第二章 美しさを量る国
アルグラン王国には、奇妙な習慣があった。
貴族の娘が十六歳になると、王宮から派遣された鑑定官によって『美質』を測定されるのである。
美質とは、容姿や知性、魔力、血統に宿る力を総合した数値とされ、その結果は婚姻や家格の評価にまで影響した。高い美質を持つ娘を嫁がせた家は王室から褒賞を受け、反対に低い数値を示した娘は、どれほど裕福な家の出身でも縁談に苦労することが珍しくなかった。
王都の貴婦人たちは、美質を高めると噂される香水や化粧品に莫大な金を費やした。少女たちは幼い頃から礼儀作法と舞踏を叩き込まれ、食事の量を厳しく制限される者さえいた。
そして、その制度の中心に存在するのが、王宮の『審美鏡』だった。
鏡は決して嘘をつかない。
人の外見ではなく、魂に宿る価値を映し出す。
そう信じられていた。
「……つまり、私には価値がないということになるのでしょうか」
オルフィリアは自室の鏡台を見つめながら、小さく呟いた。
十八歳になった今も、彼女は正式な美質測定を受けていなかった。十六歳の誕生日には病気を理由に延期され、翌年も継母の判断で取りやめになっている。
しかし、今年は違う。
白薔薇の選定に参加する以上、測定を避けることはできないだろう。
その日の午後、オルフィリアは王都の中央図書館を訪れた。
王家の歴史や古い儀式について調べるためだったが、閲覧室へ入ったところで思いがけない人物と顔を合わせた。
「オルフィリア?」
声をかけてきたのは、金髪の青年だった。
白い上着に深緑色の外套を羽織り、胸元には王家の紋章が輝いている。
「……セヴラディオ殿下?」
オルフィリアは慌てて膝を折った。
「ご無沙汰しております。まさか、このような場所でお会いするとは思いませんでした」
「そんなに畏まらなくていいよ。ここは宮廷じゃないし、昔みたいにセヴと呼んでくれて構わない」
「それはさすがに……」
「相変わらず真面目だな」
第二王子セヴラディオは、困ったように笑った。
二人は幼少期に何度か顔を合わせていた。王宮の庭園で一緒に本を読んだり、騎士たちの訓練を見学したりしたこともある。もっとも、オルフィリアが社交界から遠ざかるようになってからは、ほとんど交流が途絶えていた。
「白薔薇の選定に参加するそうだね」
「……もうご存じなのですか?」
「王宮の名簿に名前があったから。正直、驚いたよ。君の継母は、あの儀式に近づくことさえ嫌がっていたはずなのに」
オルフィリアは顔を上げた。
「お義母様が、ですか?」
「ああ。数年前、父上が君を候補に加えようとしたときも、随分と強く反対していた。僕はてっきり、今回も同じだと思っていたんだけどね」
初めて聞く話だった。
継母は、自分が選定に参加することを嫌がっていた。
それなのに、今回は招待状を受け入れた。
なぜだろう。
「殿下。少し、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何でも聞いて」
「白薔薇の乙女に選ばれた方は、その後どのような生活を送るのでしょう?」
セヴラディオの笑顔が消えた。
ほんの一瞬だったが、オルフィリアは見逃さなかった。
「……どうして、そんなことを?」
「過去の記録を調べていたのです。ですが、どうしても選定後の記録が見つからなくて」
青年は周囲を見回した。
閲覧室には数人の学者がいるだけだったが、それでも彼は声を落とした。
「オルフィリア。その話は、ここではしない方がいい」
「……殿下も、何かご存じなのですね?」
「知っているというより、疑っていることがある。ただ、確証がない」
セヴラディオは懐から小さな鍵を取り出した。
「今夜、王宮の西離宮へ来てほしい。君に見せたいものがある」
「西離宮……?」
「あそこには、王家の公式記録から削除された文書が保管されている。白薔薇の選定についても、何か残っているかもしれない」
オルフィリアは鍵を受け取った。
冷たい銀の感触が、掌に残る。
「……わかりました」
セヴラディオは頷いた。
「ただし、誰にも話さないで。特に、君の継母には」
その言葉に、オルフィリアの胸がざわついた。
継母は何を知っているのだろう。
そして、なぜ自分を白薔薇の選定へ送り出そうとしているのだろうか。
答えはまだ見えなかった。
ただ一つ確かなのは、彼女の周囲で何かが動き始めているということだった。




