首輪の取れた猛犬
2時間後
安藤の人選でPWTの隊員、適合者5人と出立する。
前回同様、装甲車を先頭にキクリがバイク、その後ろをオウカの無人機が転がる。
今回は速効性が求められる。装甲車も今までにないほど荒々しい運転で、かつては道路であったであろう道を走る。喋れば舌を噛む、全員無言だ。
1時間ほど走った所で装甲車のレーダーが警報を発する。
レーダーを見ると複数の変異体が走る装甲車を追う様に迫ってくる。
装甲車はさらに速度を上げ激しく揺れるそれについて行くキクリもアクセルを唸らせる。
安藤はある違和感を感じていた。レーダーに映された影は全て後方からのみであり前方や横からの影がない。
「くそ!やられた!」
安藤は装甲車をドリフトさせ方向転換し、追いかけてくる変異体に向き直る。
キクリもそれに続き方向転換する
「ウタどうした!」
「第3中隊を取り込んだんだ情報を抜き取られててもおかしくない!わざと変異体に追いかけさせて少しでも距離を遠ざけたんだ!βの狙いは前哨基地だ私達が遠征に出るのを待っていたんだ!」
「どうする!ここで立ち止まるわけにはいかないぞ!」
「キクリくんは先に戻って!こいつらは私達でなんとか…!」
安藤は言葉を飲み込む。理由は簡単だ安藤の考えはハズレた。キクリが安藤の言葉を代弁する。
「相手の狙いは孤立した俺たちだったみたいだな。」
変異体の群れの中から異質な存在が現れた。
一糸纏わぬその姿は、マネキンの様な白い肌に髪の毛の生えていない頭、目は塗りつぶされた様な黒。
誰もが思ったであろう、我々が目指していた変異体βが人の姿で現れたのだ。
「オートバトルモード」
キクリはバイクから降り、バイクが四足の獣の様な姿に変形する。
オウカの無人機もそれに反応しバトルモードになる。
装甲車からキンジが降りてくる。挨拶がわりにその辺の瓦礫を持ち上げβへ投げつけるが、変異体がそれを身を挺して守る。
安藤とPWT隊員も装甲車を降りる。
安藤は可変式の大鎌を構える。
「おい、みんな見たか瓦礫をわざわざ変異体で防御したって事はアイツ自身に攻撃は通るぞ」
「問題はどうやって攻撃を通す隙を作れるか…」
キクリがフォトンブレードを両手に持ち、キンジの隣に立つ。安藤もキクリの隣に並び立つ。
「隊員の皆さんとウタは変異体の数を減らしてくれ、まぁ無限に湧き出てくるだろうけどな。」
既に100近い変異体が集まっているだろう。
キクリはドンっと地面を陥没させ一気にβへの距離を詰める。2本の刃がβを捉えたが、βは変異体の群れの中へ姿を隠す。キクリの刃は変異体を斬り裂く。
「こりゃあ骨が折れそうだ…」
キクリはそのまま変異体の群れを掘削する様に両の刃で斬り裂いて行く。変異体により左腕を食いちぎられたはずであった、その変異体が最後に見たのは左腕に捕まれ地面に叩きつけられる、自分の頭を踏みつぶす足であった。また、食いちぎられた腕の部分の戦闘服も直っていく。キクリに仕組みはわからないがオウカ曰くナノテクノロジーでキクリのスライムエネルギーが枯渇するまで直り続けるらしい。そこら中、攻撃を受け欠損してもキクリの再生力で瞬時に治る。
キンジは拳を握り大きく振りかぶる拳の圧力だけで殴りつけた変異体を超えて衝撃が伝播する。
「なかなか楽しめそうだ、久しぶりに思いっきり暴れられる。」
キンジの本気、決して東京で見ることは出来ない。
建物は余波でガラスは吹き飛び、場合によってはビルを倒壊させる恐れがある一挙手一投足、全てを巻き込む程の純粋な力。カリムを単身で確保できなかったのもこの為だ。東京でのキンジは常にストレスに晒されている。
またこれに対して互角に戦うことが出来るのはキクリとハルナだけであろう。
「2人とも規格外だなぁ…気後れしちゃう。」
安藤は2人が取りこぼした変異体を刈り取っていく。
かつてはV部隊に選出されるほどの実力、気後れはすれどその動きはキクリ達に劣るものではない。
後衛のPWT隊員達は銃を構えはしているが発砲していない。キクリのバイクとオウカの無人機が散らばり新たに集まってくる変異体達を殲滅して行く。
キクリはフォトンブレードの出力が落ちたのを感じ大剣とトウカの刀を引き抜き更に変異体を凄まじい勢いで処理して行く。
「やっぱ、実態剣が最強なわけよ」
キクリ、キンジは普段抑圧されていた実力をこれほど発揮できる機会はないとばかりに暴れる。
瞬く間にβを守る変異体が姿を消す。
《な、何が起きている。》
「あれ?人間の言葉話せるんだ。」
キクリは足でβを踏み倒し喉に刃を突き立てる。
「相手が悪かったな。」
βの喉を大剣が貫き首と胴体を切り離し、キクリはβの頭を蹴り飛ばすも、衝撃に耐えきれず霧散する。
「なんだもう終わりか、オウカの無人機が優秀過ぎるな。」
PWTの隊員達は3人の戦いを見て言葉を失う。
これが同じ適合者、上澄みのさらにその先を歩くもの達の戦い方。もちろん安藤の戦いを見てきて十分人間離れしていると思っていたが、この2人は更にその上を行く。
自分達が恥ずかしくなることすら、おこがましいと。
「さてさてウタ片付いたけど次はどうする。」
「…一旦基地に戻ろうか!別動隊として変異体に襲撃を受けていないとも限らないし。」
キクリはβの遺骸を回収する。頭をノリで吹き飛ばしてしまったことを後悔する。トウカからの嫌味が今から想像でき、ぶち上がっていたテンションが一気に冷める。
「そーだねー、戻ろっか」
無人機達も隊列に戻りニュートラルモードに戻る。
「テンションの振り幅すごいけど、具合大丈夫?」
「いやちょっと義姉のこと考えたら悪寒が。」
「?」
「キクリは貴重な検体の肝となる頭部を破壊したのを後悔してるんだ。恐らくそれによって義姉に嫌味を言われるのを考えたんだろ。」
「なるほどねー。」
ーーー
前哨基地
ハルナは専用武器、鎖分銅を体に巻きつけ砦の出入口で待機していた。
今川がハルナの隣に並ぶ。
「緊張していますな。」
「大きな任務はこれが初めてでして、つい身構えてしまいます。」
「ハハハ無理に敬語で話す事はないですぞ。誰にでも許しているわけではないですが、力あるものがそれで力を存分に震えないと勿体無いですので。」
「そう言って貰えるとありがたいよ、あたいは腹を隠して話を出来るタイプじゃないからね。」
ハルナは隣に並ぶ小太りのおじさんが、ただものではない事を見抜く。隣に並ばれた時、声をかけられるまで全く気配を感じなかった。だが一度隣に立たれると凄まじい覇気を感じる。かつては今のキクリやキンジの様に前線を駆け回っていたのだろう。叩き上げの戦士であると直感する。
前哨基地に警報音が鳴り響く。
「来たようですな。」
「アタイは前線に出るよ、中将さんも来るかい?」
「ハハハ、私は部隊の指揮を取らなければいけないのでね。ところでそちらの砦の防衛はお一人でお任せしてよろしいですかな?」
「ありがたいね、その方がアタイもやりやすいよ。」
「では、お任せいたします。」
ハルナは砦の門を片手で持ち上げ、外に出る。ドスンと砦の門が落ちる。ハルナは鎖分銅を体から伸ばして行き徐々に手を回転させて行く、空気を切る音が遅れて聞こえてくる。ハルナは自分から10メートルの地点の地面に鎖分銅で印を付ける。
「さぁ、ここより前にこられるやつがいるかい?」
ハルナは迫り来る変異体の群れに向けて分銅を投擲する。
鎖を操りそのまま横に振り変異体の頭を吹き飛ばし、縦に鎖を振り地面を陥没させ群れの隊列を崩す。足を取られた変異体から次々に撃滅していく。ハルナの柔道にレスリングはあくまで、人間の形をした物に本領を発揮する。それを補うように中近距離をカバーできる様にシュウカとキクリが指導した。訓練の時間は短かったが、天賦の才能がそれを物にした。鎖分銅で変異体を数体巻き上げ背負い投げの要領で地面へ叩きつけさらに地形を壊す。キンジと互角の力を持ちながら決してそれだけに頼らない柔軟性を持っている。
何十体を倒したか、終わりが見えてくる。驕らず堅実に分銅で頭を砕き粉砕して行く。
「こんなもんかね。」
変異体の遺骸の奥から装甲車が走ってくるのが見える。
「もう任務を終えたのかね、早過ぎるから忘れ物かね?」
ハルナは装甲車に向け手を振る。
装甲車は変異体の遺骸を押し潰しながらハルナの横につけるキクリも後ろからハルナの前にバイクを止めヘルメットを取る。
「どうしたんだい、遠征に忘れ物かい?」
キクリがバイクから降りて話す。
「向かってる途中で俺達を孤立させる作戦だってことに気がついてβを蹴散らして来たところです。」
安藤が装甲車の窓を開ける。
「すごい、この数1人で片付けたの?」
「あぁ、なかなか鎖分銅のいい練習台になったよ。キクリくんの指導のおかげさね。」
「いやー、この短期間でここまで見事に使いこなすとは思ってなかったですよ。才能って怖いですね。」
「キクリくんが言っても嫌味に聞こえるよ。あなたもなかなか天才肌でしょうに。」
乾いた笑いでキクリは頭を掻く。
「話はこれくらいにして、今川中将の方に加勢に行ってやってくれないかい。ここは引き続きアタイが守るよ。」
「じゃあ、俺も残ります。ウタいいよね?」
「そうねー、私達とキンジくんで今川中将に加勢しに行くよ。」
それじゃあ、と安藤は装甲車を砦の中に入って行く。親鳥について行く鴨の雛の様に、無人機達もコロコロついていく。
「怪我ひとつない見たいですね。」
「キクリくんの助言通り、敵との距離をあらかじめ決めて戦ってみたらこの通りさ。」
「普通はそう簡単にはできるもんじゃないんですけどね。」
ーーー
β撃破後、1ヶ月
九州奪還作戦は無事終了となった。隊員に死者が出なかったわけではないがV部隊の活躍もあり被害は最小限で済んだ。以降は木戸グループ技術スタッフがインフラの整備などに従事する事になり、その後住民の移住手続きが始まる。それによりもう暫く今川中将と安藤中佐は九州に残ることとなった。
キクリは今回の作戦の安藤の功績を称えV部隊へ階級リセットを免除し入隊ができる様に尽力し、1ヶ月後に入隊が決定した。今頃安藤の元にはそれを伝える旨の移動命令が届いたことだろう。
キンジは自分の子供の出産に立ち会うことができた。
「いやー、キクリさん達がいない間、東京は平和そのものだったっすよ。ミツカちゃんの件は残念だったっすね…」
九州から帰還したキクリ達を迎えに来たユキが、キクリ達がいなかった間の話をする。PWTの出動は何度かあったがV部隊が動く様な事態は起きなかったとのことだ。
「平和だったならいいことじゃん。」
バンの窓を開け煙草を吸うキクリの煙が車の後を辿る様に漂う。
キンジは睡眠に入り、ハルナは窓の外をボーッと眺めている。
「まさか4ヶ月かかると言われていた作戦が1ヶ月で終わらせるとは流石っす。」
「ユキ、悪いけど俺も少し寝るよ。」
「了解っす。おやすみなさいっす。」
煙草の火を消しキクリは目を閉じてリクライニングを倒す。
なんでもない様に振舞っているが、ミツカの件がキクリの心には深い傷を負わせた。この睡眠も4日ぶりに耐え難い眠気とユキの声に安心し瞳を閉じることができた。
暫くは更に強い睡眠薬と抗うつ薬で療養を取ろうとキクリはまどろみながら考え眠りにつく。
この作品はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。




