③ 疑念
「いやぁ、若旦那に参加して頂けるとは、こりゃぁ、大成功間違いなしですなぁ。今回の若菜会1番の話題になりますよ。ありがたいことですなぁ」
紺地に、背中に『北』と白い紋が入った印半纏を着た北組の頭、イタチ族の辰蔵が嬉しそうに言った。
人のよさそうな黒い目元と、顔が小さく首が長めなのでひょろっとした見た目の男性だが、足の速さは火消し4組の中で一番と言われている。
「なにせ、昨年の南組の文吾のところは、何組もカップルができたというじゃぁないですか。なのに、こちらは、数も少ないときた。もう、困り果てていたところだったんですよー」
「それは、なにより。親分のお役に立てたみたいで、よかったです」
昨日のサクラの話から、早速、火消し北組に若菜会への申し入れをした。
すると、辰蔵が早々に桔梗屋へやってきた。
「にしても、タヌこう、いやいや、サクラの紹介とは驚きましたなぁ」
「此花堂さんには、店に菓子を入れてもらっていますからね。懇意にさせてもらってますよ」
「ハハハ、そうでしたなぁ」
昼食時、来客で賑わう中、桔梗屋2階の一等いい部屋に案内し、膳を用意した。
1階はイスとテーブルのモダンな様相だが、2階は芸者を呼ぶこともあるので、和室に膳という以前のスタイルのままになっている。
ぎやまんの徳利を向けると、辰蔵はお猪口を持ち上げ、ゆっくりと冷酒を注いだ。
「見た目は、まぁアレですが、あそこの狸の菓子は、最近話題になってますし、やはり桔梗屋さんのお力はスゴイですなぁ」
そう言うと、クイッと飲み干した。
「それは、ウチとは関係ないですよ」
「いやいや、やはり、桔梗屋の店頭に置くともなれば、お武家様方のお目に止まりますから、違いますなぁ、ハハハハハハハ」
あれは、サクラが発案した焼き菓子が人気となり話題になった。
それをこちらから依頼して置いているというのに、およそ、お門違いな感想に溜息が出そうだ。
「先程もお伝えしましたが、若菜会にはサクラさん同様、私も数合わせでの参加ですので、そのことを、お忘れなきようお願い致します」
営業スマイルを前面に張り付けて言うと。
「わかっております、わかっております。ガハハハハハ」
辰蔵は、顔をふにゃけさせ、大きく笑った。
「それにしても、サクラも、18、になるんですなぁ。7年前に初めて会った時は、まだまだ小さかったのに、随分と大きくなったものですなぁ」
話を続ける辰蔵の手には、もう一献、とばかりにお猪口が握られている。
「7年前、というのは此花堂さんが営業を始めた頃ですか?」
鈴を鳴らして、此花堂一家が狸里から出てきた頃なのか、と思い聞き返すと。
「いえ、いえ、此花堂は随分と前から、あそこで営業してますよ。そういや、前は、今みたいな菓子はなかったなぁ。あんころ餅や焼餅が殆どで」
「そうだったんですね」
「おや、ご存じない」
「えぇ、商いの付き合いは、最近ですからね」
「では、サクラは、あの2人の子ではないのは、ご存じで?」
初めて知った事実に瞠目すると、辰蔵はしたり顔で笑った。
「なんでも、遠縁の子だそうですよ。7年前といえば、大川の桜が狂い咲きしたでしょう。だから、覚えているんです」
毎年、名所になるほど春になると満開の桜を咲かせる大川の桜。
7年前は、まだ冬も明けぬ寒い頃から蕾が膨らみだし、見る見る花を咲かせ、満開の桜が優に1ヶ月は咲き続けていた。
思えば、少し時期が早かっただけ、雨が降らなかっただけ、というところなのだろうが、当時は災厄の兆しだとか、僥倖の前触れだとか言われていた。
女中が酒と肴を持ってやってきた。
「おっ、これは、うまそうだ」
空になった皿を下げ、小魚の焼きびたしと、芋煮、山菜の揚げ物が盛り合わせとなった皿を膳に置いた。
「この、つけ汁、うまいですなぁ。いい味だ」
辰蔵は、早速とばかりに小魚を箸でつまんで、ポイッと口に放り込んだ。
盆に置かれた徳利と取り上げると、ほろ酔いな辰蔵はお猪口を差し出した。
「7年前に、サクラは此花堂に来たのですか?」
冷酒を注ぎ上目づかいに聞くと、辰蔵の目がだらしなく下がった。
「えぇ、えぇ、そのようです。もともと、店を閉めると聞いていたんですがねぇ。跡取り娘ができて、今じゃぁ、えれぇ、繁盛だ。分からんもんですなぁ」
クイッと酒を飲み干すと、昔を思い出すように脇息に肘をついた。
「あの晩は、夜桜見物しにきた奴らが、あっちでも、こっちでも、喧嘩してましてねぇ。狂い咲きの桜のせいだ、なんて、そんな噂もありやしたけど。やたら酔っ払いが多くて、火消し以上にてんわやんわだったんですわ」
空になったお猪口に、また酒を注ぐ。
「サクラさんとは、どこで?」
「猪族のでっかい奴と狼族の、こっちも体格のいい奴だった。その2人がね、狸一家に絡んでたんですわ。声をかけると、逆に揉めちまって、どっちもデカくて勢いがあるから、抑えるのに苦労しやした。それがサクラを見た、最初ですわ。サクラは狸里から出てきたばかりとかで、声をかけても夫婦の後ろに隠れたまんま、顔を見せやしない。やたら細っ子くて、小さい子でしたな」
そう言って、また酒をクイッと飲み干した。
不意に先日見た、大川橋に佇んでいたサクラの後ろ姿が浮かんだ。
その姿は、桜を見て楽しむというよりも、思いつめているような感じがした。
豪商の斉田屋の主人から聞いた若頭の勇五郎との噂話の真意を確かめたいばかりに、気に留めなかったけれど、あの時のサクラは、本当は何を思っていたのだろう。
「その後、狼のヤツが、サクラから、えれぇ、いい匂いがした、とかなんとか、言ってましてねぇ。狸族の匂いに、そんなのがあるはずもねぇ。ま、逃れるための言い訳でしょうね」
急に、腑に落ちたような、そんな気持ちになった。
初めてサクラに会った時から気になっている、甘い香り。
その香りを感じた時、内なる妖力が刺激され、サクラに対する執着心が強くなった。
それはずっと、サクラに対する恋愛感情と思っていたが。
妖には、種族ごとに好む香りがある。
個々に趣向があるから多少の違いはあるけれど、同種族同士、似通ったモノになる。
だから、着物に焚きしめられた香りから、どの種族か判別もできる。
サクラの香りは、甘い香りと狸族特有のスパイシーな草の香り。
それは、彼女が好む香りとばかり思っていたけれど・・・。
「辰蔵親分は、甘い匂いを感じなかったんですか?」
「酔っ払いの戯言を気になさるんですか?鼻が利く狼族だとしても、辺り一面、酒の匂いでプンプンでさぁ。夜桜見物に来るヤツは皆、酒を持ち込んで飲んでますから、とても、とても。実際、私も、よくわからなかったですねぇ」
そう言って、当時の酒臭さを思い出したのか、顔をしかめた。
全ては憶測、おかしな自分の考えに、自嘲が浮かんだ。
「そういえば、若菜会に、若頭の勇五郎殿も参加されるそうですね」
話題を変えるように、とはいえ、一番肝心な話を口にした。
「えぇ、そうです。私としては、早く身を固めて欲しいところでしてね。私も年だし、次の頭に推薦したいんですよ。ですが、独り身じゃぁ、なかなか。昔気質なお人もおられるから。ですんで、今度ばかしは、いい女、いや、気の合う女性を見つけてこい、と尻を叩いているところでさぁ」
「ですが、勇五郎殿には、好いたお相手がいるとか、いないとか」
「いやはや、若旦那の耳に届いているとは」
辰蔵は、おののくように驚いて見せ、内緒話をするように小声になった。
「サクラとの噂話ですよねぇ。あれは、勇が毎日のように此花堂へ菓子を買いに行くもんで、そんな根も葉もない噂が出ちまったんですよ。本人に聞きましたが、それはない、と言ってましたし、サクラもその気はないでしょう。若菜会への参加をあれだけ、渋ってたんですから」
ウソとは思えない、真っ当な話の内容。
サクラの話ともあう。
噂は、ただの噂ということか。
へつらうように喋っていた辰蔵が、ついと流し見るような目を向けてきた。
「それよりも、これまで一度も参加されなかった若旦那が、どう・・・、っと、」
キンッと音がして、お猪口が膳の上で凍りつき、辰蔵は言葉を切った。
「そ、そろそろ、お暇させていただきましょうか」
「そうですか?もう一献、どうですか?」
徳利を持ち上げようとしたが、片手を上げて制された。
「いえいえ、もう、充分に頂きました。長々とご馳走になりました」
辰蔵は、両手を膝に置き頭を下げた。
「いいえ、こちらこそ。若菜会、成功するといいですね。微力ながら、私も、お力になれれば幸いです」
固まったまま動かない辰蔵親分。
「お気を付けてお帰り下さい」
鈴を鳴らすと、女中が来て、辰蔵はいそいそと立ち上がり帰って行った。
「えらく、慌てた様子で帰っていきましたぜ」
辰蔵が食べ終えた膳を片づけにやってきた、仁吉が言った。
「少し、驚かしたからね」
「ひえぇ、お猪口、凍ってる。ナニをやったんです?親分は。コレ、溶かしてくださいよ、若旦那」
赤い双眸に困ったような薄笑いを浮かべた仁吉。
妖力を解くと、氷は溶けた。
頭に角を生やした、ここいらでは珍しい鬼族の仁吉は、丁稚のころから桔梗屋で働く、兄のような存在だ。
「何か、分かった?」
「はい。若頭の勇五郎と此花堂のちびっ子、」
仁吉を睨むと、ウへッとばかりに言い直した。
「サクラさん、との噂は、あったっちゃ、ありましたけど、噂になるほど広まってないですね。そもそも、誰も興味を、持ってませんから」
ムッとしていると、そんな顔しないで下さいよ、と言い返された。
「噂の出所は?」
「出所もなにも、噂にもなってないような話ですからねぇ」
「面白おかしく騒ぎ立てたいだけの、瓦版じゃないんですかい?」
音もなく戸口に現れた太七が、へらッとした笑みを浮かべて入って来た。
「あの、鬼瓦みたいな見た目の若頭と、狸のちびっ子ですぜー。醜聞には、持ってこいじゃないですか。うぉっ!こおっ、凍った!若旦那ぁ!」
妖力で、太七の髪を凍らせた。
すぐに溶かすと、太七の顔や手が鳥になり、水をきるように全身をブルリと震わせた。
烏族の太七は、父が雇い入れた、追い回し。
いわゆる雑用係だ。
一見するとどこにでもいそうな見た目だが、周囲に溶け込み相手に警戒心を与えないまま、必要な情報を掴んでくるという見聞きの能力が高い。
父にその力を見初められ雇われたのだが、何も知らない板前や仲居からすると、いつもフラフラしているように思われている。
「勇五郎は?」
「今朝も、変わらず、此花堂へ菓子を買いに、出かけてました」
自身の手の羽で頭を扇ぎながら、太七が答えた。
「そいで、いくつか話をして、番屋に戻ってます。若旦那が、今回の若菜会に参加すると聞いて、スッゲー、驚いてました。まぁ、他の誰が聞いても、驚くと思いますけど」
「何が、気になるんです?」
仁吉に問われ、口をつぐんだ。
何と言われて、確証があるわけではない。
先日、店に来た斉田屋のご主人から、2人の噂話を聞いたのが始まり。
確かめようと、此花堂へ向かう途中で、大川橋でサクラに会った。
辰蔵親分の話に、怪しむところはなく、大川橋でのサクラの後ろ姿、甘い香り、といった逆に気になるところが出てきて、考えがまとまらない。
「あと、これは、どうでもいいことかもしれないですけど。香屋が、番屋に来てました」
「無香が焚かれているから、普通だろ」
太七の言葉に、仁吉が答えた。
無香とは、異種族が集まる場所に焚かれる香だ。
種族それぞれに好む香りがあるように、嫌う香りもある。
だから、集会所や店によっては、無香という匂いを中和する香を焚くところがある。
番屋は、特に異種族の出入りが多い為、普段より焚かれている。
「だから、どうでもいいことかもしれない、と言ったじゃないですか。香屋が番屋を出た後、若頭が追いかけるように外に出て、呼び止めて、喋ってましたよ」
不貞腐れるように話す太七。
「内容は?」
「んなもの、聞いてませんよ」
「まぁ、まぁ、3人で、悪巧みですか?」
スパンと戸が開き、仲居頭のお信が姿を見せた。
「悪巧みとは、人聞き悪いな」
「それじゃぁ、サボリですかね」
私の言葉に聞く耳持たずのお信に、3人、目を見合わせた。
「ご予約が入ってるんです。若旦那、掃除しますんで、さぁさ、出てってくださいな。仁吉さん、船の準備は、どうなっているんです?太七さんも、下の掃除は、まだ終わってませんよ」
急き立てられるように部屋から追い出され、お開きとなった。
若旦那と別れ、仁吉と太七、2人して階段を下りる中。
「若旦那は、なんで、あんなチビ狸がいいんだろーね」
深緑の着物の裾を掴み上げて、ポツリと太七が言うと。
「さぁ。他の女と違って、ギャァギャァ、喚かないからじゃね」
仁吉は長い足を器用に捌き、階段を下りていく。
「見たんだよね、昨日。間近で」
「見た」
「どうだった?」
「んー。可もなく不可もなし」
「えっ!もっと、こう、出るとこは出て、シマるところはシマってる方がいいだろ。ズドーンよりさ」
「好みは、それぞれ。でも、いい匂いがしてたな」
「は? なんだよ、ソレ。匂い?狸の??」
「かな?甘い、いい匂いだったな」
「お前、絶対、おかしい。これだから、鬼族は」
「そういうお前も、鼻はきかねーだろ」
「ちょっと!二人とも!!さっさと、仕事に戻りなさいっ」
階段の上からお信の雷が落ち、2人は這う這うの体で走り去った。




