第7話
ケントはアリシアと共に、王都エルランディスにいた。
あの実験の成果は、脳裏に焼き付いている。湖に飛び込んだ山の地響きは、大地を裂くほどに轟いた。そして、術式加速砲の炎——その炎は、ケントの記憶の中でも鮮やかに燃えていた。旅路の囲炉裏の火とは、比べものにならない。
王都エルランディス。その中心に王城があり、大きな都市の心臓部分となっている。
そこにおいて、ケントとアリシアは、エルノール国のギルバート王に報告をしなければならないのだった。
謁見の間で、二人は跪いていた。
ギルバート王は、王座から立ち上がり、目の前に安置されたアペイロン石へと近づいた。
「記録水晶の映像は、確かにこの目で確認した。そして、アペイロン石のエネルギーも。いやはや、凄まじいものだ。まさに、神々の火と言えよう。ところで、その内容には間違いはないのだな」
「間違いはございません」と、アリシア。
「至高の諸存在の前に誓うか」
「はい」
「よし、それならば問題はない」
王はさらに、ケントへと言った。
「ケント・アーヴィングよ。まずは任務の完遂について、王としてねぎらおう。これからも励むがよい」
「ありがとうございます」と、ケント。
「その任務のさなかにおいて、他に気づいたことはなかったか」
「北方のソルヴァル国の間者とおぼしき姿は、いくつか見受けられました。しかし、戦争中なのですから、それは当たり前です」
「そうか」
「また、イール国が研究している異形の獣が、我が国の領土や、緩衝地帯にも跋扈しはじめています。悩ましい問題と言えましょう。事実、私はここへの道のりで、三体の獣を討伐しました」
「私も魔術で後方支援を行いました」と、アリシア。
ギルバート王は、顔色を崩さずに言った。
「はっきりと言って、ソルヴァル国の魔法技術力は、必ずしも高くない。北方の気候ゆえであろう。交渉は不調とはいえ、これまで以上の力を押し立てれば、かの国が服従するのも、時間の問題だ。したがって、天下分け目の決戦は、明らかにイール国に対してである」
「では、その順番で兵を割り当てられますか。私自身も、騎士団の一人として戦います」
「兵、か。しかし、すでに三年だ。イール国が忌まわしい戦争を仕掛けて来たのは、黎明暦五四七年のことだったからな」
「独立戦争であると、かの国のマルク王は標榜していますね」
「まことに、非道なことである。ことに、光明教団を分裂させ、対立教主を立てるなど、堕地獄の所業と言ってよい」
「信じがたいことです」
「そして、イール国は死霊の知恵を借りている。まさに禁断の魔術である。そのため、戦争は膠着化し、決定打を見出せないままだ」
「なぜ、かのマルク王は、そのような所業に出たのでしょうか。かつては善政を敷いていたのに」
「大災厄——それが理由だ。イール国の領土に、異界の門が開いたのである。最後には討伐されたが、そこからは悪霊の群れが湧いて出てきた。そのために、民が大勢死んだ。そこから、マルク王は死の世界に魅入られたのだろう」
「なるほど」
そして、ギルバート王は、アペイロン石を覗き込んだ。その輝きは、依然として蒼いままである。
「しかし、この石さえ我が手にあるならば、戦争は変わるに違いない。記録水晶で、この目で見た通りだ。敵国を打ち砕くことなど、造作もない。そして我が国は、この第四紀の歴史を統べる者となるだろう。そのためにこそ、我々は代々、生きてきたのだ」
そして、ギルバート王は壁に架けられた武具や、国旗・国章や、地図を見た。その眼差しには覇気が満ちていた。
エルノール国の国旗は、三色旗であり、左から順に赤、白、青に塗り分けられる。赤は建国の血、白は王国の純潔、青は理性を意味している。そして、中央部には戴冠した獅子が描かれており、その獅子は剣を帯びていた。
国章にも、その両翼に同様の獅子が描かれていた。そして、剣が組み合わされた大地には、太陽と月が描かれており、馥郁たる百合が咲いていた。
「大いなる大陸」は、おおむね三つの勢力に分けられる。エルノール国、ソルヴァル国、そしてイール国。地図の中には、それらの国々が塗り分けられていた。
大陸の西と南には、大いなる海が広がっていた。いかなる冒険者や商人も、その果てを見たことがなかった。そこには神話的な怪獣が描かれている。そして、その怪獣たちは一様に恐ろしかった。古い火を体内に宿した竜は、禁じられた海域の主であった。
大陸は、北や東に果てしなく続いている。しかし、その方角は氷河や砂漠、峻険な山岳、そして鬱蒼たる森の一帯となっており、未開拓であるがゆえに三国の支配範囲の外にあった。
ケントは、ギルバート王の前で、一つの問いを付け加えた。
「ちなみに、王が第四紀を統べ、この大陸を征服なさった後は、何をなさいますか。天下統一を前提とすれば、政治の意味が変わってくると存じますが」
すると、王は意味深い表情を浮かべた。
「太平の世では、私は何をすればいいのか。まず、レスリングでもすることにしよう。たとえば君たち騎士団とね。そうすれば、我が愛する騎士たちも退屈しないことだろう」
「ありがたいお言葉です」
「もっとも、この計画が皮算用に陥ってはならない。私はアペイロン石について、考えなければならないことがある。君たち二人には、いずれ次なる命令を下そう。それまでの間、任務の疲れをいやすがよい」
ギルバート王は、こう言い渡すと、謁見の間を立ち去った。




