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ある春の日。淑女たちを待ち受けていたのは色とりどりの花々と、清らかなせせらぎの音である。小鳥は淑女たちを歓迎して歌い、蝶は淑女たちの周りで舞う。
「ようこそいらっしゃいました。皆様にはこれから一年間、この離宮で生活・交流しつつ課題をこなしていただき、王太子殿下の婚約者を選定させていただきます」
トランド夫人が凛とした声で説明していく。
ガーデンパーティーのていで準備された机の上には様々な菓子がある。しかし誰も食べない。一人の令嬢が少し菓子を気にしていたが、誰も取らないのを見て自重した。
「皆様は王太子殿下の定めた基準に適合し、召集されました。今後一年間の生活費や交際費については王室が負担いたします。また選ばれなかった際につきましても縁談や就職などについて王室が世話させていただきます。その代わり――この一年間、この離宮から出ることはできません。参加していただける舞踏会や夜会、茶会などはこちらで指定します。外部とのやり取りも制限させていただきます。離宮に連れて来られるのは事前に通告していた通り侍女一人のみです」
それまで静かに聞いていた淑女たちも、流石に少しざわめいた。菓子を気にしていた令嬢が手を挙げた。
「どうぞ」
「ありがとうございます。率直にお聞きしますが、離宮に軟禁までする必要はありますか?」
「昔、とある候補が他の候補を暗殺しようとした事件があったのです。そういった盤外戦術で事態が複雑になることを避けるために外部との関わりを制限させていただいています。これでよろしいですか?」
「暗殺はやりすぎですけど、盤外戦術も王太子妃に必要な素質じゃないんですか?」
令嬢は止まらず質問を重ねる。それを見咎めた彼女の横の令嬢が声をかける。
「既に決まったルールを今更覆すわけにもいきませんし、過去の婚約者選びも同様に行われてきたのよ。あなた、意味のない質問を重ねても仕方ないではありませんの」
「でも……。……そうですね出しゃばりすぎました」
令嬢が手を下げる。それを見て夫人は話を続ける。
「……離宮での暮らしぶりについては個々人にお任せします。外部との関わり以外については不自由のないよう手配させていただきますのでご安心を。それでは、お一人ずつ自己紹介をしていただきましょうか。じゃあ、右手のあなたから」
突然指名された令嬢は少し困った様子で自己紹介を始める。艷やかな黒髪の落ち着いた様子の令嬢だ。
「ヒルダ・ホートリーです。ダンミーア侯爵の次女で、17歳です。特技は歌で、音楽全般好きなので、今度お聞かせしますね。お手柔らかにお願いしますわ」
「ヒルダ様のお歌は王妃様のサロンにも呼ばれるほどですの。この前わたくしも聞かせていただいて……本当に素晴らしかったですわ」
「まあそんな……お褒めに預かり光栄です」
次にヒルダの右隣の令嬢が指名される。彼女は豪奢な金髪を払いながら姿勢良く話し始めた。
「アンドレア・ノーラ・モーガン。ブラックソーン公爵家の長女ですわ。年齢は19。特技は魔術ですの」
「魔術とは興味深いね。今度是非見せてくれるかい?」
「ええ、もちろんですわ」
次はアンドレアのさらに右隣の令嬢である。彼女は少しクセのある亜麻色の髪を揺らし、真ん丸なルビーの色の瞳を瞬かせた。いや、閉じたいのを我慢しているといったほうが正しい。彼女は非常に顔色が悪く、吐きそうなのを我慢していた。
「……すみません、めちゃくちゃ馬車酔いして……私アシュレイ・リリーホワイトです。マーシー島から来ました。マーシー伯爵の一人娘です。18歳です。趣味は……釣りとかでしょうか。王都に来たのは初めてなので、色々教えてください」
「マーシー島?」
幼い令嬢がそう尋ねる。
「西の方にある田舎の島です。まあ、有名じゃないですけど良いところですよ」
「お姉ちゃまたち知ってる?」
「知りませんわ」
要するに、アシュレイはひどく田舎者であった。しかしアシュレイはそのことを全く恥にも感じていないので、他の候補の反応に特に何も思わずに次の候補にバトンタッチした。
次はアシュレイの隣に座る金髪を可愛らしく結った幼い令嬢だ。
「シャロン・ルース・コニック。ウエストマーチ伯爵家から来たのよ。先週14になったの。趣味は乗馬かな。シャロンね、すっごい動物に好かれるんだ。今度みんなにも見せたげるね」
「まあ、素敵ですね。離宮にも動物がいたら良いんですが……」
「さっき来る途中に森の方で鹿さんを見たよ」
幼いのでまだ礼儀は完成していないようだが、愛嬌のある少女だ。周りは暖かく見守っている。
最後に、快活な印象を与える短い赤毛の女性が口を開く。
「オーガスタ・デイリーだよ。ラスター子爵の次女にあたる。22歳だ。うちはいわゆる成金だけど……まあお手柔らかに。趣味は運動全般かな。最近はよく旅行をしているよ」
「……旅行ってどの辺ですか。国外? 最近入国許可厳しくありません?」
「まあうちは商家だから、そのへんはまだ融通が効きやすいかな……。あなたは旅行に興味があるの?」
「そこそこです」
全員の自己紹介が終わり、さてどうするかと言うときにトランド夫人は侍女となにやら話し合っていた。
「……殿下が? 全く……」
しかしトランド夫人は何事もなかったかのように離宮内での生活について説明し始めた。
長引く説明にアシュレイはどこか遠くを見つめ始めた。明らかに話を聞いていないその様子に、隣のアンドレアは一言申したいのを我慢しているという様子である。当の本人は空の雲の観察をしていた。吐きそうなのだから許してほしいものだ。
トランド夫人は特に気にもせずに話を続ける。
「離宮内に5つ棟があるから、それぞれに与えます。家事は王宮の使用人を使ってくださいまし」
「私の侍女は料理が得意なんだが、厨房を貸してもらうことはできるでしょうか?」
オーガスタが挙手をしてそう発言した。
「ええ、離宮内では好きにしてもらって構いません。料理もご自由に。お庭になにか植えて貰っても構いませんし、音楽堂を使っていただいても、魔術を使っても、釣りをしても、馬に乗っても構いません」
「まあ、寛容ですのね」
「ええ。一年間もいてもらうんですから当然です」
ぼんやりしながらも一応耳は聞いていたので、アシュレイは「じゃあ日曜大工も許してもらえるかな」なんて考えながら頬杖をついていた。
ふと、視界の端でなにかを捉えた。
「夫人」
「なんですか、マーシー伯爵令嬢」
「あの人って第三王子……じゃなくて、王太子殿下?」
アシュレイの指す先、そこには庭師の装いの青年が立っていた。
「……アシュレイさん、なにを仰るの? 王太子殿下があんな格好でコソコソとしているはずがないじゃないの」
「いや私もそう思った……ましたけど――」
なぜそう思ったのか説明させられたら、恐らく説明できない。どうしようか――と思っていた矢先、夫人が立ち上がった。
「殿下!? なんであんなところに!」
淑女たちはざわついた。アシュレイの妄言だと思っていたら本当に王太子殿下らしいのだ。王太子がそんなところにいることも疑問だが、それより唐突に顔合わせになったことに困惑をしていた。
夫人が慌てて青年に駆け寄るのを、アシュレイは頬杖をついたまま眺めていた。
――結構わがままボーイなのかな。私とおそろいだ。
そんなことを考えながら、もういいだろうと思って飲み物をがぶ飲みした。気持ち悪くて仕方がないのだから、このくらい見逃してほしい。アンドレアには信じられないと言った目で見られたが、お目付け役の夫人が離れているのだから何をしても自由だ。
しばらくして、夫人が青年を連れて戻ってきた。アシュレイは変わらずぼんやりしていたが、周囲が襟元を直し起立したのを見て、「そういう流れなんだな」と察して立ち上がる。
「皆様、このお方が王太子ルキウス殿下でいらっしゃいます」
どんな顔をしているのか見てやろうと思ったが、周囲が頭を下げたので仕方なく下げる。
「…………」
沈黙が痛い。一番偉い王太子のルキウスがなにか言わないと誰も喋り出せないのに、ルキウスが沈黙してしまった。頭すら上げられない。
文句でも言おうかと思ったその時。
「茶髪の、くせ毛の」
「……私ですか?」
この中に茶髪のくせ毛はアシュレイしかいない。
「そう。君少し……」
なにを言われるのだろう。周囲も耳を傾けて気にしている。
そして告げられたのは、衝撃的な一言だ。
「生臭いね」
「魚触ったらちゃんと手洗ってますけど」
とんでもない言いがかりに、つい顔を上げる。ルキウスと目が合った。
揺れる長い銀髪の隙間から覗く藍色の瞳がこちらを貫くように光る。整った容姿をしているが、うっすらと作り笑いを浮かべているせいで、人間味が薄く精巧な人形みたいだ。
だがアシュレイには、失礼なことを言う人だという印象だけが刻み込まれた。
「顔を上げていいとは言ってないけどなあ」
「失礼なことを言われたら顔を上げて抗議しないといけませんよ」
「そう。君図太いね」
「……図太くないとやってられませんから」
「ふうん。まあいいや、皆顔を上げていいよ。コソコソ隠れてごめんね。僕はルキウス。王太子だ。これから一年間で皆と仲良くなれたら良いと思ってる。よろしくね」
ルキウスはにっこりと、先程よりも目を細めて笑った。
「ングッ、オ、オエエエ……」
アシュレイはついに限界に達し嘔吐した。馬車酔いの事情を知らない王太子はドン引きしていたが、なりふりかまっていられない。
アシュレイは、彼の妻になりたいとは微塵も思っていないが、この戦いからふるい落とされるわけにはいかない。絶対に離脱はできない。
――大丈夫、全部上手く行ってるよ。
これから5人はこの男の横を争う。今日、今この瞬間、その戦いの――そしてアシュレイの壮大な物語の幕が切って落とされた。……ゲロの心配をされながら。




