第6話:深紅の拳 / Die karmesinrote Faust
深紅と白銀のアーマギアが激突する。
〈ベアラー〉どうしの真っ向勝負をはじめて目にするニーナは、その熾烈さに息を呑んだ。
「女が〈ベアラー〉だなんて……ふざけるのも大概にしなさいッ!」
「集中しろ、エレオノーラ!なんであれ、厄介な相手に違いはないぞ」
「ああ、もう!」
リディアの打撃と、ジークフリートの斬撃がぶつかり合い、火花を散らす。
アーマギアを纏う彼女の拳は、まさに文字通りの鉄拳だ。
先ほどまでは防ぐ必要すらないと言っていたジークフリートだが、今は明らかに警戒していた。
その証拠に、繰り出される拳を躱し、剣で弾き、目まぐるしく攻勢を奪い合う闘いに転じている。
アーマギアは、〈エレナント〉の秘める神秘の力を魔導エネルギーに変換し、凝集させた装甲、つまりは、〈エレナント〉の力そのものだ。
その装甲を維持し〈ベアラー〉への力の供給を途切れさせないためには、〈エレナント〉もまた相応の集中力が必要になる。
そして同時に、〈エレナント〉は〈ベアラー〉の感情の起伏や心拍数を、感覚的にだが把握することができる。
その逆も然り。
〈エレナント〉が平静さを失えば、その動揺は〈ベアラー〉の戦闘力を低下させる要因になる。
それが、契約の口づけによって結ばれたふたりの間の、絆だ。
「あんたがどれほど天才的な戦士であったとしても、その娘はまだ〈エレナント〉の闘いを知らないはずだ」
「それがハンデだと仰るなら、それすらもこの拳が打ち砕きますわ!」
リディアのブローが炸裂する。
「……ッ!」
甲高い音が響き渡って、ジークフリートが仰け反るように大きく体勢を崩す。
彼はギリギリで剣を盾にしたようだが、無理な姿勢が災いし、すぐに反撃のできる体勢ではなかった。
その隙を、リディアは見逃しはしない。
振り抜いたほうの反対側から大きく体を揺らし、力強く、さらに踏み込んで、体重移動が生み出す運動エネルギーを乗せた強烈な一撃を、ジークフリートのフルフェイス・シールドめがけて叩きつけた。
「ジーク!?」
衝撃が、突き抜けた。
エレオノーラが悲鳴のような声を上げて青ざめる、ニーナが初めて聞く声色だった。
ジークフリートの体が大きく傾く、そしてその反対側から、さらなる強打が襲いかかる。
「ぐ……ぅッ!?」
短い呻き声が聞こえた気がしたが、続くリディアのラッシュが掻き消した。
燃え上がるような紅の鎧を右へ左へと大きく揺らし、まさに石火のような怒涛の連打を次々と叩き込んでいく。
リディアが拳を打ち出す度、ニーナの拳もまた震え、胸の中に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「これが、〈エレナント〉と〈ベアラー〉の闘い……?」
ニーナは鼓動の高まる胸を押さえた、ただ一つ言えるのは、自分はその一歩をすでに踏み出したということ。
このままリディアが押し切るかと思われたが、ジークフリートが上体を落とし、かがみ込んでリディアのブローを躱す。
深紅の拳がフルスイングで空を切る、ジークフリートが下段に剣を構え、素早く斬り上げた。
「リディアさんっ!」
だがそれ以上に速く、リディアが鉄鎚のような拳を振り下ろす。
ジークフリートの刃が彼女に到達するその間一髪、彼の側頭を痛烈な一打が捉えた。
「……ッ!?」
武人の矜持か、それでもジークフリートは剣を手放すことなく、その一撃を踏ん張って耐えて見せた。
しかし、リディアが拳を許すことはない。
床が砕けるほどの力で踏み込み、砲弾のようなストレートをジークフリートの胴体へ打ち込んだ。
アーマギアを纏うジークフリートの体が、廊下の端まで吹き飛ぶ。
「ぁぐっ、うぅッ!?」
エレオノーラが身を抱くようにして膝をついた、アーマギアの受ける衝撃は、力の供給源である〈エレナント〉にも伝わる。
彼女の額にはすでに汗が滲んでいたが、それはニーナも同じだった。
〈ベアラー〉がアーマギアの力を引き出そうとすればするほど、その負荷は〈エレナント〉が負うことになる。
契約を交わした直後に闘いに挑むニーナがリディアの出力を維持し続けるのは、相当な疲労を伴うものだった。
「はっ、はっ……!」
首筋を汗が転がり落ちる、まだ闘いは終わっていない。
剣を突いて立ち上がるジークフリートに、エレオノーラが言い放った。
「ジーク、“リヒトヴェレン”ッ!」
あのエネルギー共振刃だ。
ジークフリートが剣を構える、継ぎ目から外装版が分割し、拡張、格納された刃の代わりに、魔導エネルギーが噴き出す。
唸るような駆動音、放出された魔導エネルギーが咆哮を轟かせ、
一瞬にして視界を光が奪い去る。
次に目を開けた時には、深紅のアーマギアの腕に抱えられ、吹き飛ばされた瓦礫と共に空へと飛び出していた。
「ぅわっ!」
リヒターハーフェンのビル街の光が目に飛び込んできて、学院の敷地が眼下に広がる。
恐怖で、一気に汗が冷えた。
重力が一瞬消え、そして落下。
見る見る迫る地面に、食いしばるようにぎゅっと目を閉じる、数瞬の後、衝撃。
リディアはニーナを抱えた状態で、難なく着地を成功させた。
「リディアさん、上っ!」
目を開いたニーナが、頭上に迫る銀色の影に気付いた。
ジークフリートだ。
斬撃に重力の勢いを乗せ、ジークフリートの剣が振り下ろされる。
ニーナを抱えたまま、反射的にリディアがステップ、地面を叩き斬った震動が一帯に広がった。
数歩間合いを取り、ニーナを置いて駆け出す。
そのまま近接戦、目の回るような打撃と斬撃の攻防。
「あなた方の作戦はもう失敗でしてよ」
「……」
「退きなさい!」
「それを決めるのは俺ではない」
「融通の効かない騎士様ですわね!」
両者が互いに距離を取り、同時に踏み込む。
決着をつける一撃を放つつもりだ、引き絞るようにリディアが拳を構え、ジークフリートが再び剣の外装板を展開して大きく振りかぶる。
ほとんど同時に攻撃を繰り出そうとした、その次の瞬間___
「そこまでッ!」
誰かの一喝する声が、ふたりの動きを止めた。
驚いて、びくりと肩が跳ねるニーナ、声のほうを見ると、そこには、白いタイトな軍服に身を包む女性が、肩に巨大なハルバードを担いで立っていた。
ボディラインの浮き出る特徴的なジャンプスーツタイプの制服はグラウエン公国軍務局のもので、その胸元には公国のエンブレムと、階級を示す徽章が輝いている。
背後には、同じく軍務局と思われる自動小銃を携行した男性達を数人、引き連れていた。
「子どもの喧嘩にしては度が過ぎているな」
身も竦み上がるような低い声と鋭い眼光が、アーマギアを纏うふたりへ向けられる。
肩に羽織った白い外套と頭の後ろで束ねた長い黒髪を揺らして、女性はリディアとジークフリートへ真っ直ぐに詰め寄る。
「……ジークフリート、これは何の騒ぎだ」
「ヘ、ヘレーネ殿……これは、その……」
慌てて剣をしまい、視線を落として黙り込むジークフリート。
彼ですら畏敬の念で縮こまるその女性のことは、ニーナも知っていた。
グラウエン公国軍務局中将、ヘレーネ=フォン=ヴァルクライネ。
〈白雷〉の異名を持ち、女性でありながら軍務きっての武人として多くの貴族、平民から尊敬を集める、リディアの大叔母にあたる人物だ。
ヘレーネは、ジークフリートが黙したまま答える様子がないことを見て、もう一方の〈ベアラー〉へ視線をやった。
「お前……リディアだろう?」
迷いなく言い切るヘレーネ。
彼女はリディアが〈ベアラー〉となったことを知らないはずだし、フルフェイス・シールドに覆われて顔も分からない。
それを見事に言い当てられ、リディアが緊張を走らせるのがアーマギアを通じて伝わってきた。
「この公国で武器を持つ相手に素手で殴りかかるような莫迦は一人しかいない」
「ご、ごきげんよう……おばさま……」
ヘレーネはアーマギアを纏うリディアを上から下まで眺めて溜息を吐いた。
何か思うところがあるという表情だが、この場でそれを口にすることはしないようだ。
ハルバードを地面に突き立て、胸の下で腕を組んだ。
「通報を受けて来てみれば……まさかお前達だとはな。おい、ジークフリート。お前の〈エレナント〉はどこにいる」
「ええと……」
ジークフリートは、壁を吹き飛ばして飛び降りてきた校舎別棟の上階を見上げ、あたりをきょろきょろと見渡した。
階段を降りて校舎を回り込んで来ているなら、そろそろ現れるはずだと思っていたところへ、ちょうどエレオノーラが姿を見せた。
「ジーク!……え、ヘレーネ様?」
この場にヘレーネがいることに驚いた様子で、項垂れるジークフリートとを見比べるようにエレオノーラは視線を往復させた。
「エレオノーラ、今すぐこいつのアーマギアを解除しろ。素直に従うなら、警務局送りは私の権限で勘弁してやれる」
状況を飲み込むのに少し時間を要したエレオノーラだが、ヘレーネの後ろに控える軍務局の大人達を見て、すぐに事態を察したようだ。
「……わかりました」
エレオノーラがブローチの機構を収納し、胸元へ戻す。
〈エレナント〉の力が消え、彼の纏っていた甲冑が光になって弾けると、やや引き攣った顔のジークフリートが姿を見せた。
「さて、そっちのお嬢さんも。従ってもらえるな?」
ヘレーネがニーナを見た。
ニーナ自身、これ以上ことを荒立てるつもりはないし、素直に従うつもりだった。
手の甲のブローチをしまおうと腕を持ち上げたとき、しかし、目の前の景色が突然ぐにゃりと歪んだ。
「え、あ……れ……?」
よろめき、視界の端から黒い靄が迫る。
見えているものが暗くなったり、輪郭がぼやけたり、平衡感覚すら失われる。
ついには膝から力が抜け、ニーナはがくりと倒れ込んだ。
「ニーナさんッ!」
リディアが滑り込むように駆け寄り、地面にぶつかりそうになるニーナをギリギリで抱き上げる。
〈エレナント〉の力が途切れ、リディアのアーマギアが弾けた。
「お前たち、救護車を!」
「はっ!」
ヘレーネや大人たちの慌てる声が頭の中で反響する。
汗だくになったリディアが心配そうな表情で覗き込む顔が見えた気がしたが、視界はそのまま、闇に飲まれるように真っ暗になってしまった。




