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8話

映像はほとんど崩壊していた。

音声も断続的である。

解析によって辛うじて復元された映像には、巨大な暗闇が映っていた。


それが空洞なのか。

裂け目なのか。

あるいは別の何かなのか。

判別できない。


ただ一つだけ確実なことがあった。

そこは迷宮の深部ではない。

何か別の場所だった。

 

モンブはその前に立っている。

驚くほど静かな顔だった。

長年追い続けた場所へようやく辿り着いた人間の顔。

そう表現するのが近い。

 

着いた。


短い一言だった。

その声には達成感も高揚もない。

むしろ安堵に近い。


間に合った。


その言葉に、これまでの証言が重なる。

最速でなければならなかった。

エアハルトの言葉。

見捨てる才能がなかった。

ラザの言葉。  

優しかった。

ノグラの言葉。  

深淵を閉じようとしていた。

リュカの言葉。

全てが一つへ繋がる。


モンブは振り返る。

配信カメラへ視線を向けた。


信じてもらえなくてもいい。

もう終わるからな。

 

少しだけ笑う。


でも一応説明しとく。

 

彼の後方には巨大な構造物があった。

古代文明の遺物。

それは深淵中枢機構。  

いわば未来観測施設停止端末。

未来世界の人類が最後まで辿り着けなかった場所。


モンブにはここにきた訳を話す前に、語るべきことがあった。

   

深淵はそもそも停止可能な装置だった。

問題は代償にあった。


止めると。

未来との接続が切れる。

未来との接続。  

つまり。  

今まで流入していた全情報。 

全恩恵。

それらが失われる。

 

未来医療。

未来予測。

未来技術。

それらがリセットされる。

するとそれらを前提に成立していた社会は崩壊するしかなくなる。

だから誰も押せなかった。  

観測機を作り上げた古代文明も。  

モンブが住んでいた未来文明も。


全員が理解していた。

最善なのは停止だ。  

だが停止できない。  

失うものが大きすぎるから。

 

だから古代文明は蓋をした。    

そして未来文明は先送りした。  

問題を未来へ。

さらに未来へ。

何度も。

何度も。

その結果が。

モンブのいた世界の滅亡だった。

 

馬鹿みたいだろ。 

 

誰に向かって言ったのか分からない。  

自嘲だったのかもしれない。    

だがモンブの顔は穏やかだった。    

未来世界を語る時の諦めはない。

代わりに覚悟があった。


でも今回は違う。


機構へ手を伸ばす。

古代文字が点灯する。  

ノイズが増大する。  

画面の端から光が溢れる。

 

そして。

世界中で起きていた異変の正体が表示される。

 

【観測量 98.7%】  

 

あと僅かだった。  

100%になれば完全接続、不可逆的な観測が始まる 。

つまるところ人類滅亡。

それは未来世界で起こったものと全く同じ終末。

モンブはそれを眺める。

不思議と恐怖は見えなかった。  

代わりに。

少しだけ困ったように笑った。


本当はな。


そこで初めて声が揺れる。


セナだけ助かればよかった。


そう口にした。



   

モンブは元々いた未来では実験動物よろしく、深淵を攻略する奴隷身分に過ぎなかった。


無名の頃は虐げられ、人間的な生活を搾取され、感情的な交流は排除された。

ただ深淵に身を窶して、深淵酔いで精神をすり減らすだけの日々。


それが名を挙げれば欺瞞、羨望の眼差しを得ることはあれど、真の意味でモンブのことを受け入れた人はおらず。


滅亡を間近にして、生き残りの中で唯一深淵酔いに一定の耐性があることから、拒否権もなく世界を救えと過去世界へ精神転送され。


救いなどないと思っていた。


救いの手を求めず、自力で生き抜き、疑うことなく深淵の深いところへ潜り続けることだけが正しいと思っていた。

たとえその途中で、傷ついても自分自身が声を噛み殺せば済む話だと思っていた。


だけど、それは違った。

救いは身近なところにあった。


セナは。

彼女は初めてモンブの存在を賭け値なしで受け入れてくれた。

信じてくれた。

ただそれだけだった。

ただ、それだけのことが、なんと心強いことだったか。

理由はそれだけだった。


だから彼女を救いたかった。

失いたくなかった。

生きてほしかった。  

 

ただそれだけだった。

 

しかし時が経つにつれ。 

気付けば守りたいものは増えていった。


傷だらけ血まみれで体に帰還した時、ガンつける輩がいたから冷たい目で脅し返したことがあった。

すると相手はお似合いの余裕顔に似合いませぬ冷や汗ダラダラ垂らしていた変なやつだった。


そいつがエアハルト。

才能も人望もはあるが、貴族上がりの小心者だと思っていた。

その癖、深淵での話になるとモンブにいっさい気圧されない負けん気があった。

食えない奴だと思った。


何度も窮地を救い、救ってもらった。

憎めないやつだった。

 

依頼を受けるたび、配信が話題になるたび、ぐちぐちぐちぐち物言いをしにくるのがラザ。

はじめは暇なクソガキだと思った。


嫌いな探検家の担当なら、着任を拒否すればいいはずなのだ。

そこまで愚痴ったところで、彼女の憎まれ口は全てモンブのことを気にかけてのことだということに気がついた。

相も変わらずほっとけない奴だった。


義父のノグラと分かりあうのにはもっと時間がかかった。

そもそもノグラもそしてモンブ自身も愛情を表すことが苦手だった。

代わりに彼は、しつこいほどにモンブに深淵に潜る意味を聞いてきた。

はじめは自分自身でもわからず言葉を濁していたが、途中から面倒くさくなって金やら女やらと答えるようになった。

するとノグラは何故か満足そうに頷く。


当時は真意がわからなかったが、今ならわかる。

彼はテキトーな会話の中で、父に甘えてよいことを確認させてくれていたのだ。

むず痒い気になったが、どこか心地も良かった。


そして、他にも大事な人は止めどなく増えていって。


病院でサラの隣で仲良くなったらしい女の子と、その子が育った孤児院の人たち。

 

未来世界で問題になった深淵大規模遭難事件をふと思い出し、なんとなくで救出した時に知り合った後輩の冒険者たち。

 

皆、放っておけなかった。  

 

その結果が今だった。

 

損な性格だよな。


誰に言うでもなく呟く。  

そして。

その言葉を皮切りに、口角を固め。

 

停止機構を起動した。

 

瞬間。

映像全体が白く染まる。

 

音が消える。

世界が軋むような振動だけが残る。   

機構の画面上では観測量が急激に減少していた。

   

98。 

97。

95。

90。  

未来との接続が切れていく。  

未来侵食が消えていく。

魔物が。 

魔素が。

未来の幻影が。

失われていく。

  

世界は救われる。  

その代わりに。  

未来世界も消える。

画面の外で。

多くが失われていく。


そこに例外はなく

未来から来たモンブ自身も消え行く。

 

彼はそれを理解していた。

だから最後にカメラを見た。

初めて見せた。  

配信者らしい顔だった。


多分みんなモンブのことを忘れることになる。


だが笑え。

 

少しだけ。


それでいい。

 

最後に残された記録は短い。

 

お前も助かる。

世界も助かる。


だから。


そこで一度途切れる。  

数秒後。  

最終音声のみが復元された。

 

 


約束。

守ったぞ。


 

 

そこで記録は終わる。

 

そして世界は救われた。 

誰も知らないまま。

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