31話 声の主
「ああ。俺は死んだのか」
冗談交じりに呟いてみせる。息も苦しくなくまさしく無の世界に入ってしまっている。暗い押入れに一人閉じ込まれたかのような気分。生きているのかはたまた現世に戻ってきたのかそれは神のみぞ知ると言った所か。
「ここは夢の中か?」
後頭部には柔らかい感触が伝わってくる。クッションみたいな。顔には水滴が滴り落ちてくる。ラベンダーの香りがフワッと鼻に入り込んでくる。かすかに聞こえる声の元を辿って行く。
「待てよ......」
俺は目を開ける。夢にしては妙に現実味があるような......
セリナの顔は手が届きそうなほどの近さにあった。近くで見てもやっぱし美人だな。
「二斗」
彼女の目は赤く充血している。髪をスッと掻き揚げ涙を拭き取ると穏やかな口調で言う。
「にいやん」
一方リストは小さな手で目を擦り子供のように泣きじゃくっていた。泣いた顔もかわいいじゃねーか。
俺は助かったのだろうか。アリ地獄に巻き込まれてそれでその後どうなった。考えても答えなど見つからない。ただ生きていたことだけは揺るぎの無い事実だって事だ。
信じがたい目の前の状況に慌てふためく事しか出来なかった。それにしてもここは一体どこだ。
この部屋の壁色と大きなベッド。見覚えのある花柄のティーカップ。俺の記憶が正しければセリナの部屋ってとこだろう。
セリナは黙っていたのを見かねて。
「ぼーとしてないで答えなさい。心配したんだからね」
彼女は腰に手を当てると怪訝そうな顔でこちらを見る。
ようやく、今の現状を理解する。俺はセリナに膝枕をされていた。
「セリナとリストには迷惑かけた。本当にすまなかった」
俺は言い訳もしず素直に謝罪する。
が居心地がいいのでそのままの体勢で俺は首だけ縦に振る。
「本当だよ、にいやん。キグナスって人が助けに来てくれなければ死んでたよ」
キグナスが助けに。いったいどうして?
リストの話によると、どうやらキグナスは次元閉鎖の力を使い砂漠を丸ごと別次元へと飛ばしたそうだ。それを真近くで見ていた二人は何が起こったか分からず唖然と立ち尽くしていたと聞いた。
それにしても恐ろしいなあいつの能力。
「私に何か合ったらいつでも呼べるようにって。連絡先を交換してくれたの」
キグナスに後でお礼を言っておかないと。ちゃっかりアドレスを交換するとは見かけに寄らずやるな。
「えーと。そろそろ膝枕していなくてもいいわよね。重いんだけど」
声は上ずっている。顔は赤く染まり眼は逸らしている。俺はこのままずっと死ぬまででも良かったのだがセリナの心拍数の上がり具合を見てすぐさま横へと避ける。発せられる言葉はきつい物の表情からはだだ見えな所を見ると嘘が下手だなと思ってしまう。
「どうしてセリナの部屋に?他の場所でもよかったんじゃあ」
「父上に事情を話したら、(それは心配じゃ。今日はここで休ませてあげなさい)と言われたからよ」
「王様にもお礼を言わないと」
俺は立ち上がろうとするが身体に力が入らない。にしても王様のやさしさには頭が上がらない。ついこの間に旅をすると言ってすぐ戻ってきてしまったし。
「危ないわ!」
セリナに肩を掴まれ倒れはしなかった。前かがみに倒れた勢で彼女の豊満な胸に思わず目が釘点けになってしまった。安心してください、胸には突っ込んでませんよ。
「もう!急に立ち上がろうとしないの。まだ病み上がりなんだから」
ああそうだな。その通りだ全く。起き上がろうした瞬間に立ちくらみが一気に押し寄せてくるときた。
「それで俺はどのくらい寝てた?」
随分と撫し付けな事を俺は合えて聞いた。
「んーとね。ざっと100年くらい」
彼女は指を口に当て唸りながら答える。
嘘だろ......セリナとリストの見た目が変わっていないのに。まさか魔女なのか。
「へぇ~。じゃあ俺はヨボヨボのおじいさんてことでおk?」
俺はセリナをからかってみる。
「冗談よ冗談。今日はゆっくり休むといいわ」
そういい残して部屋を後にするセリナ。残されたリストは浮かない顔つきで居る。
「セリナはあんなこと言ってるけど、二斗が目を覚ますまでの間必死に看病をしていたんだよ」
案外リストもいい所あるじゃないか。それは俺も起きた後に気づいていた。
「ああ。わかってるよ。今度しっかりお礼を言っておくから。リストもありがとな」
俺はリストの頭を撫で撫でする。すると彼女はくすぐったいのか笑いを堪えるかのように肩を震わせている。
「それじゃあ私もセリナところに行くよ。二斗やん」
セリナの部屋に一人だけ取り残されてしまった。
「しょうがない。せっかくだし部屋の作りでも眺めるか」
バラが活けてある花瓶に山脈が書かれた巨大な壁画。見渡してみると知らないものがたくさんあるな。
絨毯にはハートのマークがぎっしりと刺繍されている。
「さて、俺も王様に挨拶に行くか」
セリナの部屋を後にし王室へ足を進める。
◇ ◇ ◇
王室の扉は既に開けられており、二人の姿があった。俺は緊張の面持ちで中へと入っていく。
「二斗よ。目を覚ましたか」
まず第一声は王様のにこやかな声だった。俺はすぐさま膝を着き腰を下ろした。
「王様。このたびは助けていただいてありがとうございます。セリナ王女とリストのお陰で今俺はこうして生きています」
思いの丈をすべて王様にぶつける。リストとセリナは機嫌がいいように見えた。
王様は椅子から立ち上がると。
「本当に良かったわい。君は自分が特別な存在であると自覚しているかね。砂漠の一軒も君を葬り去ろうとした奴らの差し金かもしれん」
「それって一体どういう?」
反応に困り追タメ口で聞いてしまう。
「君は私たちから見れば唯一の異世界人じゃよ。皆は不思議に思う事はおかしくないじゃろ。何をしでかすか分からない。そんな奴をいつまでも生かしておけないじゃろ?」
王様の言うとおりだと至極納得する。今まで狙われてなかったのは奇跡に近い出来事のようで。俺は聞きたくも無い事を質問する。
「俺を狙った奴はどういう人なのでしょうか?」
知った所でどうする事もできないのは分かっているが、それでもやはり聞かざる終えなかった。
「それがわしにも情報が来ておらずわからんのじゃ。じゃがくれぐれも用心するに越した事はないじょう。のぉ二斗よ」
「はい。気を付けておきます」
俺は王室を後にする。リストはセリナと同じ部屋へと向かい。俺は自分の部屋へと足を運ぶ。
◇ ◇ ◇
俺を襲ったのは一体誰なんだ。頭に浮かぶのはそのことばかりで落ち着いて寝る事さえもできない。ベッドの上であぐらを掻いて心を落ち着かせる。
「まぁ、いいか」
頭を整理するために一旦忘れてしまう事にした。




