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My Fair Vampire  作者: 九重ゆえる
第8話 『海の上のヴァンパイア、狙われた眠り猫』パーティー編
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第8話 パーティー編19

 ハルカの方を向いてベッドに腰掛けていることに変わりはなかったが、ハイコは目の辺りを袖口で押さえ、泣いていた。その仕草は、エミリオよりもずっと幼い少年に見えた。

(なん、で……?)

 ハイコの涙に戸惑ってしまったハルカは、布団を半分被ったまま固まった。やがて無意識に正座し、危険物を相手にするかの如く慎重に話しかける。ハルカの方の涙はいつの間にか止まっていた。

「ど、どうしてハイコ先生が泣くの……?」

 涙を拭く手をゆっくり降ろしたハイコは、目を逸らしながら、

「……だって、嫌われちゃったかと、思って……」

「え?」

 ぽかんと答えつつ、ハルカは該当する出来事がなかったか記憶を辿ってみた。

「……ダンスの、こと?」

 自信なげに訊いてみたら、ハイコがやっとこっちを見た。ハイコは意外そうな顔をしていた。

「ホントにそれしか思い当たらない?」

「うん……」

 深刻な顔をされるほど嫌わなきゃいけないことなんてない……はず──と、ハルカが再び記憶を掘り返していたら、

「な、なんだ……そっか、よかった。あはっ、ははっ……うっ……」

 安心したように気が抜けたように、子供のように笑ったハイコは、俯いてまた軽く泣き出した。

 よく分からないハイコに困りつつも、笑顔が見れたことにホッとしたハルカは、ハイコの頭にそっと右手を乗せ、ポンポンと優しく撫でた。滑稽なのは分かっていたが、なんとなく、手が勝手に動いたのだ。

 ハルカ達を見て、セシリアやドクター、ボランティア達がニコニコクスクス笑い出した。チヒロが事細かに通訳しているのだ。

 恥ずかしくなってきたハルカが右手を離そうとしたら、エミリオに掴まれた。エミリオはハルカの耳元でこう囁く。

「ハルカ、手の形と勢いが間違ってますよ?」

「え?」とハルカが訊き返している僅かな間に、エミリオはハルカの右手を“グー”にし、そのままハイコの頭に勢いよく振り降ろさせた。コツッという小気味良い音と、「あいたっ」というハイコの声が、ほぼ同時に聞こえた。

「……ハルカ?」

 捨てられた子犬のような目でハイコがこっちを見てきた。ハルカはぶんぶんと首を横に振って否定する。

「わたっ、わたしじゃないっ」

「さすがハルカ。撫でると見せかけて殴るなんて、普通は考えつきませんよ?」

 後ろからハルカのお腹に腕を回してきて、さらに右肩に顎を乗せ、ニヤニヤと笑いながら話すのはもちろんエミリオだ。

「やぁめぇて! ちぃがぁう!」

 腕を解こうとわりと本気で奮闘していたら、再び耳元からエミリオの声が。

「ハルカ? 次は言葉攻めです。ウザイ! キモイ! ヘタレ! ゴミ虫! 変態! ロリコッ……!」

 妙に生き生きとした台詞はまだまだ続きそうだったが、そこで途切れた。チヒロが、置いてあった医療用のステンレスバットでエミリオの脳天を叩いたからだ。

「いい加減にしろよおまえ」

 かなり不機嫌そうに舌打ちをしたエミリオは、「はいはいはいはい」とまったく反省の色を窺えない返事をして、ハルカから離れた。

 そしてハルカがホッと一息ついた時も、ギャラリー達はずっと楽しげに笑っていた。

 そんな時だった。楽しいひと時を一瞬で消し去る音が届いたのは。

 銃声だ。

 一発。ずっと上の方から。

 治療室の一同の顔に緊張が走る。

 びくっと震え、反射的に天井を見上げたハルカは、近くにあったハイコの袖を無意識に掴んでいた。

 天井を見上げたまま黙り込む一同に、さらなるショックが舞い込んだ。

 ノック音と、「失礼します!」という慌てた女性の声と共に、治療室の扉が開いた。

「手の空いている方はこっちをお願いします!」

 ドクターやボランティア、それからセシリアが緊張した面持ちで出て行った時、ハルカは開いた扉の向こうに非現実的な光景を見てしまった。

 体格の良い一人の男性が、ホテル部門の制服を着た男性を背負っている。そこまでは至って普通だが、背負われている男性の顔が真っ赤なのだ。鼻は曲がり歯は折れ、顔面が原形を留めないほどぐちゃぐちゃになっている。とても15歳の少女が直視できるものではない。

 たった数秒の映像だったが、ハルカには大きすぎる衝撃だった。もう閉まっているのに、まだ扉から目を離せない。外から聞こえてくる騒がしい声がいちいち怖い。

 早くなる鼓動。浅くなる呼吸。

 ハイコの袖を掴む右手に力が篭った。

 ハルカは今になって急に“あの生き物”のことを思い出していた。

 あの人も“あの生き物”に襲われたんだろうか。“あの生き物”はあれからどこへ行ったんだろうか。“あの生き物”はいったいなんなんだろうか。そしてさっきの銃声は──?

 疑問ばかりが増えて状況が掴めないでいるハルカを、ハイコが抱きしめてきた。

「大丈夫だよ。ハルカは絶対に守るからね」

 安心させようとしてくれているのだろうけれど、ハルカの顔から不安が消えることはなかった。

「とりあえずっ」

 語尾に力を入れたエミリオが、ハイコの腕をハルカから引き剥がした。そして真顔で続ける。

「医務室から離れた方が良くないですか? ここにハルカがいることはたぶん乗客の半分くらいが知ってます」

「そうだな。ドイツの奴らにバレるのも時間の問題だし、移動するか」

「でも、どこに?」

 ハイコがチヒロに尋ねる。

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