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首の誉  作者: しめさば
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 納品の仕事をすると、黒江のことを思い出した。

 助手席で煙草をふかす横顔。

 煙の匂い。

 会話。

「首(ネック)に頼り過ぎるなよ」

 馬鹿になる、か。


 馬鹿だから頼っているのに。

 そもそも今時、首(ネック)に頼らず運転なんかできない。

 人がハンドルを握ってはいけないのだ。

 道を覚えるくらいがせいぜいだが、そんなことをして何の意味がある。


 そう思いながら、桜井は地図を眺めた。

 蒼月が眼前に見せている仮想モニターだ。


 地図上の情報と、実際の風景を照らしながら走る。

 まったく同じ風景が流れている。

 地図を用いて仮想旅行ができるほど、精巧なデータだ。

 微細な変更も、リアルタイムに反映されてーー。


「止まって」

『なぜ?』

「いいから」

 蒼月は緊急停止した。

 路肩に寄り、他の車に注意喚起する。

「あの壁、地図と違う」

 桜井は車から降りて、歩道を駆け出した。

 来た方へ戻っていく。


 鎖で封された空き地に入る。

 奥の突き当たりの壁。


 データでは木製の柵になっている。

 実際には、石塀だった。

 家の屋根が頭を出している。

 どうやら民家の裏側のようだ。

 瓦がところどころ傷んでいる。

 古いつくりだった。


 桜井は近づいて壁に触れる。

 指が、すり抜けた。

 石のざらざらした感触を想像していたが、実際には無だった。


『ハックを検知しました。修正します』

 蒼月が言うと、石塀は色をなくし、掠れ、やがて消え失せた。

 民家の背中があらわになった。


 脇を抜けて、前に回る。

『不法侵入では?』

 蒼月の言葉を無視して、玄関の前に立つ。

 靴の泥を落とす、針金でタワシが編みこまれたマット。

 金属の格子に、すりガラスの引き戸。

 木の表札。

 そこには、黒江の二文字。


 インターホンに指をかける。

 力を込める。

 中から女性の声がする。

 心臓が跳ね上がった。

 人の足音が近づいてくる。

 玄関が開く。


「誰、あんた?」


 知らない女性が立っていた。

 ピアスだらけの、若い女性。

 桜井は言葉に詰まる。

「あの、黒江さん?」

「そうだけど」

「えっと……」

 桜井は頭をめまぐるしく回転させた。

 しかし、諦めた。

「間違いでした、失礼します」

 そう言って踵を返す。

 そそくさと、その場を立ち去ろうとすると。


「あ、待って。えーっと、もしかして桜井さん?」

「え?」


 振り返る。

 鋭い眼光が少しだけ緩み、ピアスの重さに引っ張られている唇が若干持ち上がっていた。

「そうです。桜井です」

「ママが、うちに来るかもって言ってたの」

 女性は笑う。


 笑うとなお、若々しく、幼ささえ感じられた。

「ママ、ってことは、娘さん?」

「あははは。そうでーす」

 何が面白いのか桜井にはわからなかったが、つられて笑みを浮かべてしまった。

 娘がいたのか。


「えーっと、何て言えばいいんだっけ?」

 彼女は自身の首(ネック)に話していた。

 しばらく黙って頷いていた。

 そして、おもむろに口を開いて、言う。

 というより、読んだ。

「残念でした、私はもうここにはいません。まさかこっち(・・・)で会いに来るとは。意外とハードボイルドだったんだね」

 女性は棒読みだった。

「だって!ママから伝言!」

 そう言って、玄関をピシャリと閉められてしまった。

 引戸の向こうで、女性はまだ笑っていた。

 桜井はしばらくその場から動けなかった。

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