逃亡者
禎兆九年(1589年) 七月中旬 近江国蒲生郡八幡町 八幡城 朽木基綱
目の前に五人の男が居る。七十代前半くらいの老人、二十代半ばの若い男が二人、そして二十歳ぐらいの男が二人。老人は白髪頭だが二十代半ばの二人は髪が黒々としている。二十歳ぐらいの男達も黒だ。だが顔形は違う。老人と二十代半ばの男二人は白人だ。この三人がコンベルソだろう。若い男の一人は髪型は短く刈り込んでいるが明らかに日本人だ。もう一人は東南アジア系だ。そして五人とも日焼けしている。多分、海に出て日焼けしたのだろう。
アルフォンソ・フェルナンデス、五十九歳。ブルーノ・フェルナンデス、二十五歳。ドミンゴ・フェルナンデス、二十三歳。パオロ・フェルナンデス、二十歳。この男は呂宋の原住民だったが奴隷になった。ジューリオ・フェルナンデス、十九歳。日本名はやすけだったがアルフォンソに買われてからジューリオ・フェルナンデスの名を付けられた。アルフォンソは随分と老けているな。これまでの生活は楽じゃなかった事が分かる。生きるのに疲れた老人だ。
「俺が朽木基綱だ。楽にして良いぞ。話は長くなるだろうからな。今、茶の用意をさせている。遠慮せずに飲むと良い」
出来るだけ穏やかに笑みを浮かべながら言った。五人とも居心地が悪そうなんだ。不安そうにもしている。此処には俺の他に三郎右衛門、四郎右衛門、評定衆、奉行衆、相談役が集まっている。最初は俺と主税と佐吉で十分だと思ったんだけどな。皆話を聞きたがって大人数になってしまった。おかげで場所も大広間だ。ジューリオが”有り難うございます”と言ってから他の四人に何事かを言った。四人がはっきりと安堵の表情を浮かべた。そして俺に何かを言った。良く聞こえなかったが”オブリガード”と言うのは分かった。これって有り難うって意味のポルトガル語だよな。大河ドラマで使っていた。ジューリオが膝を崩すと他の四人も膝を崩した。
「その方の事は何と呼べば良いのだ。やすけか? ジューリオか?」
「ジューリオとお呼びください」
周囲がちょっとざわめいた。アルフォンソ達は訝しげにジューリオを見ている。
「やすけの名は捨てるのか?」
ジューリオが”はい”と頷いた。顔に曇りも無いし声に苦渋も無い。ふむ……。
「理由は?」
「私の家はもう日本には有りませぬ。物心付いた時には父は居ませんでした。十歳の時、野盗に襲われ家は焼かれ母は殺されました。私は捕らえられ長崎に連れて行かれて売られました。買ったのがアルフォンソ様です。アルフォンソ様は私にジューリオ・フェルナンデスという名を与え家族として扱ってくれました。イスパニア語、ポルトガル語を教わり交易の基礎も教わりました。ブルーノ様、ドミンゴ様、パオロも私を弟として扱ってくれました」
なるほどな、日本に未練は無いか。日本人の名にも……。
「その方は奴隷だぞ」
「ええ、そうです。でも家族です。それはパオロも一緒です。私はその事を疑った事はありません」
周囲から息を吐く音が幾つか聞こえた。
「その方は運が良かったな。酷い主ならその方を本当に牛馬のように扱き使っただろう。アルフォンソに、ブルーノに、ドミンゴに感謝すると良い。そしてパオロという兄を持った事にもな」
ジューリオが”はい”と笑顔で答えた。
「その四人に伝えよ。俺は日本人を奴隷にする事は許さぬ。だがその方達はジューリオに愛情を注いで育ててくれたようだ。ジューリオはその方達を家族だと言っている。家族ならば咎める事は無い。これからも家族として過ごせ」
ジューリオが訳すと訝しげにしていた四人が口々に何か言った。そしてジューリオにも。アルフォンソは涙を流している。女達が入ってきた。皆に茶と饅頭を置いていく。うん、そうだよな。こいつらにカステーラを出しても喜ばないだろう。饅頭の方が良い。
「遠慮せずに茶を飲み菓子を食べるように言え」
ジューリオが四人に伝えると四人がおずおずと茶に手を伸ばした。俺も一口茶を飲んだ。「アルフォンソに訊ねる。その方達は俺の庇護を欲しているようだが何故その方達は追われているのだ? 佐吉から大凡の事は聞いているが話してくれ」
ジューリオが訳すとアルフォンソが何事かを話し出した。そしてジューリオが訳しだした。
「自分はポルトガル人ですがキリスト教徒ではありません。ユダヤ教徒です。ですがポルトガルではそれは許されません。キリスト教徒になる事を強要されるのです。私はキリスト教徒になりながらこっそりユダヤの教えを信じていました。しかしそれが周囲に知られ追われる事になったのです」
溜息が出そうになった。アルフォンソはキリスト教徒が嫌がる典型的な偽キリスト教徒だったのだ。奉行衆と相談役達には首を傾げている者も居る。今ひとつピンと来ないらしいな。
「捕まればどうなる?」
「裁判に掛けられ私は殺されるでしょう。息子達も殺される筈です。財産は没収されパオロ、ジューリオも没収されます」
ジューリオがアルフォンソの言葉を訳すと奉行衆、相談役達から驚きの声が上がった。この問題の深刻さ、異様さが分かったらしい。
アルフォンソの家はポルトガルで代々続いた商家だった。大きくは無いが小さくも無い。ごく普通の商家だったようだ。堅実に商いを続けてきたのだろう。だが周囲のアルフォンソを見る目は決して温かくは無かった。コンベルソだからなにかと差別されたらしい。アルフォンソは十五年ほど前にポルトガルを出国したと言っている。偽キリスト教徒だと疑いをもたれたためだ。
行き先はインドのゴアだが簡単ではなかった。コンベルソが国王の許可無しにポルトガル領インドに向かう事は許されないからだ。偽キリスト教徒の疑いが有るアルフォンソに許可が下りる事は無い。アルフォンソはゴア行きの交易船の船長を買収して船に乗り込んだ。自分、妻、二人の子供。長男のブルーノは十歳ぐらい、次男のドミンゴは未だ十歳になっていない。苦労しただろう。
ゴアに行けばポルトガルに居るよりも安全だと思ったのだろうがゴアも安全では無かった。ゴアには異端審問所が有ったからだ。多分、アルフォンソのようにポルトガルからゴアに逃げる偽キリスト教徒が多かったのだろう。それに対応するためにゴアに異端審問所を置いたのだと思う。アルフォンソは一年経たない内に異端審問所に追われる事になった。アルフォンソはゴアを離れコチンに向かった。このゴアの滞在中に妻を亡くしている。ポルトガルとインドじゃ気候が違う。慣れない土地で病になったらしい。アルフォンソの話では弔いも早々に逃げ出したようだ。
コチンはゴアの南、カリカットの更に南に有る。この町は古くから、ポルトガル人が進出する前からユダヤ人が住み着いていて共同体を作っていた。豊かなユダヤ人商人も多くポルトガルから逃げ出したユダヤ人が向かう場所の一つだった。アルフォンソがこれまで異端審問所に捕まらずに済んだのもこうしたユダヤ人共同体の存在が大きい。行く先々で助けて貰ったのだ。しかしコチンにもローマ教会の組織が有りゴアとコチンの教会組織は密接に繋がっていた。コチンもアルフォンソにとっては安全な場所では無かった。アルフォンソはコチンを逃げだしマラッカに向かった。
マラッカに向かった訳は二つある。一つはマラッカの異端審問は脆弱で形だけだったからだ。コチンのユダヤ人共同体から助言が有ったのだろう。アルフォンソはマラッカなら安全に暮らせると判断した。もう一つはマラッカがインド方面と明・日本方面の中継地だった事だ。アルフォンソはマラッカに腰を据え交易を始める。最初は交易品を買い交易船に預けるだけだったが軌道に乗ると自分の交易船を持ち船長を雇い交易を始めた。自分も船に乗って彼方此方に行ったらしい。その中で日本に行きジューリオを買った。パオロはマカオで買ったようだ。
マラッカでの生活はアルフォンソにとっては実り多いものになった。この時期のアルフォンソはマラッカでインド方面の交易品を仕入れそれをマカオ、マニラ、琉球、日本で売買している。アゴーにも寄っているから相当手広くやっていたようだ。もしかするとマラッカの次の逃避先を探す目的も有ったのかもしれない。数年すると交易船も一隻から三隻にまで増え二人の息子に一隻ずつ与え交易の基礎を教えたようだ。しかしマラッカの異端審問の機能が強化されるとアルフォンソは身の危険を感じマラッカを逃げ出さざるを得なかった。
アルフォンソはマカオに向かったがマカオには短期間居ただけで平戸に向かった。丁度第二次九州遠征が終わって龍造寺が滅び大友は没落した直後だ。今から二年ほど前になる。大友の後ろ盾で権勢を振るったイエズス会も勢威を落としていた。それでもアルフォンソはイエズス会の影響が強い長崎を避け平戸を選んだ。平戸はポルトガル、イスパニアの船も来るが明の商人達も多く来た。平戸に居を構えた者も居る。平戸に移ったアルフォンソは主に明の商人や日本海方面で交易を続けたらしい。敦賀、小浜が中心だったろう。対馬にも行ったようだ。
アルフォンソはこの逃避行の間、幾つか名を変えている。そうする事で追っ手を混乱させ振り切ろうとしたらしい。しかし異端審問所は執拗にアルフォンソを追っていた。アルフォンソがマラッカで財産を築いた事も日本に逃げた事も突き止めた。そして日本に追っ手を派遣した。ロッケ・デ・メロ・ペレイラ。ポルトガルの海外領土の管理者であるカピタン・モールに任命された男だ。管轄はマカオだがゴアの異端審問所から日本に逃げたアルフォンソをマカオに連れ戻しゴアに移送する任務を受けていた。
そのペレイラが長崎にやってくる。アルフォンソはその情報をマカオのユダヤ人コミュニティからの報せで知った。アルフォンソはこのままでは徐々に追い詰められじり貧だと考えた。そして思い切って長崎に行き長崎の奉行所に庇護を求めた。長崎の奉行所がイエズス会の礼拝堂を壊した事で奉行所がイエズス会を懼れていないと判断したのだろう。もし受け入れられなければ、そしてペレイラに見つかれば捕らえられる。相当な覚悟で長崎に向かったのだ。
「自分達はポルトガルに害を成そうと考えた事は一度も有りません。ただ先祖代々信じてきたユダヤの教えを信じたい、そう思っただけです。でもポルトガルはそれを許さない。だから逃げました。ポルトガルから離れる事で私達の信仰を守ろうとしたのです。でもポルトガルはそれも許そうとしません。私達は逃げて逃げて逃げてこの日本に来ました。でもこの日本にも異端審問所は追っ手を寄越しました。私達はもう行くところが有りません。捕まれば殺されるでしょう。どうか、私達を助けてください。私達に安らかに休める場所を与えてください」
ジューリオが泣きながら懇願するアルフォンソの言葉を訳した。二人の息子も泣いているしジューリオ、パオロも涙ぐんでいる。溜息が出そうになった。
元の世界では俺はイスラエルという国が好きじゃなかった。乱暴で好戦的でアメリカを後ろ盾に問題ばかり起こしている。そんな風に思ったからだ。今でもその思いは変わらない。しかし目の前のユダヤ教徒の家族を見ていると思う事が有る。それはイスラエルの人々はもう二度と国を失いたくないと考えているんだろうという事だ。ユダヤ教徒は行く先々で迫害されてきた。逃げても追われ捕まって殺された者も多かっただろう。自分達の国が有ればこんな迫害を受けずに済む。自分達の国が有ればユダヤ教を隠れる事無く信じられる。国が有れば、国が有れば、国が有れば、そう思った筈だ。
だから国を持つ事が出来た時はどんな非道な事をしても、他者を踏み躙ってでも国を守ろうと覚悟したのだと思う。国が有ればユダヤ教徒を守れる。国が有ればユダヤ教を信じても問題ない。そう思ったんだろう。それに自分達はこれまで散々踏み躙られてきた。自分達が他者を踏み躙って何が悪い。そうも思ったに違いない。イスラエルのやっている事を受け入れられるかと問われれば俺ははっきりとノーと答えるだろう。だがイスラエルの覚悟を否定出来るかと問われれば俯くしか無い。何と言ってもユダヤ教徒達はずっと迫害されて来たのだ。ヒトラーのホロコーストが起きたのは二十世紀になってからだった。生き残りも未だ存命だろう。ユダヤ教徒にとっては迫害は過去の出来事じゃ無い、生々しい現実なのだ。
ユダヤ教からキリスト教が誕生した。皮肉なことに宗教というのは新しく生まれた宗教が古い宗教を否定する傾向がある。ユダヤ教、キリスト教でも同じ事が起きた。ユダヤ教にとって不幸だったのはキリスト教がローマ帝国の国教になった事だった。ローマ帝国の中でキリスト教が正しいとされユダヤ教は軽蔑の対象になった。そしてキリスト教徒達は不安や不満が有ればユダヤ教徒達に憤懣をぶつけた。政治家達もそれを助長した。悪いのは自分達では無い、ユダヤ教徒だと責任転嫁をして国民を唆した。ずっとそれが続いていたのだ。
偏見と差別、迫害がイスラエルという国を生んだ。もう少し、もう少し世界がユダヤ教徒に優しく出来ていたら……。ホロコーストが無かったら……。歴史は変わっただろう。
「大殿」
主税が訝しげに俺を見ている。いかんな、ちょっと自分の思考に溺れた。視線が痛いわ。主税だけじゃない、皆が俺を見ている。
「俺の庇護を必要とするならポルトガルを捨て日本人になれ。この国は誰が何を信じようと自由だ。その事で差別を受ける事は無い」
「ユダヤの教えを信じても?」
「構わない。この国の人間になりこの国の法を守るのなら何を信じようと自由だ。そしてその方等の権利は俺が保証する」
アルフォンソ達が口々に何かを言った。ジューリオが”日本人になると言っています”と言った。まあそうだろうな。
「佐吉!」
佐吉が”はっ!”と畏まった。
「この者達が日本人である事を証明する文書を作成せよ。文書は日本語で書かれたものが一通、ポルトガル語で書かれたものが一通だ。ポルトガル語のものはジューリオに作成させよ。その後で俺の所に持ってこい。俺の印を押す」
「はっ!」
「それとイエズス会に伝えよ。アルフォンソ・フェルナンデス、ブルーノ・フェルナンデス、ドミンゴ・フェルナンデスの三人は日本人になった。以後、三人に対する手出しは無用で有る。そうポルトガル本国、カピタン・モールに伝えよとな」
「はっ!」
佐吉が畏まった。でもな、一瞬だが嬉しそうな表情が見えたぞ。
「アルフォンソ、日本人になるならジューリオとパオロを奴隷のままとするのは許さぬ。正式に養子に迎えよ」
ジューリオの訳を聞いたアルフォンソが頷きながら何か言った。多分、その通りにしますと言ったのだろう。
「その方達は暫くこの城に滞在せよ。その方が安全だ。それに少し聞きたい事が有る」
「分かりました」
アルフォンソ達がジューリオの言葉にまた泣き出した。あのなあ、泣くなとは言わないから俺を拝むんじゃない! ……茶でも飲むか……。
禎兆九年(1589年) 七月中旬 近江国蒲生郡八幡町 八幡城 朽木基綱
「よろしかったのですか?」
「あの場で受け入れぬとは言えぬさ。言えるか?」
「まあ、そうですが……」
俺が息を吐くと主税も息を吐いた。会見が終わって自室に戻ると直ぐに主税がやってきた。二人で麦湯を飲みながら爺むさく顔を寄せ合って話している。
「これが広まればドンドンユダヤ教徒が日本に来るのではありませぬか?」
「だろうな」
「……それが狙いで?」
「ユダヤ教徒は迫害される事が多かった。逃げ出す事も多かっただろう。主税、逃げるのに必要なのは何だ?」
主税が”さて”と言った。
「銭、ですか?」
「そうだな、銭だ。それも何処ででも通用する銭だ」
主税が”何処ででも”と言って眉を顰めた。
「銀?」
「多分な。ポルトガルの銭など日本では通用せぬ。だが銀なら何処ででも通用する。アルフォンソがポルトガルを逃げ出す時に銀を持たなかったとは思えぬ」
主税が”確かに”と頷いた。
「アルフォンソだけでは無いぞ。ユダヤ教徒は銭を稼ぐ力に恵まれた者が多い。逃げ出す者はそういう能力【ちから】に恵まれた者だろう」
ユダヤ人と言うと因業な金貸しのイメージが有る。シェークスピアのベニスの商人のせいだろう。しかしユダヤ人の多くが商業や金融に携わったのは事実だ。何故か? 簡単だ。土地の所有を禁じられたからだ。そして商工業ギルドにも加わる事を許されなかった。つまりユダヤ人は農業従事者にも職人にも成れなかったのだ。
もっとも土地の所有を認められても農業は選ばなかっただろう。収穫まで日数が掛かるし政治的な立場の弱いユダヤ人は土地を奪われたり追放されたりするリスクを常に抱えていた。農業で生きて行くのは余りにも危険だったのだ。短期間で利益を出すには商業や金融業に携わるのがベストだった。そしてその二つの職業なら禁止されていなかった。この時代は親の職業を息子が継ぐ事が多い。まして職業が限られているとなれば尚更だ。親から子、子から孫へと知識と経験が受け継がれただろう。だからユダヤ人は商業、金融業で頭角を現した。もっともその事が更に嫌われる理由になったが……。
「そういう男達の力が必要だ。その男達に刺激されて日本人にもそういう力を持つ者が現れる事を俺は望んでいる。この国を強くするためだ」
主税が頷いた。
「この国を強くするためですか」
「ああ」
「現れましょうか?」
主税が首を傾げた。あのなあ、悲観的になるなよ。俺だって自信が無いんだから。
しかしな、イスパニアの覇権が長続きしなかった理由の一つにユダヤ人の追放が有る。金融、商業の力が弱まったのだ。それをカバーしたのが南米の銀だった。だからイスパニアは国内経済の弱体化にそれほど危機感を抱かなかった。だが銀はその多くが戦費に消えた。弱体化した国内経済を強化出来なかったんだ。その事がイスパニアの没落の一因となった。国を強くするというのは軍事力だけじゃ駄目だ。裏付けとなる経済力が要る。俺が天下を統一できたのも経済力で他の大名を圧倒出来たからだ。今度は世界が相手だ。金融、商業の力を今以上に強化する必要が有る。そのためにはユダヤ人の力が必要だ。
「場合によってはユダヤ人に弟子入りさせる」
「なるほど」
主税が頷いた。日本人との混血を進めるって手も有るよな。この国に根付かせてしまえば良いんだ。連中の力が日本の力になる。……不安は有る。この国の経済がユダヤ人に乗っ取られたらとかな。しかしそれこそがユダヤ人への偏見だろう。俺がキリスト教徒達の悪い部分を真似る必要は無い。始める前から失敗を考える必要は無い。
ユダヤ人がユダヤ人としてのアイデンティティを持ち続けたのは差別され続けたからだ。誰だって差別され迫害され土地の所有を禁じられ職業も制限されたらその国に帰属意識など生じる筈が無い。ユダヤ人はユダヤ人として生きるしか無かったのだ。ヨーロッパでは差別と迫害がユダヤ人をユダヤ人として固定した。だがこの国は違う。日本人になるなら差別はしない。信教も自由だ。……住民台帳が要るな。整えなければならん。
「それに俺達は南蛮の事を余りにも知らなさすぎる。ユダヤ教徒から聞き出すしか無い。俺達だけではないぞ。日本の民が知らなければならないのだ。そのためにもユダヤ教徒を受け入れる必要が有る」
「なるほど、それは有ると思います」
俺がもう一つ期待しているのはユダヤ人のネットワークだ。ゴアにもコチンにもマラッカにもユダヤ人の共同体が有る。これらは密接に繋がっている。東南アジアには日本人町も有るがユダヤ人の共同体と協力関係を結べれば何かと効果は大きいと思うんだ。ヨーロッパの情勢を知る事も楽になるだろう。その事を言うと主税が頷いた。
「そうですね。そのためにも我々は力が有る事を示さなければなりません」
「ああ、そうだな。日本は弱者じゃない、強者だと示さなければな」
味方をするだけの価値の有る相手だと思わせなければならん。自分達を守れるだけの力が有ると。呂宋攻めはその最初の一歩だな。呂宋攻めが成功すれば日本に多くのユダヤ人がやってくるだろう。




