けてない。ハルカちゃんにとって学校はむしろ“逃げ場”になってたと思うし」
そこでチヒロはハイコの心に冷たい剣を突き刺すようなことを言った。
「だって家に帰ると、母親の暴力にたった一人で耐えなきゃならないからね」
立ち上がったチヒロは窓辺に寄ってこちらを見ながら、
「叩かれたり蹴られたり、食事を投げ付けられたり熱湯シャワーをかけられたり──。はたまた実の親とは思えない程キツイ言葉を浴びせられたり。そんなことされても誰にも言わなかったんだって。よっぽど母親に見捨てられたくなかったんだろうな……。辛かったと思うよ、ハルカちゃん」
ショックですぐには言葉が出て来なかった。母親への怒りというよりも、なぜ周りの大人が誰もハルカの異常に気付かなかったのか──ということの方をハイコは強く感じていた。
きっとハルカはSOSを送っていたに違いない。心も身体もボロボロになりながら微かに。それをなぜ誰も気付いてあげられなかったのか。
「ハルカの両親は離婚してるんだよね? 父親は海外だとして……母親は今どこに?」
ようやくしゃべり出したハイコの声音には若干どすが効いていた。
「児童虐待による様々な罪により服役中──だといいんだけど、実際は長野の精神病院に入院中。父親はステータスを守るため、ハルカちゃんは母親を守るため、裁判を起こす気はお互いないらしい。現在父親はハルカちゃんの心の病だけでもどうにかしようと、俺みたいな怪しい臨床心理士にまで頼ってる始末。まぁ、いちおう有名大学出たし? そんなに怪しいって訳でもないけど。でも俺の“正体”知ったらきっとすべてなかったことになるな。いや、その前にあんな真面目で冗談通じなさそうな人なら普通信じないか──」
“正体”──その言葉に思わずどきりとするハイコ。チヒロもハイコと“同じ”なのだ。“同族”──つまり。
「俺がヴァンパイアだなんてさっ」
◆
エリザベスは飲み込みが早かった。ハルカが指示した通り、人がいなかったら“ピーッ”と長く鳴いたし、人がいたら“ピピッ”と短く鳴いてくれた。
エリザベスに手伝ってもらうなんて反則かもしれないが、“小鳥に手伝ってもらってはいけない”というルールをハルカは聞いてない。




