帰還
禎兆九年(一五八九年) 八月上旬 近江国蒲生郡八幡町 八幡城 朽木堅綱
「父上、奥州を平定し只今戻りました」
私の言葉に父が満足そうに頷いた。
「ご苦労だったな、大樹。関東から奥州の平定、真に見事であった」
鼻の奥がツーンとした。漸く終わったのだと思った。
「皆が助けてくれました。何より父上のお力添えが有ればこその事にございます」
一人で成し遂げたのでは無い。竹中半兵衛、山口新太郎を始めとして私を助けて戦ってくれた者達が居る。次郎右衛門、妻の奈津は常に私を支えてくれた。そして父の力は本当に大きかった。あっという間に関東、奥州が平定された。それが無ければ私は未だ奥州で苦戦していただろう。
「謙遜が過ぎるぞ、大樹。俺は最後にほんの少し力を貸しただけだ」
「そんな事はございませぬ、真の事にございます」
「大樹は親孝行だな」
父が笑い声を上げた。皆が笑い声を上げた。奉行衆、評定衆、相談役、そして私を支えてくれた妻、弟、家臣達。笑い声が温かいと思った。
「皆も良く大樹を支えてくれた。そして育ててくれた。礼を言う。この通りだ。これからも頼むぞ」
父が頭を下げた。皆が”大殿!”と声を上げる。
「勿体ないお言葉にございます。御屋形様は朽木家の当主として、大殿の後継者として恥ずかしくない力量を懸命に身に付けようとなされていました。我等はそのお手伝いをしたまでの事にございます」
半兵衛、そうではない。私は未熟で弱かった。半兵衛達が懸命に不甲斐ない私を支え鍛えてくれた。だから今が有る。
「半兵衛、そう言ってくれるのは有り難いが本当に俺は皆に感謝している。大樹、皆がそなたを支えてくれた。それを忘れてはならぬぞ」
「はい、忘れる事は有りませぬ。皆のお陰で今が有ります」
彼方此方から啜り泣きが聞こえた。関東、奥州で苦楽を共にした者達だ。胸に迫るものが有った。
「奈津、苦労を掛けたな。良く大樹を支えてくれた」
「いえ、私は何もしておりませぬ」
奈津が答えると父が首を横に振った。
「夫を戦に送り出す妻というのは辛いものだ。武運を祈っていると明るい声で言われても何処か哀しい響きが有る。大樹を戦に送り出すのは辛かっただろう。良く耐えてくれた。これからも大樹を支えてやってくれよ」
奈津が”大殿”と声を詰まらせた。そうだな、辛かっただろうな。戦から帰るといつもホッとしたような表情で私を迎えてくれた。
「勿体ないお言葉にございます」
奈津の返事に父が頷いた。そして”次郎右衛門”と弟に声を掛けた。
「良くやったな、大樹は弟のそなたが傍に居る事が余程に心強かったようだ。良く大樹を支えた」
「あ、有り難うございまする。父上から頂いた佐綱の名に恥じぬようにとそれだけでございました」
父が顔を綻ばせた。
「そうか、ならばそなたは名に恥じぬ働きをした。俺には弟が居らぬ。そなたのような弟を持った大樹が羨ましかったぞ」
次郎右衛門が”父上”と言って声を詰まらせた。
「次郎右衛門、私からも礼を言う。良く私を支えてくれた。これからも頼むぞ」
「はい、必ずや」
次郎右衛門が目を潤ませている。有り難いと思った。そして思った。父上は一人だった。どれほど辛かっただろう。だが私達にはそんな姿を見せた事は無い。いや、一度だけ有った。あれは私を関東に送り出す時だった。父は私に重荷を背負わせてしまうと悲しんでいた……。
「さあ、小夜の所に行くと良い。母上の所にもな。二人ともそなた達の顔を見たがっている。喜ばせてやれ」
「はい、有り難うございます」
「分かっていると思うがこれからは政で俺を助けて貰うぞ」
「はい」
「だが今日はゆるりとして疲れを取るが良い。皆も今日はゆるりとせよ。明日は慰労の宴を開く。楽しむのだな」
皆から歓声が上がった。
奈津、次郎右衛門と共に母の下に行くと母が笑顔で迎えてくれた。いつも厳しい母が笑顔で迎えてくれる……。
「母上、只今戻りました」
「義母上、奈津にございます。今戻りました」
次郎右衛門も”戻りました”と言った。母が頷く。
「漸く戻って来たのですね。大樹と奈津殿は禎兆元年にこの城を出ました。次郎右衛門殿は禎兆二年……」
しみじみとした口調だった。あれは夏になる前だった。となれば丸八年か……。
「御心配をおかけしました」
奈津、次郎右衛門と三人で頭を下げると母が首を横に振った。
「仕方ありませぬ。あの頃のそなたは弱かった。朽木の天下を受け継ぐだけの力量を身に付けていなかったのです。外に出て力を付ける必要が有りました。ですが懸命に自分を納得させて送り出したと思います。大殿もお辛かったでしょう。でもそなたも次郎右衛門殿も立派になって戻って来てくれました。関東へ送り出したのは間違っていなかったのだと思います」
母が目を潤ませている。辛かったと思う。不安で押し潰されそうになる事も有った。負けた事も有った。でも苦しんでいたのは自分だけでは無かった。父も母も苦しんでいたのだと思った。
「これからは戦では無く政の力を身に付けなければなりませぬよ。政が悪ければ天下が乱れます。気を抜く事は出来ませぬ」
「はい、分かっております」
天下は統一した。これからは朽木の政を整え天下を安定させる戦いが始まるのだと思った。
禎兆九年(一五八九年) 八月上旬 近江国蒲生郡八幡町 八幡城 朽木基綱
「これまで御苦労だったな、出羽守。良く大樹を支えてくれた。大樹が関東、奥州で功を上げられたのは風魔の働きが有ったからだ。お陰で大樹に不安を持つ者も居なくなった。感謝している」
「畏れ入りまする」
風間出羽守が頭を下げた。相変わらず大きい男だ。そして身体に少しも緩みが無い。鋼のような硬さが有る。
「働きに報いなければなるまい。風魔には五万石の禄を与える」
「五万石でございますか?」
声に驚きが有った。そうだろうな。多くの国人領主が三万石クラスだ。破格の待遇だと思った筈だ。もっとも八門、伊賀にも同じように五万石の禄を与えている。そして働きが良ければ銭を与えている。臨時のボーナスだ。土地では無く禄を与える理由は簡単。土地など与えるとその管理と発展に労力を費やす。情報機関には銭の方が良いのだ。だから禄は多めに与える。
「土地では無い、禄だ。周りも煩く言うまい」
「まあ、それは」
「それでな、新しい仕事だ」
出羽守が”はっ”と畏まった。
「一つ訊ねるが風魔には測量の技術は有るのか?」
「まあ、多少は。それが無ければ地図や城の見取り図も作れませぬ」
そうだよな。しかし精度はそれほどでもないのかもしれない。
「これから風魔に頼む仕事は地味な仕事だ。面白味は無いかもしれぬ。しかし大事な仕事だ。百年、二百年掛かるかもしれぬ。俺もそなたも生きてはおらぬ。その覚悟で取りかかって欲しい」
「はっ」
ゴクリと音がした。出羽守が唾を飲み込んだらしい。容易な仕事では無いと思ったのだろう。
「一つ、蝦夷地の地図を作成して欲しい」
「地図を」
声に驚きが有った。予想外の仕事だったのだ。
「ああ、蝦夷地がどういう形をしているのか全く分からぬ。これでは話にならぬ。最初は蝦夷地を海から見た形だけでも構わぬ。土地の漁師や船の船頭に聞いても良い。大まかでもよいから地図が欲しいのだ。そうでなければ蝦夷地は日本の一部とは言えぬ」
出羽守が”なるほど”と頷いた。
「大殿は蝦夷地も日本の領土として扱うのですな」
「勿論だ。あんな近くに有るのだぞ。敵に渡れば日本を攻め獲る拠点になりかねぬ。そのためにも地図が要る」
出羽守が頷いた。
「分かりました。最初は海から見た蝦夷地の地図を作りまする」
「うむ、何年かかっても構わぬ。蝦夷地は冬は雪が積もるし言葉も容易に通じまい。焦りは禁物だ。俺は焦らずに待つ。ただ、半年に一度で良い、状況を教えよ」
出羽守が”はっ”と頷いた。
「それと蝦夷地が島の場合は島の先に何が有るかも調べてくれ」
「承知しました」
これで樺太は発見出来るな。場合によっては千島列島からカムチャッカ半島まで発見出来る。
「外側の地図が出来たら内側の地図も作成して欲しい。これは山、川、沼、平野を記す。俺が生きている内には終わらぬかもしれぬ。だが必ず完成させて欲しい。後々必ず役に立つ」
「確と」
驚いたようだ。だが地図の作成はそのくらいかかるだろう。
「地図は終わりだ。二番目は蝦夷地の内部を調べて欲しい。これは内部の地図を作りながらになるのかもしれぬがその辺りは任せる。人が住んでいるのかどうか、どんな産物が有るのか、調べて欲しいのだ」
「心得ました。安東氏も調べますか?」
「ああ、蝦夷地の人間との関係を調べて欲しい。店を出した方が良いかもしれぬな。天下が平定されたので蝦夷地の物が喜ばれると思い店を構えたとかな。その方が安東とも接触し易い」
出羽守が”ふふふふふ”と笑った。
「良き御思案かと思いまする。早速店を構えましょう」
「畿内にも店を出せよ。そうすれば本店と支店という形になる。畿内に繋がりが有る。朽木と繋がりが有るとした方が安東は利用価値が有ると見る筈だ」
「左様でございますな」
「稼げよ。商人は銭を稼ぐのが仕事だ。稼がぬ商人は怪しまれるからな」
出羽守が笑いながら”確かに”と頷いた。
「ある程度地図が出来てきたら蝦夷地に人を入れる。人を入れたら蝦夷地総奉行を創設する。その方が風魔も遣りやすかろう」
出羽守が二度、三度と頷いた。この辺りは蝦夷地開発計画として書類を残さないと駄目だな。これは俺の個人の趣味じゃ無い。国家事業なんだ。史実の徳川政権は北にあまり関心を持たなかった。米が獲れない事が理由だろう。蝦夷地は魅力を感じさせる土地じゃ無かったんだ。そのせいで北は空白地帯になった。そこに踏み込んできたのが帝政ロシアだ。この世界ではそうはさせない。
「三番目だ。蝦夷地でな、大陸と交易している者が居ないか調べてくれ」
「大陸と?」
出羽守が眉を上げた。
「明でございますか?」
「いや、違う。明の北の連中だ。蒙古とかそういう連中よ」
出羽守が曖昧に頷いている。多分どう考えて良いのか分からないんだろう。
「出羽守は聞いた事が無いか? 奥州に藤原氏が覇を唱えた頃だが藤原氏は十三湊を使って大陸と交易したと。当時大陸を支配していたのは宋だが宋以外の北の国とも繋がりが有ったらしい。藤原氏も平氏も大陸との交易で繁栄した」
「まあ、噂程度には聞いた事がございます」
「噂か。その辺りは蝦夷地よりも陸奥を調べれば分かる筈だ。十三湊を調べればな」
出羽守が頷いた。
「大殿はその北の湊を使って大陸と交易をしようとお考えで?」
「それも有る。だがもっと大事な事も有る」
出羽守が目を細めた。
「大事な事でございますか。それは?」
「……明は滅ぶだろうな。問題はその後だ。誰が大陸の覇者となるか……」
出羽守が”まさか”と言った。
「大殿は北の国が明を滅ぼすとお考えでございますか?」
「それは分からぬ。だがな、大陸で国が滅ぶ時は攻め滅ぼされるか、内乱で国が崩壊するかだ。どちらになるかは分からぬが北の国が大陸を支配する可能性は有ると思う。元のようにな」
隋も唐も北方遊牧民が建てた国だ。そして元、清。大陸を長期支配した帝国と言えば漢、唐、宋、元、明、清となる。そのうち半分が北方の遊牧民族が建てた国なのだ。次の支配者が清なのか、清以外の遊牧民族なのか、それとも漢民族が国を建てるのか。俺には判断が付かない。
「だからだ。連中と交易し親しくなってくれ。そして日本と北の国を繋げて欲しい。いずれな、いずれ役に立つ日が来る」
場合によっては日本から武器の輸出援助をしても良い。何だったら傭兵も送るぞ。軍事協力ってのは国の安全保障に関わるから影響が大きいんだ。それに国内の軍事産業を衰えさせないためにも輸出先は必要だからな。
禎兆九年(一五八九年) 八月上旬 肥前国彼杵郡 長崎村 ルイス・フロイス
「マカオのカピタン・モール、ロッケ・デ・メロ・ペレイラです。日本に逃亡したアルフォンソ・フェルナンデスとその二人の息子を捕らえ移送するようにとゴアの異端審問所より命令を受けています。彼等には偽キリスト教徒の容疑が掛かっています。イエズス会は私に協力してください。彼等は何処に居ますか?」
ペレイラ殿が当然のように要求した。溜息が出そうになった。パシオ神父、ヴァリニャーノ神父、オルガンティノ神父、ゴメス神父も遣る瀬なさそうな顔をしている。
「私はルイス・フロイスです。ペレイラ殿、アルフォンソ・フェルナンデスとその二人の息子達は確かに日本に居ます。ですが我々は貴方に協力する事は出来ません。それに貴方はフェルナンデス親子を捕らえる事は出来ません」
ペレイラ殿がムッとするのが分かった。
「私に協力出来ないと? それはどういう意味です? 私はゴアの異端審問所の要請で動いているのです。貴方方は偽キリスト教徒の横行を見て見ぬ振りをするのですか?」
声が尖っている。
「そうでは有りません。私達も偽キリスト教徒の事は問題だと思っています。しかしフェルナンデス親子を捕まえる事は出来ないのです」
ヴァリニャーノ神父の答えにペレイラ殿が腕組みをした。
「それはどういう事です」
「この国の支配者をご存じですか?」
「ええ、知っています。朽木基綱でしょう。日本を統一したと聞きました」
「そうです。この国では相国様と呼ばれています。フェルナンデス親子は彼の庇護を受けているのです」
ペレイラ殿が不満そうな表情を見せた。
「フェルナンデス親子はポルトガル人でポルトガルの法を犯したのです。朽木基綱の庇護など関係有りません!」
「ペレイラ殿。フェルナンデス親子はもうポルトガル人ではありません。彼等は日本人になりました」
私の言葉にペレイラ殿が”馬鹿な”と呟いた。
「本当です。相国様からフェルナンデス親子は日本人で以後彼等に対する手出しは無用だと通達が有りました。ポルトガル、そして貴方に伝えよと」
”容認出来ません!”とペレイラ殿が叫んだ。
「貴方方は何も分かっていない。マラッカもマカオも偽キリスト教徒で溢れているのです。フェルナンデス親子を捕らえゴアに送り異端審問に掛け処断するのは彼等に対する警告なのです。偽キリスト教徒は許さない、このままならお前達も異端審問に掛け処断されるというね。ここで引き下がったらどうなります? 彼等は異端審問など大した事は無いと見くびるでしょう。益々偽キリスト教徒が増えます!」
ペレイラ殿が肩で息をしている。拙いな、落ち着かせないと。
「明と日本の間で戦争が始まるでしょう」
「好い加減なことを!」
「嘘では有りません。明は銀不足で苦しんでいます。その銀は日本に有るのです。いずれ明は日本に銀を求めるでしょう。戦争になります」
「……」
ペレイラ殿がこちらを睨んでいる。多少は落ち着いたか。
「我々はそれを煽っています。日本に銀が有ると噂を流している。この件にはイスパニアも絡んでいます」
「イスパニアも?」
ペレイラ殿が訝しげな声を出した。
「ええ、そうです。このままでは日本はフィリピンに攻め込むかもしれません。フィリピンの総督はそれを恐れています。だから日本と明を戦わせようとしている」
”うーん”とペレイラ殿が唸り声を出した。
「昨年、日本に攻め込んだイスパニア軍が敗れた事は知っているが……」
「日本を甘く見てはいけません。日本ではずっと国が乱れ争いが続いていました。その争いで勝ち残ったのが相国様です。相国様は二十万以上の兵を動かします。日本を統一するや直ぐさま琉球を滅ぼしました」
「……」
「相国様は勢いに乗っているのです。今、フェルナンデス親子を渡せと言っても断られるだけです。それよりも日本と明を争わせた方が良い。出来るだけ戦争を長引かせ両国を疲弊させるのです。そして日本、明に食い込む。上手く行けば日本、明を我々のものに出来るでしょう。フェルナンデス親子の事はそれからでも良い。そうでは有りませんか?」
またペレイラ殿が”うーん”と唸り声を上げた。
「言っている事は分かるがそう上手く行くのか?」
「分かりません。相国様は決して甘い御方ではない。上手く行かない可能性も有ります。しかし明が銀不足で苦しんでいるのは事実です。日本に銀が有るのも事実。戦争になりやすい状況です。我々はそれを利用しているに過ぎません」
ヴァリニャーノ神父の答えにペレイラ殿が大きく息を吐いた。
「日本と明を争わせるというのは面白いと思う。しかしフェルナンデスをゴアに送らなければ私が異端審問所に叱責されるだろう」
「それについては私達から事情を説明しましょう。如何です?」
私が提案するとペレイラ殿が頷いた。
「そうして貰えれば助かる」
「日本にユダヤ人、偽キリスト教徒が集まるかもしれません。しかし明との戦争で国が衰えるようならユダヤ人や偽キリスト教徒を受け入れたせいだと広めましょう。正しい教えはキリスト教なのだと」
私の言葉にペレイラ殿が頷いた。
「良い考えだ。明も上手く行けば良いな」
「ええ、そうですね」
私が頷くとペレイラ殿も頷いた。そしてヴァリニャーノ神父、オルガンティノ神父、パシオ神父、ゴメス神父も頷いた。上手く行って欲しいものだ。
禎兆九年(一五八九年) 八月上旬 近江国蒲生郡八幡町 八幡城 朽木基綱
琉球の平四郎から文が来た。琉球は暑いって悲鳴を上げている。あのなあ、夏だし沖縄だし暑いのは当たり前だろう! まったくなあ、直ぐに泣き言を言い出すんだから。それでも琉球の統治は動き始めたようだ。先ず一年間は税を取らず調査期間にする事。目的は税の負担を公平にする事だと宣言した。税負担も軽くなるぞと言っているらしい。それと同時に琉球王が発行した琉球独自の銭の買い取りを始めた。順調のようだ。倍の値段で買うと周知したし琉球の王族も積極的に交換してくれた事で皆が売り出している。保管しておいてもいずれ使えなくなるという噂も流した。中々やるじゃないか、平四郎。
悪くないと思う。琉球独自の銭は琉球王の権威を示すものでもあった筈だ。それを琉球の民が手放している。琉球王国が復活する事は無いと判断しているのだろうし日本の支配下で琉球王が復活する事も無いと見ているのだろう。やはり明に見捨てられたのが影響しているのかもしれない。そういう意味ではやはり明の影響力というのは無視出来ないものがある。
サトウキビ栽培も始まった。土地の選定から始まったようだが今月一杯で土地を決め来月から植え始めるようだ。収穫は再来年の一月から二月になるらしい。平四郎の統治が上手く行けば結果が出てきた頃にサトウキビの収穫、砂糖の精製という事になるだろう。新しい産物の誕生だ。上手く行って欲しいわ。琉球で上手く行けば九州、四国でも栽培させよう。国内で砂糖が生産されるようになれば価格も下がるだろう。砂糖を使った食生活が増えるようになる。豊かさを皆が実感出来るようになる筈だ。
平四郎からの文では琉球王の不在を悲しむ声はそれほど強くないらしい。伊賀衆からも同じような報告が上がっているから信じて良さそうだ。先代の王の直系じゃないからな。民衆達からの忠誠心を集める事は出来なかったのだろう。となると王族の中から求心力を強める者が現れるかもしれん。平四郎には油断するなと文を送ろう。伊賀衆にも王族の監視を強めるように指示しなければ……。妙な動きをする奴は銭と女で懐柔だ。
関東では奥州から移らせた連中が不満を言い始めた。時々集まって憂さを晴らしているらしい。大樹が近江に戻ったからな。気が大きくなったのだろう。もっとも仲が良いとは言えない。大崎左衛門佐義隆と河西左京大夫晴信は犬猿の仲だ。憂さを晴らすどころかあ掴み合いの喧嘩になったと風魔から報告が入っている。大崎左衛門佐が親しくしているのは二本松右京大夫義継だ。
大崎氏は斯波氏の分流だっし二本松氏は畠山の分流だ。足利を懐かしんで俺を成り上がりと蔑んでいるようだ。待っていたんだよ、それを。関東総奉行の藤吉郎には大崎左衛門佐と二本松右京大夫に切腹を命じ大崎家、二本松家は取り潰す事を伝えよと命じた。理由は本来なら取り潰すところを温情を以て関東に移したにも関わらず不満を持ち悪口雑言の数々許しがたし。そういう事になる。残りの連中も足利の時代を懐かしむのは危険だと認識するだろう。
大樹には例の朽木の家格の件を話した。驚いていたな。大樹は血を蔑まれた事が無い。あれが物心付いた頃は朽木は大きかった。それに関東に行ったからな。正面から大樹の血を蔑む奴など居なかったのだ。自分は何も知らなかったと落ち込んでいた。俺に苦労ばかり掛けさせてしまったと思ったようだ。側室の件を話したら困っていたな。子供が必要だという事は理解しているんだが奈津が悲しむんじゃないかと思ったらしい。それに奈津は男子が一人だ。もう一人男子がいれば奈津の立場も相当に安定する。という事で側室は二人目の男子が産まれてからという事になった。それとこの件は奈津には内緒だ。話すのは奈津が二人目の男子を産んでからだ。この件は小夜にも話した。尤もだと言っていたな。
大樹や重臣達と話したのだが国内は幾つかの行政区に分ける事にした。先ず上杉領と毛利領は自治を認める。但し外交、軍事は朽木の統制下に置く。自治を認めるのは内政だけだ。そして朽木の定める武家諸法度には従ってもらう。その他は北から奥州、関東、東海、山陰、山陽、四国、九州に分ける。畿内、北陸は相国府が直接治める事にした。各行政区は総奉行を置き総奉行は相国府が任命する。総奉行の任期は五年とし延長は二度までとする。最長でも十五年が限度だ。
それと総奉行は現地の人間からは登用しない。その行政区に関わりの無い人間を登用する事にした。効率は少し悪いかもしれないが柵が無いから公平性を保てるだろう。各総奉行は十万石の禄を与えられ五千の兵を預けられる。そして任期を無事に勤め上げれば官位を与える。位階は従五位下、官職は自分の任地の国の守だ。秀吉なら相模守とか武蔵守になる。財を貰えるし名誉も貰えるんだ。一生懸命頑張って貰おう。
訴訟は各行政区で受け持つが判決に不満が有るならば相国府への上告を認める事にした。統治に必要なのは公平な裁判と公平な税制度だ。総奉行は毎月行われる大評定に自ら、或いは代理を出席させ行政区の統治状況を報告する。監察も作る事になった。表と裏の二つを作る。表は巡検使という名称で各行政区を見回らせる。そして裏では八門、伊賀、風魔に調べさせる。取り潰しが目的じゃ無い。政の公平性を維持するための巡検だ。問題が有れば注意勧告する。どうしても駄目ならこちらから人を出して梃子入れする。そんな感じだな。




