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あやかし恋伽 〜妖力強めな若旦那が、何故か私に執着してきますっ〜  作者: 青空 吹


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10/15

⑩ 媚香

 

「サクラさん、気分は、どう?」


 若旦那に真顔で聞かれ、それは、もちろん、ドキドキの少しムラムラ感も残ってるけど、


「大丈夫です。元気です」


 そんな気分を知られるワケにはいかなくて、ニッコリと笑顔で答えた。


「ホントに?」

「はい」

「ホントの、ホントに?」

「はい」


 どうして、こんなにしつこく聞かれるのか、後ろめたい気持ちに拍車がかかる。


「んーっと、だから、気分がドキドキしたり、その、ムラッとしたり、してない?」


 ドキーッ、としたけど、平常心な面持ちで、


「い、いいえ、普通ですけど、」


 そう言うと、若旦那は私の顔を上から覗き込むように距離を狭めた。

 ギョッとして離れようとしたけれど、両頬を挟まれた。


「本当だ。正気だ」


 私の目をまじまじと見て言った。

 目の前に、吸い込まれてしまいそうな薄青い瞳。

 鼻先が触れそうな近さに、目をパチパチとしてしまう。


「しょしょしょ正気、です」


 私は、不満げに若旦那を見上げ、頬の手をべりっと剥がして離れた。


 心臓がもたない!

 やっと、落ち着いてきたと思ったのに、今日の若旦那は、距離がおかしい。

 いわゆるゲレンデ効果というモノなのか、若菜会という特殊な集まりで、いつもの感覚が鈍っているのかもしれない。

 私もそう。

 いつもなら、怖い相手でしかないのに、ヘンな気分になるし、もう、おさまれ心臓。


「そう、何もないならいい。行こう」


 少しホッとしたような表情を浮かべた若旦那は、私の手を掴んで、移動しだした。

 ドキッとして、手を離そうとしたけれど、握り込まれた手の力は強い。

 なんで手を繋ぐ必要が、と口から出かかった言葉を、周りを見て飲み込んだ。

 会場内には多くの人がひしめき合い、その中をかき分けて出ていくのは、かなり大変だと思われた。


 周りから、こちらの様子を窺うように、ちらちらと見てくる人達がいる中、若旦那は気にすることなく無視して進む。

 思えば、若旦那が言った通り、私に誰も、何も言ってこない。

 あの、妖力のひけらかしは、こういうことだったんだ、と気がつき、大丈夫、と言った若旦那の言葉が耳に蘇った。

 自分に注がれる無数の目が、あんなにも怖かったのに、今はぜんぜん気にならない。

 先を行く若旦那の背中は頼もしく、繋がれた手に深い安心を感じる。

 そう思って、ブルブルと首を小さく振った。


(馬鹿じゃない?私。これは、ゲレンデ効果なんだってば。若旦那は、妖力強めな妖で、私は人間なんだから、仲良くなんて、なれるはずがない)


 ドンッ、と横から出て来た男性にぶつかった。


「サクラさんっ」


 若旦那が手を引っ張って、私を庇った。

 でも、相手の人は、気にする風でもなく、ぶつかったことすら気にしていない様子だ。

 酔いが回っているのか、顔は赤く、気分が良いといった感じで、一緒にいた女性と笑っている。

 見回すと、あちこちでカップルらしいモノが出来上がっていて、顔を寄せ合い、濃密な空気が広がりつつある。


「媚香効果、かな」


 若旦那が、ぼそりと言った。


「気分は?」


 腕の中の私に、若旦那の視線が落ちる。

 周りの雰囲気にのまれ、圧倒された私は、何度も大丈夫というように頷くしかできない。


「奥まで来すぎて、出口が遠いな。もう少し、頑張って」


 ギュッと手を握られ、私はまた頷いた。


 パッと後ろのステージが、明るくなった。

 振り返ると、沢山のピエロがステージに並んでいて、流れ出した音楽にのって踊り出した。

 周りの人達は、手を叩き、歓声をあげて、楽しそうに笑い、まるでお祭り騒ぎのような、すごい賑わいになった。

 そんな中を分け入って歩くのは難しく、もみくちゃにされながら人の少ない方へ、少ない方へと移動すると、当然のようにさっきまでいた壁際へ戻って来てしまった。


「す、すごい、ですね」


 テンション高めな異様な光景に、呆気にとられながら言った。


「少量であっても。妖力が弱い者ほど、媚香は、よく効くからね」

「な、なるほど」


 答えて、自分も妖力弱目な狸だったことを思い出し、若旦那が、何故しつこく聞いてきたのか、その理由が分かった。

 さりとて、今更、目の前の人達のようなフリもできない。

 といって、自分の設定上、普通の状態でいるのも、おかしいように思われた。


(うぅ、恥ずかし過ぎる~。でもでも、そうよ、恥はかき捨てだわ。自分を捨てちゃえ。怪しまれるくらいなら、やっちゃおう。真似れば、いいだけなんだから)


 周りを見ると、ゲラゲラと笑う人や、ぴょんぴょんと飛び跳ねている人や、踊っている人がいる。

 はたまた、料理コーナーには、ひたすら食べている人がいたり、ドリンクコーナーには、いろんな酒を飲んでいる人もいる。

 カップルたちは、往々にして、腕を絡めて甘い雰囲気になっている者か多く、抱き合っていたり、抱きついている人までいて、気まずくて直視できない。

 密着度がすごい。


(カオスだ・・・)


 真似るなら、やっぱりカップルと思うけれど、なかなかハードルが高くて、参考にならない。


「サクラさん?」


 隣から、私を気にする若旦那の声がして、俯き両手で顔を覆った。


「気分、悪い?」


 私の前に立ち、顔を見ようと、私の手首を掴んだ。

 でも、さっきのように覗き込まれたらバレてしまう。

 私は、エイッ、とばかりに、若旦那の胸に飛び込んだ。


「大丈夫?サクラさん」


 心配を滲ませた、低く掠れた声が、耳元に響く。

 かかる息に、体温が上がり、耳がアツい。


「サクラさん」


 なんて、甘い声なんだろう。

 繰り返される呼び声に、降参とばかりに顔をあげた。

 この人の声には、何かしらの妖術でもあるのかしら、そんなことを考えながら、上がる熱に刺激され、トロンとした目を向けた。


「あぁ、」


 熱のこもった溜息のような声が零れた。

 優しく、私の頬に手を添えた若旦那の、薄青い瞳は恍惚と潤んでいて、私を見つめた。

 心配の色を滲ませながらも、でも、その奥には、熱い炎のようなものが滲んでいて、私は、ブルッと小さく震えた。


「うっ!」


 突然、ギュウッと締め付けられ、詰まった声が出た。

 背中に回された腕にがっちりと抑え込まれ、肺が押し潰されそうな勢いだ。


(ぐえぇ! ぐ、る、じい・・・)


 細身に見えるが、引き締まった体躯から繰り出される腕の力は、思いの外強い。

 ぎゅうぎゅうと力強く抱きしめられ、呻きしか出ない。


「・・・甘い香りだ。サクラの香り」


 感極まったというような若旦那の声と言葉に、私はギョッとした。

 違う意味で心拍数がグンと上がり、苦しさも相まって、若旦那の背中をバンバンと叩いた。


「あ、すまない」

「い、い、え・・・」


 謝るわりに悪びれた様子のない若旦那は、甘く蕩けた目を薄く細めて、私を見た。

 でも、私は、背中に冷たい汗が滲み、ぜぇ、ぜぇ、と息を整えながら、複雑な思いで、曖昧な笑みを浮かべた。


(ヤバい。どっちに転んでも、ヤバいわ・・・)


 ステージでシンクロダンスを踊っていたピエロ達が、曲が変わるのと同時に、一斉にステージから飛び降りてきた。

 歓声と共に客側に迎え入れられたピエロ達は、道化のように踊り、空間へと両手を開くと、手の平から次々と小さな花を出現させた。

 高く舞った小花は、ライトにあたってキラキラと輝き、乱舞するように緩やかに舞い降りてきて、その小花を、誰もが掴もうと手を伸ばす。

 花の形は、それぞれに違っていて、いくつも掴んで持っている人いれば、一輪だけを持っている人もいる。

 私も、舞い降りてきた、着物の色に似たモスグリーンの花を掴んだ。

 その、マーガレットに似た花を眺めていると、


「サクラさん、周りを周回して出口まで行こう」


 若旦那の声に顔を向けると、つい先ほどまでの表情と違い、とても真剣な顔をしていた。


「みなさーん、飲んで、食べて、楽しんでますかー。さぁ、さぁ、今からは、今回の若菜会、大注目イベント。カップリングパーティーを、はじめまーッス」


 ステージに司会者が出てきて、マイクを片手に、大仰に手を広げて言った。


「気の合うお相手は見つかりましたか?気になるお相手とお話しできましたか?今回は、大勢の方にご参加いただいております。皆様、公平な機会が巡りますように。ここからは、色々なお相手とお話しする時間を作りまーッス」


 司会者の声をバックに、若旦那に手を引かれ、再び移動し始めた。

 集団が集まる中央は避け、その周りを歩くと、さっきまで踊っていたピエロ達が集団を囲むように、立っている。


「皆さん、花を受け取りましたかー?それが、チケットになりまーッス。1人一輪、持ってくださいねー。沢山持っていても、チケット一枚とみなしますからねー」


 集団から、エーッと声があがり、おもんな、とか、意味ねーじゃん、とか、最初からそう言え、とか、小言が聞こえる。


「まぁ、まぁ、出会う人がたーくさん、一度に押し寄せても、困るでしょう。1対1のカップリングです。一回に会えるのは1人ですが、10分間の時間制で、10分たったら、相手がランダムに変わりますよー。どんな人と出会うのか?うぅ~、楽しみですねぇ。それでは、イッキ、まッスよー。一斉に、移動しまーッス」


 司会者が片手を上に大きく振り上げると、ピエロ達が、一斉に印を結ぶように人差し指を立てた。


「サクラさん、花を捨ててっ」


 振り返った若旦那の手が伸びてきて、手に持っていた花を掴みそうになった、その刹那。

 景色が変わった。

 さっきまでの喧騒が、嘘みたいな静寂。

 握っていたはずの手が消え、私は自分の手を見るのと同時に、周りを見渡した。


 高い格天井の広い空間だった会場とは違う、客室の一室のような部屋。

 厚い絨毯に、木の風合いを感じられるクラシカルな室内には、白いリネンが張られたベッドが置かれている。

 格子を模した大きな窓が目の前にあり、レースのカーテンが下ろされた窓からは、柔らかな木漏れ日が差し込んでいる。

 その窓の前には、大きなしっかりとした革のソファが置かれていて、そこに、深々と体を預けるように座る、若頭がいた。


「わか、がしら?」


 突然の出来事に頭がついていかない。

 ただ、目の前にいる人の名前を呼んだ。

 厳つい相貌から、睨むような険しい眼差しが私を捉える。

 これまで、ニコニコとした笑顔しか見たことがなかった私は、金縛りにあったみたいに体が凍りついた。

 ゆっくりと立ちあがった若頭は、私に近づき、手に握っていた花を上から押し潰すように、私の手を握った。


 その瞬間、泡立つように、鳥肌がたった。

 若旦那とは、全く違う感触。

 湿り気を帯びた大きな手から感じる、不快なぬくもり。

 どこか重たく、逃げ場のないような圧迫感に、冷たい戦慄が走る。

 体が拒否していると思った。

 我慢できなくて、手を下ろすと、若頭の手が離れ、手の中で砕けた花がパラパラと下に落ちて消えた。


「アイツと、つき合っているのか」


 地を這うような、低い声。

 逃れることのできない圧に、捕らわれたような感覚。


「アイツッ、て、」

「黙れっ。聞かれたことだけ、答えろ」


 ビンっと空気を切り裂くような強い声に、押し黙った。

 遠くで鳥のさえずりが聞こえ、私は、ブンブンと首を振った。


「嘘をつくな。俺が、何も知らないと、思っているのか」


 私は、またブンブンと首を振った。


「俺をバカにしやがって。狸のくせに。アイツに言い寄られて、イキがってんじゃないぞ」


 全く、意味が分からない。

 言ってる内容もだけれど、どうして、自分がここにいるのか、分からない。

 そして、どうして、勇五郎がこれほどまでに怒っているのかも、分からない。


(確か、一緒に行こうと誘われて。それから、そうだ、力を貸して欲しいと言われたっけ。それが原因?)


 考えてみても、分からない。

 とにかく、ここから早く出たい。

 でも、目の前の勇五郎の怒りは尋常ではなく、簡単に開放してもらえるとは思えなかった。

 ドアは、私の後ろの先。

 走ったとしても、鍵がかかっていたら、すぐには、開けれない。

 そうなれば、捕まってしまう。


(捕まったら、)


 さっきの、不快なぬくもりを思い出して、ゾワリと全身に怖気が走った。

 こみ上げる緊張に、生唾を飲み込むと、ゴクリと小さな音が微かに響いた。


「随分と、アイツと、いい雰囲気だったじゃないか。よくも、見せつけてくれる」

「媚香の、せいです」


 逃げるチャンスを作ろう、緊迫する中、そう思った。

 少しでも間があれば、外に出れるはず。


「ふん、気がついたのか。まぁ、お陰で、会場は大盛り上がりだ。北組の若菜会での、カップル成立も、今年は上々だな」


 腕を組み、顎に手をあてて、ニヤリと薄笑いを浮かべた、勇五郎。

 今まで、店の常連客として見てきた彼とは、全く違う人柄に、私は目を見張った。


(人は、見かけによらない、というけど、この人は、見たまんま、だったのね)


 若旦那を敵視しているようだけど、足元にも及ばないわ、と思った。

 若旦那を思うと、動揺していた心にじわじわと力が満ちてくるような感じがした。


「私は、どうして、ここに?」


 キッと顔を上げ、勇五郎の顔を見た。


「俺が仕組んだからさ」


 目を細めて、こちらを見る。

 ろくでもない隠れた思惑に、舌打ちが出そうになる。


「どうして」

「そんなものは、決まっている」


 ドンッ、と肩を押された。

 ヨロめいた私は、勇五郎にベッドへ押し倒された。

 

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