現実
AM4:00
キクリは眠れずに朝を迎えた。隣には安藤が眠っている。前哨基地とは思えないほど寝心地のいいベッドであったが、かえってそれがキクリには違和感で眠れなかった。それにショウカの事を思い出す。安藤との関係はショウカも承知している、こうなる事も想像に難くないはずだ。なのに笑顔で見送られただけてあった。出張先での不倫ということになるというのに。
キクリはベッドから起き上がり髪に櫛を通す。
いつもはショウカがやってくれるが、自分でやるしかない。まぁ難しい事はない、整えた髪を束ねヘアゴムでポニーテールに纏める。我ながら上出来だと思う。
戦闘服に袖を通し、SFGとSFSを装備する。テントを出て煙草に火をつける。3時間後にはV部隊と安藤率いるPWTの精鋭10名と繭の破壊に向かうことになっている。人員15名、装甲車2台、軽車両1台に丸型無人機5台の小隊規模で行われる。
キクリは煙草を吸いながら、本来自分が寝るはずであったテントへと向かう。入り口のバケツに例の如く煙草を捨てテントをくぐる。
備え付けのガスコンロにやかんを乗せ火をつける。ごとごとやかんが揺れ出しお湯が沸いた事を知らせる。そのお湯でインスタントコーヒーの粉末を入れたコップにお湯を注ぐ。
「うげ、まっず…」
コーヒーの良し悪しはわからないと思っていたが、木戸邸、小鳩で気がつかないうちに、舌が肥えてしまっていたようだ。
キクリは貧乏性故捨てられず、不味いコーヒーを啜る。
PWT作戦メンバーのプロフィールに目を通す。
安藤を除き適合者は1人もいない。だが戦績は東京のPWTを凌ぐものばかりだ。伊達に最前線で生き抜いてきていない、紙切れ一枚がそれを物語っている。
「お兄様…」
「ミツカ…ごめん起こしちゃったね。」
「いえ、これから少し走り込みをしようと思っていたので。…昨晩はどちらに行かれていたのですか?」
何とも答えずらい質問にキクリはわかりやすく狼狽する。
「いやー…安藤中佐と今日の…」
「寝たんですね」
ずいっとミツカが顔を近づける。キクリは長い沈黙の後
「…まぁ、そうだね…」
ミツカの鋭い指摘にショウカと同じ圧を感じ、キクリは嘘を突き通せる自信がなくなった。
ミツカは涙を目に溜めながら話し始める。
「どうして、どうしてお兄様は私を抱いてくださらないのですか?」
「えっ…それは、その…ショウカの実験にミツカは組み込まれてないし…」
「でも安藤中佐とは夜を共にしたのですよね」
「それは…そうですね、はい。」
ミツカの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
泣き声を出さないように必死にこらえながらも、溢れ出す感情を押さえつけられなくなっている。
「もしこの作戦中に私を抱いてくださらないのであれば自害します。」
「そ、そこまで思い詰めてたの…わかった」
キクリはミツカの涙を手で拭いながら、唇を合わせる。
「今はこれで我慢してく欲しい、遠征まであと3時間しかない。この作戦が落ち着いたら必ずミツカのところへいくよ。」
ミツカは涙をこぼしながら顔を徐々に赤くしていく。
「絶対約束ですよ。」
ミツカは小指をたててキクリ突きつける。
キクリも小指を立てゆびきりをする。
ーーー
AM7:00
遠征が開始される。
安藤とキンジが装甲車を運転し安藤のナビゲーションのもと後ろをキクリがバイクで走る。さらにその後ろをオウカの丸型無人機が後をついてくる。ミツカとハルナはそれぞれ安藤とキンジの装甲車にPWT隊員と後部に乗っている。
「ミツカちゃんだよね?木戸家四女の、さっきからすごい殺気を向けてるけどなんで?」
「いえ、人見知りで信用できるかわかるまで、気が許せないだけです。」
「ふーん、そっか。プロフィール見たけど、居合を用いた近接戦闘から、狙撃などによる援護も行えるオールラウンダーってあったけど、師匠はキクリくん?」
「はい、お兄様とは師弟関係です。それが何か?」
「いやー、ただお姉さん的にはそんなに殺気を向けられると背中を預けるのは怖いなーって思ってね。何が原因なのか知りたいな。」
安藤は電子タバコを吸いながら問いかける。
「昨晩の事です。」
「そっかそっか、そう言うことね。」
安藤はその一言で全て理解したようだ。
再び電子タバコを深く吸い、ゆっくりと煙を吐き出す。
「キクリくんの今置かれている状況は、私も昨日初めて聞いたよ。でもそれはそれぞれがそれぞれを尊重しあい、ショウカさんの元で初めて成り立っているんだよ。私みたいなイレギュラーな存在は当然歓迎されない。ミツカちゃんも今はその枠の外の人間だ、私と同じ覚悟でその枠に入る勇気はある?」
「それはなんですか?」
「今は妹ちゃんとして愛してくれているけど、体の関係は決して、きみ1人を愛してはくれないよ。勿論正妻であるショウカさんは特別だろうけど。それ以外はキクリくんにとってそ私達その他大勢と変わらないよ?今のまま妹ちゃんとして愛されてる方が私はいいと思うなー。」
「…」
ミツカからの返答はない。
「お姉さん的にはいろいろな愛され方があるから、そこにこだわらなくてもいいんじゃない?ってことよ。こだわる気持ちもわかるけどさ。」
「でも、お兄様はこの作戦が終わったら、私の元に来てくれると仰っていました。私はお兄様を諦められません。」
(何がそこまで掻き立てるのかねぇ…キクリくんにも問題はありそうだけど…)
「安藤中佐、目的地周辺に到達しました。」
『ウタ!キンジ!全速力で逃げろ!』
キクリからの警告虚しくそれは安藤たちの乗る装甲車は巨大な百足の様な生物に吹き飛ばされる。
ーーー
キクリはバイクを止め辺りの植物をみる、見慣れないものが生え始めている。
「オートモード」
バイクに指令を出し、キクリはSFGで木の上へ飛び移る。猿のように木々の枝を掴み戦闘の安藤とミツカが乗る車両の真上にたどり着く。
あるラインを超えた直後だ生えている植物は全て、見たことのない植物に変わり、例の高周波の不快な音がキクリの耳に鳴り響く。
「ウタ!高周波を確認!全速力で逃げろ!」
だが、警告虚しく何かが装甲車に体あたりし装甲車はゴロンゴロンと回転しながら木に激突し止まる。
装甲車に激突したのは、巨大な百足の様な身体に左右に巨大な顎とヘラクレスの様に上下にも大きなツノがついた変異体だ。他にもワラワラと形容し難い姿の変異体が集まってくる。
装甲車は穴が空き悲惨な姿だ。
キンジ達は装甲車から飛び降り、変異体に応戦する。
オウカの無人機変形しキクリのバイクは変異体に立ち向かう。
キクリは安藤達の乗っていた装甲車に向かい扉を開けようにも歪んで開かない。すかさずフォトンブレードで溶断する。
「ミツカ!ウタ!」
「いてて、こっちは大丈夫だよ。」
PWTの隊員達も全員無事の様だ。
「お兄…様…」
「ミツカ!どこだ!」
PWT隊員の1人がミツカのいる場所へ指を刺す。
そこには腹部に穴を開け、血を流しているミツカがいた。
「ミツカ!」
キクリは直ぐに側に寄る。傷は腹から背に貫通し、脊椎に損傷を与えている。呼吸も荒い。
「くそ!ミツカの再生力じゃこの傷を治すのは厳しいのか?!」
「まぁまぁ落ち着きなよ、キクリくん」
安藤がキクリを押し除けミツカの傷口に手を触れる。
血が止まり、ミツカの呼吸も落ち着いていく。
「ここは任せてキクリくんは外の奴らを片付けてきて。」
キクリは苛立ちを装甲車に拳をぶつける。
すぐに装甲車を飛び出し、右手で大剣を引き抜き、左手にフォトンブレードを握る。
倒れた装甲車に集まってきた変異体を次々に斬り伏せていく。
「ウタ!ここから繭までどれくらいある?!」
「全然近づけてない!1キロ以上先にあると思って!」
「それにしてもこの量、これじゃあキリがないぞ。」
キンジは百足擬きで手一杯だ。純粋に力負けしているのかジリジリと後退している。ハルナもワラワラと集まってくる変異体の対処で手一杯だ。
PWTの隊員が倒れた装甲車に集まってくる。
「キクリ少将ここは私たちに任せて繭の破壊へ向かってください。」
「安藤中佐が動けるようになれば形勢逆転です。それまで耐えてみせます!」
「弾薬は充分持ってきてます。」
伊達に最前線の隊員ではない、集まり見事な連携で迫りくる変異体を押し返していく。
「わかりました…死なないでください。」
「了解」
キクリは戦線を離脱、繭の位置と地図は頭に入っている。
繭への道中も楽なものではない。木や葉に擬態した変異体、東京では見られないそれらがキクリの進行を妨げる。
「木の上の移動も楽じゃないや。」
かと言って地上が安全かと言うとそんなことはない。
人の要素はもはや残っていないが、見るからに危険な四足歩行の変異体が歩いているのだ。時間のない今それらを相手どり、地上を走る気にはなれない。高周波が強くなる。繭に近づいている証拠だろう。
木々を飛び越え開けた場所に出る。そこには繭が鎮座していた。映像で見るよりはるかに神々しく見える。
だがそれもここでさよならだ。
キクリは大剣を引き抜き繭を縦に一閃、真っ二つにする。
高周波は止まりこれで変異体の群勢を止めることができただろうか。キクリは自分を狙い、繭に集まってきた変異体を滅多斬りにする。集まってくる変異体には、もはや人の面影を残すものはいない。
「はは、やってやった。」
キクリは煙草に火をつけ一息に吸う。タクティカルベルトから焼夷弾を取り出し、ピンを抜き繭に投げ込む。繭は綿菓子の様にドロドロと溶け出し辺り一面へ炎を拡げていく。
「戻らないとミツカが心配だ。」
可能な限り全速力で枝を吹き飛ばしてきたおかげで、まるで木々がよけているかの様に空洞ができている。
おかげで戻る途中で迷子になることは無さそうだ。
再び木の上を移動し、部隊と分かれた地点へ向かう。
部隊に戻ったキクリに待っていたのは非情な現実であった。
「キクリくんごめん、手は尽くしたんだけど。」
そこには遺体袋に入れられたミツカの体と、箱に入れられたミツカの首が置かれていた。適合者は死亡時、変異体になることを避けるため胴体と頭を24時間以上切り離すことになっている。
「仕方ない…。介錯はウタが?」
安藤は頷く。
「ただ、勝手に大丈夫だって思ってたんだ。しばらく仲間が死ぬことなかったから忘れてたよ。家族だから尚更ね…。」
キクリはミツカの首が入った箱の前に膝をつき、顔を箱へと近づけミツカと唇を合わせる。
「ごめんねミツカ…。」
キクリは立ち上がり、煙草に火をつける。
「他に死傷者は?」
キンジが答える。
「全員無事だ。」
「そっか、よかった。」
キクリの握りしめた手から血が滴る。
安藤がミツカの刀をキクリに差し出す。
「お兄様に使って欲しいってさ。」
キクリは無言でそれを受け取り、大剣と並ぶ様に背中に刺す。
ハルナが何かを言おうとしたのをキンジがハルナの肩を掴み首を振る
「死を悼むのは今じゃない。今のキクリにお前が思っているような言葉を投げかければ、最悪お前の首が飛ぶことになるぞ。」
ハルナは押し黙る。
「装甲車は、もう無理か…。一応装甲車は13人乗りだから、全員乗れるかな。キンジは運転、ハルナさんは助手席に。第1回遠征は死者1名で繭の破壊を完了。一度撤退して、続く第二の繭を目指しましょう。」
ーーー
前哨基地まで撤退した一同は無事に戻れたことを喜び合い基地で待っていた仲間達とコミュケーションをとっている。
キクリは1人ミツカの遺体袋を担ぎ、箱を脇に抱えて山口0区への連絡便に預け東京まで届く様手配する。
船が出港するギリギリまでミツカの遺体の側で過ごす。
キクリはミツカとの思い出を振り返る。ミツカ1人というよりミツカとオウカがセットの記憶が多い。2人は双子ではないが年子であった。その中でミツカの印象深い記憶はシュウカとの訓練を覗き見ていた姿だ。今思えばミツカの天才的な戦闘センスは、ここから始まっていたのかもしれない。恐ろしいほど慧眼だ。だがそれが発揮される事はなく今回の任務でミツカの短い人生は幕を下ろした。
出港の汽笛がなる。
キクリは船から飛び降り、船を見送る。
ロリポップを取り出し口に入れる。
ミツカの好きだった、ぶどう味を噛み締め、キクリは船に向かい敬礼しキンジ達の元へと戻る。
この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。




