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恫喝




禎兆九年(1589年)    九月下旬            近江国蒲生郡八幡町 八幡城  朽木基綱




 ”ホウッ”と息を吐いた。忙しいわ。京に戻って来たのは九月の上旬だけどもう下旬だ。祝いの宴、上杉夫妻の歓迎の宴、毛利の歓迎の宴と月の三分の一が宴だったな。朽木家代々のご先祖様に天下統一の報告もした。仕事よりも仕事以外の事で時間を取られている気がする。でも上杉夫妻と淡海乃海での船遊びは楽しかった。まあ世間じゃ貧乏暇無しと言うけれど俺は富が有っても暇が無い。要するに忙しい奴は貧富なんて関係ないんだよ。金が有っても無くても忙しいのだ。見ろ、今も殖産奉行の宮川又兵衛と農方奉行の長沼新三郎がニコニコしながら俺の前に座っている。おまけにお土産まで持ってきた。何だ、その隣に置いた箱は。布が掛かっているが……。そう言えば上杉も近江に家臣を置きたいと言ってきたな。誰が来るんだろう? 人選は未だのようだが……。


「如何した、又兵衛、新三郎」

 声を掛けると又兵衛が”ぐふふ”と変な笑い声を上げた。お前、それは含み笑いか? 腰が退けそうになったぞ。変な笑い声を出すな。

「これをご覧下され」

 新三郎が箱を俺の前に出した。そして布を取る。箱の中に入っていたのは見覚えの有る代物だった。但し、この世界じゃない、元の世界でだ。


「芋のようだな、珍しい形をしているが……」

「はい、異国の芋にございます。この細長い赤い芋が甘藷。こちらの丸い芋がジャガタラにございます」

 新三郎が嬉しそうに言った。

「なるほど、南蛮人から仕入れたか」

 又兵衛が”ウフッ”と笑った。こいつ、さっきから上機嫌だ。


「元はそうですがこれは日本で育てた物にございます」

「はあ?」

 思わず間抜け声が出た。日本で育てた?

「俺は聞いておらんぞ」

 又兵衛が平然と”はい”と答えた。新三郎も平然としている。可愛くないよな。


「新三郎殿に相談致しました。上手く育つかどうか分からなかったので取り敢えず育ててみようとなったのです。大殿に御報告するのはそれからと」

 新三郎が頷いている。

「なるほどな」

 箱に視線を落とした。ジャガイモ、いやジャガタラか。それが十個ほど、甘藷も十個ほど入っている。甘藷って江戸時代の中期じゃなかったっけ。吉宗の時代に広まったと思うんだけど日本に来たのはもっと早いのかな? ジャガイモは明治以降だよな。こいつらの仕事熱心には驚くわ。こういう仕事熱心な奴が居るから俺は暇が無いんだな。


「又兵衛、新三郎が絡んでいるという事は飢饉対策として購入したのか?」

「はい、それぞれ三十個ほど購入しました。九州、近江、関東で試しました。奥州もと思ったのですが向こうは未だ落ち着いていませんでしたので……」

 残念そうだな、又兵衛。だが間違ってはいないだろう。

「だとするとこれは収穫の一部だな?」

「はい、九州、近江、関東。何処も沢山穫れましたぞ。それに美味いのです。飢饉対策だけではありませぬな。日常で食せると思います。まあ特産物にしても良いでしょう。異国に売れますぞ」

 嬉しそうだな、新三郎。まあ俺も嬉しいよ。ジャガイモは美味しいからな。急にポテトチップが食べたくなった。こいつらに作らせよう。ジャガイモと油は合うのだ。


「どんな料理に使えるのだ?」

「甘藷は蒸かす、焼く、煮る。何でも良いです。甘味が有って美味しいです。ジャガタラも蒸かす、焼く、煮る。何でも合います。味噌汁の具にも使えますぞ」

 又兵衛が答えた。随分と試食しているな。まあ食物の販路拡大には必要過程だ。大目に見よう。

「なるほど、使い道が多いのは良いな。飢饉の時に飽きずに済む」

「はっ、そのためにも天下に広げなければなりませぬ。そこでですが」

 又兵衛が俺を見た。新三郎も俺を見ている。分かった、分かったよ。


「朝廷に献上しろと言うのだな」

 又兵衛、新三郎が嬉しそうに頷いた。

「南瓜のようにしたいと思います。そうでござろう、新三郎殿」

「如何にも、今では南瓜は九州で沢山作っておりますぞ。来年は四国、山陰、山陽で始めようと思っております。これも朝廷のお陰で」

 二人が楽しそうに笑った。何でこいつらって朝廷を利用するのに遠慮が無いんだろう。こいつらにとって朝廷ってコマーシャルに出てくるタレントみたいな感じなのかな。それは不敬だぞ。


「献上するのは良い。だが料理の作り方が無いと朝廷でも困るぞ」

 試食も大事だがレシピも大事だ。

「既に用意してございます。そのために試食しましたので」

 又兵衛がニンマリした。ちゃんと仕事をしてるってアピールだ。こいつはそういう所は上手いんだよな。


「分かった。月が変われば京に行く。その時で良いな?」

 二人が”はっ”と畏まった。

「準備をしておけよ。場合によっては向こうで料理をさせる。料理人も用意しておけ」

「勿論にございます」

「その方達も同行せよ。甘藷とジャガタラの説明をさせる」

「はっ」

 公家達にこの男が食い道楽の又兵衛です。南瓜作りの新三郎ですと紹介してやろう。皆、大喜びだろうな。




禎兆九年(1589年)    九月下旬            近江国蒲生郡八幡町 八幡城  朽木堅綱




「兵の編成でございますか?」

 父が”そうだ”と重々しく頷いた。

「これまではな、戦国乱世だった。朽木は大きく分けて俺と大樹で兵を率いていた。敵が彼方此方に居たからな。そうする必要が有った。だが乱世は終わった。国内に敵は居ないのだ。当然だが兵の編成も考えなければならぬ」

 なるほどと思った。確かにその通りだな。


「国内ではなく異国に備えての編成でございますね?」

 父が”そうだ”と頷いた。

「宜しいのでございますか? 父上と某で決めてしまって」

 弟達や軍略方、それに実際に戦った者達の意見も聞くべきだと思うのだが……。父が首を横に振った。

「先ず俺と大樹で話したい。俺も色々と考えているのだが上手く纏まらん。昨日は良いと思っても今日になれば不備が分かる。その繰り返しでな。この状態で人を増やしても混乱するだけだ」

 父が顔を顰めている。確かに混乱するだろう。しかし父が悩んでいるとは……。それだけ大仕事なのだと思った。先ずは父の考えを聞かねば……。


「漸くこれかなと思う案が頭に浮かんだ。そなたと確認したいのだ」

 緊張した。父に頼りにされているのだと思った。

「どのようにする事をお考えなので?」

 父が私を見た。

「兵は常備とする」

「常備? つまり銭で雇うという事でございますか?」

 父が頷いた。


「不思議か?」

「ええ、まあ。朽木は既に兵を銭で雇っておりますから……」

 何故敢えて言うのかと思った。

「国内で戦が無くなるのだ。領主達が考えるのは如何に領地を豊かにするかだ。銭が必要だ。だが兵を雇えば銭が掛かる。戦が無いのにだぞ。無駄だという声が上がるだろう。その通りだ。兵というのは無駄飯を食う存在なのだ。鉄砲や弓、火薬、兵糧まで考えれば相当な出費だろう。そうなれば兵を雇わず戦の時だけ百姓を使うという発想が出る。そうは思わぬか?」

「確かに」

 そうだな、そうなるかもしれぬ。


「兵が無くなれば武備は疎かになる。鉄砲など錆び付くかもしれんな」

「まさか……」

 父が首を横に振った。

「戦が無くなれば力を振るうのは内政を司る者達だ。そういう者達にとって戦のために銭を使うのは腹立たしい事なのだ。武備に銭を使うなど無駄だと切り捨てるだろう。分かるか? 平和が続けば続くほど戦を知らぬ者が増える。武備は廃れる」

「……確かに」

 私が頷くと父も頷いた。


「日本はずっと国内で戦をしてきた。そして武将としての、兵としての力量は経験に寄るところも大きい。今の日本は戦に次ぐ戦で鍛え上げられた将と兵なのだ。その武威、力量は世界でも屈指の存在だろう。だから俺は明も南蛮も恐れてはおらぬ。だがこれからは違う。平和が続けば武威は徐々に衰えるだろう。俺達はそれを前提に兵を編成しなければならぬ」

 圧倒された。常の事だが今回も父に圧倒された。凄いと思う。父は今だけでは無く十年、二十年と先を見据えて考えている。父が天下を統一したのは当然だと思った。今を必死に生きている人間が十年先、二十年先を考える父に敵う筈が無い。


「国人達の兵は使わぬ」

「何と! ですが……」

「当てにならぬものを頼って如何する? 馬鹿を見るだけだぞ」

 父が冷たい目で私を見ている。確かに父の言う通りだ。頼りにならない者を頼るのは危険だ。


「では兵は朽木の直轄の兵にすると?」

「そういう事になるな」

「国人達の兵は如何します?」

「どうもせぬ。領内の見回りは必要だろう。賊が出れば退治もしなければならん。それに異国が攻め込んで時は先ずは彼等に防いで貰う事になるのだからな」

 つまり防御で使うという事か。

「朽木が起こす戦には使わぬという事でございますね?」

 念を押すと父が”そうだ”と頷いた。


「朽木が起こす戦は外で異国と戦う戦だ。国人達には自分の領地を守る、戦で恩賞を貰うという意識は有っても日本を異国から守るという意識は希薄だろう。だからな国人達には自分達の領地を守らせる。それは必死になる筈だ。そして朽木の直轄の兵には自分達は日本を守る兵なのだと自覚を持たせる」

「……」

「既に水軍はそういう形が出来つつ有る。何処の海賊衆にも属さぬ朽木の水軍だ。戦の時にはそれが中核となり海賊衆がそれに協力する事で敵と戦う。いずれ朽木の水軍が大きくなれば海賊衆は地元の海の警備、或いは交易に従事する者になるだろう、だがそれで良いのだ。これからは異国との戦いになる。国と国の争いだ。国人だけでは手に余る。無理はさせたくない」

 そうか、そういう部分も有るのだと思った。水軍では形が出来ている。陸が遅れているのだ。


「大樹はどう思うか?」  

「そうですね。私も朽木の直轄の兵が必要だと思います。朽木が日本を守るのだという姿勢を示す事にもなりましょう。となると直轄の兵を如何程用意するのかという事になります」

 父が”そうだな”と頷いた。

「そして何処に配備するかという問題になる」

「はい」

 畿内は当然だが九州は必要だろう。四国にも欲しい。


「兵は如何程?」

 訊ねると父が息を吐いた。

「近江に四万、石山に二万と考えている。九州は北に二万、南に二万。四国に二万。東海にも二万。関東、奥州にも二万だ。全て合わせれば十八万になる」

 北九州は対明、対朝鮮への備えだろう。南九州は琉球の防衛のためか。いざとなれば畿内から六万が後詰めする事になる。溜息が出た。

「十八万ですか」


「最終的にはだ。今は近江、石山、北九州と南九州で良いだろう。それでも十万だ」

「大変ですね。国人の兵を使わずに十万です」

 父が頷いた。

「そうだな。幸い朽木は直轄領が多い。それに米以外の収入も多いから十万ぐらいなら問題は無い。だがそこから先は税収の増加を確認しながら兵を整える事になる」

「国内を発展させながらですね?」

 訊ねると父が”うむ”と頷いた。


「国内を発展させながらだ。荒れ地を開発しなければならんし特産物の開発も急務だ。幸い絹は又兵衛の力であと十年で何とかなる。陶磁器は残念だが二十年から三十年は掛かるだろう。しかし目途は付いた」

 その事は又兵衛からも聞いている。父と又兵衛はずっと以前から絹、陶磁器を明に負けない品質の物にしたいと力を尽くしてきた。絹も陶磁器も高値で売れる。その分だけ税は増えるのだ。それが朽木の兵を整える事になる。国が豊かで無ければ国を守れないのだと思った。富国強兵、殖産興業か。父が家を継いだ時に掲げた言葉だったと聞いている。これまでは左程に重い言葉だとは思わなかった。だがこの言葉こそが国を豊かにし国を守るのだと思った。




禎兆九年(1589年)    九月下旬            近江国蒲生郡八幡町 八幡城  柳川調信




 朽木家の大評定。これに出席するのは初めてだ。奉行衆、評定衆、相談役、軍略方、兵糧方。錚々たる顔ぶれが揃っている。

「皆も知っていると思うが朝鮮との交渉を担当している者が居る。そこに居る柳川権之助だ。他に柚谷半九郎、西笑承兌、景轍玄蘇が居る。先日朝鮮に出していた使者が帰ってきた。柚谷半九郎だ。権之助、皆に首尾を説明せよ」

 大殿の言葉に皆の視線が儂に集まった。


「柳川権之助にございます。朝鮮が対馬の領有を主張した事は皆様もご存じかと思いまする。今回、半九郎は朝鮮に対して対馬は日本の領土である事。朝鮮が日本に明を嗾けるような言動をしたのは日本に対する敵対行為であり謝罪を要求する事。謝罪しなければ兵を用いる事になるという大殿の書状を渡しました」

 皆無言だ。何人か頷いている者も居る。


「朝鮮側の官吏は二人。書状は見ましたが受け取りは拒否しました。理由は礼に適っていないというものです」

 書状を見た官吏達の顔は強張っていたと半九郎は言った。日本側が強硬だと怯えたのか。或いは明を嗾けたのが知られた事が予想外の事だったのか。二人の官吏は今回も紅袍を纏っていた。正三品以上の堂上官だ。だが前回と同じ人物では無かったと半九郎は言っている。朝鮮王の意思がそこに有るのなら朝鮮王は前回の二人の対応に不満を感じて交代させた事になる。


「半九郎は口頭で朝鮮側の官吏に対馬は日本の領土である事。朝鮮が日本に明を嗾けるような言動をしたのは日本に対する敵対行為であり謝罪を要求する事を伝えました。謝罪しなければ兵を用いる事になるとも伝えました」

「朝鮮側の返答は?」

 訊ねてきたのは相談役の松永弾正殿だった。


「対馬は朝鮮の領土だと官吏は返答したそうです」

 ”馬鹿な!”、”ふざけるな!”、”朝鮮討つべし!”と怒号が上がった。半九郎は官吏が迷ったと言っている。一度口を開き掛けそれからもう一人を見たと。もう一人は露骨に視線を避けたと言っていた。官吏が対馬の領有権を主張したのはその後だ。本意では無かったのだ。そしてもう一人は逃げた。領有権を主張しろ、主張するな、どちらも言えなかったのだ。主張すれば戦争になりかねない。主張しなければ朝鮮王に咎められる。そう思ったのだろう。


「静まれ!」

 大殿が制止すると座が静まった。大殿が儂を見た。

「半九郎は再度、口頭で朝鮮側の官吏に対馬は日本の領土である事。朝鮮が日本に明を嗾けるような言動をしたのは日本に対する敵対行為であり謝罪を要求する事を伝えました。謝罪しなければ兵を用いる事になると。朝鮮側の官吏の反応はありません」

 半九郎は朝鮮側の官吏は怯えていたと言った。官吏は戦は望んでいないのだ。危険だと感じている。


「聞いての通りだ。朝鮮は謝罪するつもりは無いという事だ。良いだろう、俺は警告した。警告を無視するというなら痛い目に遭わせるだけだ」

 ざわめきが起きた。

「三万の兵を九州に送る。場所は名護屋だ。城作りはそのまま続けよ。兵糧方は兵糧の準備を。一年分の兵糧を用意せよ」

 ざわめきが更に大きくなった。


「三万では少なくありませぬか?」

 問い掛けたのは織田三十郎殿だった。

「朝鮮を攻め獲るのでは無い。懲らしめるのが目的だ。兵力は左程に多くなくて良い。朝鮮に上陸した後、適当に荒らして帰って来るのだ。但し、水軍には朝鮮の島を幾つか攻め獲らせる」

 彼方此方で頷く姿が有った。


「戦は来年だ。二月頃を想定している。だが九州へは十一月までに兵を送る。その上でもう一度朝鮮に使者を送ろう。それが朝鮮王に与える最後の機会だ。朝鮮王が謝罪しなければ戦になる」

 大殿の言葉に皆が頷いた。もう一度か……。今度は兵を使っての恫喝だ。さて朝鮮王は如何するか……。











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昭和の終わりに読んだ鹿児島県の歴史に関する児童向け書籍だと、16C終わりがリュウキュウイモの伝来時期だったんですが、今は17C初頭なんですね。民間レベルだと分かりゃしませんが 怖いのは病害虫だなぁ。鹿…
芋はよくできて美味くて増やしやすい 結果それに頼り切り、病気でえらいことになるまでがセット 日本でその大きい騒動が起きなかったのは米が主要食物だと言う認識が強い時代だったからなのかな
又兵衛ジャガイモの芽で2回ほどハラ壊してそう。1回目は意図せず、2回目は試しに
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