3話
ラザという女性について語る前に、一つ説明しておかなければならない。
探検家ギルドの受付嬢は、単なる事務員ではない。
書類を受理する。
報告をまとめる。
依頼を斡旋する。
それだけではない。
時には探検家の相談役となり、
時には仲裁人となり、
時には遺品整理まで請け負う。
だから受付嬢は誰より探検家を知っている。
少なくとも記録上は。
ラザも例外ではなかった。
彼女はモンブ・アシャリカの担当受付嬢である。
そしておそらく。
彼を最も嫌っていた人物の一人だった。
取材を申し込んだ時、彼女は露骨に嫌そうな顔をしたという。
深淵詐欺師。
その名前を聞いた瞬間だった。
「あの人の話ですか」
ジトリと湿った目つきでしたから覗き込まれ。
直後に交わされたため息交じりの声だった。
「あまりおすすめしませんよ」
その時点で、取材は難航するものと思われた。
だが予想に反して、彼女はよく喋った。
嫌いな相手だったからだろう。
思い出話はいくらでもあったらしい。
「嘘吐きでした」
着席して最初に出てきた言葉がそれだった。
迷いすらない。
彼女の評価は一貫していた。
問題児。
危険人物。
トラブルメーカー。
ギルド規定の穴を探しては無茶をする。
本来三人以上が義務付けられている調査を単独で申請する。
禁止区域へ勝手に入る。
報告書は雑。
提出期限は守らない。
挙句の果てに配信で炎上する。
担当としては最悪だったらしい。
「書類を見るたび胃が痛くなりました」
そう語った記録が残っている。
特に配信活動が始まってからが酷かったという。
深淵配信。
現在では珍しくもない文化だが、当時としては極めて危険視されていた。
深層映像には精神汚染の危険がある。
そのためギルドも長らく規制を検討していた。
そんな中でモンブは堂々と配信を始めた。
当然批判が集まる。
彼は気にしなかった。
むしろ楽しんでいた節すらある。
炎上するたび視聴者を煽った。
結果として深淵詐欺師というあだ名まで付く。
「本当に最低でした」
ラザは何度もそう語っている。
だが不思議なことに。
最低だった理由ばかり聞かされているはずなのに、話は妙な方向へ逸れていく。
例えば遭難救助。
モンブは何度も救助活動に参加している。
しかも申請が出る前に現場へ向かった例があった。
なぜ居場所が分かったのか。
誰も知らない。
本人も説明しない。
結局、遭難者だけが帰ってくる。
「運が良かったんでしょうね」
本人はそう言っていたらしい。
孤児院への寄付もそうだった。
ある年の冬。
匿名の寄付が複数の施設へ届けられた。
金額は少なくない。
後にモンブのものだったと判明する。
理由は不明。
本人は最後まで認めなかった。
「落としただけです」
そう言っていたらしい。
意味が分からない。
ラザもそう思ったそうだ。
「だったら名乗れば良いじゃないですか」
筆者が思った通りのことをラザが尋ねた記録が残っている。
するとモンブは心底面倒そうな顔で、
「感謝されるの苦手なんだよ」
と答えたという。
本当かどうかは分からない。
彼の言うことだからだ。
だが、その時の顔だけは思い出せるとラザは語っている。
嘘を吐く人間の顔ではなかったらしい。
取材も終盤に差しかかった頃だった。
モンブは優しい人だったのか。
そう尋ねた記録が残っている。
長い沈黙があった。
おそらくこの取材で最も長い沈黙だった。
そしてラザは首を振る。
「違います」
即答だった。
優しい人ではない。
親切でもない。
善人でもない。
むしろ性格はかなり悪い。
それは本気でそう思っているらしかった。
しかし。
少しだけ表情が崩れる。
「ただ」
そこで言葉が止まる。
再び沈黙。
それからようやく続いた。
「見捨てる才能がなかったんです」
それが彼女の結論だった。
見てしまう。
気付いてしまう。
助けてしまう。
その繰り返しだった。
だから損をする。
だから嫌われる。
だから利用される。
なのに止めない。
「馬鹿なんですよ」
ラザは笑っていたという。
だが後半の記録になるにつれて、その発言は少しずつ減っていく。
代わりに沈黙が増える。
モンブ失踪直前の話になるからだろう。
ある時期を境に。
モンブはさらに危険な探索を始める。
配信頻度も増えた。
休息も取らなくなった。
周囲の制止も聞かなくなった。
まるで追い込まれるように深淵へ潜り続けた。
その話題に触れた時だった。
記録中、初めてラザは言葉を失っている。
しばらく何も話さなかった。
紙をめくる音だけが続いていたらしい。
そして小さく呟く。
「私なんです」
その意味はすぐには分からない。
だが彼女自身は理解していたのだろう。
「彼を壊したのは」
さらに続く。
「私なんです」
それ以上については詳しく語られていない。
ただ、その日の記録は途中で終わっている。
最後の一文だけが残っていた。
取材はここで中断された。
しばらく会話を継続できる状態ではなかったためである。
ラザが何を後悔していたのか。
なぜ自分を責めていたのか。
その答えは結局聞くことができなかった。
ただ一つだけ分かることがある。
モンブ・アシャリカという男は。
少なくとも彼女にとって。
救いようのない詐欺師であり。
どうしようもなく放っておけない人間でもあったのだ。




