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間話

モンブ・アシャリカが消息を絶ったのは、第八十階層遠征の最中である。

ギルド公式記録に残る最後の通信もまた、その周辺で途絶えている。

死亡認定が下された現在においても、最終状況は判然としていない。


事故死。

転落死。

魔物による襲撃。

他説。

もしくは失踪。

様々な推測が存在する。

だが、そのどれも決定打には欠けている。

そもそも問題は死因ではない。


なぜモンブが八十階層を目指したのか。

その方が遥かに不可解だった。


八十階層。

それは探検家にとって一種の境界線である。

到達者は極端に少ない。

現存する確認済み到達者に至っては指で数えられるほどしかいない。

ひとえに危険だからではない。

もちろん危険でもある。

だが理由はそれだけではない。


深ければ深いほど統計が崩れるのだ。

報告内容が一致しない。

地形が異なる。

魔物の特徴が食い違う。

探索記録に矛盾が発生する。


原因は不明。

古くから知られている現象だった。

探検家はそれを深淵酔いと呼ぶ。

長時間深層へ滞在した者ほど症状が重くなる。

八十階層以降では特に顕著だ。


実際に残された報告記録を確認すると異様である。

同じ遠征隊の記録にもかかわらず内容が食い違う。

五人で進んだと書く者もいれば六人だったと証言する者もいる。

一本道だったという証言と分岐路だったという証言が共存している。


当然ながら調査は行われた。

結果は不明。

結局、長らく精神異常として片付けられてきた。

モンブはその階層へ単独で向かった。

しかも極めて短期間で。


これが問題だった。

通常の探検家は深層攻略の合間に長期間の休息を挟む。

身体の問題ではない。

精神の問題だ。

記録の整理。

記憶の確認。

認識の矯正。

そうした工程が必要になる。

だがモンブはそれを行わない。


五十階層到達後も。

六十階層到達後も。

七十階層到達後も。

止まらなかった。


その異常性は当時から批判の対象である。

なぜそんなことをしたのか。

多くの関係者が答えられなかった疑問でもあった。

しかし調査を進める中で一つの事実が見えてくる。


彼は到達記録に執着していない。

名誉にも執着していない。

功績にも興味がない。

エアハルトはそう証言した。

ラザも同様だった。

ノグラも認めている。

それでは何が目的だったのか。


残された資料を確認すると奇妙な共通点がある。

モンブはしばしば同じ言葉を口にしている。

急がないと間に合わない。

その一言だ。


配信記録。

遠征申請書。

個人的なメモ。

場所は違う。

時期も違う。

それでも繰り返し現れる。


急がないと間に合わない。


何に。


その答えは書かれていない。


むしろ意図的に伏せていたようにも見える。

だから当時は誰も本気にしなかった。

誇張癖の一種。

深淵詐欺師らしいパフォーマンス。

そう受け取られていた。


一方で、一部の研究者は偶然ではない可能性を指摘している。

興味深いのはこれが八十階層に近づくにつれ増加している点だ。

七十階層到達前。

発言頻度は少ない。

七十五階層付近。

急激に増える。

そして最終遠征直前。

もはや隠そうともしていない。

まるで何かが近づいていることを知っていたようだ。


その中でも特に有名な配信記録が存在する。

失踪のおよそ二ヶ月前。

生配信中の発言である。

当時は大して話題にならなかった。

深淵詐欺師の戯言として処理されたからだ。

だが現在読み返すと、別の意味を持って見えてくる。

その記録にはこう残されている。


八十が最後だ。

越えたら戻れなくなる。

当時、その意味を理解できた者はいない。


本人も説明しなかった。

質問にも答えていない。

ただ笑って誤魔化したという。


しかし奇妙である。

失踪地点はまさに八十階層だった。

偶然なのだろうか。

それとも。


この頃から取材記録には別の言葉が増え始める。

不可逆。

という単語である。

最初に使ったのが誰だったのかは分からない。

だが同時期の資料を調べると頻繁に登場する。


不可逆。

戻れない。

手遅れ。

間に合わない。

まるで全て同じものを指しているようだった。

もちろん、この段階では何も断定できない。

八十階層に特別な意味があった証拠もない。

モンブが何を知っていたのかも分からない。


だが一つだけ確かなことがある。

彼は八十階層を目指していたのではない。

越えようとしていた。

そこに決定的な違いがある。

だから急いだ。

だから止まらなかった。

だから単独だった。

そう考えると全ての証言が奇妙な形で噛み合い始める。


ところで取材資料の整理中、誰も気に留めていなかったひとつの遺品が発見されていた。

失踪後に回収されていた携行記録端末だった。

損傷は激しい。

だが内部データの一部は生き残っていた。

その中には、これまで公開されていなかった映像記録が含まれていた。


モンブ・アシャリカ最後の配信。


そう呼ぶべき映像である。

そして本稿は、そこで初めて深淵の真実へ触れることになる。

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