代償
九州奪還作戦から帰還した翌日、11月某日
ショウカとシュウカの出産まで後、約5ヶ月
キクリ、キンジ、ハルナとキラリはミツカの墓参りにきていた。キクリは菊の花束と、ミツカが好きだったお菓子を供える。線香に火をつけ、4人で分け合い線香をあげる手を合わせる。
「よし行こっか」
最初に切り出したのはキクリであった。
「そうだな、しかしでかい墓だな。」
「そりゃあ、木戸家代々のお墓だからね。」
それ以上話すこともなく墓地を出る。
キクリの目には今までにないほど濃いクマが出来ている。
まともに眠れていないのは誰の目にも明らかであった。
「あ、僕が車回してくるからみんな待ってて。」
キクリとキンジは示し合わせたかの様に煙草を取り出し、吸い始める。
「煙草やめるかなぁ。」
キクリがポツリともらす。
「どうせコジキになるんだから辞めておけよ」
「さっきミツカに辞めるって宣言して来ちゃった。生前から心配されてたからさ。」
「まぁ、なんでもいいが俺はもうやらないからな。」
「そうしてくれ、ほら残りやるよ。」
キクリはポケットから煙草ケースを取り出しキンジに渡す。キクリはそうそうに最後の1本を携帯灰皿に入れる。
生きてるものが死ぬのは自然の摂理だが、適合者がそう簡単に死ぬとは思っていなかった。そんな油断、驕りが今回のこの様な結果に繋がったのだとキクリは自戒する。
帰宅した木戸家は平常運転だ、侍女さん達もショウカやシュウカもいつもと変わらない日々を送っている様に見える。あるいはそう見える様振舞っているのかもしれない。キクリには気掛かりなことがある、オウカの事だ。
帰宅し、部屋の前を通った時、押し殺す様な声で微かに泣いているのが聞いて取れてしまった。キクリは自分の聴力にこの時ばかりは恨めしくあった。
聞けばミツカの葬儀後、一度も研究室はおろか出社せず一日中部屋に篭りきりだと言う。侍女さんが食事を運んではいるが毎回少し食べては残してを繰り返している。
少なくとも餓死するつもりはないようだ。
キクリはハルナが自分に言った言葉を思い出す。
「かけてあげられる言葉がない。」
オウカにとって初めて失った家族が、まるで双子の様に一緒に育った妹なのだ。キクリが家族を失った時は、記憶などないほど幼い時の話だ。とても寄り添う言葉など出てこない。
キクリは気がつけば2階にあるオウカの部屋の前に来ていた。意を決してノックする。
「オウカ、部屋に入っていいか?」
「…お兄ちゃん?いいよ、ちょっと散らかってるけど。」
「少し待とうか?」
「大丈夫だよ、足の踏み場はあるから。」
ドアを開けオウカの部屋に入る、散らかってるとは言うが、整理整頓されている幾つか参考書のようなものが開きっぱなしで床に置かれているくらいだ。
キクリは掃除は好きだが、整理整頓が壊滅的に下手なのでつい感心してしまう。
「思ったより元気そうで安心したよ。」
「突然悲しくなって、泣いちゃう時もあるけどね…。忘れるために量子物理学を用いて戦闘服を着用するだけで体の周りにシールドを展開できるような仕組みを勉強してたんだ。」
「そっか…」
キクリの心配し過ぎが発動していたようだ。オウカはオウカなりの手段で乗り越えようとしていたのだ。自分よりよっぽど強い精神力だ。
「心配してくれていたのは、ありがたいけどシュウカちゃんと、ショウカちゃんには伝えてあったんだけどな…まぁいっか。人の事心配する前に、お兄ちゃんの方が酷い顔してると思うけど大丈夫?」
「ハハハ、お恥ずかしい…オウカにその気があれば気分転換に少し外に出ない?欲しい物あれば買ってあげるよ。」
「デートってことだね。外に出る気にはなれないから中庭の縁側で甘い物一緒に食べて欲しいな。」
「お安い御用で。ご飯あんまり食べてなかったみたいだけど大丈夫?」
「うん、せっかくお兄ちゃんに誘ってもらったし。」
「ありがとう。」
中庭に2人で移動するなか侍女さん達と何度かすれ違ったが、みな一様に驚いている。中庭に到着するとミヤが待っていた。
「ミヤさん、コーヒー2つとケーキありますか?」
「はい、ご用意致します。お待ちください。」
縁側に日がさしこみ、ししおどしのいい音が響く。
「ミツカちゃんの事は私なりに折り合いをつけるために今勉強してるんだ。お姉ちゃん達は覚悟決まっていたみたいで凄いなって思って、私には皆んなと楽しく研究して、お兄ちゃん達の力になることだけ考えて、誰かが死ぬなんて思っても見なかったんだ。」
「…今回の遠征メンバー選んだのは俺だったんだ。ミツカが死ぬなんて思っても見なかったよ…。しかもほぼ事故同然で死ぬなんて尚更ね。ミツカを選ばなければミツカは死ぬこともなかった、でも代わりに別の誰かが死んでたのかなって。やるせないよ。」
「そうだね…。だから私はお兄ちゃん達が死なない様に前に進むよ。明日から出社して研究室で実験行いながら進めて行く!」
「オウカは強い子だな。」
キクリはオウカの頭を優しく撫でる。
「お待たせ致しました。」
「ありがとうございます。」
お盆を受け取りオウカとの間に置き、ケーキを一口食べる。
「あれ、これいつもの市販のやつじゃないですよね?」
「はい、実はショウカ様からキクリ様が帰宅された日に作るようにと、ご用命頂きました。恐らくキクリ様がオウカ様の事を気にして、こうなる事を予見していたのかと思います。」
ミヤは一礼し、いつもの様に斜め後ろに立つ。
「流石ショウカ。」
「ショウカちゃんも気にしててくれたんだね…」
「家族だもん。」
「そうだね。」
「そういえば、オウカの丸型無人機すごい活躍だったよ。」
「おぉ、ボールが役に立って良かったよ。」
「ボールって無人機の名前?」
「そうだよ。丸っこいし。」
ーーー
翌日、めずらしくキクリは6時半に起き朝ごはんを食べバイクを回して玄関でオウカを待つ。
しばらくするとオウカが出てくる。
ほら、っとヘルメットを投げる。
「お兄ちゃんよく起きられたね。」
「可愛い妹の為だからね、頑張ったよ。」
「あと、私バイクの後ろ乗るの初めてなんだけど振り落とされたりしない?」
「しっかり背中にしがみついておけば大丈夫。」
「うぉぉおおめちゃくちゃ怖い!」
オウカは足をプルプルさせながらバイクにまたがる。
ぎゅっと物凄い力でキクリのお腹にしがみつく。
「よし!バッチコイ!」
オウカの気合いと共に発車する。
朝の通勤ラッシュで颯爽とツーリング、とはいかなかったが、オウカは気に入った様で帰りも迎えに来て欲しいと手を振って出社して行った。
さて、キクリはトウカの研究所に用事がある。バイクを駐車場に止め、トウカの元へ向かう。
「随分早い出勤じゃない、よく起きられたわね。」
「オウカを送ったついでです。」
「そう、部屋から出てこれたのね。」
トウカも木戸家に近寄りたがらないが、妹の心配はしていた様だ。
「それで変異体βの解剖結果は?」
「貴方が倒したαとよく似たDNA構造よ。頭があれば、もっと分かることもあったのだけど…」
「そ、そうですね」
「まとめた結果は統括部に送っておくわ、そっちで確認してちょうだい。それで?本題は何かしら?」
「九州奪還作戦でおった傷は治ったんですけど、左腕の反応が悪いといいますか。今までより動きが遅くなった気がするんです。」
「…」
「日常生活に支障はまったくないんですけど、戦闘となると困るといいますか…」
「今後、左腕を失う様な大きな怪我を負えば文字通り腕をなくすことになるわ…。左腕の細胞を採取するわよ。」
トウカはメスでキクリの左腕に斬り込みを入れ数ミリの肉片としてとりだす。傷は瞬く間に治る。
トウカはなにがしかの機械にそれを入れる。
「ユキの右目、色が見えない白黒の世界になってしまったのは承知してるでしょうけど、恐らくそれと同じ現象よ。」
何某の機械から肉片を取りだし顕微鏡にかける。
「見て分かるかしら?細胞が完全に治りきっていないの。」
「正常な状態がどんなのかわからないんで、わかんないです。」
「そうでしょうね。ユキが色盲になった様に貴方の左腕もこのまま酷使し続ければ動かなくなる。怪我の仕方によっては左腕自体を失う事になるでしょうね。」
「…スライムの回復力は無限でないと。」
「えぇ、ゆっくりとダメージを蓄積させ再起不能になる。今まで貴方やユキの様に再生力が高い例がなかったのも一因ね。」
キクリはトウカに礼を言い、研究所を後にする。
向かう先はV部隊本部、九州から帰った報告書を作成しなければならない。自分のデスクに着きパソコンを起動する。いざ報告書を作成し始めると、どうしてもミツカの事が頭をよぎり手が止まる。簡単な内容のはずなのに結局定時の17時半まで描き続けてしまった。
「珍しいですねキクリさんが定時までいるの」
キクリはその声で我に帰る。
「何かお手伝いできる事ありますか?」
帰り支度を終えたマヒルが声をかけてくれていた。
「いえ、大丈夫です。ちょうど報告書完成したので。」
「そうですか、それじゃあお疲れ様でした。」
「お疲れ様です。」
スマフォが振動する。着信者はオウカからであった。
『もしもし、お兄ちゃん?今からお迎え頼める?』
「ああ、仕事ちょうど終わったから今から迎えに行くよ。少し待ってて。」
『はーい、ありがとう!』
まるで普通のサラリーマンの様な気分だ。朝早く出社して定時まで仕事。本物の強靱サラリーマンには及ばないが、今日という1日が終わろうとしている不思議な充足感を感じていた。
オウカを迎えに行き帰宅ラッシュに巻き込まれて帰宅する。
「お帰りなさいませ。キクリ様、オウカ。」
「ただいまショウカちゃん。」
「ただいまショウカ。」
「お夕飯の準備が出来ていますわ。お二人共ご飯にしましょう」
ショウカはニコリと笑い2人の手を取り食卓へと連れて行く。
「今日はキクリ様の帰宅とオウカの外出をお祝いして、お二人のお好きな物ですわ。ミヤと腕によりをかけて作りましたの。」
2人の好物の唐揚げと、キクリの好きなオムライス、オウカの好きな麻婆豆腐。栄養バランスも考えてかサラダがそれぞれ添えられている。
アビゲイルも食卓の匂いに釣られ部屋から出てくる。
それぞれがテーブルの席につき賑やかな夕飯が始まる
この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。




