7話
深淵は蓋だった。
ダンジョンじゃない。
封印だ。
モンブはそう言った。
そして少し考える。
どこから説明するべきか迷っているようだった。
人類は勘違いした。
映像の向こうで彼は笑う。
未来を見る装置だと思ったんだ。
それは間違いではなかった。
実際、未来は見えた。
災害も予測できた。
疫病も予測できた。
作物の不作も予測できた。
観測精度は驚異的だったという。
だから誰も止めなかった。
止める理由がなかった。
むしろ利用しない理由がなかった。
問題はな。
未来を見ること自体じゃない。
一瞬ノイズが走る。
見た未来が、本当に来やがるんだ。
意味は分からない。
当時この配信を見ても、誰も理解できなかっただろう。
だがモンブはそのまま続ける。
未来は情報だ。
生物も。
環境も。
文明も。
全て情報である。
そもそも。
深淵は迷宮ではなかった。
最初はただの遺跡だったという。
未来を観測するための装置。
超古代文明が残した超巨大な観測施設だったのだ。
そして超文明の遺物で未来を見るということ。
それは未来の情報を現在へ取り込むということだ。
最初は僅かだった。
未来の農作物。
未来の薬品。
未来の金属加工。
人類は恩恵だけを受け取った。
だが量が増えた。
未来を見れば見るほど。
もっと先を見たくなる。
もっと便利になるからだ。
もっと豊かになるからだ。
もっと得をするからだ。
だから人類は観測を続けた。
何百年も。
何千年も。
そのうち、変なことが起きた。
未来の生物が確認される。
存在するはずのない獣。
存在するはずのない植物。
存在するはずのない病。
最初は偶然だと思われた。
だが違った。
観測された未来に存在するものが、
少しずつ現在に発生していた。
世界が辻褄合わせを始めたのだ。
未来に竜がいる。
ならば未来を取り込んだ現在にも竜がいるべきだ。
未来に人体に有害な魔素が満ちている。
ならば未来を取り込んだ現在にも魔素が存在するべきだ。
未来に崩壊した都市がある。
ならば現在にもその兆候が現れるべきだ。
未来を観測する。
未来が現実になる。
現実が変わる。
すると未来も変わる。
変わった未来を再び観測する。
さらに世界が変わる。
その繰り返しだった。
最初は誰も気付かない。
便利になるだけだから。
だが侵食は蓄積する。
少しずつ。
確実に。
やがて文明そのものが未来情報に依存し始める。
未来医療がなければ病人が助からない。
未来予測がなければ都市運営ができない。
未来資源がなければ産業が維持できない。
誰も止められなくなった。
そこでモンブは小さく息を吐く。
分かるだろ。
依存症と同じだ。
便利だから使う。
使うほど離れられなくなる。
離れられなくなるほど侵食される。
そして八十階層。
ここで世界は限界を超える。
観測量が臨界を越える。
未来を見ているつもりだった。
でも違う。
あの辺りからは向こうも見てくる。
相互作用する未来が現在を観測し始める。
未来から流れ込む情報量が爆発的に増える。
すると人間が未来を見ずとも侵食が続く。
魔物が自然発生する。
魔素が自然増殖する。
未来の記憶が自然に拡散する。
それは世界そのものが巨大な深淵になるということに他ならない。
誰も潜っていないのに。
誰も観測していないのに。
未来だけが流れ込み続ける。
それが不可逆点だ。
モンブはそう言った。
俺たちはそこで負けた。
未来世界の人類は、 そこで初めて理解したのだという。
深淵は迷宮ではなかった。
未来という災害を封じ込めるための最後の蓋だったのだと。




