さん:勇者は魔王に交渉を持ちかけられた
私が呼び寄せられたあの国のお城もそりゃあすごかったけど、こっちの方がランクは上のような気がする。
置かれた調度品の数々は目を見張るものばかりだし(きっとお値段も目ん玉が飛び出るほどなんだろう)、建築物として見ても、お城自体が豪華絢爛で大きくて広い。
さすがはこの世界を牛耳ろうとしちゃってる魔王だ。スケールが違うね。
キョロキョロ目だけを動かして興味深げにあちこち見てると(首は動かないからね。なんか妙な魔法のせいで)、苦々しげなアレンと目があった。
なんか言いたげだな。
きっとあれだろう。こんな状況でよく楽しそうに目をキラキラ輝かせながら歩いてるな!…って感じに違いない。
確かに状況は最悪だ。戦うどころか逃げ出すことすらできない。下手したらこのままどっかに連れてかれて殺されちゃうのかな、なんて。
うーん、我ながら緊張感がないよなぁ。
だけど、なんとなく大丈夫な気がするんだよね。
これ、勇者としての第六感ね。私の楽天的な、希望的観測でなくて。
ま、この長い長い廊下の先に辿り着く場所で、それが正しいのかどうか明らかになると思う。
やたらめったら長い廊下を、いつの間にかわらわら出てきた獣っぽい魔族さんたちと最初に出迎えてくれたイケメン魔族のお兄さんに囲まれて歩くことしばらく。
辿り着いたのは、ラスボスがいるっぽい雰囲気をがっつりと漂わせる、大きくて重そうな鉄の扉の前。
「この先に魔王陛下がおられます」
うん、そうだよね。
これでただのしょぼい雑魚っぽいのが出てきたらガッカリだよ。ある意味予想が外れて度肝は抜かれるだろうけどね。
「陛下がお待ちです。どうぞ中へ」
綺麗な魔族お兄さんがそう言って、扉の前に手をかざすと、一人でに扉が開いていく。
ギーっという鉄特有の音を立てながらゆっくりと視界に広がったのは、どんだけでも人数を収容できそうなこれまた広い広い大広間、的な場所。
うん、広くて大きいとかしか言えない。
東京ドーム何個分…あ、そんなにはないかな、いや、あるのかな。んー、分からん!とにかく大きい。
床にはご丁寧に正面に向かって赤い絨毯が引かれている。
まさかこんな場所で、レッドカーペットの上を歩くことになろうとは。
汚れ一つない綺麗な赤の上を、ゆっくりと私たち四人は進む。もちろん足が勝手に動いてるんだけど。
あー、靴にたくさん泥がついてるんだけどなぁ。なんだか申し訳ない、とか考えながら足を進めていくと、玉座が見えた。
そこに足を組んで座り、こちらをじっと見つめる者こそ…。
「よくここまで辿り着いたな」
そんなに大きな声ではない。しかし威圧感を含んだ低い彼の声は、私たちを恐怖でその場に縛り付けるのには十分だった。
魔族は、持つ力によって姿が変わる。
あまり魔力の無い者は獣に近く、強ければ強いほど人間と変わらぬ姿になる。
その中でも更に上位の者は類稀なる美貌を持つ。
私たちをここまで案内してくれたあの男は、恐らく上位…それもかなりのクラスの魔族だろう。あれでも私からしたらあまりの輝かしさに目が潰れてしまいそうだったのに、その上、魔王クラスは一体どうなっちゃうんだって思ってたんだけど。
頭の先からつま先まで、隙が無い。
同じ黒髪だというのに、腰まで無造作に伸ばされた彼のそれは光を受けて宝石のように輝いている。枝毛なんてあるはずがない。
耳は魔族特有のとんがり耳だけど、形は綺麗だ。
色は浅黒いが汚らしい印象はない。むしろ白い肌が粗末に見えてしまうほどに艶かしい。
顔立ちは人間がどう足掻いても、例え人間界で1番の美男美女を掛け合わせても敵わないほど、美しい。全体的に漂う冷たい印象が更にその氷のような美しさに磨きをかけている。
声だってそうだ。聞いただけで下手したら腰が砕けるんじゃないかってくらい、脳髄に染み渡る麻薬のようなテノール声。
完璧だ。
つまり、それは裏返せば、最強の魔力を持った魔王様だということ。
やばいな、これは。完全に詰んだ。
私たちを拘束しているのは、間違いなくこの魔王だ。
いや、それだけじゃない。
さっきまでこの城周辺には魔族の気配が不気味なくらいになかったのに、今は溢れんばかりの無数の蠢く魔族たちが私たちの周りを取り囲んでいるのがわかる。
やはり罠だったのだ。この城がもぬけの殻だと見せかけるために魔族達の気配を完全に消して。
まんまとこの男の策にはまってしまった。
やっぱりあの時引き返しておくべきだったなぁ、なんて、後悔してももう遅いけど。
仲間たちの様子を垣間見ると、後悔と恐怖で完全に打ちひしがれてる。
おちゃらけ担当のアレンも、クールビューティーなレイヤさんも、普段は熊すらびびって逃げるほどの威圧感を醸し出してる強面ガデイラさんも。
みんなみんな、あまりの力の差にかちコチに固まってる。
これじゃあ例え魔法の拘束が解けても、とてもじゃないけど戦えないよ。
私も、そうっちゃそうなんだけど、彼らほどの恐怖はやっぱり芽生えてないんだよね。何故か。
いざとなったら私がこの剣でめったメタに…できるかわかんないけど、やるしかないのかも。
そんなことをのほほんと思っていると、ふと魔王様と目があった。
うほぉ、噂に違わぬブリザードな視線だよ。隣でアレンが泣きべそかいてるし。
しっかりしろよ、男だろう。
私は度胸が座ってるからね。そんな恐怖視線を軽く受け流すと、