5話
リュカ・ヴェルナードは変わった男である。
探検家ではない。
学者でもない。
政治家でもない。
占術師だ。
それもかなり有名な部類に入る。
貴族や商人だけでなく、一部の探検家からも助言を求められる人物として知られている。
一方で胡散臭い人間としても有名だった。
それは本人も否定していない。
「占い師なんて胡散臭くて当然でしょう」
取材が始まるなりそう言って笑った。
穏やかな男だった。
だがどこか疲れているようにも見えた。
長く眠れていない人間の目だった。
彼はモンブ・アシャリカの支援者でもある。
いわゆるパトロンだ。
遠征資金。
治療費。
装備調達。
様々な形で援助を続けていたとされる。
そのためモンブ失踪後には批判も受けていた。
なぜ危険な探索を止めなかったのか、と。
なぜ支援を続けたのか、と。
リュカはそれを否定しない。
むしろ当然だと言いたげだった。
「あの人を止められると思いますか?」
その問いに答えることはできなかった。
確かに。
これまでの証言を見る限り、止まる男には思えない。
リュカも同じ結論だったらしい。
だから止めなかった。
止まらないなら、せめて生き延びる可能性を上げたかった。
その程度の話だと語っている。
しかし。
取材が進むにつれて違和感が生まれる。
彼の証言は妙に具体的なのだ。
まるでモンブの奇妙な言動の目的を知っていたかのように。
実際、リュカは他の証言者とは違うことを口にしている。
「彼は深淵を攻略していたわけではありませんよ」
初めて聞く意見だった。
では何を?
そう記録には残っている。
リュカはそこで少し迷ったらしい。
答えるべきか。
答えないべきか。
そのような間がある。
そして。
「閉じに行っていたんです」
そう語った。
閉じる。
その意味が当時は理解できなかった。
深淵を踏破する。
最深部を目指す。
なら分かる。
しかし閉じるとは何か。
深淵は迷宮ではないのか。
リュカはそこで僅かに表情を曇らせている。
「深淵は巨大な迷宮。遠大なる自然の結露に違いなき。皆そう思っています」
皆。
つまり。
彼自身は違う認識を持っている。
そう読める。
だがそれ以上は語らなかった。
代わりに別の話を始める。
未来の話だった。
もちろん予言ではない。
彼は予言など信じていないと語っている。
ただ。
時々見るのだという。
滅びる街を。
空を覆う黒い霧を。
人のいない大通りを。
誰も知らないはずの景色を。
夢だと思っていた。
長い間。
だがモンブと出会ってから考えが変わった。
なぜなら。
モンブも同じ景色を知っていたからだ。
「あり得ないんですよ」
初めてリュカの声に感情が混じる。
「あれは他人が知っているはずのないものです」
その時の記録には珍しく注釈が残されている。
取材中、最も強い口調だったという。
リュカにとってそれは大きな出来事だったのだろう。
「だから私は支援した」
危険だからこそ。
普通ではないからこそ。
あの男が見ていたものを知りたかった。
あるいは。
信じたかった。
そう語っている。
ここで奇妙な話が出てくる。
モンブは時折、 リュカに深層に関する話をしたらしい。
ただし攻略情報ではない。
もっと曖昧な話だ。
誰にも信じてもらえない話。
世界が変わる。
時間がない。
急がなければならない。
そういう種類の話。
当然ながらリュカを除いて誰も相手にしなかった。
詐欺師の戯言。
炎上目的。
そう扱われた。
エアハルトも。
ラザも。
ノグラも。
セナでさえも。
少なくとも最初は。
だがリュカだけは違った。
「彼は嘘を吐いていませんでした」
断言している。
根拠は語らない。
ただ断言する。
その姿は占術師というより信徒に近かった。
奇妙なことに。
リュカはモンブの死について悲しんでいるようには見えない。
むしろ。
安堵しているようだった。
それは取材記録のどこを読んでも変わらない。
何か大きな責務から解放された人間のようだった。
最後に理由を尋ねた記録がある。
それに対する答えは短い。
「あの人は休めなかった」
ただそれだけだ。
生前のモンブは止まらなかった。
休まなかった。
振り返らなかった。
まるで期限が迫っている人間だった。
だから。
「もし本当に死んだのなら」
そこでリュカは初めて笑っている。
静かな笑みだった。
「ようやく眠れるのでしょう」
その言葉だけが妙に印象に残った。
この頃の取材記録には、繰り返し同じ疑問が現れる。
モンブ・アシャリカは何を知っていたのか。
何に追われていたのか。
なぜそこまで急いでいたのか。
そして。
深淵の最奥に、一体何があるというのか。
その答えはまだ誰も知らなかった。




