↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラライズ  作者: 柳
東京編
7/14

復讐を盾に

7月1日

「キクリ様、そろそろ起きませんと、遅れてしまいますわ。」

ショウカに体を揺すられ、目を覚ます。

頭痛が酷く体は鉛の様に重い。なんとか体を起こし朝の分の薬と水を入れたコップをショウカが渡してくれる。

これで、動けるようになるわけではないが、飲まないと更に症状が悪化してしまう。いつも頓服薬を持ち歩いている。半身を起こしベッドの上でうつらうつらしていると、ショウカが後ろに周りいつもの様に髪をとかしポニーテールに仕上げてくれる。時刻は午前7:30、基本自由業の身故この時間に起きることはない。今日はV部隊及びPWT隊員の追悼式が行われる日だ。木戸家の人間として、現職の隊員として出席しないわけにはいかない。4年前この式典でキンジと再開した。同時にその年の追悼式典でV部隊は壊滅的な状況に陥った。総勢20名いた隊員の殆どが追悼式典を狙った、同時多発テロで一般人含む多くの隊員の命をうばった。生き残ったのはキクリ、ショウカ、シュウカ、ミハル、ユキ、カオルの5名のみ小隊を組むのがやっとの人数であった。その後も補充員はあったが皆、魔の1か月を生き残るものは少なく、生き抜いても1年ともたない。そんな年が4年も続くことになるとは、この時は想像もしていなかった。結局V部隊への補充員として選ばれ生き抜いたのはキンジだけであった。

ショウカはキクリの髪を縛り終え、自分の髪を結っている。慣れない礼服に袖を通し、なんとかネクタイを縛るが、どうも不恰好である。ショウカに手直ししてもらい、一通り用意が終わり2人でリムジンが待つ玄関へと向かう。すでにリムジンには、普段はキクリより見事なポニーテールをしているが、今日はそれをお団子にまとめているシュウカと、姉妹でそれぞれ逆のサイドテールでまとめたオウカとミツカが乗っていた。アビゲイル含む他の隊員は会場の警備にあたることになっている。

5人は無言のまま会場へと向かう。

全員多かれ少なかれ誰かを失っている。ここにはいないがトウカも4年前、婚約者がこのテロで犠牲者となった。ミツカとオウカも友人数名を亡くしている。

もちろんシュウカ、ショウカ、キクリも多くの隊員を亡くしている。そういった意味でも特別な行事だ。長年続いてきた追悼式典を狙ったテロ行為に対する犠牲者に対しての追悼にもなる。

結局会場まで誰も口を開くことなかった。リムジンを降り会場となる大和武道館へと入場する。通常であれば厳重なボディチェックと顔認識システムによる照会が必要になるが、木戸家の人間は顔認識システムと簡易スライム特性検査だけで済まされる。武器や装備の携行は有事の際に備えての事だ。

流石に不恰好になるのでSFGの装備は付けていないが靴はSFBを履いている。ハンドガンとフォトンブレードを全員が忍ばせている。

最前列に座り、義父である木戸ムサシの追悼の意をしめし式典はつつがなく行われる。

戦没者に向け人々が白い花を手向けていき、黙祷を捧げる。無事式典は終了する。

再びリムジンに乗り帰路に着いた時である。

車が大きく左右に揺れる。

運転士が肩から血を流し気絶している。どうやら、前方から狙撃されたようだ。幸い急所は外れている。いそいで運転士を後部座席に移動させ、キクリがハンドルを持つ、バックミラーに2台の車両を確認する。

「くっそ狙い撃ちか。ミツカ応戦出来そう!?」

ミツカはリムジンの座席を剥がし収納されていたアサルトライフルを手に取る。

「お任せください。」

このリムジンは寄生体や変異体用で並の装甲車より硬い。その窓ガラスを撃ち抜くのだ対変異体用ライフルであるのは間違いない。そして2射目がキクリの脳天を撃ち抜くが、ガラスのおかげで威力が弱まった弾丸だったため、すぐに回復し運転に戻る。

これには狙撃手もさぞ驚いた事だろう。

「こちらキクリ襲撃を受けている、すぐに応援をよこしてくれ。」

情報統括部に救援要請を出す。

『了解現在地から1番近いのはキンちゃんだけど、アビーちゃんが向かった方が早いかも!』

ショウカ、シュウカが不在のため臨時でキラリが情報統括部で指揮を取っている。

『了解!アビゲイル飛翔します。』

『こちらキンジ、急いで合流地点へ向かう。キラリ、ナビ頼んだ。』

「アビーどれくらいで来れる!?」

『1分あれば到着します!』

「ミツカ路地に入る頭引っ込めて!」

弾丸は2発とも正面から飛んできた曲がってしまえば回避可能だ。非戦闘員4人と戦闘員2人、1人は運転をしている以上、自分達で攻勢にでるのは得策とは言えない。アビゲイルの救援とキンジとの合流が急がれる。ハンドルを大きく切り、ドアミラーを吹き飛ばし車幅ギリギリの路地を突き進む。路地を抜けた先で更に右上方向から銃弾の嵐がリムジンを襲うボコボコと車体を凹ませるが貫通までには至らない。ハンドルを切りなんとか大通りに戻り再び直進する。

「オウカ大丈夫か!」

ショウカとシュウカ、ミツカはこういった事態に慣れていよう。研究所に篭りきりのオウカには初めての経験だ。

「めちゃくちゃ怖いけど、お兄ちゃんを信じて何とか正気を保ってるよ!!」

シュウカさんとショウカは運転士の止血で手一杯だ。ミツカも応戦している。

それに直接見える的が、キクリであることが重要だ。頭を撃ち抜かれれば一瞬意識は飛ぶがその程度で済む、痛みはしばらく残るが。

「お兄様!後ろから2台。応戦します!」

バックミラーを調整して後ろから追いかけてくる2台のSUVを確認する。窓から身を乗り出した男が発砲してくる。リアガラスが割られ車内に銃弾が飛び交う。

「いい装備してやがる。お義父さんの方は大丈夫なのか!?」

『ナナちゃんとハルナとPWTの小隊が合流して無事離脱したよ!』

「いい知らせをありがとう。」

「もう一ついいお知らせです。」

車と並走するようにアビゲイルが隣を低空飛行している。アビゲイルは親指を立て人差し指と中指を銃のように構える。青い稲妻が2本、一直線に追跡してくる2台にぶつかり車両を引き裂き、爆発する。指から放たれる極小のレールガン、金属片を発射したのだ。

アビゲイルは身を翻しリムジンの数メートル上空を飛行する。

「アビー!助かった!」

「お安いご用です。このまま護衛を続けます。」

『前方より装甲車3台を確認!アビーちゃん迎撃準備を!』

「了解です!」

腰につけられたポシェットから金属片を取り出し、迎撃の構えを取る。

「標的確認!え…っ!」

アビゲイルが射撃準備に入る直前、ドボォンという音と共に、ビルを突き抜けキンジが現れ装甲車1台をひっくり返す。更にもう1台の装甲車に手をかけ、まるで子供の玩具の如く振り回し放り投げ、3台目にぶつけ横転させ、雄叫びをあげる。ハ◯クとキクリに評されているが、それ以上の力を振るっていることは間違いない。

キクリはキンジによって作られた鉄屑の道をリムジンで走り抜け木戸邸の外門を目指す。キラリの指示で既にミヤさんの部隊が展開しており、そこまでの辛抱だが

まだ距離がある。キンジがリムジンと並走し後部座席の扉を開けて乗り込んでくる。

「え、お前何してんの!?」

「お前やシュウカさんじゃないんだ。車と同じ速度で長時間走り続けられない。なら乗って盾になるのが1番だと思ってな。それと救急パックを持ってきた。」

背負っていたリュックから救急パックを取り出しシュウカに渡す。これで運転士さんを延命させる事が出来る。

「清水さん!聞こえる!今から止血剤と痛み止め注射するからね!」

シュウカが運転士もとい清水さんに声をかけながら、ショウカが応急処置の準備にとりかかる。

キクリは運転士さんが、清水さんという人物なのを、知らずにいた。考えてみれば、1番身近な侍女さんにも名前のわからない人が多い。

「アビゲイル、空から見て不審な動きはない?」

「西側から更に車両3台を目視!今度こそ迎撃します。」

再び青い稲妻が3本空を切ったかと思うと凄まじい爆発音が響く。ただの車ではない自爆特攻の車両だったのか並の爆発ではない。

それらを何とかやり過ごし木戸邸の外門へ横乗りで乗り付ける。

潜戸から侍女さん達が現れ運転士の清水さんを運び出す。

「お、終わり?」

オウカは緊張で強張った体で、キクリに問いかける。

「門をくぐるまでは安心するな。行くぞ」

オウカの肩を叩き、オウカを守る様に潜戸を通らせる、続いてショウカ、シュウカも身を屈めながら潜戸を通る。全員が通ったのを確認し、ミヤさんの部隊も引き上げる。ひとまず安心していいだろう。

「キラリ状況は?」

『怪しい動きをする集団や車両が確認できたけど、木戸邸についた事で散会していってるよ。』

「このまま逃げられると思うなよ。」

「そうですね。」

キンジとミツカは、キラリのナビで追撃へと向かう。

アビゲイルもそれに続き追撃戦へと移行する。

キクリは3人の無事を確認し追撃戦に混ざろうとしたが服の袖を引っ張られる。

「お兄ちゃん行かないで。ここに居て。」

すっかり腰が抜け、地面にへたれこんでいるオウカの袖を握る手に力が入る。

仕方ないと、諦め追撃戦は他のメンバーに任せることにする。オウカの手を取り

「大丈夫ここで、みんなを守るよ」

直ぐに侍女さん達が用意してくれた戦闘服に武器を装備しミヤさんの部隊と共に防衛戦に備える事となった。


ーーー


追撃戦は、キンジとアビー、ミツカによって事態は瞬く間に終息へ向かっていく。ショウカ、シュウカ、オウカはメディカルチェックを受けている。体もそうだが、オウカは心のケア、ショウカとシュウカは母体と胎児の状況をチェックする為のものだ。ロリポップを口に入れ美しい立ち姿のミヤさんの横に座る。

「…食べます?」

ポケットからロリポップを取り出し、ミヤさんへ差し出す。

「お気持ちだけ頂きます。」

相変わらずの鉄仮面ぶりだ、眉一つ動かさない。だが夜の顔を知ってしまった。今まで通り接するのが気恥ずかしい。あの夜以降、徐々に通う回数を増えていた。ショウカとシュウカの妊娠も重なり、これから更に通う回数が増える事だろう。

「ミヤさん、俺との行為は、その不本意じゃないですか?」

「えぇ、私も望んでのことです。キクリ様、貴方が木戸家に養子として来た時よりお慕いしています。ですが私はしがないメイドです。その様な思いお仕えする方に抱いてはいけないと言い聞かせていました。そこへショウカ様の提案を受け喜んでお引き受け致しました。」

「なるほど…」

キクリはロリポップの外装を剥がしミヤさんの口に押し当てる。

「これ食べてください。いつも完璧に振る舞うのは大変でしょ?俺の前でくらいは笑顔でお願いします。」

ミヤさんはパクッと差し出したロリポップに噛み付く。

相変わらずの鉄仮面だが、少し茶目っけが出た様だ。

口の中でコロコロと左右に動かしている。気に入っていただけたようだ。

「そ、それと…今夜お伺いしても?」

「えぇ喜んで。」

鉄仮面が剥がれ微笑がキクリの心を刺激する。

「じゃあ、ちょっとオウカ達のところに行ってきます。」

「ロリポップありがとうございました。」

「また俺と話す時はお供にしてください。」

3人はメディカルチェックを受け

ショウカ、シュウカも検査上問題はない様子で、メンタル面も心配なさそうだ。だがオウカだけは気丈に振る舞ってはいるが手の震え、足の震えが止まっていない。

無理もない、いきなり標的にされ、弾丸の嵐の中車内で必死にうずくまり耐えていたのだ。

オウカの肩に手を置き、抱き寄せる。

「もう大丈夫だ。」

感情の波が一気に押し寄せて来たのだろう、子供の様に泣きじゃくり必死にしがみついてくる。

背中を摩り大丈夫だと、何度でも繰り返す。

どれくらいそうしていたかわからないが、徐々にオウカの感情が落ち着き、震えも止まる。

「ごめんお兄ちゃん、服、鼻水と涙でぐしゃぐしゃにしちゃった」

「いいんだ、よく耐えたよ。」

頭を撫でオウカにロリポップを渡し、隣に座る。

「キラリ、街への被害状況は?」

『キーくん達を狙った攻撃以外、テロ攻撃は起こってないよ。』

「了解、引き続き監視を頼むよ。これで終わりであって欲しいが、まだ今日は始まったばかりだ。事を起こすのを狙っていた連中は他にも大勢いるだろう。4年前の様な悲劇は起こしたくはない。」

テロリストだけではない、ヒビヤさんの奧さんと子供を奪った黒い奴らと呼ばれるギャング集団、ゴキブリと呼んでいるギャング。敵対国のソ連に中赫連はもちろん国をギャング、マフィアの台頭。今回の襲撃に際し他にも後ろ盾になった協力者ないし、組織があることが疑われる。

今回の攻撃は恐らく過激派アスラム教徒だ。撃ってきた連中の手の甲に同じ刺青が入っているのを確認した。

俺の家族に手を出した事を後悔させてやる。

キクリは心に冷たい火を宿す。それは次第に大きくなり、燃え盛る炎となる。


3日後の朝7時

『昨晩、アジュラム教の寺院で火災が発生しました。焼け跡からは50人以上の焼死体が発見され、全ての遺体が礼拝する様な姿をしているとこから警察は集団…』

木戸家の食卓でシュウカとオウカは朝食を食べながら、朝のニュースを見ていた。

「おはようオウカ寝られてる?ミヤさん俺にも朝食を」

「かしこまりました。」

「ううん、3日間で取れた睡眠時間は3時間。研究と開発で三徹なんて余裕だったのに瞼を閉じるとフラッシュバックしてキッツイ」

どうやらPTSDにかかってしまったようだ。

「それよりこっちで食べるなんて珍しいね。いつもならまだ寝てる時間なのに。」

「オウカと一緒で三徹状態なだけだよ。それよりいい精神科医紹介しようか?まぁ俺の担当医の先生だけど。」

「お願いしようかな、今日予約取れるかな?」

「俺から連絡しておくよ、優先して診てくれると思うよ。」

「お待たせしました。」

ミヤさんがお盆に、白米と味噌汁、サラダに沢庵と焼魚をのせ出してくれる。

「ありがとうございます。いただきます。」

シュウカがダイニングに姿を現すや否や

「キクリ、後で話があるわ食べたら談話室にきてちょうだい」

味噌汁を啜りながら相槌を打つ。

朝食を食べ終わりシュウカの元へ向かう。

何の用かは聞かなくてもわかる、今朝のニュースの事だ。談話室に入り扉を閉める。

「あんたやってくれたわね!」

ものすごい勢いで詰め寄ってくる。

「今朝のニュースあれやったのアンタでしょ。」

「死んで当然の奴らだ。火災の影響で残滓も残らない。足がつく事もまずないはずだよ。」

「そういうことを言ってるんじゃない!この件でアスラム教の奴らがどう動くか考えなかったの!?仲間の報復に無差別テロを起こすわよ。被害に遭うのは一般人!」

キクリは差別主義者だ。特に他人に対する理不尽な信仰の押し付けを嫌い、都合が悪くなると宗教を盾にするやつらを嫌っている。もちろん信仰の自由がある事はわかっているし、それを尊重する気持ちは持っている。だが相手がその限りでない時は容赦がない。

「…確かに考えが足りなかったよ。」

「それに万が一アンタが犯人だってバレても、庇い切れないわよ。」

「その時は切って捨ててくれて構わないから。」

「出来るわけないでしょ…ショウカやリカ、お腹には2人目、それにアタシとアンタの子だって…わかってよ…。」

「ごめん…」

キクリはシュウカを抱きしめる。

ごめんと謝ったのは自分の軽率な行動に対する謝罪ではない。そうまで言われても、変えられない自分の思想にたいしてだ。

「ったく妊娠してから涙脆くなってしょうがないわ。」

シュウカは目尻に溜まった涙を指で払う。

「警察の捜査は私の方で止められるわ。メディア対策は情報統括部にダミー情報、流してもらいつつ様子見ね。アジュラム教の連中も、うまくダミー情報に引っかってくれれば事前にどこが狙われるか予想できるわ。」

「上手くいけばね…」

「大丈夫、取り乱したけど、いつも通りのことだから。アンタとキンジが問題行動起こしてその事後処理に私達がカバーし合う。そういつも通りよ。」

ポンと肩を押される。

「アイツらを疎ましく思っているのはアンタだけじゃない。」

シュウカはそう言い残して談話室を後にした。

キクリは心に黒く澱んだ何かが蠢くのを感じていた。


ーーー


V部隊本部会議室

『こちらキクリ、どうぞ』

『こちらショウカ、キンジさんどうぞ』

『こちらキンジ、キラリどうぞ』

『皆さんの声、よく聞こえます!』

「っと、テストはこんなもんかな?」

「えぇ、前回もそうでしたけど、問題なく皆様のサポートが出来そうですわ。」

ふー、と全員が安堵のため息を吐く。

「ショウカのテレパシーがあるのと無いのじゃ、情報伝達速度が段違いだからねー。」

キンジがキクリの言葉に深く頷く。

なんと言ってもショウカの情報の精査力が素晴らしい。

情報統括部から集まる無数の情報を吸い出し、それをもとに全員に通達することができ、盗聴する事もできない、ネットワークが構築されるのだ。

「あれだけ上がってくる情報を1人で制御しきるんだもん、本当にショウカさん凄いよね。」

臨時で統括部長を経験したキラリからは感嘆の声があがる。

「皆様お上手ですわ。ありがとうございます。」

ショウカは頭を丁寧に下げ微笑む。

シュウカさんはショウカの代わりとばかりに、つわりが一気にひどくなりダウンしている。早々にキクリへ指揮権を移したおかげで隊の混乱は避けられた。

「そういえば過激派アジュラム教徒の自爆テロを警察が未然に防いだってニュースで見たけど、あれも情報統括部が事前に警察に通報してたんでしょ?すごいよねテロを未然に防げるなんて」

ショウカが微笑みながらキラリの顔を見る。

「あくまで経験と予測による情報を警察に渡したまでですわ。事前に防げたのは警察の弛まぬ努力の賜物ですわ。」

「情報統括部もすごいけど、やっぱり大和の警察って優秀なんですね!」

「そういえばキラリは、昔警察官になりたがってたよな。」

「うん、体力試験でいつも落っこちゃって。」

「…体育苦手だったもんね。」

「でも、今はこんなすごい部隊に入れたし。2人にまた会えたからこれでよかったって本気で思ってるよ。」

屈託のない笑顔が男心をくすぐるだが彼は男だ。

「じゃあ、今日は俺とショウカはこれで上がるよ」

午前11時と普通の会社なら業務時間内だ。書類仕事はしばらく溜まっていないし、訓練も今日はやりたくない。

今日は午後からショウカとシュウカの検診だ。一度木戸邸に帰宅し、シュウカさんを伴って病院へ向かう予定だ。

病院はあいも変わらず、木戸家運営のトウカさんの病院だ。以前ユキが入院していた病院だ。運転士の清水さんも入院中だ。今回はキクリが運転を行う。襲撃事件の一件以来、護衛をつける事になった。お義父さんにはナナが専属護衛となった。キクリ達の護衛は常に木戸家に住んでいるアビゲイルが担当する事になった。

「キクリさん、お疲れ様です。護衛任務を行います。」

敬礼しミニバンの後部座席にちょこんと座る。

シュウカが心配になるほどの真っ青な顔で潜戸から現れる。

「うぇ、吐きそう。」

車に乗る前からこの調子だ。

ショウカは既に落ち着き助手席に座り、シュウカさんは二列目のシートに座る。

「うふふお姉様がこんなに弱っている姿を見るのは初めてですわ。」

姉の弱りっぷりにほくそ笑んでいる。心配なので侍女さんも1名同乗してもらう。

「全員乗ったね、出発するよー」

病院に向け車を動かす。

「キクリもう少しゆっくり走ってちょうだい。うぇっぷ」

侍女さんに背中をさすられながら、持っていた容器に吐き出す。

病院に到着するとシュウカは車椅子に乗せられ、侍女さんが押してくれる。横をショウカが歩き、後ろをアビーとキクリが歩く。2人一緒に診察室へ通される。

「お二人とも順調ですよ。シュウカ様の赤ちゃんは男の子ですよ。ショウカ様の赤ちゃんはまだ性別を教えてくれないみたいです。」

おぉと感嘆の声が上がる。

「女系一族に待望の男の子だわ。私の次はこの子が当主ね。」

息も絶え絶えなシュウカは肩で息をしている。

「シュウカ、まだ気が早いって何年先の話してるんだよ。」

「男の子だなんて、楽しみですわ。」

「私もいつか、こんな大変な思いをして子供を授かるんでしょうか?」

アビゲイルが主治医との会話に、突然割って入る。

「えぇ、個人差はあると思いますけど。でも不安にならなくて大丈夫よ、あなたは1人じゃない私たちはいつでもお母さんと赤ちゃんの味方よ。それに妊娠、出産は女性にしか出来ない偉業よ。」

「…そうですか」

アビゲイルの思わぬ発言はあったが

診察を終え車に乗り込み無事帰路へ着いた。


ーーー


7月25日午前8:00東京駅でそれは起きた。

通勤時間で何千人が利用する時間帯を狙った、複数の過激派アジュラム教による同時自爆テロだ。

母親を呼ぶ子供の声、助けを求める人々の声、泣き叫ぶ人々の声、あらゆる人々の叫び声が響き渡る。

自衛隊、警察、消防もちろんPWTにV部隊も救助活動に当たった。死傷者は約1600人、身元不明遺体、行方不明者約250人。

世論は一気にアジュラム教を排斥する声が高まり、同時に移民や難民に対しての軋轢は大きくなった。政府機関はダンマリを決め込んでいる。

これを受けて木戸家の意向は決まった。大和国内のアジュラム教を1人残らずこの国から追い出す事となった。

人道的配慮として木戸家の資産によって強制送還の手続きが行われた。また同時に声明をだす「強制送還に応じる者はテロリストであろうと帰国させる。だが国に残った者は老若男女赤子であろうと問わず抹殺する」と。

これに対しての政府の動きは早かった。即座に木戸家の解体と資産凍結を命じたが、既に木戸家の力は国が抑えられるものではなくなっていた。自衛隊、警察、あらゆる公的組織や民間企業が木戸家についた。この間わずか14日間、木戸家による革命、傀儡政権が誕生した。


ーーー


8月末

木戸キクリは東京郊外で廃墟群で1番高いビルの上で煙草を吸っていた。ポニーテールに纏められた碧色の髪が旗のようにたなびく。標的は国内最後の過激派アジュラム教徒が潜伏しているとされる廃墟群だ。

『キクリ様、皆様の準備が整いましたわ。』

妻からテレパシーが届く、重い腰をあげ左右に腰を振りポキポキと音を立てる。

『じゃ、はじめようか』

『『『了解』』』

それぞれの班長達から反応を確認し、キクリもビルを飛び降りる。

ビルが倒壊しているところが沢山あるため某蜘蛛男の様にお得意の移動手段は使えない。そのまま地面に着地し走り出す。左右の廃墟群から複数の足音、キクリを銃弾の嵐が襲う。キクリは腰から2本のフォトンブレードを引き抜き飛んでくる銃弾を叩き斬る。もちろん全ては防げない致命傷になる部位だけをしっかりと守る。

『ショウカ接敵した、左右から集中放火喰らってる。他の部隊は問題なく動けてる?』

『アビーちゃんと、ミツカも予定通り動いていますわ』

「じゃ、問題ないか。」

真正面に単独で突撃し、敵の攻勢を受け囲う作戦だヒビヤ、コウとPWTで組まれた小隊は後方。キンジ、アビー、ミツカによる左からの攻勢、ユキ、マヒル、ナナ右からの攻勢、後方のバックアップにキラリとハルナが待機している。

キクリは銃弾の嵐なか防戦から攻戦へと転じる。得意のSFGで左側の廃墟に一気に詰め寄る。その際に被弾するが痛みが脳に伝達される頃にはこれぐらいの傷口は塞がってしまう。アジュラム教徒を斬りふせる。同士討ちを恐れる様子もなく銃撃は続く。戦って死ぬことは名誉であり、死後には素晴らしい世界が待っていると本気で思っている連中だ、生死感が違いすぎる。

瞬く間にキクリは雑兵を片付け廃墟群に静寂が訪れる。

それも一瞬の出来事であった大きな爆発音が響き渡る。恐らくユキの班が廃墟群を片っ端から爆破している。1人たりとも逃さない。隠れているなら炙り出す、出て来ないのであれば瓦礫で圧殺する。

更に別方向からも建物の倒壊音と共に砂煙が立ち上る。

キンジだろう。パラパラと遠くで銃声が聞こえる。恐らくこの戦闘が終わる頃にはこの廃墟群は真っ平になっている事だろう。

最後の1人にフォトンブレードを突き刺し、引き抜く。顔に飛び散った返り血を袖で拭う。

「こっちはハズレみたいだね人間しかいない。」

『お見事ですわ。』

『もっと激しい抵抗にあうかと思ったけど、あっけなかったな…』

『他の班の方々は適合者と接敵しています。どこの班も一方的、鎧袖一触といった具合ですわ。』

「まぁ、あの声明だして大和国に残る判断した連中は、カリムみたいに本当に力をもったやつらか、新生のバカだけだろうからな。今回は後者が相手ってわけね。」

パンと乾いた音が響く、どうやら後ろから撃たれた様だ。戦闘服越しに野球ボールがぶつかる様な感覚が伝わる。振り向くと10歳くらいの少年兵が銃を握りしめこちらに向けていた。

対寄生体用の武器であれば、戦闘服を突き破ることも出来たかもしれない。

キクリは対寄生体用ハンドガンdark SkyM910をホルスターから抜き、引き金を引く。頭と心臓に1発づつ撃ち込む。なんの感慨も浮かばない、その冷たい視線は人に向けられるものではない。キクリにとってみれば殺意を向けられたからやり返した。その程度の認識だ、そこに葛藤も焦燥もない。

たとえ差別主義者と呼ばれようと、この国の為、木戸家の為に動くのがキクリという男だ。それに区別と差別は別物だ男女には明確に身体能力に差がでる。片足が無い人間と両足がある人間を同じ距離を歩かせれば、必然的に両足のある人間が勝つ。それらを一色単にしてしまうのは真に平等と呼べるのか。ルールとモラルにマナー、暗黙の了解というものがこの国にはある。アジュラム教はそれらに順応出来ない。国境という境目があるように、人には個々人の人格という境があるように。

また数名がこちらに走ってくる音が聞こえる。キンジ達に追い立てられ逃げてきたものや、キクリに攻勢を仕掛けようとするもの、戦場は混沌としてきた。


ーーー


「たーまーやー」

凄まじい爆発音と共にユキの声が響き渡る。

「流石に不謹慎じゃないかな。僕たちが行ってるのは宗教弾圧と変わりないんだよ?」

「先にルールを破ったのはあっちッスよ。それに相手はテロリストっすよ?」

著しい倫理観の欠如。マヒルはV部隊の中では良識のある常識人だ。今回の任務にも疑問を抱いている。

一方でユキとナナは任務の内容にまったく疑問も抱かず、いつもの様に淡々としている。

あちこちに爆弾を仕掛けスイッチを入れたり、バッティングで手榴弾を打ち続ける。

『ユキちゃん、3時の方向から複数の熱源反応が接近中ですわ、応戦を!』

『マジッスか!どれくらいの規模っすか?』

『2個小隊ほどですが、適合者がいることも考えられますわ。』

「あはは、キクリさんじゃないけど貧乏クジ引いたね」

「まったくっす。1発お見舞いしてやるッス」

ユキはバックからバレーボール大の爆弾を出す。

「マヒルさん、これ持ってください。」

「えぇ!?打った瞬間爆発とかしないよね?」

「早くしないと爆発するッス10、9」

「わかった!!ほら!!」

マヒルは急いでユキから爆弾を受け取る。

「それじゃあいくっすよ!!」

ユキは勢いよく踏み込み、バットをスイングする。

鈍い音と共に爆弾は打ち上げられる。ホームラン級に爆弾が飛んでゆき地面に落下したと同時に大爆発をおこし熱風がこちらにまで伝わってくる。

『ショウカさん敵の反応はどうッスか?』

『熱源反応全てロスト、いえ一体爆発を逃れたものがいます。接敵まで5秒!』

爆炎の中からユキ目掛け飛び出してくる。イスラム教徒の適合者だろう。ガキィィイギリギリと金属同士が擦れ合う音様な音がする。

ナナがユキとの間に割って入り、相手の一太刀を受け止める。アジュラム教徒が持ち出したのはシミターと呼ばれる東方の曲刀だ。ナナがそれを振り解き槍の間合いを作り出す。

「ユキちゃんこの獲物は私がもらってもいい?」

「いいっすけど、ボーナスとか出ないっすよ?」

「たまには血湧き肉踊る戦いがしたいじゃん?」

「そういうことなら、譲るっすけど。」

ナナは真紅の十字槍を構える。

「真田が1番槍、真田ナナ。推して参る。」

ナナは今まで見せたこともない速度でアジュラム教徒への距離を詰める。槍の枝刃がアジュラム教徒の首に差し迫る、その瞬間シミターが枝刃の間に滑り込む。徐々にナナの圧力が増しアジュラム教徒は倒れ込む。

ギチギチと音を立てながら首元へ刃が差し迫る。

アラビア語で喚いているが誰にも理解できない。

ドスンと、槍がアジュラム教徒の首が斬り落とされる。

「随分とあっさりいったっすね。」

「同じ適合者でも、成績100位と1位じゃ実力差があって当然だからね。私達はかなり上澄の存在だもん。」


ーーー


キクリは嫌悪の表情で見る。テロリストが同じアジュラム教徒の女性を盾にして何かを喚き散らしている。

「アラビア語はわかんないんだよなぁ」

そんなことで止まるキクリではない、女性ごと敵を斬る。老若男女問わずだ。この国に残った時点で死刑宣告を受けたも同然なのだ。猶予は与えた。

『他にも熱源反応があります。恐らく非戦闘員かと。』

キクリは見逃さなかった、瓦礫に埋もれている地下へのハッチがあることを。

瓦礫を退けハッチを開ける。

「これで全部でしょ?」

『えぇ、それで全部ですわ』

そこにいたのはまだ幼い子供達と赤子を抱える女性達がいた。

「アスラ・バクラム!!」

1人の少年が何かを握りながら出てくる。自爆ベストを着ているのを瞬時に見抜き、腕と配線を斬り落とす。そのまま流れる様に首を斬りトドメを刺す。

「これだから、アジュラム教徒は救い難い」

キクリはSFGで残り全員を拘束し、膝立ちで地面に座らせる。

「強制送還に従わなかった。それにまた同じ様な奴が出てきても困る。」

キクリはタクティカルベルトから取り出した、手榴弾と焼夷弾のピンを外し投げ入れ、ハッチを閉める叫び声と共に炸裂音が響きハッチを吹き飛ばす。中からは肉が焼ける臭いと火薬の臭いが鼻をつく。少年兵の自爆でどのみち同じ結末を迎えていたことだろう。

『見事な手際ですわ。』

ショウカから賞賛の声が届く。

『これで殲滅戦は終了かな?』

『いえ、もう少し残党がいるようですわ。このまま包囲網を狭めていきましょう。』

『了解』

こちらが有利更に攻勢を強めていく。

違和感、どこの部隊も苦戦していない。確かに一方的な攻勢になると予測はしていたが、あまりにも手応えがない。それは他の隊員達も薄々感じ取っていた。


「やられたな…情報にあった顔が全然ない。」

全部隊が集結し、それぞれの視点データを精査したものをショウカが部隊員全員に共有している。国内に残ったと思われるあるアジュラム教徒のカリムの様な実力派の顔がないのだ。

「少数精鋭で国内に潜伏か。」

キンジは腕組みをし唸る。

「ショウカありがとう。視点共有をキャンセル」

『承知しましたわ。』

全員が目を開き顔を見合わせる。

「いやー、慣れないねー脳内に直接映像が流れるっていうのは。」

「この視点共有も俺達の脳みそが足りてれば、戦闘にも役立つのに残念だ。」

「しかし厄介な事になったっすね、連中は徒党を組んで騒がしいのが特徴なのに。」

「まぁでも国内のテロはこれで激減するだろうな。」

キクリはタバコに火をつける。それに続くように喫煙者全員がタバコを吸う。

釈然としないがこの件はここで一旦幕引きといったところだろう。


ーーー


殲滅作戦から1週間、9月某日

ショウカとシュウカの出産まで後、約7ヶ月


「先日の殲滅作戦ご苦労だった。」

「ありがとうございます。お義父さん」

キクリは木戸ムサシに呼ばれ書斎に足を運んでいた。

「それと、シュウカとショウカの妊娠も嬉しい報告だ。リカに続いてこうも子宝に恵まれるとは、私は嬉しいよ。」

「あー、お義父さんはこれでよかったと思ってます?ショウカの実験とは言えシュウカとショウカ2人と関係を持って子供までこさえてしまって。」

「私も若い頃、似たようなことをしていた。おかげで5人の娘に恵まれた、何もおかしなところはない。」

トウカさん、オウカ、ミツカはシュウカショウカと母親が違う。更にややこしいのはトウカさんもオウカ、ミツカと母親が違う。とてもややこしいのだ。

「それにシュウカの子供は男の子というじゃないか、初めての男の子に年甲斐もなく心が弾んでしまう。」

「それはよかったです。これで木戸家も安泰ですね。」

「キクリ、きみをここに迎えた時、キャッチボールをしたのを覚えているかね?」

「はい、忙しいのに暇を見つけてはやりましたね。その時だけはシュウカさんの訓練から解放されるので、当時は休息だと思っていました。今では数少ない平和な思い出です。」

「私にとってもいい思い出だよ。シュウカとキャッチボールはしたことがあったが、やはり男同士でのキャッチボールはまた違った趣を感じられたよ。コニャックでも飲みながら少し話そう。かけてくれ。」

キクリは勧められるままに酒の入ったグラスを手に取り椅子に座る。

「こうやって、息子と酒を飲むのを夢に見たものだ。」

「何かに乾杯しますか?」

「では、シュウカとショウカの妊娠に。」

グラスを傾け一口飲む。

「これはまた、アルコール強いですね。」

「ははは、コニャックは初めてか!香りを楽しむのもいいぞ。」

「味は好きです。ゆっくり味合わせていただきます。」

「娘達との時間ばかり気にして、息子となかなかこうやって世間話をする時間は取れなかったからな。」

「お義父さんもお忙しいですし。」

チビチビとコニャックを頂く。味は好みだが、アルコール度数が高くすぐに酔ってしまいそうだ。

「こんな言い方もあれですけど、わざわざ合間を縫って呼んで頂いたってことは何かあるんでしょうか?」

「息子と酒を飲み交わすのに理由が必要かね?成人して既に5年も経ってしまったがな…」

「またキャッチボールしてもいいんですよ?」

「そうだな、孫とキャッチボールする為に、少し感を取り戻さねばな。」


ーーー


「キンちゃんタバコ一本もらってもいい?」

「ん?俺のか?初心者向けじゃないから、今度キクリからもらった方がいいぞ。」

「えー、そうなの?」

「あいつのタバコは俺からしたら酸素吸ってるのと変わらん。まぁものは試しでどうしてもっていうなら、ほら」

キンジはタバコを一本箱から取り出しキラリに向ける。

「ありがとう。」

キンジはお気に入りのジッポライターで火をつけるが、なかなかキラリの煙草に火がつかない。

「キラリ、火をつけるときは吸いながら火をつけるんだ。」

キラリが勢いよく吸い込み、ゲホゲホと咽せる。

「すごい煙、それになんかクラクラする。」

「まぁ、最初はそんなもんだ。座ってゆっくり吸うんだ。」

「僕はタバコ好きになれそうにないや。」

「無理に吸うことないと思うぞ。アビーと一緒にキクリからロリポップ貰って舐めとけ。」

キラリは慣れないタバコを再度吸い込み咳をする。

「吸い切ろうなんて思わなくていいから、大人しく灰皿にいれるんだな。」

キラリはうぅ〜と低い声をだし、灰皿に煙草を捨てる。

屋上の扉が開かれ繋ぎを上半身だけ脱ぎタンクトップ姿のユキが現れる。既にタバコを咥えており屋上に出るやいなや、タバコに火をつける。

相変わらず右目は色を認識出来ないらしく、眼帯は取れていない。

「キンジさん、キラリさん、お疲れさまっす。」

「お疲れ、また車両の点検してくれてたのか?オウカ達が見てくれるようになったんだろ?」

「そうなんすけど、動かしていないヤツも手入れしておこうと思って。キンジさんのバギーも見といたっす。」

「あぁ、確かに長らく乗ってないな。ありがとう。」

「うっす。」

ユキはキラリの隣にヤンキー座りで煙を空に向け吐き出す。

「キラリさんって性別の自認はどっちなんすか?」

「?男だよ?なんで?スカート履いてるから?可愛いし、似合ってるでしょ?」

堂々たる自信にユキも面食らってしまう。

「昔からそれが原因でいじめられてたけどな。ご両親もさぞ心配されたろうに。」

「でもその度にキーくんやキンちゃんが助けてくれたよね。3年生の頃、6年生に飛び蹴りかましたのがキーくんとキンちゃんとの出会だったね。今でも思い出されるよ。」

「LGBTやら宗教、人種差別者のキクリさんとよく仲良く、できたっすね」

「それはあれだ、キラリはこのなりでちゃんと男子トイレ、風呂を使うし、自分の趣向を誰かに押し付ける事はしないからな。逆にいじめっ子達のキラリの存在を認めない方があいつにはキレるポイントだったみたいだな。」

キンジはふぅーと煙を吹くと

「まぁ、自己中やろうだからな。自分の気に入らないものが気に入らなかっただけだろ。」

「合点がいくような、いかないような…」

「当時はキーくんの事、好きになって告白したんだ。フラれちゃったけど。でもずっと友達でいてくれたよ。」

「あいつ自身矛盾を抱えて生きている。鬱病も少なからずそこから来てるだろうな。」

「なーに人がいない時に、悪口いってんのさ」

キクリが本部の壁を登り現れる。

「せめて扉から現れろ。」

よっこいせ、と柵を跨ぐ。

「お疲れっと」

「キーくん!キンちゃんからタバコはキーくんから貰えって」

「えっ、キラリも喫煙者になるの?やめときなよ。」

キクリは煙草の箱をトントンと叩き一本取り出し、自分の口に咥える。

「まぁ、どうしてもっていうなら、ほら」

再び箱から一本取り出し、キラリに渡す。

「やった!ありがとう!」

「あ、火どうぞっす」

ユキがすかさずキラリに火を渡す。

プハと今度は一回で火がつく。キラリは先ほどより慣れた様に煙草の煙を吸い込み、再び咽せる。

「はは、吸い慣れてない感じ初々しいね。」

キクリは笑いながら煙草をふかす。

「やっぱりタバコ向いてないのかな、すごいクラクラするし喉が痛いよ。」

「喫煙者にならなくてよかった。俺の煙草、初心者向けだけどそれ吸えないとなると向いてないよ。」

「そっかー、残念。仲間入り出来ると思ったのにぃ。」

「まぁここでダベるのに喫煙を理由にしなくても大丈夫だよ。煙草の臭いが気にならなければ。」

「気にならない!」

キラリは立ち上がり腰に手を当て、胸を張るポーズを取る。


ーーー


「あぁ、やっとつわりが落ち着いてきた。」

「お仕事に差し支えないですか?」

「やっとまともに書類に目が通せそうよ。」

姉妹水入らずで木戸家の中庭を見ながら、デカフェの紅茶を堪能する。

日差しが心地いい、そのまま眠ってしまいそうだ。

「お二人さんお邪魔しても?」

キクリが縁側に座る。

「ちょっと、ここにきて仕事の話とかしないでよね。悩むんならアンタ1人でやりなさい。」

「そういわず、家族でボーッと過ごすのもいいじゃない」

よっこいしょとショウカの隣に腰を下ろす。

「子供の名前どうしようか。今回は2人分考えないと。」

「ふふ、まだワタクシの赤ちゃんの性別がわからないから、三つ考えないとですわ。」

「アタシの方は男の子だし、どうしようかしら。」

キクリはロリポップの外装を剥がし口に入れる。

「うーん、男の子だもんなぁ。ヒバナなんてどう?」

「激しい名前ね。でも気に入ったわ、ヒバナ…ね」

シュウカは愛おしそうにお腹をさする。

まだ見た目にはわかりづらいが、産婦人科に通うたびに笑顔が増えていくのを感じる。

リカも生後7ヶ月、ずり這いをしながらショウカの後ろをくるくると回っている。もちろんその後ろに侍女さんが待機し、ショウカもテレパシーでリカの見ている世界を覗き見しているのだろう、何かあればすぐに対応できる状態だ。

「ショウカの方はどうしようか、男の子でも女の子でもリコでどうだろ?」

「男の子ならもう少し速そうな名前にしませんこと?」

「速そうって。」

思わず笑ってしまう。

「んー…ショウでどう?ショウカの頭文字3文字だけど。」

「そうですわね!リコとショウどちらでしょう。楽しみですわ。」

「キクリ様、何かお持ちしましょうか?」

通りすがりのミヤさんが声をかけてくる。

「じゃあ、みたらし団子と緑茶で」

「かしこまりました。」

「それで、キクリ。ミヤさんとはどうなのよ?うまくいってんの?」

シュウカはニヤニヤしながら聞いてくる。

「う、上手くいってると思うけど…」

「ミヤの乱れっぷりが気になるわ。ヒバナが産まれたら三人でどう?」

「あら、ワタクシは混ぜていただけませんの?」

「どんな提案だよ。」

キクリの顔は引き攣った笑顔を見せる。

3人相手にできるほど、器用でもないし、絶倫でもない。弄ばれるのが目に見えている。

「キクリ様、お待たせしました。」

ミヤさんがお盆にみたらし団子と緑茶を乗せ床に置く。

「ミヤさんも団子食べない?」

「それでは失礼して、一ついただきます。」

緩やかな時間が過ぎていく、この時間をキクリは堪能し心の安らぎを得る。


ーーー


9月末

「くわぁっ、っと」

つい大口を開け欠伸をする。ハッと我にかえり手で口を押さえる。

「あらあら、随分大きな欠伸だこと。昨晩はあまり眠れなかったのかしら?」

喫茶店小鳩のコバトがクスクスと笑いながら、カップにコーヒー注いでくれる。

「ここ数年不眠症でして、日に4時間寝られればいいほうです。」

「それは大変ね…そうだわ!」

コバトさんは暖簾をくぐり部屋の奥へと向かう。

何やら小さな箱を持って戻ってくる。

「なんです?それ」

「オルゴールよぉ、子供の頃、眠れない時はよくこれを聴いて寝てたの。あげるわ。」

「えっ、思い出の品じゃないんですか?」

「そうだけど、辛い思いでも一緒なのよ。でも手放しずらくて。キクリくんが持っていてくれたら嬉しいわ。」

蓋を開けると落ち着いた音楽が流れる。なんという曲なのか音楽に浅学、というよりは興味を持てず全くの無知だ。楽譜も読めない。

「ありがとうございます。大切にさせてもらいます。」

「ふふふ、少しでも眠りやすくなるといいわね。」

コーヒーを啜る。

「寝る前にホットミルクやハーブティーを飲むといいですよ。私もよくやります。」

高校生バイトのハルカがアドバイスをくれる。

最初こそ不審がられたが、今ではよき友人だ。

「へー、飲み物でも眠れるもんなんだ」

「眠れるというか、一種のリラックス効果だと思いますけどね。」

ハルカは席のパッシングをしながら教えてくれる。

気がつけば店内のお客は自分1人になっている事に気がついた。店内には西陽がわずかに差し込み、そろそろ店仕舞いだ。

「遅くまですみませんでした。お会計お願いします。」

「はーい、コーヒーのお代わりは、おまけしておくわね。」

「え、かなりおかわりもらいましたし悪いですよ。」

「キクリくんは、その分食べてくれるから黒字よ。」

コバトさんは笑顔でOKサインを出し笑いかけてくれる。

確かに昼からいて、コーヒー以外にメニュー11品頼んでいる。

「キクリさんの胃袋は底なしですね。」

「そうなのよ、界隈では有名よ。デカ盛り制覇して出禁になったお店もあるくらいなんだから。」

「ウチにはデカ盛りメニューがないわけですね。」

ハルカは手を叩きながら笑う。

「お会計二万千円でーす。」

「はい、これでお願いします。」

カードを差しこみ会計を済ませる。

「それじゃ、今日はこれで」

コバトとハルカに別れを告げ帰路に着く。秋も深まり陽が落ちるのがグンと早くなった。

スマフォのカメラを起動しビルの間に沈む夕日を撮る。

子供が産まれてからカメラを起動することが増えた。

写真フォルダはショウカとリカの写真でいっぱいだ。

最近はお腹をさするシュウカの写真も増えた。

大切なものがずいぶんと増えたものだ。

ドンと誰かとぶつかる。

「いってぇな、チビが道端で突っ立ってんじゃねーよ」

「ぶつかって来たのはそっちだろ。」

身長180センチ前後と見た、キンジよりは小さい。

3人組の男に絡まれる、ぶつかった男をチンピラAとしよう。

「随分喧嘩腰じゃん、ボコボコにしちゃうよ。」

チンピラBがすごみ胸ぐらを掴んでくる。

「これ?なに?」

掴まれた胸ぐら指差し問いかける。

「何ってお前頭大丈夫か?」

チンピラCに頭をこづかれる。

コバトの店の前で暴れるのはキクリにとっても不本意だ。

「ねぇ、こういう時どうするのが正解だと思う?」

キクリは問いかける。

「はぁ?地面に頭つけて謝罪するもんだろうがよぉ!」

店の中からコバトとハルカが覗き込んでいる。手には電話の子機をもち警察に連絡した様だ。

「よし!」

チンピラBのキンタマを蹴り上げる。チンピラBの声にならない絶叫が聞こえてくるようだ。キクリも男だどんなに痛いか想像に難くない。

「はい!よーいどん!」

キクリは木戸家の方向とは逆方向へ走り出す。

「あ!おい逃げんな!」

「追いかけるぞ!」

キクリは人間の法定速度で全力疾走する。チンピラ2人が追いかけてくる。

「やべぇ、楽しくなって来た」

キクリは走りながらニヤニヤしてしまう。

「なんだあいつ、走る姿勢よすぎるだろ!てか速え!」

キクリの頭の中では付かず離れずを維持して走っている。

どうやって巻いてやろうか、路地に曲がって壁を登って巻くのもいい。疲れ果てた所を素通りしてやるのも面白そうだ。などと考えていたらすっかりチンピラを巻いてしまった。なんとも味気ないとキクリは落胆する。

スマフォで喫茶店小鳩を検索し、お店の電話番号に電話をかける。数コールしたところで電話が取られた。

「はい、喫茶小鳩です。」

「あ、ハルカちゃん?」

「キクリさん!?」

電話口の声がキクリだとわかると急にハルカは小声で話始める。

「今、警察の人が来てまして」

「長引きそう?」

「そうですね、男性が一方的に暴行されたとか言って被害届を出す出さないで大騒ぎしてます。コバトさんも事情聴取されてます。てかキクリさんは大丈夫なんですか!?」

「うん、走って巻いた。」

「巻いたって…随分健脚なんですね。」

「それより、俺そっちに戻るよ5分だけ警察にも待ってもらって。」

「そ、それはまずいんじゃ」

「大丈夫それじゃ。」

「あっ…」

何か言いかけていた様だが、喫茶店に戻ってから話を聞こうとキクリはスマフォをポケットに滑り込ませる。

すると街角をヨタヨタと追いかけて来たチンピラ2人が、息も絶えと言った様子であらわれる。

「お疲れ様っ」

2人の肩をポンと押すと面白い様にコロンと転がった。

「っはは、面白い。」

再び来た道を走って戻る。しばらくするとパトランプが見えた。

「コバトさーん。」

「あいつだ!あいつが俺の股間をいきなり蹴り飛ばしやがった!」

手を振りながらコバトに駆け寄る。警察はキクリの顔を見るなり敬礼をする。

「いいよ、楽にして。仕事じゃないんだから。あ、君達からしたら仕事中か。」

事情を知るコバト以外の者は困惑した様子だ。

「余計な仕事増やしてすみません。」

「いえ、とんでもありません!お会いできて光栄です!」

警官はパトカーに乗りその場を後にした。

「どういうことだよ、お前何もんだ。」

チンピラAだかBだかCだかもうわすれたが、キクリにチンピラは食ってかかる。

「何もんかどうかって、手を出しちゃいけない、そのスジの人でしょ。今後は無闇に人に絡まないことだね、それとこの店や人に何かしようものなら、キンタマ蹴り上げるくらいじゃすまないよ。」

キクリは不気味なほどニンマリと笑う。

「くそ!覚えてろよ!」

チンピラは走って逃げていく。

「すごい、あんな捨てゼリフ本当にいうのね。初めて聞いたわ。」

コバトさんは面白いものを見せてもらったわ、とご満悦の様子だ。ハルカも店から出て来てくる。

「大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫よ。今後も何かあればキクリくんが助けてくれるわ。」

「キクリさん、何者なんですか?」

「うーん、木戸キクリかな。」


ーーー


「オウカさん、準備OKです。」

「よし!通電よろしくお願いします!」

アビゲイルに電極を取り付けなんの実験をしているのか、キクリにはわからない。

「っで、何をしてるの?」

「よくぞ聞いてくれました、お兄ちゃん!前々から気になっていたんだけど、スライムが発するエネルギーは現在我々の・・・・・・・・・・・っで!電気の性質をもつアビーちゃんのパワーはどこまで応用できるのか実験してみようと思ってね!最近暇みたいだし!」

めちゃくちゃ早口で説明されたが何を言っているのか最後の部分しか理解出来なかった。要約するとアビゲイルの電気で電子レンジを回せるかっという実験らしい。キクリの横で回転している電子レンジに、ショウカ手製弁当が人質に取られている。1分間回り続け電子レンジがチンという音を立て温め終わったことを伝える。とりあえず中身を取り出してみる。耐熱容器はほんのり暖かくなっている。

「おぉ成功みたいだよ!」

「やりましたね!」

アビゲイルとオウカはお互い親指を力強く立てる。

「今度はフルパワーの電力しりたいから、絶縁室に入って貰ってもいい?」

「了解です。」

アビゲイルは謎に自信に溢れた顔をし絶縁室へ入っていく。声は届かないのでショウカのネットワークを使ったテレパシーでの会話となる。

『じゃあ、アビーちゃん!ストレス発散だと思って思いっきり放電しちゃってください!!』

『任せてください。思いっきりいくよナビア』

《アビー、承知しました。セーフティ解除。》

絶縁室の外にいるのに肌にピリついたものを感じる。

実際どれくらいの程度、絶縁されているのかは不明だ、不安になる。

オウカはそんなことはお構いなしに計器と睨めっこをしデータをとっている様だ。

『アビーちゃん!オッケー!すごい結果だよ!』

アビゲイルは絶縁室から出てくると少しフラつきながら、歩いてくる。

「初めてフルパワーだして、なんだか平衡感覚が」

倒れそうになる所を抱き止めた瞬間、全身に凄まじい磁場を感じる。

「すごいよ!すごい!アビーちゃん1人で東京の1日の電気使用量の1/4賄えている上に蓄電も問題なく出来てる!すごい!そして閃いた!」

あまりいい予感はしないが、何か着想を得た様だ。

ロリポップを取り出しアビーに差し出す。

「ほい、お疲れ」

「ありがとうございます。スッキリしました、ちょっと疲れましたけど。」

「自分の力、めいいっぱい使えるとスッキリするよね。」

ショウカの手製しょうが焼き弁当を口に運ぶ。

相変わらず料理上手だ、卵焼きも絶妙な塩味だ。

妊娠中で、リカの面倒もあるのに、申し訳ないくらい甲斐甲斐しい。

「愛妻弁当ですか?」

アビゲイルがロリポップをコロコロ転がしながら聞いてくる。

「ん?そうだよ?少し食べる?」

「いえ、ロリポップで十分です。以前ショウカさんとマフィンを一緒に作ったのですが、それが忘れられなくて。なんだか母と過ごした日々を思い出させてくれて。」

「なら、次の休日に作ればいいよ。リカは俺が面倒見るし、せっかく一緒に住んでるんだから。」

「居候の身で、ご家族の時間をさいてしまうのは心苦しいといいますか…」

「何言ってんのさ、アビーも立派な家族だよ。それに俺とショウカ、アビー、リカのいい思い出になるじゃん。」

「そ、そうですか?」

「ショウカも喜ぶよ。そういえばショウカのマフィン、食べたことないや。楽しみだなー。」

「私も楽しみです。」

アビゲイルを保護した時のことを思い出す。

強盗に両親を殺され、適合者へと覚醒し殺人犯を返り討ちに警察が現場に到着するもヒステリック状態で雷撃を放ちとてもではないが保護が出来ないとV部隊に出動命令がでた。キクリが中に入り雷撃をフォトンブレードを避雷針代わりにし、避けながら近づきアビゲイルを抱きしめた。雷撃をもろに喰らったが生きていられるのは自分の再生力の高さと、まだ能力が未熟なアビゲイルだったのが幸いした。本気の雷を受けたら焼け死んでいただろう。大丈夫、大丈夫、悲しいよね、辛いよねと背中をさすりながらアビゲイルが落ち着くのをひたすらにまった。その間、常に全身を駆け巡る痛覚や熱を受け止める。やがて少女は疲れ切ったのか泣くのをやめ、キクリの腕の中で意識を失った。もう一年ほど前の話になるだろうか。正確な日付は覚えていない。これも鬱の症状の一つである。それから木戸邸でしばらく保護、そしてV部隊にスカウトし今がある。

ショウカに母親と重なるものを感じ、心の修復をはかっているのだろうか。キクリにはわからないが、アビゲイルの笑顔を見るに大きな心配はないだろう。

「あ、そうだお兄ちゃん、お兄ちゃん。」

「ん?なに?」

オウカはハイカットのスニーカーとグローブを研究所の棚から持ち出す。

「これってSFGとSFB?」

「そ!新しいのができたんだ!SFBはスニーカーになったからSFS?ま、名前はなんでもいいんだけど。とりあえずつけてみて!」

言われるがままに、装備を取り替える。

「おぉ、グローブもスニーカーもすごい軽くなってる。」

「そ!それとグローブの方は巻き取り機能が速くなりました!今まではお兄ちゃんの意思だけで巻き取りしてたけどグローブ自体も巻き取ってくれるようになったよ!」

機能を追加し、更に小型軽量化するとは流石オウカだとキクリは感心する。

「後で使用感試さないとな。巻き取りが速すぎて壁に激突したんじゃ、いい笑い者だ。ありがとうオウカ気に入ったよ。」


ーーー


真田ナナはV部隊道場で1人、木製の鎌槍を振るっていた。

ゆっくりと丁寧な動きをし、頭の中でその数倍の速さで動くシュミレーションを行う。

木戸キクリ、真田ナナの中で越えるべき存在だと彼女は認識している。キクリもキンジもいつ死ぬかわからない、勿論自分もいつ命を落とすかわからない。代替品はいつでも必要だ、可能なら更に代替品を用意する必要があるが、それも容易なことではない。ならば代替品の品質を上げるのが最善だと判断する。

「珍しいね道場に人が来るのは。」

キクリが一礼し道場に足を踏み入れる。

「まぁ、そう殺気たてないで。実戦に合図は無いけど、ここは訓練するところだから。」

キクリは壁に立てかけてある木刀を手に取り、ナナに向き直る。

「一戦交えてみる?」

その言葉と同時にナナが動き出す。バキッと道場の床を捲れ上げさせる。

鎌槍がキクリの頬を掠める。伸びた柄の部分を刀で弾く。しかしお互い武器が上へ弾かれる中、ナナは容赦なく前蹴りをくりだす。左手で受け止めるとナナはそのまま宙返りをし、もう一方の足でサマーソルトを繰り出す。鼻先をつま先が掠め、前蹴りを受け止めていた手を思わず離す。キクリはそのまま後ろにステップし、一度距離を置く。

「やるねぇ、演習で本気でやり合いたくなるよ。」

「お互い命は惜しいじゃないですか。それはやめておきましょうよ。」

いつものゆったりとした口調でナナは答える。

再び距離を詰め激しい剣戟が繰り広げられる。

そのゆったりした口調からは想像もできない殺意を目に宿し、黄色の瞳が獣の様にキクリへ向けられている。

再び槍の鎌部と刀がぶつかり合いお互い2歩3歩、後ろへ下がる。

「いぇぇええええやぁあ!!」

ナナの咆哮と共に槍を下段から突き上げる様な一閃。

が、そこにキクリの姿はない。直後ドスンと槍に重力がかかる。槍の先端にキクリが乗っている。木刀の刃がナナの首元で止まっている。

負けた、とナナは悟る。

キクリはナナの攻撃を避けたのは、間違いないだがそれはナナの想像を遥かに上回るものであった。キクリはギリギリまで身をかがめ、カエルの如く飛び上がりナナの突き上げを避けるとそのまま猿のように槍の上へと着地したのだ。

「ずるいですよ、人間の範疇を超えた力を出すのは」

「が困ったことに制限しても4mは軽く飛べるもんでね。この体でバスケットゴールにダンクどころか、自分がゴールインできるからね。」

「やったことあるんですか?」

「あるよ。ネットに引っかかって散々な目に遭ったけどね」

ふぅと両名武器を下げ一礼する。

キクリが思い出したかのように言う。

「あ、道場の床壊したら自腹で修理だから。ま、貰ってる給与に比べれば安いもんよ、次は気をつけてね。」

キクリが木刀を壁に掛け直し、じゃあねと道場を後にする。

「それで道場の床あっちこっち色が違うのか。自腹なら先に言っといてよ…」


この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。