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My Fair Vampire  作者: 九重ゆえる
第4話 『ありがとうの難易度』
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第4話 7

 ハルカはハイコのこんな心理に気付いたのだろうか? ヴァンパイアであるハイコに自分の血を触られたことに恐怖したのだろうか? だから怯えたように駆け出したのだろうか?


 やっぱり怖いかい? 私もエミリオ君も、ハルカの目には同じに映ってる?


 あの時ハルカは首を横に振っていた。しかし考えてみれば、あの時ハルカの答えがYESだったとして、頷ける訳ないではないか。本人を目の前にして。

 ハルカは優しい。故にあの時嘘をついていたのかもしれない。本当はハイコが怖くて堪らないのかもしれない。

 だとしたらやはりハルカはハイコに自分の血を触られたことが嫌だったのだ。あの“触らないで”には拒絶の色があったから。

 ハルカが自然と笑顔になれるような環境を自分が作ってあげようと思っていたハイコは、ハルカに怖がられるという企画倒れのような展開に、さっそく躓いてしまった。

 ……どうしよう。しかしここで何もしないままではいけない。嫌われたくらいで諦める訳にはいかない。決めたのだから。ハルカを守ると。

 追い掛けてみよう。それに、もしかしたら本当に誰かに追い掛けられていたのかもしれないし。ハルカは自分がいじめられていることを他人──ましてや担任の教師なんかに言えるような子ではないと思うから。

 まるで親のようにハルカが心配になったハイコは、迷宮の薔薇園を出口目指して駆け出した。手に付いたハルカの血を潔くすべて拭いて。







 セント・エーデルワイス学園セントラルエリア、一般共用カフェ、“ツチノコ”。

 オレンジのランプのみで照らされた穴蔵のような薄暗い店内の一番奥に、間宮リュウトはいた。

(まぁ~だっかなっ?)

 一人上機嫌で、ツチノコ特製秋季限定モンブランパフェ食べ、告白する相手を待っていた。相手が必ず来ることは分かっていた。なにしろ“来ないと自殺する”と手紙に書いておいたのだから。かれこれ6人以上にこの方法を使ってきたが、今まで来なかった女子は一人もいない。

 もしも来なかったとしても間宮リュウトは自殺する気など更々なかった。卑怯なのは分かっていたが、これから告白する相澤ハルカという女子は特に手強そうだったので。これも立派な作戦だった。







(やっ、やっと着いた……)

 もうくたくただった。膝が笑っている。ビル10階分はあろうかと思われる、時計台内部の壁に張り付く大蛇のような螺旋階段をハルカはダッシュで上って来た。

 てっぺんには時計を動かしている仕掛けがたくさんあった。ガタンコトンと一定のリズムを刻みながら、ずいぶんと古そうな木製の歯車が大小幾つも廻っていた。

 この学園は新しいから昔どこかで使っていたものをそのまま持ってきたのだろうか?

「これは昔ドイツのとある教会で使われていたんです」

 ハルカの疑問に答えるかのような背後からの突然の声に、ハルカはびくっとして振り向いた。

「あはは。そんなに驚かなくても。この学園の豆知識です。偶然知ったんですよ」

 その声は穏やかで、笑い方も不快なものではなかった。

 耳は覆っているが肩には触れない程度の真っ白な髪。ピジョンブラッドのような赤眼。どこからどう見てもエミリオだった。疑っていた訳ではないが、本当にいたことにハルカは驚いた。

「久しぶりですハルカ。もう元気になりました? そうそう、自己紹介がまだでした。僕は上級ヴァンパイアのエミリオ・ペルツァロッタと申します。ちなみにロシアとフィンランドのハーフです。歳はハルカの一つ上。学年でいうと同学年になります。これくらいは覚えておいてください……」

 エミリオは上品に頭を下げた。まるで紳士のようだった。

 ハイコといいエミリオといい、ヴァンパイアはみんな二重人格なのかと疑いたくなる。約1週間前の、人を見下す高圧的な態度はどこへ行ってしまったのだろう。

 今日のエミリオはマントを羽織っておらず、二列の銀ボタンが光る黒のスーツだけだった。赤い、柔らかそうなスカーフをしている。身なりは清潔そうできちんとしていた。

「同……学年?」

 ハルカは恐る恐るそれだけきいてみた。ヴァンパイアといったら何百年も生きているイメージがあったから。

「やっぱりハルカも、ヴァンパイアは何百年も生きれると思ってるんですか? それは人間が作った幻想です。平均寿命はせいぜい90ってところです。ですから、例えばヴァンパイアに噛まれたら、噛まれた人間もヴァンパイアになる──というのも嘘です。それが本当だったら今頃ハルカもヴァンパイアですよ。ちなみに十字架や聖水が弱点というのも虚構に過ぎません。確かにヴァンパイアには決定的な弱点がありますが──」

 そこでエミリオが無表情になった。そして近付いて来て、耳元で囁くように、

「2000年もの間、バカな人間どもは気付かないんです」

 馬鹿にしているような、見下した言い方だった。やはりエミリオはエミリオだ。

 ハルカはじりじりと後退する。やがて石造りのひんやりとした壁に背中が当たった。

「街などにヴァンパイア除けとして配置したりせず、わざわざ一カ所で大事に守っているんですよ。僕らヴァンパイアは処分したくても近付けませんが、アレが世の中に出回ることはもう絶対にないので、その件は放置してあるんです。ですから、バカな人間達のお蔭でヴァンパイアはこれからも安泰な訳です」

 にこりと微笑んだエミリオが、ハルカを閉じ込めるように壁に両手をついた。ハルカはその中で、怖い赤眼からすぐに目を逸らし、後ろの壁に両手の平を付けて、エミリオの銀ボタン辺りを見つめた。

 2000年もの間、人間が守り続けているヴァンパイアの決定的な弱点ってなんだろう。“物”なのだろうか?

 そんなことを考えて警戒が緩んできた時。ボタンとは違う銀色が光った。息を飲み、思わず首を縮めるハルカ。エミリオが右手に持っているもの──それは切れ味良さそうなペティナイフだった。

「さっきから気になってたんだけどさぁ」

 エミリオは何食わぬ口調で言う。

「こことかこことかこことか──」

 そう言いながらエミリオはハルカの腕や足、頬や手首を指差してきた。そこには薔薇の刺で出来た無数の引っ掻き傷がある。

「どうしたんです? 猫にでもやられた?」

 ハルカの返事をきく前に、エミリオはハルカの頬の傷を舐めた。乾いてこびりついていた微量の血を唾液で溶かすように、何度も。

(……っ!)

 気色悪い感覚に声も出ないハルカ。ただ首を逸らすくらいしか抵抗出来ない。しかしこの些細な抵抗すらエミリオの癇に障り、また蹴られたりするかもしれない。怖くなったハルカはぎゅっと目をつむった。

「……やっぱり美味しいですハルカは。甘くて、苦みがなくて──。もったいないからこれからは怪我にも細心の注意を払ってください? 治癒術使いのヴァンパイアに治してもらうのは手っ取り早くていいんですけど、それだとしばらく“味”が落ちてしまいますから、すぐに治療が必要なくらいの大怪我はしないように心掛けること。この程度なら人間式の治療で十分です。いちいちヴァンパイアに頼まないでください?」

 エミリオの離れる気配にハルカはゆっくりと目を開けた。動揺していた。前回、自分を殺そうとしていた人物が、今日は小さな傷の心配をしている。なぜだろう。

「どうしたんです? 不思議そうな顔して」

 エミリオは左手を腰に当て、右手でペティナイフをくるくるともてあそびながらきいてくる。

「……なんか、変」

 いろいろききたいことはあったが、口から出たのはそれだけだった。

「態度が変わったってこと?」

 頷くハルカ。

「それは、ハルカの血が美味しいからです」

 ぴたっとペティナイフを止めたエミリオが、ハルカをじろっと見て口の端を吊り上げた。そして淡々とした事務的口調で、

「どのくらい美味しいか、調べる為に今日は来たんです。その為に新鮮な血が必要なんですけど、今ある傷からはもう止まってるみたいだし、結局傷を付けなければなりません。そりゃ痛いと思いますけど我慢してください。ちなみに、大声を上げたり面倒なことをしたら遠慮なくハルカのクラスの誰かを殺します。さて、どこがいいですか?」

 そっ、そんなこときかれても……。

 軽いパニックになったハルカは壁にへばり付いて考えた。

 ここで拒絶的な態度を取ったら誰かが殺される。少し痛いくらい我慢しなければ。

 どうやらエミリオは命を奪おうとしている訳ではなさそうだし、ここは素直に従うのが得策だ。

「じゃ、じゃあこの辺で……」

 ハルカはおっかなびっくり、左手の甲を指差した。手首や腕にすると自傷行為をしたと勘違いされそうだから。足は歩きづらくなりそうだし。利き手ではない左手が一番だと思った。

 やっぱり違う場所の方が良かったかな──などとハルカが迷っていたら、エミリオは躊躇する様子もなく、ハルカが指差した左手の甲をペティナイフで払うように切った。

「……っ!」

 ハルカは声を噛み殺して痛みに耐えた。左手の甲には一文字の傷がくっきり出来ていた。そこから鮮血が、肉の壁から解放されて喜んでいるかのように、次から次へと溢れてくる。

「この中に入れてください。早く早く」

 エミリオは、いつの間にか床にあった黒いトートバッグの中から、250ミリリットルの缶ジュース程のビンを取り出し、蓋を開けた。その中には無色透明の液体が半分くらい入っていた。まるでごく普通の水だ。

 ハルカはしゃがんで、言われた通り自分の血を垂らすように床に置かれたビンの中に入れた。

 指先から滴る血がビンの中の液体に触れると、すぐに混ざって見えなくなった。

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