第4話 13
「やり方?」
「うん」
「いったいなんの?」
「秘密」
「えー。教えてよぉ」
着ている白衣のポケットに両手を入れたハイコは、それをペンギンのようにばたばたと動かした。
「何やってんの?」
冷静な真顔の突っ込み。冷たいハルカ。しかしハイコは、ハルカは本当は優しい子だということを分かっていたので、メンタルダメージは軽かった。
「目ぇつぶってみて」
「目?」
一瞬きょとんとしたハイコだったが、まさかと思い冗談できいてみた。
「この展開は! ドラマで見たことあるよ! もしかしてキス!? いやぁ~。ハルカってば結構大胆なんだねぇ。先生びっくりだよー。でもちょっと、いやかなり嬉しいかなぁ」
冗談のはずが、ハイコの心臓は勝手に高鳴り始めた。そんな自分自身に若干戸惑っていると、ハルカが軽蔑の目で睨んできた。半眼で。
「……もういい。もう知らない」
その突き放すような低い声は本気で怒っているようだった。踵を返してつかつかと歩き出すハルカ。慌ててついて行って声をかけるハイコ。
「ごめんハルカ! ちょっとしたジャーマンジョークさ。怒らせるつもりなんてなかったのだよっ?」
するとハルカは立ち止まった。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、ハルカはやっぱり睨んできて、
「ハイコ先生っていつもそういうこと考えてるんだ。最低。そのうち捕まるよ?」
「うっ……」
怯んだハイコだったがなんとか言葉を紡ぐ。なよなよと。
「女の子がそういう目ぇしちゃダメだよぉ……」
「大人がそういう声出しちゃもっとダメだと思う」
ハルカの目はまっすぐで、まるで戦場に身を置いた女兵士のように凜としていた。ふざけた態度を取った自分が急に恥ずかしくなったハイコは、落ち着いた声で真面目に応える。
「ほんとにそうだね。ごめん。で、目を閉じればいいんだっけ?」
「うん。いいって言うまで絶対開けないで? それから相槌打つのも禁止だからね?」
その時一瞬だけハルカは不安そうな顔をした。そんな顔はやっぱり15歳の少女で、頼りなくて、保護欲が湧く。だからハイコは安心させるように低く穏やかな声で、「分かりました。約束するよ」と言って目を閉じた。
信じて欲しかったし、ハルカにとって頼られる存在になりたかったから。
見られていなければ言えると思った。ずっと溜め込んでいたあの言葉を。
ハイコが目を閉じるのを確認すると、ハルカは小さく深呼吸をした。たかが一言の言葉を言えないでいる自分を心底情けないと思いながら。
ため息をつくように小さく息を吐いたハルカは、静かな声でしゃべり出した。
「助けてくれて、心配してくれて……」
一瞬の沈黙。
「ありがとう」
そしてハルカは一際小さく、聞こえないくらいに小さく小さく呟いた。
「嬉しかった」
恥ずかしさが限界だった。頬はシェルピンクに染まっている。
それは微風に消されてしまいそうなくらい小さな声だった。
それでもしっかりと聞き取ったハイコは、思わず目を開けそうになってしまった。見たいと思った。
嬉しかった。
そんなことを言うハルカの顔を。
しかし約束したので、ハイコは断腸の思いで目を閉じ続けた。
「言いたかったことはこれで終わり。30秒数えたら開けていいから……」
革靴が石畳を打つ高い音がハイコの耳に聞こえてきた。だんだん遠ざかる……。
しかしハイコはまだしっかりと目を閉じていた。たとえ約束した本人が見ていなくとも、そんなことは関係ない。ただ守るだけ。
(1……2……3……──)
ハイコはアップテンポな口笛を吹きながらゆっくりと数え始めた。なんだか気分が晴れやかだった。今なら軽くジャンプしただけで月まで跳べそうだった。宝くじを買ったら1等が当たってしまいそうな予感さえする。
あのクールでドライなハルカがありがとうと言った。嬉しかったとまで言ってくれた。きっと恥ずかしかっただろう。言いたくなかっただろう。それなのに言ってくれた。
誰が見てるかも分からないのに、ハイコは一人で微笑んだ。
(──28……29……30!)
そっと目を開けた。当たり前だがハルカはいなかった。
「ハルカって……。おもしろいな……」
ぼそっと呟いたハイコは再び口笛を吹き始めた。そしてエリザベスにも聞かせてあげたかった──と思いながら、ハルカも今さっき辿ったと思われる石畳を歩き始めた。ゆっくりと、この素敵な出来事の余韻を味わうように……。
◆第4話◆
◆END◆




