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パラライズ  作者: 柳
東京編
4/15

進化の代償

8区襲撃から2週間

オウカから大剣の修理及び改修が済んだと連絡を受けた。ついでにユキとミツカの装備の製作と改修も頼んでおいた。3人でラボへと足を向けていた。

「新装備楽しみっすね!」

ユキがミツカの肩をに手を回し抱き寄せる。

ミツカは??顔でユキに頬擦りされている。

新装備と聞いて、心が躍ってしまうのは男子の特権だと思っていたが女子でも心が躍る様だ。

「ミツカの装備は俺の方でオウカに頼んでおいた。」

「そうなのですか?ありがとうございます?」

いまいち理解できていなそうなミツカだが大丈夫だろうか…

オウカのラボに到着しラボのインターホンを鳴らす。

『お兄ちゃん、いらっしゃい。今開けるね。』

扉というよりもはや隔壁と言った方が正しいのだろうか分厚い扉が開く。

「やっほー」

オウカが出迎えてくれる。髪はボサボサ、目の下がクマで真っ黒だ。

数人の作業員が、おそらくオウカが設計したであろう装備を製作している。

「ごめんねー、徹夜続きでねー。で、なんだっけ?」

自分が呼んだ事を忘れている。

「装備の改修と修理が終わったって連絡もらったから受け取りにきたよ。」

「あー、そうだった。ごめんまだユキさんとミツカの装備は全部は完成してないのよ。あ、でもお兄ちゃんの大剣とバイクはバッチリだよ。」

今、作業しているのがユキとミツカの装備だろう。俺のを優先して作業にあたってくれたようだ。

「人手が足りないならユキを貸し出すけど。」

「いや人手は足りてるんだけどね、時間が足りないってだけで」

同じ事じゃないか?と疑問符がつく。

「これ見ちゃうと人手が足りてるって言われても手伝いたくなっちゃうッスね」

ユキの目が輝いている。さすがボランティアでV部隊の車両や装備を1人でいじくり回していただけはある。

「とりあえず完成品だけ、こっちきて。」

案内されるがまま、ラボの奥へと通される。

「じゃじゃーん」

白いシーツを勢いよく剥がす。

そこには見事、改修された大剣とバイク。

それ以外にバットと打刀式の武器が現れる。

「おぉー」と全員感嘆の声を上げる。

「お兄ちゃんの大剣、以前と異なるのはお兄ちゃんの体内のスライムを燃料に斬れ味が増す仕組みにしてみたよ!」

刃の色が緑から碧色になっている。バイクは以前より前後輪のタイヤが分厚くなっている。

「バイクはハヤテの様な変形機構も健在!。」

「すげぇ…」

「ユキさんのバットは単純に硬度を上げました。その分重量も少し重くなっていますが。」

ユキが手に取り素振りをする。

「すごい、重くなったのに、なぜかしっくりくるッス。」

まるでペン回しの様に全身を使いバットを振り回す。

「危ないからそのへんにしときなさい。」

「っでこの刀ミツカ専用武器、銘は月詠。逆手でも居合がしやすい様に反りをなくし刀身も通常のものよりやや短くしてあるよ」

ミツカも刀を受け取り鞘から取り出す。ブルーグレーの刃に仕上がっている。

「切れ味はお兄ちゃんの大剣バリにあるから気をつけて。」

「ありがとうオウカ、大切に使うよ。」

「いいって事よ、っであと2人には今、製作中の移動ツールを用意したので期待して待ってて。」

そこまで言い終えるとオウカはその場で気絶する。

すんでのところで、受け止める。

「無茶し過ぎだって…ありがとう。」

オウカを抱き上げラボ内のソファに寝かせる。

「っで、ユキここに残っていくか?」

「残っていくッス」

「だよね。じゃあミツカ、テストがてら演習場で試してみよっか。」

「はい!」


ーーー


「そんじゃ手慣らしに」

ゾンと空気の震える音が聞こえる。

ミツカの刀と俺の大剣がぶつかる寸前でお互い手を止める。それを数十回繰り返し、お互いが武器の感触を確かめる。

「流石オウカばっちりだ。お次は斬れ味を試してみるかね。」

演習場にビルを出現させる。

オウカに言われた通りエネルギーを大剣に送り、斬りつける。ビルは見事に崩れ去る。

「間違いなく切れ味は改修前と同じかそれ以上だな。だけど、大喰らいだなエネルギーほとんど持って行かれた。」

ミツカも試し斬りを終え納刀する。

お互い顔を見合わせ頷く、満足のいく武器に仕上がっている。

「改めてオウカにはお礼しないとな。」

退散しようとしたとき、エレベーターが到着する。

「ちょっとそこの義弟、手伝いなさい。」

乗っていたのはアビーとトウカさんであった。


ーーー


コンコンコンとノックする。

「し、失礼しま〜す。」

恐る恐るトウカさんのラボ兼オフィスの扉を開ける。

「あら、アビゲイルじゃない。姉様に嫌気がさしてウチで働く気になった?」

「い、いえ、そうではなくて、えーっとその」

「何か私で力になれることかしら?」

どうも部隊メンバー以外の相手だと、緊張してまう。

自分のことを高くかってくれている。引き抜きの打診を会うたびにされている。アビゲイル自身スライムの研究にはとても興味がある。だが同時にシュウカとキクリへのご恩がある。アビゲイル自身の中でまだそれをお返し出来ていない、シュウカは好きな様にしていいと言ってくれているが。

「あの折言って、ご相談がありまして。」

「なにかしら?」

「私のスライムによる、特異性はご存知だと思うのですが実は最近更におかしなことに…でてきてナビア。」

《はいマスター》

アビゲイルの肩甲骨あたりからそれは姿を現す。

「驚いた…スライムが意志をもってるなんて。いつから?」

「8区襲撃の後からです。突然頭の中に声が聞こえると思ったら彼女が胸の辺りから姿を現しました。」

「映画のエイリアンみたいね…」

「それ以来、身体能力、再生力が以前よりかなり弱ってしまって。」

《ご心配なく、戦時には私がマスターをお守りします。》

「っていうんですけど…」

正直すごく不安である自分の意識だけ残して他人が体を操られているような感覚だ。

「実に興味深いわ。初の症例ね。名前は自分から名乗ったの?」

「いえ、私が名付けました。会話するのになんだか名前なしでするのに違和感があったので。」

《マスターの仰せのままに。》

マスターとか呼ばれるの、ちょっと本当に恥ずかしい。

「一応、適合率と定着率の検査だけしましょうか。」

「採血ですか…?」

「えぇ、もちろん。」

注射は苦手だ、普通に痛いし血を抜かれる感覚が苦手だ。目を逸らしながら採血が終わるのを待つ。ナビアは肩甲骨から引っ込んでいる。

「はい、おしまい。結果でるまで少し時間があるから、何か飲む?といってもコーヒーとエナジードリンクくらいしか無いけど。適当に座って」

「エナジードリンク頂きます!」

トウカさんからエナジードリンクを受け取り、蓋を開ける。カシュっという音と共に甘い香りが部屋の中に広がる。一口飲むと脳が喜んでいるのがわかる。

「いくつか質問したいのだけれどいいかしら?」

「はい!答えられる範囲でよければ…」

正直自分でも何もわかっていない。

「ナビアとはどんなこと話したの?」

「え、そうですね。好きなことや食べ物とか。仕事の愚痴とか話してました。」

「アビゲイルも仕事の愚痴なんてあるのね。関係は良好のようね。」

確かに自分の話を聞いてもらってる。

「それじゃあ次の質問、突然意識が無くなったり、寝ている間に夢遊病の様な症状は?」

「無いです。」

鑑定結果を知らせるアラームが鳴る。

「最後の質問、弱体化以外で体調の変化は?」

「無いです。」

「聞く限り問題はない様ね。」

質問の内容はどれも健康診断のようなものだけだ。

これで何かわかるのだろうか。

トウカさんは席を立ち鑑定結果に目を通す。

「これは…驚きだわ…」

「どうなってるんですか?」

鑑定結果が書かれた紙を見る。

適合率100%定着率2%

目を疑う結果だ。

どちらか2%などあり得ない結果なのだ。

適合率はスライムに対する免疫機能のようなものだ。

これが極端に低い人が寄生体に変異してしまう。寄生されたとしてもこの数値が高ければ抑制剤を投与することで通常の生活を送ることができる。

定着率は身体組織とどれだけ綿密に絡み合っているか端的に言えば適合者の能力を決める数値になる。高ければそれだけ五感から運動機能、再生力、スライムが発するエネルギー量、特殊能力などが決まる。参考までにキクリの数値を出すと適合率80%定着率98%と言ったところだ。

とんでもない高水準である。いくつか参考までに他の人の数値を見てみる

キンジ適合率70%定着率90%

シュウカ適合率99%定着率75%

といった具合だつまり今の私はなんでも無い、ただの免疫力、強、強、人間だ。

「これ私、除隊とかになったりします?」

震える声でトウカさんに確認する。

「あり得るわね…でもその前にナビアが本当にあなたの為に戦ってくれるのか試してみましょう。」

「と、いいますと?」

「ちょうど、演習場を使ってる奴らがいるから行ってみましょう。」


ーーー


「うわ、すごいなにこれ?」

アビーの背中から生えている?生物?を見る。

わかりやすく言えば映画ヴェ◯ムの様な状態だ。

スパイ◯ーマンの自分が言えた義理では無いが。

「状況は話した通り、ミツカとアビゲイルで戦わせてみたいの。いいかしら?」

「事態が事態なんでわかりました。丁度、新装備の試し斬りだと思ってやり合ってもらおうか。いいよねミツカ?」

「はい、私は大丈夫です。アビーちゃんさえ良ければ。」

「私も本当に力を貸してくれるのか試してみたいです。殺す気でお願いします。」

《マスターを全力で御守りします。》

スライムは寄生生物だ、宿主が死ねばスライム自身も死ぬ。だからこそ本気でやり合わなければいけない。

《こちらも殺す気でいきます。》

ナビアの一言で戦いの火蓋が斬って落とされた。

ナビアがアビーの全身を覆う。現れた姿は8区襲撃の際に現れたαの様な見た目に近い。外骨格が形成される。

違う点を上げれば、骸骨の様な見た目ではなく、頭部はヘルメットに近い形に。両腕はバチバチと電撃を帯びている様に見える。1番違うところは翼が生えている事だ。

ミツカから攻撃を繰りだす。

アビーはそれをガードの姿勢で受け止める。

そこからアビーはカウンターの電撃を全身から放つ。

ミツカに居合術教えてないのに出来てるすごーい。

アビーの外骨格は相当頑丈な様だミツカの斬撃を受けてもびくともしていない。だが連撃にあい、飛翔して距離を取る。アビーの両腕に雷撃が走ったかと思うと、青白い光の球を投げつける。遠近両方に対応している。ミツカも負けじと放たれた球を斬るが相手は空の上、銃がない今手出しができない。

「ミツカ!走れるのは地面だけじゃない!お前の運動能力なら出来るはずだ!」

それを聞きミツカは物凄い速度で走り出しビルの壁を駆け上がりアビーの高度に届く。再び刃が放たれる。

「そこまで!」

2人を静止する。最後の一撃でアビーの腹部の外骨格がボロボロと崩れる。

アビーは変身をとき、地上に降り立つ。

「ナビアの有用性は証明されたわね。これで除隊はないでしょう。」

「ありがとうございます。」

「私としては除隊して、ウチで働いて欲しいけど仕方ないわね。」

キクリの頭の中は鎧みたいでかっこいいという印象だ。スライムのエネルギーを硬質化させてるのか?その線で試してみよう。

目を閉じてゲームでお気に入りのキャラクターの鎧をイメージしてみる。

「あ、できた」

「「!?」」

全員の視線が向けられる。

片腕だけだが纏うことに成功するも、ボロボロと直ぐに崩れ去ってしまった。

「あなた正気!?どんなリスクあるのか考えた!?」

トウカさんに怒鳴られながら頭を掻く

「すみません、全然何も考えてませんでした…。」

「全く…呆れた。」

トウカさんは前髪をかきあげ大きなため息をつく。

「まぁいいわ。アビゲイルはしばらく経過観察しましょう。週に一度は私のラボにきて、いいわね。」

「はい、よろしくお願いします。」

それじゃあ、と言い残しトウカさんは去っていった。

「っで、どうするアビー?」

「この力試さずにはいられませんね。ナビアのことをもっと掴まないと。」

《それは嬉しい提案です。マイマスター。》

「まず、そのマスターっていうのやめてもらおうかな。アビーって呼んで。」

《仰せの通りにアビー。》

「そんじゃまぁ、とりあえずやりあいますか。」


ーーー

「悪い悪い遅くなっちゃって。つい訓練で盛り上がってしまってね。」

「いや、いい気にするな」

アビーとミツカと訓練後に、キンジに誘われて久しぶりに外飲みに出かけている。部隊での飲み会は木戸邸で行われる為、なかなか外で飲むという機会がない。

お店は会員制、完全個室の座敷で防音もバッチリだ。

「っで?わざわざ呼び出してまで話したいことって?」

「カリンさんの事だ、先日亡くなったそうだ…」

「あー…そうか…」

柊カリン、いわゆる元カノというやつだ。彼女とは元カノと割り切ることができない、キクリにとって重要な存在だ。

「まだ連絡取ってたんだ。」

「サキ経由で、だがな。お前に黙っていた事は悪く思っている。余命宣告を受けていたらしくてな、もしお前に報せていたら、自分の今の人生、捨てでもやり直そうとか考えるだろうと思って黙っていた。」

キンジはグラスにウィスキーをWで注いでくれる。 

注がれたウィスキーを一気に飲み干す。

「死因は?」

「聞いた話じゃ、脳の悪性腫瘍が原因らしい。」

再びウィスキーをキンジが注いでくれる。

「そっか…葬式くらいは行ってやりたかったけど」

「ご家族、特にお兄さんが、激怒するだろうな。自分の妹の心に深い傷を負わせた男のことを許してはくれないだろうよ。」

注がれたウィスキーを一口飲みふぅとため息をする。

「…なんていうか、寂しいよ。」

「そうだろうな、お前のことだ今でも思い続けていたんだろ?」

「流石、幼馴染、ショウカより俺のことをわかってそうだよな。」

「まぁ、まだ俺の方がお前との付き合いの、歴は長いからな。」

キンジも自分のグラスにギリギリまでウィスキーを注ぐ。もはやショットだのダブルだの次元ではない。

余命宣告の話を聞いていたら、間違いなくカリンの元へ向かっただろう。カリンの中ではキクリは既に過去の人であるのは間違いない。が、自分はまだ過去を振り切れていない。

キンジはグラスギリギリまで注がれたウィスキーを麦茶を飲む勢いで、喉を鳴らしながら飲みほす。

そして再びグラスギリギリまでウィスキーを注ぐ。

ボトルの中身がみるみる減っていく。

「注文パネルかしてよ、日本酒飲みたい」

渡されたパネルで日本酒の熱燗とだし巻き卵を注文する。しばらくして個室のチャイムが鳴らされ扉を開けると、頼んだものをロボットが運んでくる。諸々受け取り席に戻る。

「どんな任務も冷静、冷血な判断も厭わないお前だが、カリンさんの事になると、途端にそれを失う。」

「否定できないね。でも大丈夫、今の俺にはショウカやリカがいる。時間が巻き戻せて全てをやり直せるとしてもリカが産まれた、以前には戻りたいと思わないさ。」

「ふん、子供への責任感が今のお前の心のストッパーになっているわけか。」

お猪口に酒を注ぎ啜るように飲む。キンジは続けて話す

「お前の鬱もカリンさんへの罪悪感から来るものもあるだろ?前任者や指導者が亡くなったりしたのがトリガーになったんだろうがな。」

「そうだねぇ、一生残る悔いが増えちゃったよ。」

「まぁ、なんにせよ楽しい席では無いな。黙っていた事は本当に申し訳なく思う。」

キンジは頭を深く下げる。

「…キンジはさ、人生を左右する選択何回したことある?」

「少なくともVに入隊したことは大きな決断だったと思う。後は結婚と子供についてだな。」

「ははっ、現実的すぎ。」

金と愛、権威と愛、欲と愛、選択肢はあった。選択権はキクリにあった、言い訳がましいが孤児のキクリには木戸家の婿養子という地位は喉から手が出るほど欲していたものだ。故にこの道を選んだ、その責任は果たさなければいけない。ショウカの事は心の底から愛していると断言できる。もちろんリカのことも。

「カリンがねぇ…ほんとさよならくらいはちゃんと言うべきだったよ。」

「俺達にもな、中学の卒業と共に行方知れず。孤児院に連絡して生きて孤児院をでたところまでは、当時の俺達でも調べがついた。それ以降は何も情報が手に入らなかった。死んだと思ったよ。なんにせよ、ショウカさんやリカちゃんの為だ、俺達の前から消えた様な事はするなよ。せめて置き手紙の一つくらい置いてから消えてくれ。」

「ははは、あんなに殴っておいてまだ根に持ってるのかよ。」

「お前も変わったが、こっちもこっちで皆んな戸惑って苦しんだんだ、死ぬまで言われると思っておけ。」


ーーー


第2地区、夜の繁華街をパトランプがくるくると照らしている。現場には非常線が貼られている。

マヒルはユキと一緒に、警察とPWTからの応援要請で現場への臨場となる。

「お疲れ様ッス、V部隊准尉、齋藤ユキッス」

「同じく軍曹のマヒルです。」

「お疲れ様です。」

敬礼を敬礼で返し、非常線をくぐり事件があったとされる路地へと入る。

V部隊がわざわざ呼ばれたのには理由がある。適合者が犯人だと思われる事件についてだ。通常の捜査は警察で行われるがそれと並行してV部隊もしくはPWTが捜査を行うことになっている。今回マヒルとユキが派遣されたのは、「まぁとりあえず経験してきなさい。」というシュウカの一声であった。

「これはまた、凄惨な現場っすねー…」

「確かに…。」

遺体は八つ裂きと呼ばれる状態であたり一面血の海だ。

「これは一般人の犯行じゃないわな…。」

「キクリさん曰く、適合者の犯行であれば必ずスライムエネルギーの残留物が現場に残るらしいっす。ほらオウカちゃん特製ライトを当てると血痕とは違う跡が見えるでしょ?これが捜査の分かれ目らしいッス」

「なるほど…」

ユキは何度かキクリと現場検証、捜査に加わったことがある。

自分もPWT時代に経験しておけばよかったが、街に現れた寄生体、変異体の対処が主だった仕事であった。

「身元の方は?」

「うーん、特にわかるようなものはないっすね。ちょっと失敬して。」

ユキちゃんはバックから手術用の手袋と、証拠保存用の袋を取り出す。地面に散らばる肉片をひとつまみし袋へと入れる。

「あと、ウチらが当たれる場所と言えば残留物の後を追って行くことくらいっすね。」

そういいながら照らされる残留物の後は路地の壁へと続いていた。

「ちょっと追ってみるッスね。」

「え、追うって!」

ユキは壁と壁を交互に蹴りながら屋上まであっという間に登ってしまった。機動力に富んだ班だと聞いていたが、専用の装備なしに壁を登るなど自分には出来ない。大人しくビルのエレベーターと階段を使い屋上へと上がる。

隣のビルにユキが屈んでいるのが見える。

ビルとビルの間を飛び越えるくらいなら自分にもできる。少し助走をつけ飛び移る。

「ユキちゃん、何かあったの?」

「スライムの残留物が色濃く残ってるっす。これが果たして犯人のものか。あとこれもあったっす。」

「エピペン?…。」

「ポイッすけど。FR-401?聞いたことない薬ッすね。」

ユキは証拠保存用の袋に入れる。

「警察に渡さなくていいの?」

「スライムに関係ありそうな証拠は持ち帰りOKっす。違ったら警察に証拠として再提出するっす。」

「へーそんな感じなんだ。」

「残留物も保存用の袋に入れてっと、こんなもんすかね。」

「これは、持ち帰ってどうするの?」

「トウカさんのラボに持って行って調べてもらうっす。結局、他のどの機関で調べるより速いっす。後は警察に遺体の発見時刻なんか聞いて撤収っすね。防犯カメラの映像なんかも情報統括部で洗い出してもらうっす。」

それじゃあ撤収するっすよーの一言を残しユキはビルから飛び降り見事着地し、野次馬がどよめく。そのまま規制線を超えて人混みに消えてしまった。取り残されたマヒルは大人しく階段で帰路に着くのであった。


ーーー


朝は体がダルくて仕方がない、鬱の典型的な症状だ。

薬を十数錠、水で流し込む。食欲も無い、起きたはいいが、体は寝ようとしている。そんな矛盾を抱えつつ、

時計が午前7時を知らせるアラームが鳴る。待ってましたと言わんばかりに即切りする。隣ではショウカが寝息を立てている。

眠い体に鞭を打ち、お湯を沸かし、コーヒーをゆっくりと回し淹れる。

食欲は無いが何か食べなければならない。食パンにいちごジャムを塗りたくり、齧り付く。

「おはようございます。キクリ様。」

ショウカがシーツ1枚でベッドから声をかけてくれる。

「おはようショウカ。何か飲む?」

「お白湯を頂けます?」

ちょうどコーヒーを淹れるのに沸かしたお湯が余っているのでそれをコップに注ぎ、コーヒーとジャムパンを咥えながらベットへと向かう。

「はい、どうぞ。」

「ありがとうございます。」

ベットに腰掛けサイドテーブルにコーヒーを置く。

いちごジャム食パンをモリモリ食べながらスマフォで今日のニュースを見る。どうやら昨晩小規模だが、PWTと警察で寄生体の駆除を行ったとのことだ。こういった事案は月に2、3度は起こる。生活の中にスライムが根付いてしまっているのだ。いくつか記事をスワイプし第2地区で起きたバラバラ殺人事件の記事が目に入る。

「ショウカこれ、うちで捜査してるやつだよね?」

ショウカはシーツ1枚でスススッと近づき、そっと背中にくっつく。柔らかいものが当たっているが、気にしない様にしよう。

「ですわね、一昨日発生した事件ですわ。」

ちょうどキンジと飲みに出ていた日だ。

「捜査はどれくらい進んだのやら。」

ギュッとショウカが後ろから両腕を肩に絡ませる。

「捜査の進展より、ワタクシはキクリ様のこちらが心配ですわ。」


※18禁同人誌のような展開


「ちょっとお昼、目掛けて本部に行ってみるよ。多分張り切って行き詰まってるだろうから。」

「えぇ、いってらっしゃいませ。」


ーーー


扉を開けると入店を報せるベルが鳴る。

「いらっしゃいませー。」

コバトがカウンター越しからあいさつしてくれる。

店内にはモーニングを楽しむ老人達が数名いる。世間は休日だ。

新しいバイトの子か、女の子が1人、席のバッシングをしている。カウンターの席に座り、コバトさんにオリジナルブレンドと差し入れ用のココアとBLTサンドのテイクアウトを注文する。

「ふふ、いらっしゃい今日は1人なのね。また奥さんとお子さんも連れて遊びに来てね。」

「ありがとうございます。バイトの子雇ったんですね。」

「えぇ!とてもいい子よ、今年の春から8区の高校に通ってるの。2階に部屋があいていたから住み込みしてもらってるの。そういえば8区の高校だと未来の同僚さんになったりするのかしら?」

「ありえますね。」

世間話を挟みつつコーヒーをいただく。特別コーヒーに詳しいわけではないが、飲み物として好きだ。

店内は食器の触れる音と、蓄音機から流れる音楽が心地いい、緩やかな時間が過ぎていく。音楽も種類などわからない、なんなら楽譜すら読めない。

つい、目がバイトの子を追ってしまう。アビーと同じ年頃か、最近の子は年齢に対してしっかりしている子が多いなと感心する。セカセカとよく働いている姿を、つい目で追ってしまう。

「何か御用でしょうか?」

バイトの子が不審がり嫌悪の眼差しを向けてくる。

「あぁ、ごめんね。よく働くいい子だなーと思ってつい目で追っちゃって。」

「キクリくん、未成年に手を出したら警察呼ぶわよ。」

「コバトさん、冗談よしてください。そんなつもりじゃないですって。」

「ふふどうかしらね。ハルカちゃん、見た目に反して25歳よ彼。」

コバトさんが冗談めかしてくれる。

「ハルカちゃん、改めて俺キクリちょくちょくお店に来るからよろしくね。」

「はぁ…よろしくお願いします。」

第一印象は悪い様だが、最悪ではなさそうだ。

仕事に戻ったバイトちゃん改めハルカちゃん。8区の高校ということは木戸家運営の高校だ。是非数年後ウチで働く事になったら嬉しいものだ。


ーーー


床に散らばった捜査資料、椅子の背もたれに体を預け爆睡している後輩。事件発生から3日目速くも煮詰まっているようだ。

ユキにデコピンを繰り出し起こす。

「いってぇ!」

「寝るなら仮眠室で寝なさい。ほらこれ、マヒルさんと食べて。」

『小鳩』でテイクアウトしてきたサンドウィッチとココアを差し入れる

「ありがとうございます。デコピンめっちゃ痛いっす」

デコをさすりながら、床に散らばった資料を集める。

それから机の上に置きっぱなしになっていたコーヒーをがぶ飲みする。何時間たってるのか衛生上絶対良くない…

そんな心配をよそにユキは紙袋をガサガサとあさりだす。

「おぉ、BLTサンド!これ大好きなんすよ!」

「マヒルさんは?」

「キクリさん今日は日曜日ッス。上官命令で昨日の昼に帰ってもらったっす。休日くらい家族と過ごしてほしいっすからね。」

「まぁ同感ではある。だからってユキがこん詰める理由にはならないよ?」

「ウチは独り身で、親も高校の時に亡くなったんで気楽なもんす。キクリさんも休日なのに何できたんすか?」

「俺ら半分自由業みたいなもんだろ?休みたい時に休めるし。だけど招集かかればどんな時でもかけつけなきゃだし。仕事してる後輩がいるから散歩ついでに差し入れもって様子見に来ただけだよ。」

マヒルさんの分のBLTサンドを口に運び、ココアを啜る。普段ココアを飲まないので、この甘さを堪能する。

BLTサンドとは合わなかったかもしれないな…ユキは気にしてなさそうだが。

「お子さんと遊びに出かけたりしないんすか?」

「あー、普通の親なら連れていくのかな。俺も親いないからなー。家ではショウカと侍女さん達でうまくまわしてて、なんか手が出しづらくてね。」

「赤ちゃんの期間なんて人生の中で一瞬なんすから、もっと触れ合った方がいいっすよ。」

「確かに、説得力ある。んじゃ早速、帰ってオムツの交換でもさせて貰おうかな。ユキも散らかったデスクだけ片付けたら帰りな、月曜日に皆んなで資料に目を通して手掛かりをつかもう。」

考え続けても仕方ない、一度リセットすれば型にハマらず何かに気づくかもしれない。多角的な意見を得ることも必要だ。

ユキに別れを告げ木戸邸まで走って帰る。もちろん常人の速度でだ。一刻も早く帰って子供と触れ合いたいとユキに気付かされた。


ーーー


情報統括部モニター室で捜査会議を開始する。 

被害者は第3地区に住む女性、張本さん29歳、第1区で働く普通のOLさんだ。

現場に残されたDNAは全て被害者のものであった。例のエピペンに該当する成分がなんなのか特定する事はできなかった。

「思ったより手がかりが無いな…付近の防犯カメラの映像は?」

「これが事件当日の張本さんの動きです。」

モニターには繁華街を1人で歩く張本さんの姿が映し出される。そして事件現場となった路地に吸い込まれるように消える。

「見えた?」

キンジに問いかける。

「あぁ見えた。」

全員が知覚しただろう、路地から青白い巨大な手が現れ張本さんを掴み一瞬にして引き込んだのだ。

それを見ていて誰も周りの人間が気が付いていない様子に驚愕する。人の無関心とは恐ろしい。

「変異体?でしょうか?」

アビーが首を傾げながら質問する。

「ただの変異体なら、あの繁華街全体が血の海になってたでしょうね。」

シュウカがそれに応える。

「現場には適合者の残留物は残ってたんでしょ?」

「そっちもサンプルは回収したけど、一致は無かったみたいっす。」

「じゃあ基本に戻って、事件の時間帯、付近の防犯カメラから、SNSへの投稿まで全てリサーチ、ユキとマヒルは警視庁で進展がないか確認、キクリはアビゲイルを連れて付近の聞き込みに言ってちょうだい。」

シュウカの号令で情報統括部が一斉に行動を開始する。


ーーー


ユキとマヒルはSUVに乗り込み警視庁に向かう。

「運転ありがとうございます。」

「一応下士官だしね、これくらいは当然だよ」

エンジンをかけ車を回し、縦列駐車から脱出する。

繁華街を抜けて第8区へ向かう。

「そういえば、ユキちゃんの戦闘スタイルってどうやって確立したの?バットで近接戦と迫撃砲も兼ねてるなんてぶっ飛んでるよね。」

「少年野球で4番はってたッス。中学からはキックボクシングやってて、そこそこ名の知れた選手だったッス」

「へー、少年野球にキックボクシングか意外。てっきり工業高校とか大学で工学を納めたとばかり。」

「その辺は、お父さんに教わったッス。よく休みの日は車いじってて、それを横から眺めたり手伝ったりして覚えたッス。趣味ッスね。」

赤信号で止まる。缶コーヒーを一口飲む。

「交差点見ると思い出すんすよね、事故った時のこと。」

いつもの明るい雰囲気ではなく、少し声のトーンが落ちる。

「キックボクシングの大会で優勝した帰り道だったッス。信号無視の車に突っ込まれて両親を亡くしたッス。」

ユキは窓枠に頬杖しながら外を見ている。

「自分も重症だったらしいッス。記憶が飛んでてどんなだったかわからないんすけど。後遺症でキックボクシングも出来なくなって、それからは荒れに荒れて、高校を辞めてストリートファイトに開けくれてたッス。」

ユキはペットボトルの蓋を開け喉を鳴らしながら水を飲む。

「そんな時、出会ったのがキクリさんだったッス。」

ペットボトルをクシャッと握りしめる。

「初めてボコボコにされて負けたッス」

「そりゃあ、普通の人間と適合者じゃ負けるのは当たり前じゃん。」

「それが器用なことに、一般人の力に合わせて勝負に挑んだみたいだったっす。それでも特殊な訓練を受けた鍛えられた成人男性をウチが勝てる道理はないっすよね。」

「それで、ボコボコにされてどうしたの?」

「 V部隊にスカウトされたッス。そもそもスカウトが目的でウチに会いに来てたらしいッス。それでスライム適合手術を受けて今があるッス。そんでキクリさんとはそれからずっとコンビくんでたっす。当時のキクリさんは、必要最低限しか喋らない人でウチも荒んでたんで、衝突ばっかりしてたっす。」

「へー、今じゃ1番部隊の中で話しやすいのに。」

「キクリさんに聞くと、当時は色々と荒んでたらしいッス。鬱病になっていろいろ落ち着いたって本人は言ってるッスけどね。」

「人にはいろんな過去があるもんだねー。」

「マヒルさんは何かないんすか、そう言う過去的な奴?」

「うーん、平凡という言葉に尽きるかなー。PWTに入隊したのも給料がいいからだし。」

「コウくんも言ってたっすけど、お給料目当てって死亡フラグ立つんで気をつけた方が良いっすよ。」

「そうなの!? V部隊にそんなジンクスあるの!?」

「今の所、確立100%らしいッスよ」

そうこうしているうちに、警視庁へと到着する。

顔認証と所持品のチェックをされ、ゲートを通される。

ユキは受付の女性へと声をかける。

「V部隊准尉の斉藤ユキっす。第2区バラバラ殺人事件の担当刑事さんに取り次いでいただきたいっす。」

「少々お待ちくださいませ。」

女性は内線をかける。

「担当の者と連絡が取れました。かけてお待ちください。」

2人はロビーのソファに座る。

しばらくすると30代後半から40代前半の痩せ型の男、小野寺と名乗る刑事が現れる。目にはクマが濃く、それが影を落とした雰囲気をもつ。

「いやーすみません、うちのほうも煮詰まってましてね。話は喫煙所でいいですかね?」

喫煙所に3人で入り、それぞれ煙草に火をつける。

「ごめんね、ユキちゃんこんな歓迎しかできなくて。」

「大丈夫っす、キクリさんが居る時と同じようにいかないのは承知してるっす。」

「2人はお知り合いだったんですか?てっきり他人同士だとばかり。」

V部隊による捜査の介入は好ましくない。現場を土足で荒らすわ証拠品は勝手に持ち出すわ、指揮系統も独自のものだ、心当たりしかないがそういうことだ。

共に寄生体・変異体を共にするPWTや木戸家の者でないものは白い目で見られる。当然談笑するような刑事が入れば格好の的にされてしまう。それを避けての喫煙所だ。昨今喫煙者は減少傾向にあり、それは警察も同じようだ。

「小野寺さんは、キクリさんとコンビでよくお世話になってる刑事さんっす。小野寺さん、こちらマヒル軍曹っす」

「よろしくマヒル軍曹。」

「マヒルで大丈夫です。」

「それはよかった、早速本題にはいろう。僕もあまり時間がない。これ遺体の検死結果」

「これは…また随分と変わった内容っすね。」

資料をペラペラとめくる。マヒルも首を伸ばしユキが捲る資料を覗き見る。

「現場はあれだけの惨状だったのに検出された血液がこれだけってのは…腑に落ちないっすね。張本さんを襲った犯人は遺体をバラバラにした手口は荒々しいものの、肉片からは丁寧に一個一個血液を吸い尽くしたような几帳面さ。どうりで回収した肉片が血の抜けたような紫だったのも納得っす。小野寺さん感謝っす。」

ユキは煙草の火を消すと早々に喫煙所を出る。

小野寺は喫煙所の中でユキに手を振る。



ーーー


キクリとアビゲイルは事件現場の繁華街に足を運んでいた。聞き込みと言っても時間帯や曜日によっても通る人は違う。キクリはバンに積んできた立て看板を取り出し、事件現場付近の電柱にくくりつけていく。警察が交通事故などの目撃者を求める際の看板と同じだ。防犯カメラでは全く気づいている人はいないように見えたが、恐怖のあまり見えないふりをしていた、なんてことも稀にある。

「よし、こんなもんでいいでしょ。」

「これで情報集まるんですか?」

「集まるのは集まるけど、玉石混交だよね。そこはショウカ達、情報統括部で仕分けてくれるよ。」

「他力本願の極みですね。」

「そこは適材適所ってことで。」

「物は言いようってことですね。」

キクリは苦笑する。

アビゲイルは出自がイギリスだと思えないほど、日本語が流暢で語彙が豊富だ。日本で殆ど育ったためか英語は話せても、文字にするのは苦手だ。それよりも両親が日本語教育に力を入れていたのだろう。

「さて、やる事もないし小鳩にでも行くかい?」

「おぉ!いいんですか!」

「ちょうどお昼時だしお昼ご飯を食べに行こっか。あ、お昼ご飯だから甘い物は禁止ね。」

「パフェはダメなんですか!」

「ご飯をしっかり食べてからにしなさい。背が伸びないぞー。」

アビゲイルの身長は145cm歳の割にかなりの小柄だ。他人事ではないとキクリの気持ちも落ち込む。

「まぁ、デザートで食べるなら問題ないか。」

「やった!あ、いえ、すみません。仕事中でした。」

「年相応の反応してくれて嬉しいよ。」

バンに乗り込み小鳩へと向かう。今更ながら助手席に座るアビゲイルを見ていると余りにも小さくチャイルドシートが必要なのではないかとキクリは不安に駆られる。

無事?小鳩から少し離れたコインパーキングに車を止め、店まで歩く。

「そういえばアビーはナビアとは上手くやってるの?」

「えぇ、慣れたものでナビア」

《なんでしょうアビー》

左手の甲からチンアナゴのようにニョキっとナビアが生えてくる。

「バリエーション豊富だなー。」

《キクリ様、何か御用でしょうか》

「久しぶりナビア元気?」

《アビーの健康状態は良好、必然的に私も良好、元気と言えるでしょう。》

「その堅苦しい喋り方疲れない?」

《私の意思ではなく、アビーの深層心理から来るもので一種のあこーーー》

「ナビア!そこまで言わなくていいから!」

アビゲイルは右手でパチンとナビアを潰してしまう。

「キ、キクリさん今のは聞かなかったことに」

「はいはい、忘れますよ。」

キクリは笑いを堪えながら口元に手を当てる。

小鳩のドアを潜り、いつも通り入店を報せるベルがなる。

「いらっしゃいませー。あらアビーちゃん久しぶりね。また会えて嬉しいわ。」

「お久しぶりです、コバトさんランチを頂きに来ました。」

「ふふふ、何がいいかしら。」

コバトさんはメニュー表と手書きのランチメニューをアビゲイルに渡す。

アビゲイルは目を輝かせメニュー表を開く。

オムライスにハンバーグ、ナポリタンどれにしようか迷ってしまうといった表情だ。

キクリはランチメニューから生姜焼き定食を選ぶ。

「アビー、悩んでるならまた連れてきてあげるからルーレットで決めよう。」

キクリはスマフォを取り出し、ダウンロードしてあるルーレットアプリを起動する。優柔不断な自分の性格を理解してのことだ。大事な決断をこれに任せるわけにはいかないが、ちょっとしたお悩みはルーレットで決める事がある。

アビゲイルは迷っているメニューを一通り入力しルーレットを回す。止まったのはオムライスだ。

「オムライスお願いします!」

「はーい、少々お待ちください。」

コバトさんは厨房に入ると、いい匂いがしてくる。

アビゲイルはメニューを凝視しパフェを選んでいる。

キクリはそんなアビゲイルの姿を微笑ましく思う。自分の娘も同じくらいの歳になった時、同じような反応を見せてくれるのか。それとも反抗期で口も聞いてもらえないのだろうか。最悪なのは自身が死んでしまう事だとキクリは考える。初めてつかまり立ちをしたとき、1人立ちした時、歩く事ができるようになった姿を見る事が果たしてできるのだろうか。

そんな思考のスパイラルに陥ったとき、コバトさんが注文したメニューをアビゲイルに渡す姿を見て我に帰る。

続いて生姜焼きも配膳される。

アビゲイルはあっという間にオムライスを頬張っている。頬に赤いチキンライスがついている。

「はい、キクリくんの生姜焼きお待たせしました。」

「ありがとうございます。」

コバトさんからお盆を受け取り、生姜焼きに箸を伸ばした時、カウンターに置いたスマフォが振動する。

発信者はUnown

カウンターを離れ店を出て電話に出る。

「もしもし」

『ハコネだよ。キクリくん。情報買って欲しいんだけどいくらで買ってくれる?』

「情報の内容による。」

『今、捜査中の犯人の顔写真と名前、電話番号に職業、住んでいる場所まで。』

「詳しく聞きたい。今から木戸邸にこられる?」

『1時間後なら』

「じゃあ1時間後に」

熱海ハコネ、フリーのジャーナリストでグレーゾーンな方法で記事を書く事で有名だ。彼女にすっぱ抜かれた政治家や著名人は数知れず、そのため敵も多い。

電話を終え店内に戻る。

オムライスを食べ終えたアビゲイルが恍惚の表情でパフェに食らいついていた。


ーーー


木戸邸の地下にある、情報統括部指令室

熱海ハコネを迎え入れ、シュウカとショウカを筆頭に会議が開かれる。

「はい、じゃあいつも通りだけどハコネちゃんが犯人の特定に成功したらしいので情報を仕入れます。それとユキとマヒルが検死官から、新しい情報があるのでそれらを擦り合わせていくわよ。じゃあまずハコネちゃんから。」

ハコネからの情報開示と共に報酬が振り込まれる。

「はい、毎度ありがとうございます。ではこちらを」

モニターに顔写真が映し出される。

名前:山井ショウヘイ 34歳

職業:元FRバイオ工学研究所 主任研究員

住所:東京6区工業地帯アパート○○-△△△-⬜︎⬜︎

電話番号はケータイの番号である。

「アパートの所有者は山井の父親名義になっていますが、父親は施設に入所していて、実質管理しているのは山井です。」

キクリは今日の午前中の看板設置の業務が無駄になったなとロリポップを舐め自分を慰める。

「流石キクリお抱えの情報屋ね。現場を渡り歩く、情報統括部には無い強味が生かされた展開ね。それにしてもよくこの2、3日でここまで調べ上げたわね。」

「そこは企業秘密ってやつですよ。」

シュウカはハコネにお礼を言いユキ達の報告を聞く。

「ハコネさんの後にこれしか情報持っていないと恥ずかしいっすね。被害者の遺体ですがバラバラになった全ての部位から血を抜き取られていたっす。現場に飛び散った血痕の後から考えても明らかに血液の量が少ないとの検死結果だったっす。被害者は血を抜かれながらバラバラにされたか、バラバラにしてから血を抜きとったかの2択になると思うっす」

「FRバイオ工学研究所ってトウカの傘下の研究所にそんな名前あったよね。」

「えぇ、ですが半年前に解体されていますわ。社員の殆どが木戸グループの傘下の企業に移籍しましたが、山井と数人の研究員はそのまま退職していますわ。」

キクリはロリポップを転がし応える。

「なるほどね、事件が見えてきたんじゃない?」

「キクリ様の推理を是非お聞きしたいですわ。」

キクリは頬杖をつき話始める。

「山井とその少数の人間達で秘密裏に研究を続けていた。その結果、限りなく成功品に近いものを完成させたが、資金繰りの問題で後がなくなり、自らを実験台にして生まれたのが件の容疑者、山井ショウヘイを怪物に変えてしまった。どう?」

「映画でよくある設定ね。でも十分あり得る話だと私も思うわ。」

「お話中申し訳ありません、警察より同様の犯行手口と思われる殺人事件が発生したとの報告があがりました。」

「モンスター映画あるある、定期的に人間の血液あるいは細胞を取り込まないと自我が保てない。」

キクリはロリポップを口から取り出しニヤリと笑う。

「ユキとマヒルは現場に向かって頂戴。場所は…」

「第2区繁華街、住所は○○○になります。」

シュウカが目配せで2人を捜査へ向かわせる。

「じゃ、俺達は山井のアパートに踏み込んでみますか」

キクリは椅子から立ち上がりシュウカに許可を求める。

「いいわ、コンビにヒビヤとPWTから応援で5名を連れて行きなさい。」

「了解、ヒビヤさんいきましょう。」

「承知しやした。」

「ヒビヤさん俺より前には出ないでくださいね。弾が何処に飛んでいくかわからないので…」

「しょ、承知しやした。」


ーーー


キクリはバイクでヒビヤと共に山井のアパート近くでPWTとの合流を待っていた。

ヒビヤが煙草に火をつけたのを見るや否や、キクリはヒビヤに煙草を失敬する。

「ゲホゴホ、貰っといてなんですけどキッツイの吸ってますね。」

「はっはっは、お口に合いませんでしたか。」

「キンジのより強くてびっくりしました。わかってれば吸えます。」

ジジジと煙草の火が燃焼する。

1吸いするごとに喉が焼けるようだ。

半分ほどすいギブアップしブーツの裏で火を消し携帯灰皿に入れる。

「PWTの部隊も到着したようで」

装甲車が一台到着する。

「お待たせしました。」

隊長が敬礼をし装甲車から降りてくる。

キクリが手をパンと叩く

「じゃ、作戦開始の前に軽くミーティングしておきましょう。」

ヒビヤがアパートの図面を広げる。

「PWTと私らは別行動とします。2階の制圧はPWTに、1階は私とキクリさんで制圧します。扉は全部で12戸になっていますが、研究室として使用したということは、中は居抜きされている可能性があります。十分注意をお願いします。あくまで逮捕が目的です。抵抗しない限り戦闘行為は禁止とします。」

キクリから一言

「山井は適合者というより変異体に近いものとしてみてください。捕獲が困難な場合は殺傷もやむなしです。」

「承知しました!」

隊長は再び敬礼し、自らの部隊員を集めて情報の共有を行なう。

「ヒビヤさん援護頼みます。ショウカは回線をPWTの隊員も追加を」

「任してください」

『承知しましたわ』

『隊長聞こえますか』

『聞こえます。なんとも不思議な感覚ですね。各員応答を』

『α問題ありません、どうぞ』

『β問題ありません、どうぞ』

5人分の応答を確認し、作戦行動に移る。

各部隊扉の前に到着する。

キクリはハンドガンとナイフを構える。

『3、2、1、GO!!』

バンと扉が破られる音が聞こえる。

キクリの蹴りでドアが吹き飛び粉々になる。

「なんだこれ…」

『PWT部隊、2階クリア!』

『こちら情報統括部マヤです。PWT部隊2階にあるのは研究データと思われます。電子機器、紙一枚残さず回収してください』

「2階は一先ず安心ってとこですね、問題はこれどうしやしょう。」

キクリとヒビヤの前には、人が入れるほどの大きさの培養ポッドが4台並べられている。

中にはそれぞれ変異体とも人間ともつかない生き物が漂っている。

『ショウカ見えてる?』

『えぇ、バッチリですわ。』

ショウカのテレパシー能力は視覚にも反映される。ショウカは複数の画面を脳内で処理しているのだ。

受信側同士でお互いの視覚を共有することも出来るが、脳の処理が追いつかず長時間の共有は酔ってしまう。

『このポットどうする。』

『回収班を向かわせますので、それまで現場の確保をお願いしますわ。』

『了解』

キクリはヒビヤと顔を見合わせうなづく。

「とりあえず、一服といきますか。キクリさん吸いやすか?」

「いえ、遠慮しておきます。こいつで我慢です。」

キクリはロリポップを取り出し口に入れる。

「ヒビヤさんとコウくんは、キンジとうまくやれてますか?」

「まだ任務には3人で出たことはありやせんけど、この前3人で8区の高架下の屋台巡りをしやした。」

あのキンジが人を連れて屋台巡り、キクリにはそれだけで衝撃を受けた。

「飲み代も全部だしてくれやした。」

「よくあの強面と喋れますね。気後れしないです?」

「あっしは平気ですね、PWTに入る前はもっとヤバい奴らとつるんでいたもんで。コウも工業高校卒で働いて学生の頃からその手の連中とは話し慣れているようでしてね。」

「へ、へー」

予想外の返答にキクリの顔はひきつる。

V部隊に選出されただけはある、肝が座っている。

「ま、うまくやれてるようならよかったです。」


ーーー


「うげぇ、またこんな現場っすか。勘弁してほしいっす。」

「また同じ手口だね…」

ユキとマヒルは殺人現場にため息を吐く。

辺りを見回すと丁度、路地を映していそうな角度に防犯カメラがある。それとFR-402と刻印されたエピペンのような物が残されていた。

ユキがチカチカと残留物の確認を行ない、犯人の動きを追っている。

マヒルは現場の状況を見て違和感を覚えた。

そっと壁に手を当て傷跡を見る。最初の犯行現場の傷は爪で引っ掻いたような後であった。今自分が目にしている傷跡は何かおろし金で撫で抉られた様な後であることに気がつく。落ちていたエピペンの刻印の違い、キクリの雑な推理が頭をよぎる。

「ユキちゃんこれ一件目!」

そう言葉を発した時にはユキに突き飛ばされていた。

尻餅をつき眼前に広がる光景に声を失う。

「ユキちゃん!」

右腕が肩から吹き飛ばされ、頭の側頭部と右目も吹き飛ばされている。マヒルはすぐに状況を理解する、ユキが自分を庇ってくれた事を。

それに気がついた警官が声を上げる。

「変異体を発見!応戦しろ!」

複数の警官が一斉に発砲し、マヒルもハンドガンで応戦する。まさか犯人がまだ現場に潜んでいたとは…。


ーーー


『キクリ様!ユキ、マヒル班が山井一派と接触!ユキちゃんは重傷を負っています。すぐに応援を!』

「ここはあっしとPWTに任せてください。部隊を率いるのは慣れていやす。」

「ありがとうございます!」

キクリはバイクに跨りアクセルを全開、サイレンとパトランプを光らせ6区から2区の現場に向け走り出す。

時刻は帰宅ラッシュで渋滞しているが構わず車と車の間を走り抜ける。道を開けない車のサイドミラーを吹き飛ばし。最短距離で2区へ突入する。

『キクリ様そこからは繁華街になります!ビルの上から直線で現場に向かうのが最短距離になります!』

バイクを自動運転に切り替え、SFGでビルの屋上へ飛びつきショウカとの視覚共有をオンにして、ナビのルートを実際の道と重ねる。

銃の発砲音と悲鳴が聞こえてきた。視覚共有をオフにしビルとビルの間、8車線分の距離を跳躍する。

すると人間の背中にヒトデの様なザラついた表皮をもつ生物を目視する警官達の一斉射撃から逃げる様にビルの屋上に姿を現す。

「逃すかよ」

キクリは小さく呟き、背負っていた大剣をまるで投槍の様に投擲する。大剣はヒトデとビルに磔にさせる。

キクリはめいいっぱい足に力を込めて、一息でヒトデの頭を掴み突き刺さった大剣から、引き裂きながらビルの屋上へ叩きつける。血液のような真っ赤な液体を吹き出しヒトデはピクピクと痙攣している。ヒトデを背負った人間の様に見えたが5本の触手が背中から生えているようだ。キクリは痙攣するそれの頭に足を乗せる。

『キクリ様!お待ちください!』

ショウカの声で我に帰る。

「おっと、殺しちゃまずいか。どうする確保でいい?」

テレパシーではなく思わず声に出して話してしまう。

『可能であれば、容疑者が2人になった今、ソレから何か聞き出せるかもしれませんわ。』

『了解』

SFGで人手を蜘蛛の餌の様にがんじがらめにして担ぎ、ビルに突き刺さった大剣を回収して10階建てのビルから飛び降りる。装備の重量とヒトデの重さもあり着地した際に地面を陥没させてしまう。

「キ、キクリさん…」

「お待たせしました。」

周りの警官や野次馬は言葉を失ったかの様に口を開け固まっている。

ショウカが呼んだ医療班がすぐにユキを運び出し、けたたましく不安になるサイレンの音が鳴り響き人がいる事などお構いなしに8区の病院へ搬送されるだろう。

キクリはマヒルの肩を叩き声をかける

「大丈夫ですか?」

「ユキちゃんは大丈夫でしょうか…」

「さぁどうでしょう。わからん事だらけの仕事ですから。ただPWTの時より仲間は簡単に死ぬよ。」



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