第3話 7
「使ってはいけない掟なんてあったのかい? まぁ、あっても私は使うけれどね」
携帯電話をしまったハイコは不敵に微笑みながら言う。
「便利だからエミリオ君も使ってみるといい。テレビ電話機能なんて初めて使った時感動で涙が出たよ。いったいどういう仕組みなのだろうね? 人間は素晴らしいね」
「からかってるんですか? バカバカしいです」
「いやいや、エミリオ君だったらきっと気に入るよ。若いしね。使い方もすぐに覚えられるよ」
時間稼ぎだった。こんなたわいもない話しをするのは。内心は焦っていた。今この瞬間も消えかかっているハルカの命。いつ致命傷を与えられるかも分からない緊張感。体力の限界を告げようとしている自分の身体──。
「はぁ~あ~い」
しかし、焦りは安堵に変わった。さすがハイコの信頼する仲間だった。一人だったがこんなに早く来てくれた。
「待ったかしらぁ?」
艶のある高い声がハイコの傍にシフトした。
「さすがチャーリー! カップ麺より早いではないか!」
「ちょっとぉ、人をカップ麺で例えないでよう」
怒ったような艶のある声の人物──チャーリーはハイコよりも背が高い。肩幅も広い。れっきとした男だからだ。オレンジの巻き毛は肩より伸びている。フリルのついた派手な柄ものシャツに白いパンツスタイルだった。そして左肩にはハコフグに酷似した魚型の使い魔──マリアンヌがいた。
「さっ、さっそくだがチャーリー。エミリオ君を……怪我しない程度に、追い払って、欲しいのだ……。そして、私の後ろにいる女の子──相澤ハルカを、助けて……欲しい……」
ハイコは額を押さえ、片膝をついて地面に手をついた。眩暈がした。もう限界だった。落ち着いたら、結局血を飲まなければならない……。
「あらやだっ! ほんとにやばいじゃないあなたっ」
驚いたようなチャーリーの声。
「待ってなさい。あたしとマリアンヌがすぐに二人共助けてあげるからっ!」
鋭い眼差しでチャーリーが言った後、ハイコとハルカを守るようなドーム状の青いシールドが現れた。それは水の膜で出来ていた。
「マリアンヌ。エミリオちゃんはどこかしら?」
エミリオの姿は消えていた。それを捜すようにチャーリーは辺りを見回しながら、肩に乗るマリアンヌにきく。
「正面! 来ますわよっ!」
マリアンヌの鋭い声の後、エミリオの右足がチャーリーの左頬に飛んで来た。しかしそれを瞬時に掴むチャーリーの左手。
「ふふん。あまいわエミリオちゃん」
余裕そうなチャーリー。
「仲間を呼ぶなんて卑怯ですハイコ・ヴェインリッヒ!」
エミリオの抗議も無視したようにチャーリーは右手の平から水の球体を出し、エミリオの全身を包み込んだ。球体の中のエミリオは両手で口を覆った。赤眼はあくまでハイコを睨んでいる。
確かに卑怯かもしれない。しかし自分一人ではどうしようもなくなった時、仲間に頼るのは、臆病者ではないとハイコは思う。本当の臆病者は、仲間を信頼することすら出来ないだろうから。
球体の中のエミリオが苦しそうに目を閉じた。
「エミリオ君! 降参なら右手を上げてくれ! その中ではシフト出来ないのは知っているだろう? 私達は君を殺そうだなんてまったく思ってないのだよ? だから早くっ」
ハイコは力を振り絞って叫んだ。エミリオに聞こえるように。しかしエミリオは薄く赤眼を開けるだけで口から手を離そうとはしない。
「エミリオちゃーん? 意地張ってないで降参しなさい? このままじゃそこから出たって帰りのシフト分の体力がなくなっちゃうわよ~? いいの~?」
少し困ったようなチャーリーの声を聞いた後、ハイコはハルカの方を向き、「俺の手で、守れなくて、ごめん……」と呟き、寄り添うように俯せに倒れた。
ハイコが最後に見たのは、ハルカにかけた桃色シャツにできた真っ赤な染みだった。そして視界はフェードアウト。
◆第3話◆
◆END◆




