第四章 美しい国の醜い仕組み
メルキオルの説明によれば、白根の樹は人間の魂を養分として成長する古代魔物だった。
その根は王国全土に広がり、吸い上げた生命力を土地へ還元することで、豊穣と病魔への抵抗力をもたらしている。王家は千年以上前からこの魔物と契約を結び、百年に一度、適性の高い女性を捧げてきた。
供物となった女性は死なない。
白根の樹の内部に取り込まれ、意識を保ったまま生命力を吸い取られ続ける。
肉体は徐々に樹木へ変わり、最後には人間としての形を失う。それでも魂だけは残され、次の供物が捧げられるまで、百年間にわたって苦痛を味わい続けるのだという。
「……そんなことが、本当に……」
オルフィリアは口元を押さえた。
王国の繁栄。
貴族たちの華やかな生活。
美しい庭園も、豊かな農地も、平和な街並みも。
そのすべてが、一人の女性の犠牲によって成り立っている。
「王家は知っているのですか?」
「当然だ。選定を取り仕切る典礼官も、上位貴族の一部も知っている。知らないのは、選ばれる娘本人と、何も疑わずに暮らしている民衆だけだ」
メルキオルは冷たく笑った。
「だからこそ、美質という制度が必要だった。誰が最も適性の高い供物なのか、国民に不審がられず調べるためにな」
オルフィリアは俯いた。
「……では、私が選定に参加するのも……」
「おそらく、そういうことだ」
その言葉に、グレイヴァンが眉をひそめた。
「待て。彼女は正式な測定を受けていないはずだ。なぜ適性が高いとわかる?」
メルキオルは答えなかった。
代わりに、オルフィリアの顔をじっと見つめる。
「伯爵令嬢。一つ確認したい」
「……はい」
「お前は、鏡に映るか?」
オルフィリアの心臓が大きく跳ねた。
「……どうして、それを……」
メルキオルは深く息を吐いた。
「やはりな」
彼は棚から小さな黒い鏡を取り出した。
「普通の人間は、肉体と魂が重なって存在している。だが、ごく稀に、生まれながらに魂の一部が別の場所へ繋がっている者がいる」
鏡をオルフィリアへ向ける。
そこには、何も映らなかった。
「お前の魂は、すでに白根の樹と繋がっている。つまり、審美鏡に測定されるまでもなく、最上級の供物として完成しているんだ」
オルフィリアは言葉を失った。
七歳の頃、父が見せた恐怖。
継母が自分を社交界から遠ざけた理由。
すべてが、一つの答えへ繋がっていく。
「……お義母様は、知っていたのでしょうか」
メルキオルは頷いた。
「知らないはずがない。ザフィレーヌ・ディルヴェインは、かつて王宮の審美官だった女だ」
オルフィリアは顔を上げた。
「……え?」
「お前の父親と結婚する前、あの女は白薔薇の選定に関わる研究をしていた。しかも、我々七人の直属の上司だった」
メルキオルの声に、初めて明確な怒りが混じった。
「我々が追放されたのも、あの女が研究記録を王家へ渡したからだ」
オルフィリアは椅子の肘掛けを握り締めた。
継母は、自分を守ろうとしていたのだろうか。
それとも。
最初から、供物として育てていたのだろうか。
答えを知るには、本人に尋ねるしかなかった。




