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あやかし恋伽 〜妖力強めな若旦那が、何故か私に執着してきますっ〜  作者: 青空 吹


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12/15

⑫ 特別な時間

 

「遅くなりました」

「サクラ、さん」


 部屋から出ると、ソファに座っていた若旦那が、スッと立ち上がったかと思うと、一瞬にして側までやってきた。

 そして、柔らかい眼差しで、私を見た。


「すみません、お待たせしてしまって」

「少しも、待ってないよ」


 そんなことは、無いと思う。

 2時間ちかく、籠っていたんじゃないかと思う。

 暫く沈んでいたけれど、泣いたせいもあって、気分も落ち着き、着物を一旦脱いで、また着直した。

 あちこち汚れていたけれど、幸いにして、破れてはいなかった。

 そんなことをしながら着替えていたら、かなり時間を取ってしまった。

 そして、一番ビックリしたのは、顔だった。

 泣いたせいで、目の下に塗っていた赤い化粧が取れてしまっていた。

 いつもなら、すぐに直せるように、着物の衿内に忍ばしてある赤い粉も、さっきの一悶着でなくしてしまったみたい。

 今更、あの部屋に探しに戻るのはイヤだし、仮に戻るとしても、なんて言って戻るんだって話。

 仕方がないので、取れていない、目の上部分から赤い色を下に伸ばして、伸ばして、擦っているうちに、赤い化粧なのか、赤くなった肌なのか、わからなくなってしまった。

 なので、あまり見て欲しくない。


 サッと、前に手を出された。

 これは一体どういう意味なんだろう?と思ったけれど、若旦那の顔を見ると、雰囲気的に手をのせるのが正解?と思って、手を置いた。

 すると、ホッとしたような、安堵の吐息が溢れ、手を握られた。


「サクラさん、こちらへ、どうぞ」


 蕩けるような柔らかい笑みに、ドキッとする。

 先程まで、若旦那が座っていた厚手のファブリックのソファにエスコートされ、座った。

 下の客室に似たクラシカルな室内。

 天井は高く、ソファの後ろの大きて広い窓が印象的で、昼過ぎのうららかな日差しがシェードのカーテンから優しく差し込んでいる。

 室内はとても広く、厚みのある踏み心地のいい絨毯や、繊細な彫刻が刻まれている調度品には琥珀のツヤがあり、全体的に伝統と歴史を感じさせる。

 そして、目の前のテーブルには、救急箱が置かれていた。


「少し、ここで待ってて」


 若旦那は、いそいそと部屋の外に出ると、すぐに戻ってきた。

 私的には、すぐに帰ると思っていたから、予想外の動きに戸惑った。


「あの、若旦那」

「なに?」

「帰らないんですか?」

「帰るよ。だけど、その前に手当てしないとね」


 若旦那は、テーブル横の1人用のソファに座ると、向かい合うような位置に動かした。

 それから、救急箱を開けると薬を取り出した。


「サクラさん、手を出して」

「大丈夫です。擦り傷ですから」

「だめだめ、ちゃんと手当てしないと。菓子を作るのに、怪我したままじゃ、上手く作れないかもしれないじゃないか。そうなったら、困るでしょ」


 にっこりと笑う若旦那。

 そこには拒否してもダメだと言う強い意思が感じられて、私はおずおずと手を差し出した。

 手のひらは、思いの外、傷がついていて、薬をつけるとジワリと沁みた。


「痛いよね。少し我慢して」


 壊れ物を扱うように優しく触れる、若旦那の手。

 骨ばっていて、指が長くて、大きく暖かい手。

 勇五郎の手に触られた時は、自分でもびっくりするくらい、気持ち悪かったのに、今は全く思わない。

 そっと触れる、その手の気遣いに胸が温かくなる。


(ほんと、若旦那は優しいなぁ)


 若旦那の顔を見た。

 私の手を真剣な眼差しで、手当てしている。

 長いまつ毛に、切れ長な瞳。

 肌は白く、通った鼻筋、薄く形のいい唇。

 どこを切り取っても、美しい顔立ちだ。

 思えば、若旦那の顔をこんなにまじまじと見たのは初めてかも知れない。


(まつ毛も、銀色なんだなぁ)


 うっとりするような気持ちで見ていると、伏せていた若旦那の目が、上を向き、私を捉えた。


「痛かった?」

「いい、いいえ」


 ドキッと心臓が飛び跳ね、私はぶんぶんと顔を横に振った。


「仁吉って、覚えてる?」


 唐突な問いに首を傾げた。


「船頭さん?」

「そう。アイツはさ、子供の頃からウチで働いているんだけど。小さい頃は、私の遊び相手だったんだよ。兄弟がいなかったし、自分で言うのもなんだけど、結構、我儘し放題だったから、お目付け役でもあったんだろうね。いつも無理難題を言いつけて、遊んでいたんだ」

「なんか、想像できませんね」


 意外な話に相槌を打つと、若旦那は照れるように笑った。


「良いと言うまで、走り続けろ、とか、木のてっぺんの柿を取ってこい、とか、いろいろ」

「結構な、無茶ぶりですね」


 私は、眉をひそめて答えた。


「フフッ。でも、仁吉は、ぜんぜん言い返さないし、やってしまうんだよ」

「すごい」

「だろう。仁吉は鬼族なんだけど、鬼族は、元来頑丈な種族でね。それで、こっちもだんだん、エスカレートしてしまって。ある日、山の栗を背籠いっぱいに取って来い、って言ったんだ。その年は、雨が少なかったから、不作だったんだけど。ワザとね」

「うわー!若旦那って、悪ガキだったんですね」


 私の素直な感想に、若旦那は、気を悪くするでもなく、そうだね、と言った。


「それで、仁吉さん、やり遂げられた、とか?」

「うん、そう」

「わっ、スゴイ!」

「でもね、その日の晩から高熱を出して、寝込んでしまったんだ」

「あー、無茶ぶりが、祟ったんだ」

「正解!」


 頷いてニッコリと笑みを浮かべる若旦那に、何の話?と思いつつ、エーッと返した。


「擦り傷だの、なんだの、あちこちケガしてたのを、放置していて、そこから炎症してしまったらしいんだ。だから、サクラさんも、小さいケガだからって、放っておいたらダメなんだよ」

「えっ、そこ」


 急に話が戻り、驚きの声を上げると、若旦那は可笑しそうに笑った。

 私を、気遣ってくれる若旦那。

 その笑顔を見ていると、なんだか居心地の悪さを感じて、胸がギュウッと熱くなった。


「さ、できた」

「ありがとうございます」


 少しやり過ぎなんじゃないかと思うくらい、両手に包帯が巻かれた。


「サクラさん、かんざしは?」


 若旦那の視線が、耳元に注がれている。


「ここに、あります」


 胸元に入れていた、かんざしを、そろりと取り出した。


「さっき、殴られそうになったとき、落としてしまって」

「は?」


 急に室内の温度が、グッと下がった感じがした。


「えーッと、あの、どこも、壊れてませんよ」

「殴られそうになったって、若頭に?」


 私の言葉が、聞こえていなかったのか、若旦那は被せるように聞いてきた。

 その言い方は、性急で、少し焦った感じに見える。

 でも、薄青い瞳は冷たく冴え冴えとしていて、ここだけ真冬になったような冷気を感じた。


「あー、でもでも、何も、なかったんですよ。危ういところで、なんか、パァッと白い光が目の前に広がって、そのお陰で、私、」


 あれ?、と急にいろいろな事が頭に浮かんだ。


(そういえば、私って、会場から、あの部屋に突然移動したのよね。持ってた、花が関係してるっぽいけど。なのに、若旦那は、私の居場所、どうして、わかったんだろ?)


「やっぱり、なんか、あった?」

「いえ、あの、若旦那。若旦那は、どうして、私の居場所がわかったんですか?突然、いなくなりましたよね、私」

「今更だな」


 クスッと、若旦那は表情を和ませた。

 若旦那が、私の手の中のかんざしを取ると、かんざしの桜の意匠が、ぽうっと、ほのかに光った。


「光った」

「この、かんざしには、私の妖力を込めてあるんだ」

「え?」

「さっき、白い光と言っただろ。それは、君を守るための守護の力が、発動したんだ。そのお陰で、私も、サクラさんの居場所が分かったんだけど」


 ポカンと、口が空いてしまった。


「すみません。ちょっと、頭がついていけなくて。えーっと、守護の力というのは、なんですか?」

「そのままの意味だよ。サクラさんを守る力。サクラさんに、危害を加えようとする者から、君を守るためのモノだよ」

「だから、あの時、若頭の手が弾かれたみたいになったんだ」

「やっぱり、何か、されたんだ」


 スウッと目が細められるのと比例して、戻っていた空気が、また冷たくなる。


「ややや、だから、何も、なかったんですって。この、かんざしのお陰で、私、救われたんです。じゃないと、今頃、終わってたかも。絶対、見れない顔になってた。すごい希少なモノを、若旦那、ありがとうございます」

「イヤじゃ、ないの?」


 私が頭を下げると、若旦那は戸惑うような複雑な表情を浮かべた。


「何が、ですか?」

「こんな、かんざしを、何も言わずに送られて」

「ぜんぜんです。だって、私のことを心配して送ってくださったんでしょう。本当に、若旦那は、優しいですね」

「えっ、あぁ、うん・・・・」


 複雑な表情は変わらないけれど、釈然としないような顔になった。

 そして、急に、真面目な顔で、私を見た。

 ドキッとして、落ち着かなくて、胸がそわそわする。

 つと、膝が触れ、近くなった距離に、私は離れようとソファの上でお尻をズラした。

 でも、若旦那は逃がさないとばかりに、片手が伸びて来て、頬に触れた。


「わ、か、だんな」

「動かないで」


 近づく顔に、体温が上がる。

 顔を俯け、ぎゅーっと目をつむると、かんざしが耳元に差し込まれた。

 目を開けると、蕩けるような笑みが目前にあった。


 コン、コン


 ノックがして若旦那が返事をすると、ホテルのスタッフがワゴンを押して入ってきた。


(あぁーっ、ぶなーっ。のまれるかと思った。ううん、半分、のまれてたっ!)


 パタリと、ソファにうっ伏しそうになった。

 上がった熱を下げたくて、額に、頬に、手をあてた。


「ありがとう。後は、こっちでやるから」


 若旦那がそう言うと、スタッフはワゴンを置いて、部屋を出て行った。

 早いとこ、ここから出よう、と思っていたら、ワゴンから、お腹を刺激する良い香りがしてきた。

 見ると、スープにステーキ、サンドウィッチ、生ハムにサラダ、オニオンリングやフライ、キッシュまで、目移りするような、美味しそうな食べ物がぎっしり、のっかっていた。


「これは・・・」

「ルームサービスだよ。ここのホテルは、食事が美味しいんだ」


 ここへ来る途中で、若旦那が話していたのを思い出した。


「食後には、フルーツもあるよ」


 立ち上がった若旦那は、ジャン、とばかり、マンゴーやメロン、キウイ、イチゴなどが盛られたガラスの皿を、手をひらひらさせながら、見せてくれた。


「すごい!、・・・ッ」


 私は、両手を打ち付けて、声をあげた。

 けれど、叩いた瞬間、痛くて目をつぶってしまった。

 包帯を巻いているけれど、強い刺激には要注意、と思っていると、若旦那が、私の座るソファの隣にきて座った。


(ナゼ、そっち?)


「動かしちゃダメだよ」


 そっと包むように手に触れ、膝が触れ合い、秀麗な美しい横顔が目前に近づいた。

 長い銀色のまつ毛に縁どられた、とろりと艶めく薄青い瞳から流し目が送られ、私は、ビックリして、ひっくり返りそうになった。


(ナニ、その、妖しい目は!)


 本人は知ってやっているのかどうなのか、わからないけれど、とんでもなく艶っぽい色気が滲んでいる。


「両手とも、ひどく腫れているから。今日は、もう使わない方がいい」


 私は、色香にあてられ、呆然と頷くしかない。

 それから若旦那は、ワゴンから次々と皿をテーブルの上に移動して、置いていく。

 流石に、座ったままはもどかしく、私も手伝おうとしたら、


「サクラさんは、座ってて」


 やんわりと断られてしまった。

 少しして、


「んー、全部は、テーブルにのらないか。行儀が悪いけど、食べながら移動しよう」


 若旦那が銀のトレーに皿をのせながら、困惑して言った。

 そこそこ大きなテーブルなのに、全て、皿で埋め尽くされている。

 それでも、のらないなんて、2人なのに、どれだけ頼んだのだろう。


「とりあえず、食べようか。サクラさん」


 当然のように、また私の隣に座る、若旦那。

 さっき感じた居心地の悪さが蘇ってきて、視線が彷徨う。


「頼み過ぎなんじゃ、ないですか?」

「そうかも。でも、大野様持ち、だから、大丈夫だよ」


 エッと思って、振り向くと、悪だくみするような、悪戯っぽい笑みを浮かべている、若旦那。

 そして、にっこりと笑った。


「はい、あーん」

「へ?」


 トンと口に、とろみのある液体を感じた。

 食欲をそそる甘いコーンの香りが、ふんわりと立ちのぼる。


「あ、の」

「あーん、して」


 蕩けるように甘く、でも、少し妖しさを含んだ笑みが、私を見つめる。

 口を開くと、するりとスプーンが口の中に入ってきて、私はスープを零さないように舐め取るように啜った。


「美味しい?」


 甘ったるい、色めくような笑みを向けられ、ますます居心地が悪くなる。


「若旦那。私、自分で食べれます」

「ダメだよ。手が、使えないんだから」

「大丈夫です。スプーンを持つくらい。イッ、タ」


 カトラリーケースの中から、スプーンを取り出そうとして、指を曲げるとビリッと痛みが走った。


「ほら。手は、大事にしなくちゃ」

「でも」


 もじもじしていると、


「ん?」


(イヤーッ、その流し目ー)


 柔らかく細められた、甘く緩んだ薄青い瞳が、見つめてくる。


「は、恥ず、かしくて」


 言ってる自分が恥ずかし過ぎるわ、とツッコミを入れたくなる。

 一瞬、キョトンとした、若旦那は、クスクス、と小さく笑った。


「2人しか、いないよ」


(だから、それが恥ずかしいんですって)


 そう思うのに、にこりと口角を上げて、とても楽しそうに笑う顔を見ていると、何も言えなくなってしまう。

 結局、親鳥からエサをもらう子鳥ように、食べさせてもらってしまった。

 おまけに、私が食べた同じスプーンやフォークで若旦那も食事をするので、もう、もう、恥ずかしさマックスで、ずっと顔は火照りっぱなし。

 そんな私を、


「サクラさんは、可愛いな」


 なんて、ななななんてー、言うもんだから、顔から火が出るかと思った。


 最初はドキドキの緊張で、途中はメチャクチャ最悪で、でも最後は、恥ずかしかったけど、すごく楽しい時間だった。

 若菜会も途中で抜けた形になってしまったから、気になって若旦那に聞いてみたら、


「無事に終わったよ」


 と短く返されただけ。

 本当だろうか、と思ったけれど、浮かべる薄いその笑みからは、不穏な感じしかしなかった。


 食事をゆっくりと堪能し、ホテルを出る頃には夕暮れ近くなっていた。

 暮れ行く空に、


(あぁ、早く帰らなくちゃ)


 そんな焦燥の思いが、胸を締めつける。


「遅くなってしまったね」

「はい・・・」


 私を見下ろす、若旦那の目が青い光を宿す。

 分かっていることなのに、胸がすっと冷たくなっていくのを感じる。


「帰ろう」


 優しい笑みが私に降り注ぐ。


(これが、現実。どんなに、優しくされても。どんなに、気持ちが揺れても。私と若旦那は、相容れない者同士、なんだ・・・)


 ズキッ、と胸に痛みが走った。

 だけど、若旦那が妖だったから、私は助けてもらえた。

 それも、現実。

 こうして、何事もなく、歩いていられるのは、若旦那のお陰なんだ。

 じゃなかったら、今頃、私は。

 ゾッ、と背筋が寒くなった。


「サクラさん?」


 優しい笑みが、私を気遣う表情に変わった。

 私の、こんな機微にも気づいてくれる、こんな優しい人が相容れない相手だなんて。

 なんて、滑稽な話だろう。


「はい、帰りましょうか」


 涙が滲みそうになるのを、笑顔を浮かべて、誤魔化した。


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