帰還
視界がぼやける。
右目は見えない、右腕の感触がない。
ぼやけながらも、白い天井、白い壁と白いレースのカーテンがここを病院だと推察するには十分すぎる判断材料だ。最後の記憶は曖昧だマヒルさんを庇って何かに体を抉られたところまで覚えている。
ボヤけていた視界が徐々に鮮明になっていく。
体の重要器官の再生は済んでいる様だ。抑制剤を投与されながらの治療も意識を取り戻したことで終了するだろう。1週間再生に集中すれば元通りになるはずだ。
「なかなか死ねないもんすねぇ…死にたくないけど」
などとぼやいてみる。一人ぼっちの病室、花や見舞品が沢山届いている。窓の底をボーッと眺める。しばらくして病室の扉が開かれる。
「ユキ…目が覚めたのか。」
「おはようございます。どれくらい眠ってたッスか?」
「1週間。」
キクリさんは椅子に座ると見舞品の果物からりんごを手に取り、ナイフで皮を剥き始める。
「お見舞いの定番みたいな事してるっすね。」
「自分で食う用だから、ユキにはあげないよ?」
「そんなに食い意地がはってたんすか!?」
「嘘だよ、ほれ切れたよ。」
慣れない左手でリンゴをとりひと齧りする。1週間ぶりの固形物だ、顎に力が入らず上手く噛めない。口をもごもごさせながら何とか食べることができた。キクリさんはこの1週間の出来事をポツリポツリと話してくれた。
山井の消息は掴めず、ヒトデ型も捕獲後、意識は戻る事なくそのまま死亡が確認された。
「煙草吸いたいんすけど、吸わせてもらってもいいっすか?」
「いくらウチの(木戸家の)病院の個室だからって、喫煙が許されるわけないし俺も許さない。これでも咥えてな。」
そういって、ポケットから取り出したロリポップを無理矢理口に捩じ込む。いちご味だ。
「正直状況を聞いた時はダメだと思ったよ。」
「無事とは程遠いですけど、生きてるッス。」
「俺の次にしぶといかもな。」
キクリはユキの頭を頭をわしゃわしゃと雑に撫でる。
「この後、本部いかなきゃだから今日は行くよ。まさか目覚めるているとは思ってなかったから、顔見に来ただけのつもりだったからさ。帰りがけに看護師さんに声かけておくよ。」
「あざっす。すぐ復帰できる様、全力で治すッス。」
そうだ、とキクリさんは思い出した様に言う。
「シュウカさんが報告書上がってくるの待ってるから。」
「うっ、頑張るッス」
キクはそう言い残し部屋を後にする。
しばらくすると、V部隊専属の担当医師と看護師が病室に入ってきた。普通の人間の体とは違うのだから当たり前だ。いくつか質問された後、抑制剤を注入している管をとってくれる。これで後は促進剤を微量ずつ投与に切り替えて再生を促していく。そんなことより、今は報告書をどう製作したらいいものかと頭を悩ませる。
「やっほー、ユキちゃん元気してるー?」
ナナが病室のドアを開ける。
「ナナ!見ての通りっす。」
「さっき、病院入り口でキクリさんにあったけど挨拶もそこそこに直ぐに出ていっちゃった。私嫌われてる?」
「用事があるって言って早々に出ていったんで、単に急いでいただけだと思うっす。あ、そのリンゴ食べていいッスよ。キクリさんが切ってくれたっす。」
「へー、まめな人ですねぇ。リンゴウサちゃん切りだし。」
ゆったりとした口調で話すナナ。椅子に座り、持ってきた品を取り出す。
「起きた時、暇にならないようにスマフォとイヤホン預かってきたよ。片手だとちょっと使いずらいだろうけどないよりましかな?」
「助かったっす。それに治療のおかげで今も体が再生する為に脈動してるのを感じるッス。右腕もすぐに治るっす。」
「うーん、生々しい。」
ナナはリンゴを一口齧る。
「うん、美味しい。なんて名前だろ?」
「誰が差し入れてくれたか、わかんないっすけど木戸家の人が持ってきたモノだと思うんでお高いやつだと思うッスよ。」
「ラッキー」
ナナは嬉しそうに、ウサちゃんリンゴを頬張る。
「ナナはこの後、予定はないんすか?」
「特にないよ〜。」
「良かったッス、少し話し相手になってほしいッス」
その後4時間、話通した。話題のインディーズバンドやもちろんサメ映画の話も、たわいも無い話で盛り上がり日が傾き始めた。
「いっけね、流石に長居しすぎちゃったな。ごめんねまだ全快じゃないのに」
「どうせやることもないし、気晴らしになって助かったッス。一日中窓の外、見てるハメになるかと思ってたッスから。」
「確かにそれは苦痛だね。」
苦笑いを浮かべナナは椅子から立ち上がる。
「じゃあ、明日も来るから。」
バイバイと手を振り部屋を出ていく時計を見ると、時間は19時。面会時間終了まで話し込んでいた様だ。
V部隊にスカウトされるまで、過去に交友関係のあった友人達とは疎遠になっていた。ようやく仕事仲間であり友人と呼べる人が出来た。
ーーー
V部隊本部オフィス
シュウカは椅子に体を預け天井を見上げる。
テーブルの上の灰皿が山盛りになっている、相当ストレスが溜まってるのだろう。
山井のアパートで発見れた資料やデータは目を引くものばかりだったと言う。その中でも適合者を手術無しで作り上げる為の研究データが大量に出てきたとのことだ。
トウカさんにそれらを渡し日夜応用できる物がないか精査しているとのことだ。シュウカさんはデスクの引き出しから新しいタバコの箱を取り出し、外装を剥がす。
慣れた手つきで、タバコの箱を叩き一本差し出してくる。受け取り口に咥える。
シュウカさんは自分のタバコに火をつけ、ん、とキクリにシガーキスを促す。以前もそうだが、これは暗に今夜のお誘いでもある。口に出さず行動だけで示してくる時は、シュウカさんなりの甘えなのだと感じとっている。そう言う時は決まって夜、妙にしおらしいのだ。
椅子にあぐらをかきクルクルと回る。煙草の煙も一緒にくるりと円を描く。
「…アタシが結婚するってなったらあんたどうする?」
「えぇ!?とりあえず驚きなんですけど、結婚するんですか?」
「あくまで仮定の話よ。」
「いまの関係は続けられないですよね。いくらショウカの実験だとしても。お義父さんから縁談の話でもきたんですか?」
「まぁ、そうなんだけどさ。」
「どうするんですか?」
シュウカさんは回るのをやめ、俺に向き直る。
「アタシ、アンタのこと好きだわ。異性として。」
突然の告白にキクリは狼狽する。何かの冗談か。
「ショウカの実験とか関係なく。アンタに抱かれてる時、間違いなく私は幸せを感じていた。アンタとショウカに何か引っかかるモノもずっと感じてた。」
シュウカは再び椅子を回転させ背を向ける。
耳が赤くなっているのが見える。
「それの答え合わせが出来たってだけよ。縁談の話は断ったわ。」
シュウカは再び向き直ると煙草の火を揉み消す。
「なんかいいなさいよ。」
「え!?なんて言うか率直な気持ちを言うなら嬉しいです。そう思って貰えて。俺もシュウカさんの事、異性として好きです。」
キクリは我ながら、無責任な男だ。一児の父であり、夫である事に自己嫌悪も覚える…
シュウカは椅子から立ち上がり、キクリの肩を叩き
「今夜は覚悟してなさい。」
そう言い残しオフィスを出ていく、すれ違いにアビゲイルがオフィスに現れる。
「シュウカさん顔が真っ赤でしたけど風邪ですかね…?あれキクリさんも赤い。2人して大丈夫ですか?」
アビーは自分のデスクにむかい無言でマスクを取り出し装着した。
「風邪薬ありますけど飲みます?」
ーーー
「ってことがあってさ、今夜はシュウカさんの所に行ってくるよ。」
まぁ!とショウカはリカを抱っこしながら驚いた様子を見せる。
「お姉様が本気になったのですね!喜ばしいことですわ!」
「毎回思うんだけど、本気で喜んでる?」
「えぇ、本気ですわ。」
なんだかなぁ、頭を掻いて考え込んでしまう。
何を今更といった感じはあるが…夫婦仲は良好。リカの3時間ごとの授乳が、終わってからほぼ毎晩のようにお互いを求め合っている。年子が出来てもおかしくない勢いで。父親として教育上絶対に良くない。本当にシュウカさんに子供ができた場合どう説明したらいいんだ。
するとショウカは耳元で囁く。
「お二人の行為は、ワタクシに筒抜けですの。ワタクシを1番に愛していただければ問題ないですわ。」
ショウカはキスをして俺を送り出す。
シュウカさんの部屋に向かう、道中いろいろ考えてしまって、あたまがグルグルふわふわしてしまい考えがまとまらない。
そうこうしてるうちにシュウカさんの部屋の前までくる。
「早く入って来なさい。」
部屋の中からシュウカさんに呼ばれるがままに、襖に手を掛ける。
※18禁同人誌の様な展開
「シュウカさん、子供の責任はちゃんと取ります。」
「そんな真剣な顔して宣言されても、アタシだって何もあんたに責任を押し付ける気はないわよ。それにまだ出来ると決まったわけじゃないんだし。」
ーーー
「お疲れ様ッス!」
張りのあるいい声がV部隊のオフィスに響き渡る。
なかなか揃う事がない集団だが、ユキが退院するということで全員でオフィスに待機していた。(潜入中のカオルさん除く)迎えはユキと仲のいいナナちゃんが買って出てくれた。
退院したユキだが、右腕と右目がまだ治っていない。
右目は眼帯、右腕はアームホルダーで吊るしている。
本当は全快してからの復帰が望ましいが、本人がずっとベットの上にいる事に耐えられないと退院を4日ほどはやめた。
「ユキちゃんよかった、本当にありがとう。」
マヒルさんが泣きながらユキの手を取り花束を渡す。
「おかえり」
「キクリさん、ただいまッス!」
「よし、今夜は宴会よ!19時にウチに集合!」
シュウカの一声で今夜の予定が決まるが、誰も断らない。
「都合悪い人は無理しなくていいッスよ?」
主役から気遣いの言葉が投げかけられる。
普段から忌憚なく意見を、述べてる彼らだからこそ誰も欠席しないと言うのはユキがいかに愛されているかの証左とも言えるだろう。
代表したようにアビゲイルが前に出る。
「ユキさんの復帰祝いです。よっぽどのことがない限りここにいる全員参加しますよ。」
「そ、そうッスか」
頭をかきながらユキは頬を赤く染める。
「はい、じゃあ一先ずユキの復帰祝いはここまでにしておいて。」
シュウカはパンと手を叩く。
「そういうことだから、書類仕事溜まってるヤツは全員揃ってる今日このタイミングで手伝ってもらうなりして、終わらせなさい。」
うぃーっすと、みんなそれぞれのデスクに着く。
全員、何某か終わっていないものがある様だ。管理職となり下士官からの報告書に目を通し、ハンコを押してシュウカへと回す。つまりキクリのところで仕事が詰まるとシュウカが最終的に困るのだ。書類の種類は様々で弾薬、車両、装備の使用履歴から、公的機関への提出書類まで様々だ。
全員がデスクについたと言うことは、これから全員の書類がキクリの元へ集められることになる。
提出期間ギリギリの常習犯のユキは、今回入院中に釘を刺しておいたので既に俺の手元にある。他の書類が上がってくるまでコーヒーでも飲みながら書類に目を通す。いつもならここから、添削を行う事が多いが今回はすんなり通りそうだ。ナナがユキの見舞いに、足繁く通っていたので助言や添削を行っていたのだろう。
無事目を通し終わり判を押し、シュウカさんへ提出する。ここまでくると、中身を見ずに判を押してもいい様なものだが適当な様で真面目なシュウカさんは中身を確認してから判を押す。故に常に書類仕事が溜まってしまう。キクリとキンジでそれぞれ下から上がってくる書類を確認しているのでキクリの手間は半分だ。佐官のキンジとミハルで分担し、将官の自分が最終確認をすることでシュウカの負担軽減になるのではないか。
書類提出の際に提案してみる。
「あー、そうねミハル。確かにアンタの提案ちょっと考えてみるわ。」
ミハルはとっくに将官になっていてもおかしくないのに、本人が拒否しているとのことだ。シュウカの右腕であることを望んでいる節がある。佐官でありながら直属の部下もいない。あくまで支えるのは木戸家であるという古川家のスタイルなのかもしれない。まぁその前に部隊の人数が少ないというのもあるか…。
ーーー
「ユキの退院を祝して!」
「「「かんぱーい!」」」
あいもかわらず木戸邸の宴会場だ。
オウカも帰宅し、参加している。
「ビールは嫌いだが、全員揃って飲むビールはまた違った旨みがあるな。」
キンジが煽る様にビールを一杯飲み干す。
「ま、ここからはウィスキーだな」
侍女さんが10年もののウィスキーをボトルで出す。
「いやー、退院後のビール沁みるっすねぇ」
「ほどほどにね。」
キクリは隣に座るユキを嗜める。シュウカとショウカは上座に座りキクリはショウカの隣と言ったところだ。
キンジはキクリの対面に座り、マヒルが隣に座っている末席には素知らぬ顔でミハルが座っている。
「うぅ、よかったユキちゃん本当によかった。」
「まだ言ってるのか、ほら飲め飲め」
キンジがマヒルのグラスにウィスキーをドンドン注ぎ、飲ませている。可哀想に二日酔い確定コースだ。ヒビヤとコウは何やら話が盛り上がっているようだ。10歳も歳が離れているのに、共通の話題があるのか内容がすごく気になる。
ナナは俺の二つとなり、ユキの隣に座り相変わらず仲良くしている様だ。アビー、ミツカ、オウカの未成年チームはアビーとオウカが小難しい話をしている様だ。ミツカがついていけず、表情が固まっている。
戦闘面では天才的なセンスをもつミツカ、頭の良さは木戸家ないでも折り紙付きのオウカ。見事に対極の2人だ。アビーもトウカが欲しがるほどの才女。そんな2人の会話についていけるわけがない。
キクリはいつもなら助けが必要なところに足を運ぶのだが、今日は腰が重い。
「キクリ様、はいあーん。」
「ん?あ?ありがとう」
ショウカが唐揚げを箸で持ち、こちらに向けていた。
「ナチュラルにイチャつくわねアンタ達」
「夫婦ですもの。」
「アッツ!ショウカあつい!!ねぇ!」
ふふとショウカは笑う確信犯だ。
お皿を口元に出し助けてくれる。親バカである上に妻バカなのか、お茶目な一面だなとキクリは思う。
「今日はキクリ様、腰が重い様ですけど。何か気掛かりな事でも?」
「みんな楽しそうだし、たまには傍観するだけでもいいかなって。」
あと、末席に座ってる人に話しかけに行こうかなとか考えていたり。
「お気になさるなら、お声がけされてみては?」
「流石お見通しだね。何から切り出したらいいか考え中。」
ショウカがお猪口に日本酒を注いでくれる。
それを一気に飲み干す。
「いよっし!」
キクリは意を決して立ち上がりミハルの元へ向かう。
静かにお猪口を傾けている。
「何飲んでるんですか?」
キクリは自分のお猪口をミハルさんのお膳に乗せる。
意地でも動かないぞという意思表示のつもりだ。
「群馬県の地酒、辛口のものです。」
「俺もご一緒しても?」
「えぇ、もちろん。」
そういうとキクリのお猪口に日本酒を注いでくれる。
「キクリ君は日本酒がお好きだとか。これも気にいると思いますよ。」
「ありがとうございます。」
一息に飲み干す。確かに辛口でスッキリしていて好みだ。
「いい飲みっぷりですね。」
そういうと再びお猪口に注いでくれる。
「キクリ君とは話す機会を伺っていたのですが、まさかそちらから来てくれるとは思いませんでした。」
「?何かありましたか?」
「少し内緒話と行きましょう。」
ミハルは立ち上がり、廊下へと出る。キクリも後を追う様にすぐについていく。
「ショウカ様の実験プログラムの事は私も承知しています。それにミヤも含まれている事はご存知で?」
「それはまぁ、はい。」
一回も通った事ないけど…
「ミヤから私に相談を受けまして、『私のところにキクリ様が、いらっしゃらないのは私に女性としての魅力がないからでしょうか?』と。」
「私の従姉妹に不満でも?」
ミハルさんは立ち止まりこちらを鋭い目つきで睨む。
「いや!不満なんてないですよ!ただいつもお世話になってるのに悪いなーって。」
「他の侍女達とは関係を持つのに?」
「うっ…」
嘘をついてもしょうがない、正直に話そうとキクリは諦める。
「すみません、ミヤさんの表情がいつも鉄仮面みたいに無表情なのが怖くて。」
「そうですか…。」
再び歩き出す。
「ショウカ様には既に許可を得ています。」
「?」
無言のまま廊下をあるき続け、ある部屋に辿り着く。
「ここって…」
侍女さん達と致す時に使用している部屋だ。
ミハルが襖を開く。
そこにはミヤが三つ指をついて待っていた。
※18禁同人の様な展開。
「初めての経験なものですから。至らぬことばかりで、申し訳ありません」
「いやいや、ミヤさん今まで蔑ろにしてたみたいで謝りたいのは俺の方です。」
「そうですか…」
ーーー
「ワタクシの実験プログラム要約、軌道にのりはじめましたわ。」
シュウカもミヤも、キクリに対するアプローチは上々。侍女さん達にも積極的な者が現れている。
倫理観に欠ける実験なのは百も承知、それでも辞めるわけにはいかない。適合者同士の交配は自身が証明している。2人目を身籠ったのだ。
「必要なのはお互いの気持ちなのでしょうか?」
そんな曖昧なものなのだろうか。
後は一般人、選出された侍女さん達に妊娠する者が現れれば更なる実験へと繋がる。
キンジの奥様も妊娠したとの事。奥様は適合者ではありませんが、感染者ですの。
貴重なサンプルですわ。
ーーー
ユキ復帰から1週間後
部隊本部屋上喫煙所。相変わらずユキにコーヒーを奢り、煙草を失敬している。ユキも全快…とはならず右目に後遺症が残ってしまった。未だ眼帯は外れない。
「利き目じゃなくて良かったッス!」
持ち前のポジティブさで気にしていない様子だが、本当は不安な気持ちを抱えているのではないか心配になる。
「やっぱり本部の屋上で吸う煙草は格別ッスね!」
「スノボーやりに雪山に行った時、同じ事言ってる奴がいたな。」
「キクリさんボードやってるんすか?」
「22の時に首の骨折って辞めた。」
一般人からみたら想像を絶する、光景であったろう。
起き上がった時、ゲレンデがどよめいた。
「マジっすか…」
「スライム様々だったよ。」
「キクリさん以外じゃなかったら、死んでるッス…」
「いやユキ、お前も大概だぞ。」
キクリの再生力は異質なほど高い。致命傷は愚か弱点であるはずの頸椎や頭部の損傷くらいは簡単に治る。恐らく頭と胴体を切り離すか、3000度の溶鉱炉にでも突っ込まれない限り死なない自信がある。キンジの様な鋼の肉体は手に入らなかったが、恐らく地球上で1番しぶとい人間になった。
だが何物にも限界はある。ユキの右目の後遺症はユキの再生限界なのかもしれない。それでも側頭部を右目まで
吹き飛ばされて生きているのだ、なかなかのものだ。
あの混乱から2週間、山井の捜索は警察に一任しV部隊は手を引く事となった。
キクリは上着のポケットから封筒を取り出し、ユキに手渡す。
「なんすかこれ?」
ユキは受け取るとビリビリと雑に封筒を開封する。
「今回の事件に際して、多大なる功績を認め貴殿を准尉から二階級特進中尉へと昇格させる事とする。」
「おめでとう。それでなんだけど、今後はナナとマヒルさんのメンターとして指導して欲しいそうです。」
「えぇ!?マジっすか!?」
「マヒルさんと入れ替わりでキンジの所へはコウが異動、俺の元にはアビーが異動になった。」
「無理無理無理ッス、自分がメンターなんて!」
「事件の捜査もユキ主導の元、手際よく進んだってマヒルさんから聞いたよ。それと、マヒルさんの異動は本人からの希望だよ。そう聞くと無下にはできないでしょ?」
「うっ…」
ユキの眉間に皺がよる。
「わかったッス…。キクリさんの元を去るのも寂しいッスね…」
「そう言ってもらえるのは上官冥利につきるよ。まぁでも、結局ここに集まるよ。」
ユキはため息と一緒にタバコの煙を吐き出す。
「そうっすね、今生の別れってわけじゃないッスもんね。」
これだから可愛がられる。人たらしという言葉がこれ程似合う部隊員はいないだろう。
「次の金曜日キンジと飲むから一緒に来る?メンターとして。奢るよ。」
「マジっすか!絶対行くッス!」
「よし決まり、じゃあ金曜の19時から、この店に集合ね」
スマフォでいつも利用する会員制の居酒屋を見せる。
「ここめっちゃ高いお店じゃないッスか?」
ーーー
金曜日18時45分
5分前行動ならぬ15分前行動だ。
何か予定があると早めに早めに動いてしまうタチだ。
これでもマシになった方で以前は1時間前行動をしていた。ロリポップを手で回しながら舐めていると、ワンピース姿の女性が隣に立ちタバコに火をつける。ケータイ灰皿を持ち慣れた手つきで灰を落とす。
「吸うッスか?」
「?!」
隣にいる女性を二度見する。
「驚いた…ユキ、お前、いつものゆるゆるスタイルはどうした。眼帯も」
眼帯には薔薇の模様が描かれている。
「会員制のお店だったし、それらしい格好しないとかなっと思って。似合わないッスかね?」
自嘲気味に笑う。可愛い。いつもの忠犬ワンコロの可愛さとは違う女性らしい可愛さに唖然としてしまう。
「そんな事ない、とても似合ってるし可愛いよ。」
「あざッス!」
話をすると、ユキだなと気がつくが黙っていたら年相応の可愛らしい女性にしか見えない。
「キンジは多分遅れてくるから、これ吸ったら中入ろっか。」
「会員制なのに、大丈夫なんですか?」
「元々キンジの方が会員だったんだ。俺の方がゲストだったよ。今じゃ俺も会員だけどさ。」
店に入るとレセプションスタッフに声をかける。
「キクリ様、いらっしゃいませ。お隣の女性は初めてのご来店ですね。」
「うちの会社の後輩で、今日はキンジと昇進祝いです。」
「それはおめでとうございます。ご贔屓していただきありがとうございます。」
受付をすませ、いつもの部屋に通され襖を閉める。
「すご、完全防音ッスか?」
「流石よくお気付きで。愚痴るのにしたって、人に聞かれちゃまずいからね。まぁこの店はその手の人、御用達ってところかな。ほら上座に座って座って、今日の主役なんだから遠慮しないで。」
「気恥ずかしいッスね。」
頬を赤くし、頭を掻きながら座る。
「キンジのヤツどうせ30分くらい遅刻してくるから、先に飲み始めよっか。」
「えぇ!?怒られないッスか!?」
「大丈夫、大丈夫、こっちが遅れない限り、時間通りに来たことなんて一回も無いから。食べ物はコース料理が出てくるけどフライドポテトとか食べたかったら、個別に頼んでね。因みに残ったら俺が全部食べるから任せて。」
酒豪のキンジ、爆食のキクリ。飲むのは人並み、体はチビだが食べる量は大盛りチャレンジを開催する店を出禁になるほど食べる。タッチパネルを使い、とりあえず枝豆とフライドポテト、日本酒を注文リストに入れる。
「ユキは何飲む?」
「ビールッス!」
「はいよ〜」
パネルを操作し、注文を完了する。お店の配慮で全員揃うまでコース料理は出てこない。
例の如くロボットが注文したものを届けてくれる。ユキにビールを手渡し、俺はお猪口へ日本酒を注ぐ。
「ユキの昇進とメンターとしての活躍を期待して。」
「「乾杯。」」
喉を鳴らしユキがビールを一気に飲み干す。うーん、いい飲みっぷりすっごいデジャヴ。追加でビールを注文する。今日は泥酔して吐こうが眠ろうが、面倒を見よう。
「ユキもなかなかの飲みっぷりだね。」
「キンジさんには負けるッスよ。」
「まぁ、あいつの肝臓は酒を水として処理してるんじゃ無いかと思うよ。」
「キクリさんは日本酒、飲んでるッスけど。お酒はあんまり得意じゃ無いって言ってたッスよね?」
「そうだね、こうやってチビチビ飲むのが性に合ってるかな。」
体質なのかビールを飲むとすぐに酔ってしまう。
ワインは1瓶、飲み切っても酔わないのに。
フライドポテトを一本口に入れる。揚げ物は罪深い食べ物だ、何の酒にでも合う。
日本酒をチビチビ飲みながらポテトを頬張る。ファストフード店で酒を提供しないのは何故だろうか。
ユキもビールのつまみにフライドポテトを選ぶ。揚げ物は正義、異論は認めない。なんて思っていた時期があった。今年に入ってから、若干の胸焼けを覚える様になり、対して年も離れていない先人達の《若いね》が自分の番になったのだと思った。
「悪い、待たせたな。」
キンジがしっかり30分遅れてやってきた。
「きんじさ〜ん、おつかれっす〜。」
ユキは一杯目から、かけつけ3杯を既に飲み干し、4杯目のビールを飲んでいる。俺は一合の徳利をようやく三分の一程度飲んだところだ。
「お疲れキンジ、先にはじめてるよ。」
「おう、時間管理が下手でな。いつも悪いな。」
下手って自覚あったんだ。いつも何かしら理由はちゃんとあるから無意に攻めたことはない。
「これ、ユキの昇進祝い選んでたら時間かかってな。」
「そういうところ律儀だよね。メンターだった俺が何も用意してないのが恥ずかしいじゃない。」
お猪口に口をつけチビっと口に含む。
「で、何買ってきたの?」
「腕時計」
「戦前の上司か!」
思わず突っ込んでしまう。
「そんなに高いもんじゃない、スマートウォッチだ。」
「いや、十分高いって。」
「ここの会計に比べれば安いもんだと思うがな。」
「これくれるんスか?ありがとうございます!」
キンジが部屋に入ってきたと同時にボトルセットが運ばれてくる。それを受け取りキクリの隣へ座る。
駆けつけ3杯、ウィスキー何某の20年ものを麦茶の様にストレートで飲み干す。
「やっばぁ〜」
ユキが爆笑しながら手を叩く。
キンジの到着でコース料理が運ばれてくる様になる。ついでにユキへ、水とチェイサーにウーロン茶を頼む。
「キンジさん〜顔はおっかないけど優しぃッスね〜。キクリさんとはまた違った路線で。」
「おぉ、言うね。」
お酒の力は偉大だな、人を大胆にする。記憶が残っていたら、恐怖と絶望に悶えるユキの姿が想像できる。
「そんなに言うほど怖いか?」
「怖いッスよ〜。カタギには見えないってやつッスよ!」
まぁその通りだけど。
キンジは煙草に火をつけ、煙を大きく吐き出す。
「え!ここ喫煙OKなんふか?」
すかさずユキも煙草に火をつける。
煙草をすったことで、酔いが覚めたのかだんだん縮こまって行く。普通、酒とタバコの組み合わせは酔いを加速させるものだが…。恐らく脳内でやっちまった、キンジさんに殺されるで頭がいっぱいだろう。
「タバコ吸って正気に戻ってきたッス。キンジさんすみませんでした。」
突然スイッチの入った人形の様だ。
テーブルに頭を擦り付け謝罪する姿はふざけているのか本気なのかわからない。
「気にするな」
そう一言告げると、ウィスキーと氷をグラスに注ぐ。
「じゃあ、全員揃ったし改めて乾杯しようか。」
俺はお猪口を、ユキはジョッキを、キンジはグラスを掲げ、乾杯する。
「メンターって聞くと、なんだか教育係みたいで緊張するだろうけど。ようは小隊の隊長だと思えば少しは気が楽になるんじゃない?」
「そうだな、俺も特に指導らしいことはしていないな。主に作戦の指示をするくらいで、指導者ってよりは隊長、まとめ役だと思う。」
「全然フォローになってないッス。逆にプレッシャーハンパないッス。」
「情報部がついてるんだから、そんなに身構えることないよ。それに仲のいいナナと、捜査を共にしたマヒルさんだし。いきなり狂犬預けられるより気は楽だと思うよ?」
「うっ…黒歴史を掘り返さないでほしいッス」
同時、同期は1ヶ月のうちに全員死亡、後に続く後輩もおらず。頼りにしていた上官の死もあり鬱病を発症。薬漬けで無理矢理、生き抜いていた。そこへシュウカさんから半ば強引にユキを預けられた。当時のユキはかなり荒んでおり反抗的で何にでも噛みついてきた。こいつも長くはないだろと思っていたが、存外長生きした。ユキとツーマンセルで時にはキンジを加えスリーマンセル。半年間が過ぎ、気がつけば5年を共にしていた。そして狂犬はいつの間にか忠犬になっていた。
思わず笑ってしまう。
「ど、どうしたんスか?」
「いやー、人間って変わるもんだなと思ってさ。自分も含めて。」
「お前も随分丸くなったと言うか、落ち着いたよな」
「キンジ、それは人のこと言えないって。お前こそ丸まっただろ。昔はこんな落ち着いた雰囲気じゃなかったろ。その強面に相応しい暴れっぷりだったじゃん。」
「若かったが故だ、今では妻にお腹の赤ちゃんもいるんだ嫌でも落ち着くってものだろ。お前だってそうだろ。」
お互い笑い合う。
「キンジさんが笑ってる…」
「鬼だって笑うんだ、俺だって笑うさ。それに今はオフだしな。そんなことよりもっと飲め、酒の席で酔いが覚めたらつまらないからな」
追加でユキのビールを注文と、キンジが食べる為の炒飯を頼む。
「いつもそれ頼むけどコースの料理もしっかり食えよな〜」
「残り物はお前に任せる。」
「喜んで食いますけど!」
1時間後
案の定、キンジはコース料理を残し、ユキはベロベロに酔っ払っている。緊張が解けないままユキはキンジのペースに乗せられビールを浴びる様に飲んでいた。吐かれると面倒なのでバケツを借り、抱き抱えさせている。
俺は残った料理をハイボールと共に処理している。
「完全にユキは酔い潰れたな…」
「キクリさぁん、まだ飲めるッスよぉ」
「わかったから注文パネルは置きなさい。」
キンジは顔色一つ変えず2本目のボトルに着手している。
「うぅ、うっぐひっく。」
ユキが突然むせび泣きはじめる。
「不安で、不安でたまらないッス。もし自分のせいで仲間を失ったらたちなおれるきがしないッス。家族同然ッスもん…」
「あぁ、そうだね。その気持ちはよく理解できるよ。」
「うぅ、うぉおおえええ」
嗚咽と共に吐瀉物をバケツに撒き散らすユキ。
先手を打っておいて正解だった。
「流石に飲み過ぎだな、大丈夫か?」
「お前とペース合わせて飲んだせいだよ。」
ユキの背中をさすりながら、キンジを嗜める。
「そうか、俺に合わせて飲んでいたのか。それは申し訳ないことをしたな。」
「可哀想に二日酔いコースだ。」
ユキに水を飲ませる。
「今日はこれでお開きにするか。」
「じゃあ俺はユキ送って行くよ。」
タクシーを拾い、木戸邸の近くまで乗せてもらう。
ユキを背負い家路に着く。
ユキが住んでいるアパートではなく、木戸邸に向かう。
「キクリさぁん、ウチをお持ち帰りッスかぁ〜」
「あー、まぁある意味そうだね。」
背中で嘔吐されては、たまったものではない。
木戸邸に帰れば最悪道中、吐かれても風呂に着替えもある。それにユキの着替えと客室もある。
「大好きっす、きくりさーん」
「そりゃあ随分と大胆な告白で。」
「本気ッスよ〜、本当の兄貴みたいで。」
「そこまで、面倒見てやった覚えはないけどなぁ?」
ニヒヒと笑いながら頬擦りをしてくる。
可愛い後輩だ。初対面で顔面にストレートをぶち込んだ相手に、よくここまで懐いたものだ。
「ほら着いたぞ。」
木戸邸の正門に辿り着く。侍女さんが内側から潜戸を開け迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、キクリ様。」
「ただいま戻りました、申し訳ないです。突然一部屋用意させてしまって。」
「楽しい酒宴でしたようですね。ユキ様の表情とても心地良さそうです。」
侍女さんは会釈し、ユキを担ぐのを代わってくれる。
「明日の朝は二日酔いに効くお料理をお出しします。」
「いつもありがとうございます。」
訓練を受けているだけあって、見た目以上にパワフルだ。
無事ユキを送り届けることが出来た。
ーーー
頭がガンガンする。
起き上がろうとすると、目が回りうまく起き上がれない。昨日キンジさんのペースでビールを十数杯は飲んで、バケツを抱えて嘔吐した衝撃で一瞬気を取り戻したのは覚えている。そして木戸邸の一室に敷かれた布団の上にいるのか、どうやってここまで来たのか全く覚えていない。
見計らった様に、襖が開き朝日が部屋に注がれる。
「おはようございますユキ様。朝食の用意が出来ましたので、お持ちしました。」
「おはようございます。申し訳ないんすけど、朝ごはん食べられる気がしないッス。」
「えぇ、そう思い二日酔いに効く朝食をご用意しました。」
しじみの味噌汁にお粥、バナナにヨーグルト、完璧だ。
「いただきます。」
侍女さんがお膳をもって部屋に入る。
「あの、聞いてもいいッスか?ウチここまで来た記憶がないんすけど、どうやって運び込まれたか知ってるッスか?」
「タクシーをご利用になって、キクリ様と共にご帰宅なさいました。」
「そうッスか…」
いや、何か大事なことを忘れている気がする。
この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。




