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首の誉  作者: しめさば
14/15

終

 産業医は白衣を翻して座った。

「君は首(ネック)の事件にことごとく関係するね。悪いことは言わない、早いところ、探偵を名乗った方がいい。こうも事件に居合わせ続けると、可能性は二つにひとつだ。犯人にされてはたまらないだろう? 先手を打っておくといい。まあ、探偵が犯人だったというケースも、あるにはあるがね」

 桜井の前には温かいドリップコーヒーが置かれている。


「配送業者の男が捕まったよ。銀葉という男だ。薬物の運び屋だったようだね。君のところの倉庫は、業者間の中継地点にされていたわけだ。炭の箱に詰められていたらしい。用意周到なこった。犯人が捕まったとはいえ、君のところの責任は厳しく追及されるだろうね。薬物だから。所持するだけでもえらい大問題だ」

 笑いこそしないものの、他人事だと思って、医師はおどけていた。

「銀葉という男だが」

 コーヒーを啜りながら言った。

「フェイク・ボディだったらしい。銀葉というのは、旧世代の首(ネック)の機種名と一致する。おっと」

 コーヒーが苦かったようで、医師は立ち上がり、ミルクと砂糖を次々と放り込んだ。

「男は自分が捕まると、黒江という女性を売ったそうだ。共犯だったとね。当人は逃げているが、黙ってやるほどソウルメイトではなかったらしい。それと、鷺矢という君の同僚だった男も、違法な仕事に一枚噛んでいたようだ。理由があって殺されたのかもしれない」

 コーヒーの味がまとまったようで、医師は頷いている。

「黒江には息子がいて、残念なことに、急性の薬物中毒で死亡している。赤根事件の半月ほど前だ。死亡したとき、同級生が数名居合わせていたが、助けを呼べる状態ではなかったそうだ。同級生らを逮捕する段取りが警察内部で進んでいた矢先に、赤根事件は起こった。奇しくも、同級生ら全員が、赤根事件の被害者になっている」

 医師は困ったように笑った。

「何か意図があってそうなったように思えてならない」

 赤根の悲しみに暮れる泣き顔が、ふいにフラッシュバックした。

「黒江さんの娘に、会いました」

「それはいつ?」

「昨日です」

「どこで」

「黒江さんのご自宅で」

「それはおかしい」

 桜井は表情で医師に言葉の先を尋ねた。

「黒江に娘はいない。一人息子だったんだ」


***


「君は何を見たのか……」

医師が簡単に調べただけでも、昨日、桜井が立ち寄った場所は空き地で、誰の家も建っていなかったことがわかった。

端末を覗き込む桜井。

そこは更地だった。

石塀どころか、建物の全景、表札、インターホン、そして娘だという若い女性までフェイクだった。

「それが本当なら相当なハッキング能力だ。にわかには信じ難いが……」

医師は桜井の体を睨んで言った。

「赤根事件のこともある。まだ完全にクリーンではないのかもしれんな。あるいは、薬物か」

医師は頭の上で手を振る。

「わざわざ調べんよ。見つかっても、事が事だ。警察が絡むと時間ばっかり取られて割に合わん」


***


「それと」

医師は思い出したように口火を切った。

「黒江は20年ほど前に、自尽組合に志願している」

桜井は驚いた。

リアクションの薄い桜井にしては、見た目に大きく反応してしまったらしい。

医師がすぐに補足する。

「志願だけ。自死は執行されずに、家族のもとに帰ったと記録がある」

「そうですか。びっくりしました。私が数ヶ月、一緒に働いていた彼女もフェイクだったのかと」

「あはは、それはないだろう。だが……」

医師は言葉を切らなかった。

「自尽組合を介する前と後で、同一人物であったかは、定かではない」


***


「銀葉と同時期に流通していた黒枝(くろえ)という首(ネック)がある。商品名だ。これはカラーシリーズといって、茜シリーズから端を発する。名前に色が入っていてね。そこまで流行はしなかったが、特定の職種に流通させることで、ノウハウを共有し蓄積するというコンセプトだったんだ。銀葉は物流や土木建築、黒枝は秘書業や事務士業、そして茜は性産業。もう一つ透花(とうか)という、製造業や開発エンジニアの専科をもつ首があったが、これは企業が技術を専有、秘匿したい意向から、あまり流行らなかった」

「旧世代の首たちが、今になって、悪さをしていると?」

「偶然とは思えない」

 医師は斜め上を見て、首を横に振った。

「まあ、あまり勘繰っても仕方がないな」


***


「それから」

 医師はまだ話し足りない様子だった。

「実は、赤根事件の生存者の一部に、嗅覚異常の後遺症状が出ているとの報告がある」

「本当ですか?」

「仮説だが、赤根ウイルスに感染した首(ネック)に何らかの変異が起き、バックグラウンドで常に一定の演算が回り始め、その信号をキャッチすると、知覚が誤作動するのではないかと」

 桜井はほとんど話についていけなかった。

「この演算は、王冠(クラウン)や顔二つ(トゥ・フェイス)、それから首の誉の使用者にも同様に見られることがわかっている。どうやら、首(ネック)が指示にない思考をしているらしいんだ。主人とは異なる興味やこだわりをもって、勝手な発想を繰り返している」

「首(ネック)が自我を……」

「思い当たる節があるかね?」


 ***


「煙草臭っ」

 家に帰るなり、妻が言った。

 桜井は首を横に振る。

 今日は煙草を吸う人の近くに寄っていない。

「先にお風呂入っちゃって」


 服を脱いで裸になる。

 だらしない身体が鏡に写っている。

 老けたものだ。

 脱いだ服のポケットを空にする。

 ハンカチ以外の何かが、床に落ちた。


 拾い上げるとそれは煙草の吸い殻で、赤黒い口紅の跡がついていた。


 そういえば宍戸のやつ、どうなったんだろう。

 うまくいけば、すぐに連絡をよこす奴だ。

 きっと、落ち込んでいるのだろう。

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