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あやかし恋伽 〜妖力強めな若旦那が、何故か私に執着してきますっ〜  作者: 青空 吹


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2/15

② 星降る夜

 

(怖っ、怖、怖、怖、怖!!! ななななにっ、目が、顔が、狐なんだけどっ!)


 若旦那の顔がゆっくりと変貌し、口角が深まり、細められた目は三日月のように細く吊り上がって、縦の瞳孔が狐火を受けて、仄白く光った。


(ヒィ!)


 ジリッと後ろに下がったけれど、桟橋の先は大川。

 逃げられないっ。


「お待たせしました」

「ギャッ」


 暗がりから声がして、若い女性らしからぬ声を上げて体がよろめいた。


「仁吉。狐火をつけろ」

「はい」

「大丈夫かい? サクラさん」

「ハ、ハヒィ」


 咄嗟に若旦那が腕を掴んでくれたから、大川への落下は免れたけど、若旦那の顔が。


(あれ?)


 音もなく船の前後に火玉が灯り、薄暗かった桟橋が明るくなって、露わになった若旦那の顔は、いつもの麗人だった。


「どうぞ」


 仁吉と呼ばれた船頭が渡し板をかけた。

 私は、疑心が消えないまま船を見て、絶句した。


「わ、若旦那、これは・・・」

「私の自家用船だよ」

「えーっと、あの、私、屋形船かと思ってたんですけど・・・」

「あれは、店のだからね、今は使えない」

「そう、ですか。そうですよね。でも、この船は、ちょっと・・・」

「うん、2人乗りだから問題ないよ」


(いえいえ、問題ありまくりですよ。だって、これ、めちゃめちゃプライベート船ですよね)


 深紅のベロアな絨毯が敷かれた上に、進行方向に向いた二人掛けのアームチェア、そこにはふかふかなクッションがいくつも置かれているという、とんでもなく豪奢でプライベート感満載な船だった。


(こんなの、若旦那の船だって公言してるような船じゃん。無理、ムリ、ムリ、ムリ、ムリ、絶対無理)


 船に灯る火には、通常、不知火が使われる。

 龍神の名残火とも呼ばれる火の妖怪で、白く明るい光を放ち、遠くからでもよく見えることで重宝され使われている。

 でも、この船に灯されているのは、狐火。

 大川で狐火といえば、桔梗屋だ。

 地上だけでなく、水上でも種族それぞれに縄張りがあり、妖力や規模の大きい種族ほどそれは色濃く存在する。

 水上での明るさ以上に、大川で狐火を灯すことは、狐族の力を示威するという意味合いがあるのだ。


 そんな船に乗れるはずもなく、二の足を踏む私を若旦那がヒョイと抱え上げた。


「ギャッッ!」


 腰に手が回され、顔が近づき、また目が細められた。

 何とか距離をとろうと、両手で若旦那の胸を押す。


「なな、なっ、にを、」

「揺れると危ないだろう」


 そう言って、若旦那はタッタと船に乗り込んでしまった。

 2人乗りというわりに4、5人は乗れそうな広さはあるけれど、やはり小型船、乗った瞬間グラリと揺れた。

 離れたいけど、落ちるのも怖くて、私は体を縮こませた。


「甘い香りだ」


(ヒィ!!!)


 耳元で囁かれる言葉に戦慄し、体がこわばった。


「さ、座って」


 ストンと降ろされ、私はそのままへにゃりと脱力するように座った。

 すぐに、滑るように走り出した船。

 行く先に船が見えるけれど、船先に大きく灯る狐火を見ると右に左にと道を開けていく。

 凄いな狐族、と感嘆していると、道を開けた船から二度見、三度見のあんぐりビックリの顔を向けられた。


(あーっ、そうだった。頭がフリーズしてたけど、ヤバイわ、これは!)


 日よけの屋根が付いているから後ろは大丈夫でも、横や前はオープン過ぎるくらいにオープンだ。

 周りの視線からどうやって身を隠そうか、と考えて出来ることといえば、姿勢を低くするしかなく、どんどんお尻が下がり、最後は絨毯に座る形になってしまった。


「寒い?」

「えっ、いえ、あ、うっ・・・はい」

「昼間は暖かくなってきたけど、夜は少し冷えるね」


 若旦那は、足元に置かれていたブランケットを広げ、私にかけてくれた。

 若旦那は優しい。

 こんな、目の周りを赤く化粧した、パッとしないチビ狸にも優しく接してくれる。

 お店へ伺った時も、わざわざ声をかけてきてくれたり、労ってくれたり、桔梗屋の若旦那としての店での采配や気配りなんだろうけど、優しい人だと私は思っている。

 月光のような銀髪に、温度の感じさせない薄青い瞳と、整い過ぎた美しい顔立ちから、とても近寄りがたいイメージだけど、仕事には熱く、人一倍頑張っていると思う。

 

(といって、仲良くなんて出来ないけど)


 桔梗屋の若旦那と菓子屋の娘とじゃ、立場がぜんぜん違うし、やっぱり、若旦那は妖力の強めの妖で、私が人間だから、相容れることなんてありえない。

 私が人間だとわかった時点で、捕獲されて、殺されて、食べられてしまうかもしれない。

 そう考えると今の状況、周りの目線も怖いけど、隣の妖の方がよっぽど危ない。

 衿合わせの裏に忍ばせている狸の匂い袋を確かめるように、胸の上から押え、座面を枕にしてブランケットを顔近くまで引き上げながら、若旦那から距離を取って横向きに座った。


「この船、横になれるように、少し長めに作ったんだ」


 そう言って、私同様、若旦那も絨毯に座った。


(なんの為に?)


 不意に疑問が頭に浮かび、若旦那の顔が急に近づいた。

 私を見つめる薄青い瞳が、暗闇の中で、深い海底のように青く光っている。


(わざわざ、この船に私を乗せた理由は、ナニ?)


 急に鼓動が早くなった。

 唇がブルブルと小刻みに震え、背筋がスッと冷たくなる。

 こんな状況になって気がつくなんて、私は、なんて馬鹿なんだろう。

 どんなに後悔しても、遅い。


(イヤだ、死にたくない。誰か、)


 周りの船に向かって叫ぼう、と起き上がった。


「ほら、凄いだろう。満点の星空だ」


 耳に届いた声に、私は弾かれるように空を見上げて、息を飲んだ。

 やや紫がかった深い青色の空に、今にも落ちてきそうなほどの無数の星が瞬いていた。

 夜空に散りばめられた星の粒は、サファイアのように澄んだブルーや、トパーズのような可憐なピンク、エメラルドのような神秘的な光を放って、多彩な輝きを見せている。

 見上げる顔前には、いく千もの輝く星達が集まり、光の帯となって広がっている。


「すごい・・・綺麗」


 吸い込まれてしまいそうな美しさに、思わず、ほう、と息が零れた。


「これをゆっくり堪能するには、横になって見るのが一番だろう」


 振り返ると、若旦那は絨毯の上でくつろぐように横になって、夜空を仰いでいた。

 私の視線に気がつくと、手を左に差し出した。

 私は、その手に従うように若旦那の隣に横になり、星空を見上げた。

 ゆったりと揺れる船に横たわっていると、まるで自分が夜空に浮かんでいるような気さえしてくる。

 空から降り注ぐ色彩の星達を見上げながら、私は、ついさっきまでの自分を思って、すごく、ものすっごく、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


(やっぱり、若旦那は優しい人だ。狸の私に、こんな景色を見せてくれるなんて。なのに私は、自分のことばっかりで)


 格式のある桔梗屋の狐族の御曹司なのに、狸の私を対等に見てくれている、その気持ちだけでもありがたいのに、対等につきあってくれるなんて、若旦那には、キチンと真摯に向き合わないといけない、と私は思った。

 人間というのは、絶対にバレちゃいけないけど、ここにいる限り、私は菓子屋『此花堂』の娘、サクラとして、妖の狸として、生きていかなくちゃいけない。

 なのに、自分自身が人間ということを、気にし過ぎだ。


「ありがとうございます、若旦那。こんな、素晴らしい景色を見せて下さって。私、これほどの星空を見たのは初めてです」

「よかった。気に入った?」

「はい、すごく」

「じゃぁ、また一緒に来よう。季節が変わると、見える星も変わるし、見え方も変わる。また違う美しさを楽しめるよ」

「は、・・・い」


 若旦那の何気な社交辞令に、安易に返事をしてもいいものか、と少し迷ってしまった。

 若旦那が誰かとお付き合いしていると聞いたことはないけれど、と思って、それは若旦那の事情で私が気にすることでもないか、と思い直して、ハッとした。

 青い、海底のような深青の瞳孔が私を見下ろしていて、私は咄嗟に視線を逸らしてしまった。

 冷たく青く光る目から逃れたいという、条件反射だったけれど、心証は明らかに悪かったと思う。

 静寂が広がり、2人の間を風が通り抜けた。


「若菜会に参加するから?」

「ッ!」


 若旦那の声が耳元で聞こえた。

 吐息の熱を感じるほどの距離に、体が小さく震える。


「勇五郎か?」


 まるで刃のような、鋭く切り裂く言い方に、身がすくんだ。

 若旦那から放たれるピりついた空気に、もの凄く怒っているのを肌で感じる。


「ご、ごごご、ごめん、なさい。さっき顔を、そそ、そ、逸らした、のは、す、すごく怖かった、からです。決して、悪い意味、じゃなくて。本当に、ごめんなさい。悪気は、ないんです。ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」


 顔を隠すようにブランケットを握りしめて、私は何度も誤った。


「サクラ、さん?」


 ブランケットを握りしめる手の上に、大きな手が重ねられた。

 ブランケットを下げて見上げると、若旦那の青い瞳が大きく開かれていた。


「怖いって、私のことが?」


 すっごい申し訳なかったけれど、私は頷いた。

 若旦那は起き上がり、呆然といった感じで、言葉なく絨毯の上に胡坐をかいた。

 私も慌てて起き上がり、若旦那に向いて正座した。


「ごめんなさい。若旦那のことを嫌いってわけじゃなくて。なんていうか、その、男の人と、一緒にいることがあまりなくて、緊張する、というか。すみません・・・、折角、連れてきてもらったのに、イヤな気分にさせて、本当にごめんなさい」


 夜目が怖い、とは言えず、そこは省いて、深々と頭を下げた。


「嫌いじゃない? 私のこと」

「はい」


 そこは間違いないので、私は大きく頷いた。


「そうか・・・」


 若旦那は座面に肘をついて、手を顎にあて、考えるような素振りで言った。


「サクラさん。若菜会に参加するって、本当かい?」

「あ、はい。火消し屋の辰蔵親分に、今年は参加人数が少ないから、参加してもらえないかって頼まれたんです。若菜会は、お付き合いする相手を探す名目もありますけど、異種族の方達も集まりますから、人繋がりにいいのでは、とも言われまして。数合わせも兼ねて参加することにしました」


 さっきも聞かれたな、と思いながら、間違いがないよう正確に答えた。


「ふーん、そう。じゃぁ、私も参加しようかな、若菜会」

「え?」


 若菜会は、もともと異種族同士の出会いの場として始まった集まり。

 そのうち、付き合う相手を探す場ともなって、今では異種族同士の恋愛や婚姻も増えて、そちらの様相の方がメインになっている。

 私自身、相手を探すなんてあり得ないし、到底無理なんだけど、それよりも、若旦那が、相手を探す必要性が思い浮かばない。

 若旦那は狐族のいわゆるサラブレッドだ。

 間違いなく、相手は同じ狐族の人だろうし、自分で探さなくても狐族の中で決められてそうなのに、と思った。


「数合わせっていうなら、私も一役買うよ。辰蔵親分とは、知らない仲じゃぁなし。一緒に参加しよう、サクラさん」


 そう言われれば、断る理由もない、私は頷いた。

 完璧なまでに美しい笑みを浮かべた若旦那。

 でも、その笑みには、どこか妖しい影が揺らめいているように、私には思えた。


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