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調査




禎兆九年(一五八九年)    八月下旬      山城国久世郡 槇島村  槇島城  朽木基綱

 



 隣の部屋で話し声が聞こえる。声を潜めているが分かる。妙だな。隣には宿直の者が居る筈だが……。気になって眠れない。まさか謀反? 布団の下に置いてあった刀を取ると身体を起こした。

「騒がしいぞ、如何した?」

 声を掛けると話し声が止んだ。


「申し訳有りませぬ。次郎右衛門様がお目通りを願っております。如何致しましょう?」

 次郎右衛門が? わざわざ此処へ来るんだ。余程の大事だな。

「分かった。会う、此処へ通せ。それとその方達は遠慮せよ」

 ”はっ”と返事があった。そして”失礼致しまする”と次郎右衛門が部屋の中に入って来た。


「灯りを点けますか?」

 不安そうな声だ。俺が何処に居るか分からないらしい。

「その必要は無い。直に目が慣れる。適当に座れ」

 次郎右衛門が”はい”と答えた。声で大体の場所は分かったのだろう。俺から一メートルほど離れた所に座った。


「夜中に来るとは何用だ? 俺が女と同衾しているとは思わなかったのか?」

「考えていませんでした。……豊千代の母親ですか?」

「戯けた事を。豊千代の母親は小夜だ。他には居らぬ」

「……」

「それで、何の用だ?」

 問い掛けると次郎右衛門が”実は”と話し出した。


 聞いていて何度も溜息が出そうになった。三郎右衛門は大樹が安全保障問題に関心が薄いんじゃないかと懸念したらしい。それを次郎右衛門に相談した。次郎右衛門の話では不満ではないようだ。むしろ心配しているらしい。安全保障問題に積極的に取り組まないと周囲から頼りないと評される事になる。大樹のためにならないと三郎右衛門は見ている。まあそうなる可能性は大いに有る。


「某は御屋形様に不安を感じてはいません。御屋形様は父上とは違います。努力の人です。少しずつ自分の力量を大きくしていく。三郎右衛門は父上の傍に居ました。だから父上と御屋形様を比べてしまうのでしょう。歯痒く感じるのだと思います」

「なるほど」

 良く見ていると思った。次郎右衛門を大樹の傍に置いたのは間違っていなかった。


「三郎右衛門から御屋形様に注意してくれと頼まれました」

「もう少し国を守る事に積極的になれ、とか?」

 次郎右衛門が”はい”と答えた。

「自分が御屋形様に直接言ったのでは反撥しかねないと」

「なるほど」

 鋭いと思った。いや、用心深いというべきか……。三郎右衛門は大樹との拘わりで何か自分に対して蟠りが有ると感じたのだろう。 


「その方はそれを受けたのか?」

「はい」

 つまり次郎右衛門も二人の間には蟠りが有ると見たわけだ。

「何が有るのだ? 二人の間に」

 少し間があって”分かりません”と次郎右衛門が答えた。ずっこけそうになったわ。蟠りが有ると見たんじゃないのか?


「ですが三郎右衛門は父上に似ていると思います」

「……それで?」

 次郎右衛門が躙り寄った。目が慣れたか。

「御屋形様が常に意識しているのは父上です。朽木家の嫡男として父上を目指してきた。ですが父上のように成れないとも理解しておいでです」

 なるほど……。


「次郎右衛門は大樹が三郎右衛門に嫉妬すると思うのか?」

「分かりませぬ。ですが皆が父上と御屋形様を比べましょう。それは御屋形様と三郎右衛門を比べる事になりませぬか?」

「!」

 虚を突かれた。そういう見方が有るか……。大樹にとって三郎右衛門は何かと比較される対象か……。


「分からぬ。分からぬが次郎右衛門はそうなると思うのだな?」

 問い掛けると次郎右衛門が”はい”と答えた。

「怒らないで聞いて頂きたいのですが」

「何だ?」

「父上は三郎右衛門を跡継ぎにと考えた事はございませぬか?」

「戯けた事を……。無い! 跡継ぎは大樹だ」

 口中が苦い。暗闇で良かったわ。昼間だったら引っ叩いているところだ。しかし納得するかな? 説明が要るよな。


「大樹は嫡男だ。十分に功も上げている。換えるなど論外だ。応仁・文明の乱が起きたのは後継者問題で混乱したからだ。同じ過ちを犯してどうする」

「……」

「それにな、大樹は努力の出来る男だ。人の話を聞く男でもある。そういう男には周囲が力を貸してくれる。その力は大樹の力になるのだ。大樹は少しずつ力量を充実させていくだろう。今の時点で頼りないと言うのは苗木を見て大きくないと言うのと同じだ」

 次郎右衛門が”私もそう思います”と言った。

 

「分かっているなら詰まらぬ事を言うな」

 次郎右衛門が頭を下げるのが分かった。

「申し訳有りませぬ。ですが自分に似た三郎右衛門に後を任せたいと考えた事が無かったかと思ったのです」

 それか……。溜息が出た。これも次郎右衛門には話した方が良いな。大樹から信頼されているし三郎右衛門からも一定の信頼が有る。


「小夜も同じ事を言ったな」

「母上も?」

 次郎右衛門が驚いたような声を出した。

「勘違いするな。小夜は三郎右衛門を跡取りにと願ったのではない。俺がそれを願えば大きな騒動になると案じたのだ」

 次郎右衛門が”なるほど”と言った。


「俺は驚いた。そんな事は考えていなかったからな。三郎右衛門は俺に似ていると思う。鋭いところがな。だがな、鋭さは危険なのだ。人を怯えさせるからな」

「怯える? それは三郎右衛門を懼れるという事でしょうか?」

 ”そうだ”と答えると次郎右衛門の身体が揺れたのが分かった。戸惑っているらしい。

「父上も懼れられたので?」

「その通りだ。だが戦国乱世だった。生き残るためには強い大将が必要だった。俺は領土を切り取り朽木を大きくした。だから皆が付いてきた。俺に付いていけば生き残れると思ったのだ。領地が広がり豊かになれるとな。そして信頼関係を築く事が出来た」

 次郎右衛門が小さく”なるほど”と言った。


「日本の国内から戦は無くなった。三郎右衛門は俺と同じ事は出来まい。その状態で鋭さを振り回せば三郎右衛門を懼れる人間が増えるだろう。三郎右衛門の周りからは人が去りかねぬ」

「……」

「上に立つという事は人を纏めるという事なのだ。そのためには人を怖がらせてはならぬ。三郎右衛門よりも大樹の方が良い」

「なるほど」

 声に感嘆が有った。伊達藤次郎政宗は生まれてくるのが二十年遅かったと嘆いた。三郎右衛門も二十年遅かったと思う。二十年早かったなら相当な働きをした筈だ。家臣達とも絆を深められただろう。そうであれば……。阿呆、考えるな!


「分かったか?」

「はい」

 次郎右衛門の声には曇りは無かった。納得したのだろう。

「ならば戻れ。俺は寝入り端を起こされて機嫌が悪い」

 次郎右衛門がクスッと笑った。

「お休みなさいませ。有り難うございました」

「うむ」

 次郎右衛門が去って行く。俺は身体を横たえた。寝なければならん……。




禎兆九年(一五八九年)    九月中旬      琉球道 那覇  屋良座森城【やらざもりぐすく】  荒川長好

 



 部屋に入ると溜息が出た。書類、書類、書類、書類。部屋中に書類が溢れている。そしてその書類にかぶり付いている者もいる。その一人、東山嘉兵衛幸保の傍に寄った。夢中で書類を読んでいる。三十七歳、朽木では御倉奉行の配下だった男だ。親父の話では元は農方奉行に居た男らしい。武張った事は駄目だが内政では頼りになるというのが親父の評価だ。


「嘉兵衛」

 声を掛けると嘉兵衛がキョロキョロと周りを見渡した。俺を見て慌てて一礼する。

「失礼しました」

「いや、良いのだ。随分と熱心に見ていたな」

 嘉兵衛が顔を綻ばせた。

「これは某にとっては宝物でございます」


 嘉兵衛が読んでいるのは首里城から運び出した政の書類だ。所帯方物奉行所という租税の出納などを管理する役所から持ってきた。他にも役所単位に部屋を割り当て運び出した書類が置いてある。首里城から持ち出す時には随分と気を遣った。首里城には数多の宝物が有る。宝物を盗み出したと非難されないように琉球王家の人間に立ち会わせて書類を持ち出した。


「国が滅んでも書類は残ります。この書類を見れば琉球という国がどういう国なのか分かります」

 そうだな、書類は政の記録だ。どういう国かは分かるだろう。だがそこに住む領民の声は出てこない。そこは注意しなければならない。

「何か分かったか?」

 問い掛けると嘉兵衛が”はい”と頷いた。


「どうも奄美大島はこちらと比べると少し税が重いようです」

「それは一時的に重いのでは無いのだな?」

「ええ」

 嘉兵衛が頷いた。奄美大島か。現状の調査に出した者が帰ってくればどの程度負担が重いかを生の声で確認出来る。先ずはそこからだな。


「理由は?」

 問い掛けると嘉兵衛が少し困ったような表情を見せた。

「某も少し気になったので満之助を通訳に琉球王の重臣達に確認をしたのですが……」

 伊集院満之助は薩摩の生まれの二十歳の若者だ。伊集院家は島津家に仕えたが琉球王国との交渉に関わっていたらしい。島津家が滅んだ後、伊集院家は朽木に仕えず琉球との交易で生計を立てたようだ。島津を滅ぼした朽木家に仕えるのは好まなかったのだろう。だが満之助にはそういう拘りは無かった。二十歳になると朽木に仕えた。


「分からなかったのか?」

「いえ、分からないというより喋りたがらないのです」

 喋りたがらない? 

「妙な事だと思い某はもう一度記録を見てみました。それで分かったのですが奄美大島が琉球領になったのは百年以上前の事です。ただ簡単ではなかったようです。何度も兵を送ったのではないかと。平定しても落ち着かなかったようですね。反乱が度々起きて琉球はその度に兵を送って鎮圧しています。直近では二十年ほど前に反乱が起きています。鎮圧されていますが兵を派遣する費えは決して少ない物ではありません。琉球にとって奄美大島は征服するのも容易でなければ治めるのも難しい土地だったようです」

「それで税が重くなったか。なるほど奄美大島が朽木に抵抗しない筈だな」

 俺の言葉に嘉兵衛が”はい”と頷いた。多分代々の琉球王達は奄美大島に対して相当の不満が有ったのだ。だが奄美大島の者達も琉球王に対して不満が有ったのだろう。  


「それと……」

 嘉兵衛が口籠もった。

「何だ?」

「総督は琉球で王朝の交代が有った事をご存じですか?」

「いや、知らない。真か?」

 驚いて問い返すと嘉兵衛が頷いた。本当にそんな事が……。大殿は知っているのかな? 念のために報せた方が良いだろう。


「元々の王家も尚姓を名乗っていました。相当に武張った家だったようです。領地を広げるために戦ばかりしていました。そのせいで国が疲弊した。皆不満を持ったでしょう。そういう者達と共に反乱を起こして国を乗っ取ったのが今の王家です」

 なるほど、戦にかまけて国内の統治を後回しにしたツケを払わされたか。自業自得だな。滅んで正解さ。


「反乱は奄美大島の占領の直後に起きたそうです」

「何だと!」

 思わず声が高くなった。嘉兵衛が迷惑そうに顔を顰めている。

「済まぬ」

 慌てて謝った。


「だとすると奄美大島の税が重くなったのは……」

「ええ、奄美大島のせいで酷い目に遭った。そんな思いが税を重くさせたのかもしれません。だとすると重臣達が話したがらないのも分かります」

「或いは税を重くする事で奄美大島の力を削ごうとしたか……」

 嘉兵衛が”それも有りそうな事です”と頷いた。一つ息を吐いた。


「税というのは怖いな。税を取られて喜ぶ人間など居ない。しかし税を取らなければ国は成り立たない。国を守るのも新しい事を始めるのも銭が要る。その銭は税で民から取り上げるしかないんだから。民にこれくらいなら我慢出来る。これくらいは守ってくれるのだから仕方が無い。そう思わせなければならん」

「同感です。銭が無い奴は何も出来ませんし誰にも相手にされません。銭というのは力なのです。銭の有るところには人が集まります。その銭を利用しようとするんです」

 全く同感だ。だから大殿の周りには人が集まるのだ。


「税を取るのであれば不公平感を無くさなくてはならん。琉球の民に朽木の政を支持させるにはそれが必要だ」

 嘉兵衛が俺をじっと見た。何だ?

「総督はこの国をどう見ておられるのです」

 嘉兵衛が訊ねてきた。

「どうとは?」

「豊かか、貧しいかです」

「妙な事を訊くな。豊かに賑わっていると思うが」

 嘉兵衛が首を横に振った。


「それは危険な見方です」

 穏やかだが反論を許さないものが口調に有った。一体何だ?

「……理由は?」

「総督はこの城から見える賑わいを見て豊かだと判断しておられるのでしょう。しかし琉球は此処だけで判断は出来ません」

 嘉兵衛が書類を手に取った。


「この書類には此処以外の場所の税の事が書かれています。それを見ると分かるのですが琉球は貧富の差が激しい国なのです。土地が狭いせいで耕作地からの収入は少ない。最初の王朝が領地の拡大に執着したのはそれが理由かもしれません。少しでも耕作地を増やして収入を増やしたい。そう思ったのでしょう」

「……」

「収入の不足を補っているのが交易です。ですが交易での利益は交易に従事する者、王宮の関係者、王宮に近い商人に集中します。総督が見た繁栄はそれです。しかし琉球にはそれ以外の人も居ます。その人達は貧しいままのです。交易で得た利は貧しい者達まで行き届かないのが現状です」

 なるほどと思った。俺は未だ貧しい者達を見ていないか……。豊かな地域を見て政を執ろうとしている。嘉兵衛の言う通りだ。確かに危険だ。


「総督がサトウキビの栽培を奄美大島で行おうとしているのは幸いでした。あの地は貧しいですし琉球王国からは冷遇されていました。税を軽減して新しい特産物を開発すれば暮らしが楽になりますし日本は奄美大島を冷遇していないと思うでしょう。奄美大島は朽木の政を支持すると思います」

 少し照れくさかった。奄美大島を選んだのは朽木が侵攻した時に抵抗しなかったからだ。それ以上では無かった。


「貧富の差が激しいか。俺は書類だけでは政の実態は分からないと思った。だから実際に人を出したのだが……」

「正しいと思います。ですが書類からも分かる事は有るのです」

 その通りだと思った。俺は書類が好きじゃ無い。だから偏見が有ったのかもしれない。

「そうだな。これからも気付いた事が有ったら教えてくれ」

 嘉兵衛が”はい”と頷いた。親父の言う通りだな。内政では頼りになる。少し面白くなかった。






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― 新着の感想 ―
『上に立つという事は人を纏めるという事なのだ。そのためには人を怖がらせてはならぬ。三郎右衛門よりも大樹の方が良い』 の方がいい、という所に相国の心情がよく表れてるように感じる。 しかし実際三郎右衛門…
玄武門の変だけは勘弁してくれ
>>「同感です。銭が無い奴は何も出来ませんし誰にも相手にされません。銭というのは力なのです。銭の有るところには人が集まります。その銭を利用しようとするんです」 地獄の沙汰も金次第だもんなぁ。この世の…
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