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あやかし恋伽 〜妖力強めな若旦那が、何故か私に執着してきますっ〜  作者: 青空 吹


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7/14

⑦ 若菜会前日

 

「やーやー、サクラさん」


 店頭で、ガラスケースの中に菓子を並べていると声がかけられた。

 顔を上げて見ると、愛想のいい笑顔を浮かべた、深緑の着流し姿の男性が立っていた。


「はい、これ」


 そう言って、私に水色の封筒を差し出し、渡してきた。


「若旦那からの手紙」

「え?」


 驚いて受け取ると、ずいッと急に顔を近づけてきて、


「ふん、ふん、ふーん」


 匂いを嗅ぐようにして、最後はふーんと言って離れた。


「じゃ、渡したから、手紙」

「は? はい。えっ、え?」


 軽く手を上げたその人と、手紙を交互に見て、次にその人を見た時には、いなかった。

 慌てて店の外へ出ると、頭上に黒いカラスが飛んでいくのが見えた。


「どうしたんです?」


 前掛けの粉を払いながら、厨房から出てきた喜助が、空を見上げる私に声をかけてきた。


「今、手紙を渡されたの」

「郵便が来たんですか?」

「郵便?だったのかな?」

「でも、手に持ってるのは、手紙ですよね」

「うん、今もらったから」

「じゃぁ、郵便鳩だ」

「ハト?じゃなくて、カラスだったんだけど」

「郵便鳩は、ハトでしょ」


 この世界にも、手紙を送る郵便システムは存在している。

 車のないここでは、鳩族の人達が専属的に行っている。

 だから、手紙=郵便鳩となる。


「でも、黒かったし、カラスだったと思うんだけど」

「見間違ったんじゃないですか?」

「うーん」


 埒のあかないやり取りに、喜助は私の手元を見た。


「で、それは誰からで?」

「若旦那からだって」

「ひぇ!マジで。お嬢、ホントーに、気に入られてますねー」

「変なこと言わないで、それ違うから」

「でも、こないだ、若旦那に送ってもらってたじゃないですか」

「あれはまぁ、不可抗力というか、たまたまというか、成り行きみたいなもんだったのよ」

「よくわかりませんけど。わざわざ自分のプライベート船で送るなんて、気のない相手にはしないと思いますけどねぇ」

「ちょっと、外すね」


 喜助に声をかけて、2階の4畳ほどの自分の部屋に駆け上がった。

 綺麗な水色の封筒。

 この世界では、上質な和紙と呼ばれるもので、つるりとした感触に、元の世界で日常的にあった紙を思い出した。

 机に向かい、椅子に座り、ドキドキしながら手紙を取り出すと、ふわりと若旦那の着物と同じ香りがした。


 元の世界では、誰もが携帯を持っていた。

 だから、紙に書かなくても、打てばすぐに相手に送れたし、瞬時に返事が返ってきて、連絡や情報をたくさんの人と共有することができた。

 でも、ここには電話もないし、誰かと繋がろうと思えば、会って話すか、手紙を送るしかない。


 思えば、こんな風に、手紙を貰ったことも、送ったこともなかった。

 この世界でも、手紙を貰ったのは初めてのことで、開けるのに、こんなにもドキドキとした楽しみを感じるなんて、初めて知った。

 内容は端的なもので、明日の迎えに来る時間と必ず待つようにと、几帳面な文字で便箋に書かれていて、若旦那の性格が表れているように思えた。


 明日の若菜会には、本当はいきたくない。

 辰蔵親分に何度も声をかけられたのは本当だけど、お父さんとお母さんに、他種族の人と知り合う機会になるんじゃないか、と言われたのが一番の理由。


 7年もここにいるけど、私には友達と呼べる人がいない。

 人間だから、友達を作ろうとも思ってないし、作るつもりもない。

 ここで菓子を作って生きていけたら、それでいいと私は思っている。

 最近は知名度も上がって、よく売れるようになってきたから、菓子を作るのがすごく楽しい。

 だけど、2人の考えは違うようで、特に腰を痛めてからのお父さんには、繋がりを作るようにと何度も言われた。

 お母さん曰く、気持ちが弱っているから、と言われたけど、お世話になっているお父さんに言われれば、無下にもできなくて参加することにした。

 若旦那には、自分の生い立ちに触れられたくなくて、辰蔵親分に誘われたことだけを言ったけど。


「若旦那って、すっごく良い人だよねぇ」


 便箋を眺めながら、思いが言葉になって口から出た。

 わざわざ、こんな手紙を送ってくれたり、船で店まで送ってくれたり、星空を見せてくれたり、喜助の言葉じゃないけど、うっかり勘違いしてしまいそうになる。

 でも、若旦那が私を好きになることはない。

 彼は狐族のサラブレッドだし、そもそも私自身に好かれる要素がないのだから。

 自分の容姿は自分が一番分かっている。

 相手があの若旦那じゃ、そこは問題外だろうし、出会いもあまりいいものじゃなかった。

 だとすれば、私に色々と気遣ってくれるのは、ひとえに、私が桔梗屋の菓子を作っているからであって、そこにあるのは仕事上の気遣いでしかないと思う。

 最近は少し距離が近すぎるように思う時もあるけど、あれも狐族の懇意の示し方なのかもしれない。


 私的に、一番問題なのは、見た目がすごく人間っぽいこと。

 夜目にならなければ、顔も容姿も人間そのものだから困る。

 大抵、容姿にその種族の特徴がどこかに表れているものだけど、若旦那には尻尾も耳もないものだから、つい人間みたいに思ってしまって気が緩んでしまう。

 頭では分かっているんだけど、不意にあの夜目を見たりすると、すごくドキッとして、ガッカリしてしまう。

 こっちサイドのことなのに、勝手にガッカリするなんて、あんな良い人に対して、申し訳なさすぎるんだけど。


「あーあぁ、私、いつまで、ここにいるんだろう」


 ずっと思い続けていることが、溜息と一緒に口から出た。

 口にすると、出口の見えない迷路に迷い込んだような気持になって、不安になる。

 机の引き出しを開けて、携帯を取り出した。

 画面の下にあるボタンを押しても、もう電源は入らない。

 7年もの時間が経ってしまうと、記憶も曖昧なものになってきて、時々、自分の記憶にある元の世界は本当にあったのかな、と不安になる。


 この携帯は、中学に入ったと同時に親に買ってもらったもので、まだ大して使わないうちに、こっちに来てしまったから、新しいままだ。

 携帯を見ていると、親に買ってもらったその時のことがまざまざと思い出されて、元の世界は本当にあるんだ、と実感できて、ホッとする。

 それと同時に、7年経っても帰れない、という現実に、たまらない気持ちにもなる。

 いつか、本当に帰れるのか、それさえもわからなくて、胸が押しつぶされそうだ。

 帰りたい気持ちが溢れて、どうしようもなくなって、叫び出したくなると、あの桜並木へ行く。


 毎年、桜が咲く時期になると、淡い期待を胸に大川橋の桜並木の同じ場所に行く。

 だけど、何も起こらない。

 そこにはただ、桜が美しく咲き誇っているだけ。

 今年も、桜が終わってしまった。

 もうダメなのかもしれない、そう思うのに、諦めきれずにいる。


「はぁ・・・」


 便箋を枕に、机にうつぶせると香りが濃く匂った。


「一緒に参加しよう、サクラさん」


 船の上で、そう言った若旦那の美しい顔が浮かんだ。

 あの言葉、私は内心すごく嬉しかった。

 私は、人間。

 若菜会に、どれぐらいの人数が集まるのか知らないけど、密室に、周り全員が妖という、そんな場所に1人で入れるのだろうか、と思っていたから。

 1人で若菜会に行くのが、すごく怖かった。

 そういう若旦那も妖だけど、あの見た目だから、分かっているけど、人間っぽい若旦那が一緒だと思うと、本当に、心底ホッとした。


「サクラお嬢さん、若頭が、いらっしゃってますぅ」


 階段下からお菊の声がして、はーい、と空で返事をしながら、手紙と携帯を仕舞い、椅子を立った。


「あ、若頭。いらっしゃい」


 下に降りると、店先に、強面な顔を物憂げに傾けて、火消し屋の若頭、勇五郎が立っていた。

 いつも、クリームあんどら焼きを買ってくれるご常連で、お菊が菓子を包んでいるところだった。

 私の声にパッと顔上げた。

 でも、その顔は、いつものニコニコとした笑顔ではなく、憂うような、渋い顔をしていた。


「やぁ」

「いつも、ありがとうございます」


 声をかけても、表情は暗いまま。


「・・・あのさ、サクラさん」

「はい」

「若菜会のこと、なんだけど」

「あ、はい」

「頭から聞いたんだが。サクラさんが、桔梗屋の若旦那を誘ったって、本当か?」


 厳しい顔を向けられて、気持ちが引いた。

 勇五郎は、火消し中に倒れてきた建物に巻き込まれてしまったとかで、顔に火傷のアザがある。

 それでなくても、屈強な体格と強面のいかつい顔の持ち主だから、結構な迫力だ。


「はい。その、なんていうか、話の流れで、若菜会のことを話したら、参加されることになってしまって」

「サクラさんは、若旦那と個人的な話をするほど、仲がいいのか?」


 咎めるような強い口調に、思わず言葉が詰まった。

 周りから視線が集まる。

 話の内容もそうだけど、ある意味、勇五郎も、若旦那と違った意味で目立つのだ。

 周りの客が、聞き耳を立てたり、私を注視しているのがわかる。


「そ、んなんじゃ、ないですよ。フィナンシェ繋がりで、仕事で、若旦那とは、話をさせてもらっているだけですよ」


 言い訳みたいな返しになってしまった。


「サクラさんと若旦那とは、何でもないと?」

「何でもって、もともと、何もないですよ。若菜会の話も、聞かれたから話しただけです」


 質疑応答のような会話の後、


「それならば、明日、共に若菜会に行かないか?」


 と、勇五郎は言ってきた。

 それならばって、ナニが、それならば、なのか意味が分からない。


「申し訳ないんですけど、それは、ちょっとムリです」

「何故だ」

「何故って」


 押しが、スゴい。

 若旦那と一緒に行くから行けないワケだけど、感じ的に、若旦那に良いイメージを持っていない様子の勇五郎に、若旦那と一緒に行くとは言いにくい。


「若旦那が来たら、恐らく、女性との出会いは望めない」

「えっ?」

「女性は、ああいう男を好むのだろう?」


 勇五郎は、眉をひそめた。


「ああ、いう?」

「優男ということだ」


 確かに若旦那は、優しくてイケメンだけど、勇五郎の言葉にはトゲを感じる。


「なんか、すみません。事情があったんですよね。私が若旦那に話したことで、参加することになって、私も参加されるとは思っていなかったんですけど。でも、いろんな方が集まる若菜会じゃないですか。若旦那が優男なら、若頭は勇ましい男性です。きっと、そんな男性を好む女性も、いるんじゃないですか?」


 笑顔を浮かべて返してみたけれど、勇五郎は、目を眇めるようにジッと見返してきた。

 一瞬、獲物にされた小動物になったような気分になり、固まった。


「そう、かも、しれない。サクラさん、今回の若菜会で、俺は・・・・・、いや・・・、力を、貸してもらえないだろうか」


 話しづらそうに、勇五郎は目線を外した。


「ナニを、ですか?」

「共に行けないのならば、若菜会では、俺と一緒にいて欲しい。今回の若菜会は、ウチの北組が担当だ。頭からも、上手くまとめるようにと言われている。俺は、参加者だが、主催する側でもある。だから、」


 畳みかけるような言い方に、息が詰まる。


「無理っすよ。明日、お嬢は、若旦那と一緒に若菜会に行くんすから」


 喜助が隣に来て言った。

 その瞬間、周りにどよめきが起こった。

 店先にいた人達は、目を丸くして驚きの声を上げ、少し離れたところで面白半分にこちらを眺めていた女性達は顔色を変え、はたまた、息をのんだように唖然としている。

 そして、一番、驚愕の表情を浮かべているのは、目の前の勇五郎だった。


「あ、あの、若頭?」


 ジドッと、睨めつけるような表情に変わった。


(ひぃっ!)


「そう、だったんですね・・・」


 真一文字に口をひき結んだ、勇五郎。

 お菊から包みを受け取ると、それ以上何も言わずに立ち去って行った。


「ちょ、ちょっと、喜助」

「あーゆーのは、ハッキリ、言ったほうがいいんですよ」

「でも、なんか、怖かったけど」

「ヘンに、期待させる方が怖いです」

「それは、そうだけど・・・」


 正論すぎる喜助の言い分だけど、他に言い方があったんじゃないかと、勇五郎の背中を見送った。

 その背中からは、ただならぬ張りつめたようなモノを感じた。

 そして、その勇五郎が目の前からいなくなったことで、よく見えるようになった周りから、矢のように突き刺さる視線が飛んできた。

 それは、間違いなく、悋気や妬みの類。

 私は、今更ながらに気がついた。


(明日、若旦那と一緒に行ったら、他種族との交流なんて、ムリなんじゃ?)


 若旦那って、モノ凄くモテる人。

 道を歩いているだけで、周りからキャーキャーと黄色い声が上がり、立っているだけで、周りに円陣ができ、目が合っただけで、恋に落ちると言われるほどの人だった。


(あぁー、すっごい、大事なことを、スッポリ、うっかり、忘れてたぁー。そんな人と一緒に行ったら、絶対に嫌われ者ナンバーワン決定、じゃないのよっ。何を、のんきに、1人じゃなくて良かった、なんて思っていたのよっ)


 しかも、今の一件で、少なからず噂になるはず。

 身の程をわきまえない狸女、だとか、自分の顔を見ろよバカ女、だとか、懸想勘違い女、とかもあるかもしれない。

 考えただけで、身の毛がよだつ。


(うーわー、どーすんの、私)


 若菜会は明日、今から若旦那に手紙を送っても間に合わないし、今から桔梗屋に行くにしても時間的に会えるかどうか分からないし、もう暮れちゃうし、どうすることもできない。


「あ、した、若旦那に、迎えになんて、来てもらったら」


 プルプル震える私に、喜助が言った。


「おっ、ようやく気がつきました?そうですよ、若旦那が若菜会に参加するなんて、今まで一度もなかったんですぜ。それなのに、急にお嬢と一緒に行くなんて言い出して。おまけに、迎えに来るなんてのは、もうー、それは、決まりじゃないですか。そういうことだって、」

「ヤバすぎるっ」

「ん?」

「針のむしろよ。公開処刑だわ!」

「はぁ?」


 痛すぎる視線から逃れるように、私は両手で頭を抱えて、しゃがみ込んだ。


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