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第18話:元老院の紛糾 / Der Streit im Senat


グラウエン公国首都、リヒターハーフェン___国政局中央議会。


選ばれた貴族と、リヒターハーフェン市長や連邦諸知事、そして一部有力者などが一堂に会する元老院。

二段構造になった巨大な円卓を中央に置く議会堂の下段、貴族院席にレナードの姿はあった。


大陸協定に建物そのものを文化遺産として登録されている公爵公邸の中でも、この議会堂は際立って絢爛華美な造りだ。

伝統と権威を掘り込んだようなピラスターの切り取るパステルの壁面、眩い金の曲線装飾の数々。

ガブリオールレッグの椅子と、深い青のベルベット。


円卓の縁まで覆い尽くすような金箔貼り(ギルディング)に反射して押し寄せる、光の情報過多、その最奥で重く垂れ下がる巨大な公国旗の重圧に、貴族院議員の一席を担うレナードはいつまでも慣れないでいた。


「警務局と軍務局があの場にいながら、何故取り逃がしてしまったのか」


貴族のひとりが言った。


今朝方から情報局のニュースで話題となっている〈暁の正義〉について、彼ら___あるいは彼女ら___にかけられたモンストラム密輸の嫌疑を巡り、こうして元老院の緊急集会が開かれていた。


発言に対し、車椅子の上院貴族、軍務長官のヘルベルトが答えた。


「こういう言い方は警務局に申し訳ないが、そもそも軍務は逮捕権を持たない。貴族の私財を狙う不届きな怪盗の容疑者であっても、我々にとっては守るべき市民であることに違いはありません。私の立場としてはむしろ、あの場にいた〈エレナント〉とその〈ベアラー〉には、モンストラム鎮圧の協力に対して感謝状を差し上げたい程だ」


そう言って肩を竦めるヘルベルトは、顔を顰める上院らに向かってさらに続けた。


「街への被害は大きかった、軍務と警務局双方から負傷者も出ている中、無関係な市民まで巻き込まれてしまったあの状況で、たかが怪盗の容疑者ひとりを追いかけるなど、優先順位を履き違えた判断であるとしか言えません。作戦指揮をとったヴァルクライネ中将がもし現場でその指示を出していたのなら、私は容赦なく彼女を追及した事でしょう」


貴族らはヘルベルトに対して口をつぐんだ、そして議会の視線は次に、レナードへと移る。


「聞けば、あの場でその判断を下したのは、男爵、君の妻だそうではないか」


別な貴族がそう言った。

老獪な貴族にとって、若き新興貴族であるレナードは議会における格好の標的だ。


確かにあの時、あの場で〈暁の正義〉と思しき人物ふたりを追わないと判断したのは、レナードの妻である警務補のミアだ。


レナードは臆することなく声を発した。


「彼女は殺人課の刑事警務官です、〈暁の正義〉は強盗課の管轄、彼女は職務規定に従ったまでです」

「しかし___」


口を挟もうとした貴族を遮り、レナードは毅然とした姿勢を崩すことなく、続ける。


「そもそも、目撃証言と似通っているというだけで、あの映像の人物を〈暁の正義〉であると断じる先日の報道は、性急すぎると言う他ありません。先日のモンストラム鎮圧の場にいた〈エレナント〉と映像の人物、そして件の怪盗が同一人物であるという決定的な証拠はないのですから」

「……」


尤もな反論に、議会は一時静まり返る。

レナードはさらに続けた。


「私にも疑問があります。あの映像は、港湾を訪れた車両に搭載されたカメラが捉えたものでした、そもそもなぜあの日、あのような時間に港湾を訪ねる必要があったのか」


レナードは円卓の席のひとつへ睨むように視線を向けた。


「ドレスタイン伯爵、調べでは、貴殿の派閥貴族の私兵のようですが」


片目を機械で覆った貴族、セバスティアン=フォン=ドレスタイン伯爵がゆっくりと顔を上げる。

軍務からの特命で、彼とその付近の動きを国内の諜報を行う内事調査官らに見張らせているが、現時点で大きな収穫はない。


彼はバイザーにはめ込まれた真っ黒なレンズにレナードを映し、口を開いた。


「私とて、派閥に名を置く貴族全ての動きを把握している訳ではない。だが知っている限り、港湾管理会社には連絡の上だったはずだ。コンテナの確認に伺いたいと」

「防弾装甲の車両で、ですか。なぜ___」


続けて問い詰めようとしたレナードだが、隣に座る壮年の男性貴族がそれを遮った。


「控えなさい、レナード。ここは議会の場であって、取調室ではないぞ」


少し青みがかって見えるダークアッシュの髪色のその男性、ディートリヒ=フォン=クニッゲ侯爵連邦警務統括局総監は、手元に握る懐中時計を眺めたまま、そう言った。


「総監……」


警務副総監のレナードにとって、彼は唯一直属の上官にあたる。

内心納得できない思いはあったが、レナードは息を吐いて、椅子の背もたれに背中を押し付けるように黙り込んだ。


そして、議会の視線は次にディートリヒ警務総監へと向けられる。


「……クニッゲ総監、貴殿の考えをお聞かせ願いたい」


そう尋ねられ、ディートリヒは手元の懐中時計から視線を上げると、円卓に僅かに身を乗り出した。

少し髭の伸びた痩せた顎を動かして、彼はそのしゃがれた声を議会に響かせる。


「男爵副総監と、相違ございません。しかし、それぞれ違う場に現れた共通点を持つ人物、これらが同一人物であるにせよそうではないにせよ、我々警務局にとってはモンストラム事件の重要参考人であることには変わりない。引き続き、慎重な捜査を行います」


秩序と治安の監視者、この国はディートリヒ総監の警務手腕によってそのバランスが保たれている。


年齢によっていっそう深く掘りくぼんだ、ディートリヒの鷹の如き目は議会を鋭く見渡しているが、その手元では、彼が肌見離さず持ち歩いている懐中時計の、くすんだ光が反射していた。


ディートリヒが警務総監に就任した記念にと、彼の娘からプレゼントされたという懐中時計だ。

公国において実力派として名高い時計メーカー、Zeit(ツァイト)-()Anker(アンカー)Kurier(クリール)50というモデルだったと、レナードは以前ディートリヒから紹介された記憶を思い出す。


公国の貴族や富裕層が、競うように数百万クローネの時計を身に付けたがる中、彼の手にあるその十四金の輝きは、社交会(サロン)や公の場で見せびらかすにはどこか心許ない安っぽさがある。


ディートリヒは円卓に乗せた手の中で懐中時計の蓋を指でなぞりながら、続けた。


「しかし、警務局の立場として解せないのは、怪盗などと言われているが、実際に被害のあった貴族諸侯からの届出は全て、住居侵入と警備システムへの不正なアクセスに対するものだ。首都警務局のK21(強盗課)に捜査を任せていますが、我々の記録において〈暁の正義〉を名乗る連中はまだ、何も盗んでいない」


〈暁の正義〉が標的にするのは、いずれも腹の中にやましさを抱える貴族達だという噂だ、無論それも憶測の域を出ないが、忍び込むだけ忍び込んでいたずらに警備を騒がせた上、セキュリティルームをクラック、金庫破りのような事までして何も盗んでいないとは、考えづらい。


警務局に調べられては困る代物を盗まれた、故に窃盗として被害を届け出ることができないのだろうと、総監の発言はそのような挑発だった。


貴族のひとりが、円卓を叩いて声を荒げた。


「その話は今はいい!我々が言いたいのは、軍務が例の化け物を公にすることなく、警務局が大仰な名を騙る不審者を早く捕まえなかったが故に、被害をいたずらに大きくしたのではないかということだ」


その言葉にそれまで黙っていた他の上院議員らが一斉に賛同して野次を飛ばし始める。


レナードは内心で溜め息を漏らした、隣のディートリヒは表情を変える事なく声を発した。


「〈暁の正義〉が、この件の背後で黒い糸を握っているという根拠はどこにもありません」


そして、ヘルベルトもまた反論する。


「鎮圧したと思ったあの最初の一体が、万一にでも再び動き出そうものなら対処できるのは軍務だけだ、市井へ混乱を招かない為にも、私の監視下で隔離すると、議会はそう一致を出したはずでしょう」


議会は一触即発、下院にまでその波紋は広がり、いつ言葉の殴り合いが始まってもおかしくない状況の中、水を打つような一言が議会を鎮まらせた。


「止せ」


皆の視線が、いっせいに最奥の席へ注がれる。


大公、ルドルフ=フォン=バルツァーの発言だった。


「公爵……」

「大公戦が始まったと言え、俺がこの座にいる限り、皆には俺の名の下に団結し、誇りと秩序に忠実であってもらわねばならない。そしてそれは、新たな大公に対しても同様だ」


大公は続ける。


「ここは責任を問いただす場ではない。あのような怪物が現れた以上、公国は如何なる脅威に対しても備えを万全にする必要がある」

「危うい発言ですな、バルツァー殿」


議会の注目がまた移る、声を発したのはグラウエン公国の法の番人、ヴェステンラウ連邦最高法規長だった。


彼は、深い皺の刻まれた目元に慎重な光を宿しながら、品位と威厳を湛える白くなり始めた口髭の下で、口を開いた。


「昨今、帝国は軍拡に向けた動きを活発にしている、そして遺憾な事に、公国の政策はそれを後押ししている」

「司法局長、その話題は今、必要でしょうか」


口を挟んだのはドレスタイン伯爵だ。

片目を覆うバイザーのレンズが、鋭い光を放っていた。


「無論だ、伯爵。モンストラムを巡っては背後に帝国の存在も見え隠れしている、これは法的に説得力を認められた警務局の報告書からも明らかだ」


そう言ったヴェステンラウ侯爵の目が、一瞬レナードを見た。


そしてまた彼は続けた。


「今後未知なる脅威に備えを充分にすべきという大公のお考えには同意です、しかし、それを口実にして、帝国と共に大陸協定の枠組みを超えた魔導武装と魔導兵器の拡充を推し進めるという文脈であるならば、それは慎重に議論を重ねるべきだ」

「その議論の間にも、公国の民に危険が及ぶとは考えられませんか」


ドレスタインが食い下がる。


「そのためのアーマギアだ。事実、モンストラムの撃退には成功している。皆もご覧になったでしょう、長官と警務副総監、両ご息女の活躍を」

「それはあくまで我が国内のみの防衛力であり戦力に過ぎない」

「何故今ここで他国の話を持ち出す必要がある、セバスティアン」

「そこまでにしろ」


ふたりの間で対立が火をつきそうになったタイミングで、バルツァー公爵が再び場をたしなめた。


「司法局長の言う通り、事件の背後に帝国の何かがあるのは間違いない。それ故に、我々は帝国との繋がりをいっそう強固にすべきだ。この事件の根本的な解決は、両国の連携なくしては成し得ない。宰相とは先般、その考えで一致したばかりだ」

「……」


宰相が話に出た事で、ヴェステンラウ侯爵はその瞳に怪訝な色を湛えたが、それ以上を問いただすことはなかった。


そして議会は終わりを迎え、上下院議員らが各々中央議会を疎らに後にしていく。


「相変わらず、息の詰まる場所だ」


金の模様が混ざる真っ白な大理石の廊下を歩きながら、ディートリヒがそう零した。


「失礼しました、総監」

「セバスティアンを問い詰めようとしたことだな。構わんよ、あの場故止めはしたが、彼奴(きゃつ)はただでさえ不審な点の多い男だ、多少は牽制にもなるだろう」


ディートリヒは片手に懐中時計を持ったまま、もう片方の手で窮屈そうに制服の襟元を緩めた。


「まずは、君の息女へ感謝を贈ろう、レナード。勇敢さというものは、すべての者に備わる素質ではない。ヘルベルトじゃないが、感謝状についても手配させる。形式的になるのは、許してくれ」

「過分なお言葉です、総監。ですが娘もまた、〈エレナント〉の使命に従ったまで」

「そうかも知れないな」


ディートリヒの手のひらで、上蓋を広げた懐中時計が時を刻んでいた。

ふたりの靴音が冷たい石壁に反響する中、その音は嫌に大きく聞こえる。


その時計へ目を向けると、上蓋の裏側には『Für die Ordnung.(秩序のために) - H.v.K.』と掘り込まれた文字が見えた。


「レナード、君は信頼に値する男だ。貴族という生き物が、永い公国の歴史の中でその信念と存在意義を摩耗させていく中、君のような者は珍しい」

「……信念を忘れていないのは、私だけではないでしょう、ディートリヒ侯爵」

「そうであることを祈るばかりだ」


かちん___と音を立てて、ディートリヒは手の中の懐中時計の蓋を閉じ、高官の外套の下、警務局制服の胸ポケットへしまった。


細いチェーンが、廊下の魔導灯の明かりを反射して揺れる。


「君の娘も大公戦に出ているんだったな」

「ええ。ヴァルクライネ伯爵のご息女と共に」

「そうだったな。君達に……いや、君達の娘に成し遂げたい正義と信念があるというなら、是非聞いてみたいものだ」

「……」

「すまないな、嫌味のつもりでこんな話をしているんじゃない。私の娘も、大公戦に出ていてな」

「総監のご息女も?」

「ああ。滅多に連絡も取り合わないが、珍しく食事へ誘われてね、大公戦へ出ると、そう報告された」

「総監は、どのように……」

「好きにすればいいと思ったよ。私は警務局を、娘は違う道を選んだが、向かう先は同じだ。同じ、この国の秩序を求めている」


レナードは、先ほど見たディートリヒの懐中時計に刻まれた文字を思い出していた。

おそらく、最後にあった頭文字は侯爵の息女の名だろう。


ヒルデガルド=フォン=クニッゲ、公国北海に浮かぶ監獄島、ヴァッサー・グレイフを支配する審問官。

その年齢は、自分達より幾らか若かったはずだ。


少し前を行くディートリヒは、立ち止まってレナードへ振り返った。

その瞳には、公国の行く末を見極める深い光が揺れていた。


「信念が大義を果たすためには、相応の力が必要になる。だが行く先を知らぬ力がそこにあった時、それがもたらすのは___ただの破壊だ」

「……」

「レナード、目を光らせておくんだ。娘を持つ同じ父としての、君へのアドバイスだと思ってくれ」

「無論です、ディートリヒ」


頷き返す。


ふたりは、再び廊下を歩き出した。




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