4話
ノグラ・アシャリカは、取材中ほとんど笑わなかった。
それどころか、感情らしい感情すら表に出さなかった。
ギルドでは「無啓の運び屋」と呼ばれている。
現存する最古参の探検家の一人であり、同時に数少ない八十階層到達経験者でもある。
そして。
モンブ・アシャリカの義父だった。
もし彼の人生を知る人物がいるとすれば、この男をおいて他にいないだろう。
実際、モンブについて語れることは全て語るつもりだと最初に前置いていた。
ただし。
それは親としてではない。
探検家としてだ。
そう付け加えることも忘れなかった。
最初に出会った時の話を尋ねる。
すると少しだけ考え込み、
昔のことだからな、と前置きした上で話し始めた。
モンブは変な子供だったらしい。
泣かない。
喚かない。
要求もしない。
それでいて妙なところで頑固だった。
普通の子供なら怖がるような場所へ行きたがる。
危険だと説明しても聞かない。
実際に怪我をしても反省しない。
周囲の大人を散々困らせたようだ。
ただし。
問題はそこではなかった。
彼は最初から探検家だった。
ノグラはそう語る。
探検家になりたかった子供ではない。
最初から探検家の考え方をしていた。
目の前に知らない道があれば進む。
危険があれば確かめる。
立入禁止なら理由を探る。
理由を求めて立ち入る。
好奇心ではない。
確認だった。
それが妙に不気味だったらしい。
まるで既に何かを失った人間のようだったと語っている。
成長するにつれて、その傾向はさらに強くなる。
異常な体力。
異常な耐久力。
異常な適応能力。
深淵探索に向いた資質ばかり持っていた。
周囲は当然期待した。
ノグラも例外ではない。
だから内弟子として、自らの誇りある姓を渡した。
探検家界隈では一応名が通ってるつもりだ。
この姓があれば、彼の冒険の多少の助けになるだろう、そう思ってのことだ。
ただ。
本当に恐ろしかったのは才能ではなかったという。
執着の無さだった。
記録。
名声。
金銭。
権力。
何にも興味を示さない。
手に入れても喜ばない。
失っても悔しがらない。
若い探検家にありがちな野心が存在しない。
「だから心配だった」
その言葉だけははっきり記録に残っている。
何も欲しいものがない人間は危うい。
探検家ならなおさらだ。
死ぬ理由がない代わりに、生きる理由もない。
だから何度も尋ねたらしい。
何のために潜るんだ。
何が欲しいんだ。
モンブはその度に面倒そうな顔をした。
そして決まって、
金だよ。
と答えたという。
当然嘘だった。
「下手な嘘だったな。あいつが詐欺師なんかになどなれっこない」
珍しくノグラは笑った。
義父だから分かる。
あれは本音を誤魔化していた時の顔だった。
では何が本音だったのか。
その答えは意外なところにあった。
セナである。
幼馴染の彼女が病気になってからだ。
モンブが変わったのは。
それまでも十分変人だった。
だが幼馴染のセナが倒れて以降、どこか人間らしくなったという。
怒るようになった。
焦るようになった。
悩むようになった。
夜眠れなくなった。
初めて弱音も吐いた。
自分ではなく。
誰かのために。
ノグラはしばらく沈黙していた。
おそらくモンブという人間をどう表現すればいいか考えていたのだろう。
長い取材の中でも、特に長い沈黙だった。
やがて小さく息を吐く。
「あいつは優しかった」
エアハルトとは違う。
ラザとも違う。
もっと率直な言葉だった。
「本人は嫌がるだろうがな」
少しだけ苦笑する。
初めて父親らしい顔だった。
「あいつ、人を助ける理由を探してたんだ」
理由。
「理由がないと助けられないと思ってた」
だから金のためだと言った。
だから仕事だと言った。
だからついでだと言った。
誰かが困っている。
それを見たから助けた。
ただそれだけだと認めるのが恥ずかしかったのだろう。
「あいつには無謀も自信も一切なく、ひたすらに臆病だった」
ノグラは続ける。
強かった。
賢かった。
才能もあった。
だが臆病だった。
誰かを失うことを人一倍恐れていた。
だから救う。
だから抱え込む。
だから自分で全部やろうとする。
結果として壊れていく。
その姿を何度も見た。
止めたこともある。
殴り合いになったこともある。
だが最後まで直らなかった。
そこでノグラは初めて窓の外を見る。
「あいつは英雄とか救世主なんかじゃない」
誰に言うでもなく呟く。
「そんな立派なもんじゃない」
沈黙。
そして。
「ただ、放っておけなかっただけだ」
その言葉は妙に腑に落ちた。
エアハルトは被害者だったと言った。
ラザは見捨てる才能がなかったと言った。
ノグラは優しかったと言った。
表現は違う。
だが見ていたものは同じなのかもしれない。
モンブ・アシャリカという男は。
英雄になりたかったわけではない。
誰かの期待に応えたかったわけでもない。
ただ目の前の苦しみから目を逸らせなかった。
その結果として深淵へ潜り続けた。
それだけだったのかもしれない。
取材の最後。
一つだけ尋ねた。
もし今、モンブに会えたなら。
何を言うか。
ノグラはしばらく考えた。
過去の話ではなく、
取材中で最も長い沈黙だった。
そしてようやく答える。
「深淵なんかで遊んでおらんで帰ってこい」
短い言葉だった。
それだけ言うと、
彼は二度とモンブの話をしなかった。




