第14話:共闘の紫光 / Das Licht des gemeinsamen Kampfes
リヒターハーフェン___23時52分。
公国技術研究局、最上階。
薄暗い部屋を背に、窓辺に立つセバスティアン=フォン=ドレスタインの片目を覆うバイザーのレンズには、雨霧が呑み込む首都の光景が映り込んでいた。
著名な研究者や技師を数多く輩出したドレスタイン伯爵家の例に漏れず、自身も研究に明け暮れた青年時代を過ごした彼の利き目は、長年の酷使により視力殆どを失い、こうして世界の半分を機械を通して見ることになった。
帝国に行けば、脳と機械を接続して、後頭葉の一次視覚野へと光の信号を直接送り込むための手術も存在するが、魔導義装の許可されていないこの国の貴族として、それは叶わぬ事だ、このバイザーはあくまで、衰えた視力を補完するに過ぎない。
「失礼します、旦那様」
オートマチックドアが開き、部屋に入り込んだ光が窓ガラスに映る、老年な男性の慇懃な影が、セバスティアンの背に呼びかけた。
四十年以上ドレスタイン家に仕える執事、ヘニングだ。
「お客様がお見えになりました」
「通せ」
黙礼するヘニング、ドアの向こうに下がる彼と入れ替わって現れたのは、車椅子に乗った痩せ型の男性。
軍務長官、ヘルベルト=フォン=ヴァルクライネだった。
「夜分に失礼します、伯爵」
「構いません。何用でしたかな、ヘルベルト殿」
肘掛けのスティックを操作して、セバスティアンの隣に車椅子を寄せるヘルベルト、シャドーストライプのダークスーツに包んだ体を背もたれに預け、荒天にさらされるリヒターハーフェンの夜へ、彼は目を細めた。
「例の怪物と戦闘が始まりました」
「ええ。中継は拝見しました。貴殿の叔母殿が対処に当たっていると。残念ながら、我が技術局でアレを預かって日が浅い、助力はなりません」
「そうでしょうとも」
「では、いったい何の用向きで?」
セバスティアンはコートを揺らしてヘルベルトに向き合った。
豊かな顎髭を蓄えた彼の横顔から表情は読めないが、少なくとも、警務局がモンストラムなどと名付けたあの異物の脅威を、そう警戒している様子はなかった。
「じきに僕の娘が現場へ到着する、街の被害は甚大と報告を受けているが、事態はすぐに収まるでしょう」
「ご息女へ、随分と厚い信頼を寄せているようですな。大公戦も、勝利すると?」
「あの娘が敗北する様を想像できません。それはそれとして、モンストラムについてあなたの見立てをお伺いしたい」
その場で車椅子を90度回転させ、ヘルベルトはセバスティアンを見上げた。
少し沈黙して、セバスティアンは口を開く。
「凡そ、帝国の実験体といったところでしょう。魔導義装の痕跡が見つかったと言う警務局の報告通りならば、あれは元々人間だったということになる」
「帝国は、なぜそのようなものを?」
「さて。私も、あの仮面宰相の腹中全てを知る訳ではない。ただ……一つ言えるのは、帝国は武力としての公国のアーマギアに、とても関心を持っているということです」
「……」
「アーマギアは父の完成させた技術。だがそのほとんどは現在、ブラックボックスと化している」
先代ドレスタイン伯であるセバスティアンの父、ラファエルの築いた公国の遺産、アーマギア技術の体系化と、取り分け、〈エレナント〉に与えられるあのブローチ。
技術局には、〈エレナント〉の力の変換炉であるブローチの製造技術が遺されたが、その根幹たるラファエルの提唱した理論は彼の死後、消え失せてしまった。
父の足跡を辿るようにアーマギアの研究に明け暮れ、ようやく汎用性のある理論へと漕ぎつけることのできたセバスティアンは、魔導アーマーの開発を成功させた。
「帝国は、その黒箱の中身を欲しがっていると?」
「否定はしない」
「しかし、それとモンストラムに何の因果関係が……」
言いかけるヘルベルトの顔が、僅かに険しくなる。
立ち込める雨の霧と蒸気の中で乱反射するリヒターハーフェンの光が、その顔に落ちる影をいっそう深く、不穏な色にした。
「まさか……モンストラムが、帝国におけるアーマギアの再現だと?」
「ご用向きは以上ですかな。ご足労いただいて申し訳ないが、私も多忙ですので」
セバスティアンがそう言うと、奥のオートマチックの扉が開いて執事のヘニングが姿を見せた。
息を吐くヘルベルト、スティックを操作して、車椅子をドアのほうへと向かわせる。
去り際、ヘルベルトは振り返らず背中越しに尋ねた。
「……最後に。あれを公国へ招き入れた人物に、心当たりは」
「ありませんな。少なくとも、私の知る限りにおいて我が派閥の貴族は皆、忠実で誠意ある公僕だ」
「そうですか」
空気を押し出すような音と共に、扉が閉まる。
ヘニングと共に彼の気配がドアの向こうに消えたのを確認して、セバスティアンはデスクに向かい、通話機のボタンを押した。
「私だ」
『……伯爵。何やら、軍務が警務局を使って嗅ぎ回っているようですね』
ノイズの混じる通話機のスピーカー越しでさえ、その声は合成されたような無機質さと不気味さがあった。
「ダミーはすでに用意してある。お前達は、私の手配したルートからアレの戦闘データを受け取ればいい」
『ご協力に感謝致します、伯爵殿。今後とも、是非懇意に』
それには答える事なく、セバスティアンは通話を一方的に切った。
そしてまた、別な番号へと繋げる。
『私です、伯爵』
応答した声の主は男性だった。
「あれの制御装置はどこにある」
『手筈通り、コソドロの手の中に』
「結構だ。お前には酷な役回りを強いた、それを詫びよう。ヴェンステンラウ司法局長次第だが、ヴァッサー・グレイフ行きは確実だ」
『ええ。望むところですとも』
「ヒルデガルドの審問に、口を割らなかった者はいない」
『リスクは折り込み済みでしょう、伯爵』
「……ああ、そうだな」
セバスティアンは通話を切った。
再び窓辺に立つ彼の視線の先、白く霞んだ首都の一角で、青の回転灯とオレンジの光が明滅する。
「だめだ、あんなものでは。私が求めるものはもっと___完璧な器だ」
ひとり零したその言葉を、受け取る人物はいなかった。
黒と紫のアーマギアが、蒸気を燻らせるトップブレイク式の黒いフレームを戻す。
直線で構成された矩形のライフルが、首都の光を浴び、その手の中で前衛的な輝きを放った。
『怪物と接触した、このまま中将殿を援護する。いいんだな、クラーラ』
耳にはめた通信端末にフェリックスの声が届く、ビルの屋上からその様子を見下ろすクラーラはひとり、それに頷いた。
「うん。これ以上被害を出させないでくれ」
『了解』
クラーラの見つめる先、アーマギアを纏ったフェリックスが警務局のSUVパトカーの屋根から飛び上がる、一角を有する純白の魔導アーマー、ヘレーネの傍らへ降り立ち、モンストラムへとその銃口を向けた。
『立てるな、将軍』
『そのアーマギア……』
耳の通信端末越しにふたりのやり取りが聞こえる。
『そういう話は後にしたほうがいい、少なくとも俺たちは敵ではない。奴を片付けよう』
『……そうだな』
ヘレーネはそう言って立ち上がった、少しダメージを感じる動きに見えたが、彼女がハルバードを構えた時にはもう、その背筋には力強さが戻っていた。
対するモンストラムが咆哮を上げる、その体に這い回る管から緑に発光する蒸気を噴き上げ、巨体を震わせて突進した。
白の魔導アーマーと黒のアーマギアが左右それぞれに飛び退る、怪物の振り下ろした野太い腕が路面を砕きアスファルトの破片を跳ね飛ばした。
フェリックスが左からライフルを撃つ、撃発された魔導エネルギーの収束弾が、モンストラムの甲殻のような体表で爆発、その巨躯が僅かにたじろいだところへ、ヘレーネがハルバードを振りかぶって肉薄し、頭部目がけてフルスイング。
斬撃と言うよりも殴打に近い勢いで、怪物の頭が揺れた。
さらにそこへ軍務の魔導アーマー部隊によるグレネード砲撃。
しぶく雨の中に炎が燃え上がり、黒煙と硝煙、蒸気が立ち込め、モンストラムの巨大な影が踊る。
フェリックスが銃の機関部を折った、銃腔から高圧の熱を排出し、再びフレームを閉じて撃発、紫の閃光が爆ぜる。
彼の持つライフル、1.10口径重魔導エネルギー砲フォルシュトレッカーは、魔導エネルギーを弾丸として撃ち出す機械の銃だ、銃腔内で魔導エネルギーに圧力をかけ鋭く発射するのだが、内部が極高温になるため、ブレイクアクションでその熱を排出しなければならない。
振り上げられたモンストラムの腕がしなる、叩きつけられる前腕をヘレーネが引き付けて回避、側面からフェリックスの照準するフォルシュトレッカーの、28ミリの銃口が光を放つ。
咆哮が大気を揺るがす、めちゃくちゃに暴れ回る怪物の魔手を掻い潜って、ハルバードの刃と魔導エネルギーの弾頭が、しぶく雨の中に光跡を描き出す。
アーマギアもその戦力に加えた事で、被害の拡大から街を守る事はできているが、モンストラムの堅牢な外殻を突破する決め手には欠けていた。
そう思っていたタイミングで、ちょうどフェリックスから通信が入った。
『Licht、出力が足りない。もっと威力を上げられるか』
「それは僕じゃなくてフォルシュトレッカー次第だね」
『過熱は止むを得ない、やるぞ』
「了解、ダーリン」
そう答えたクラーラの瞳に、紫の光が灯る、手の甲のブローチがいっそう輝きを放って、フェリックスの握る機械の銃、そのパーツの合わせ目を、光が走った。
『離れろ、将軍!』
『!』
咄嗟にヘレーネが退いて、射線を譲る。
バレルを覆うハンドガードの外装板が開き、露わになった内部機構が唸るような駆動音と共に紫色の電光を散らして、数瞬の充填。
限界まで圧縮し収束させた魔導エネルギーの弾丸が、その銃口から迸った。
「……ッ!」
腹に響くような銃声、フォルシュトレッカーがフェリックスの腕の中で跳ね上がった。
光速で射出される弾頭はその反動の強さ故に精度にやや欠ける、モンストラムを掠めた巨大な光の槍は、その甲殻を僅かに融解させながら暗澹とした空に一条の光となって吸い込まれ、その軌道に淡い残光が瞬いた。
「もっと近づいて、Nacht!」
『……そうする必要があるな』
フェリックスがフォルシュトレッカーを折る、排出される熱が雨を蒸気に変える音が耳に届いた。
そして、今の一撃によってモンストラムは完全に激昂状態となって暴れ始めた。
いっそう猛々しい雄叫びと共に、体中の管から緑の蒸気を噴き上げる。
振り回す腕に捉えられた装甲車が宙を舞い、高架から転げ落ち、吹き飛ばされてビルに突き刺さる。
『退避を優先しろ!もはや携帯火器でどうにかなる相手ではないぞ』
ヘレーネの指示で魔導アーマーの部隊がモンストラムから距離を取り始める。
しかし、ヘレーネ自身は退く事なく果敢に攻め込んでいった。
怪物の腕を掻い潜り、注意を引きつけ、斬撃を繰り出し、フェリックスに撃たせる隙を作り出す。
フォルシュトレッカーのオーバーチャージ弾は強力だが、命中精度の他に難点を挙げるとするなら連射ができない事だ。
魔導弾の激発に耐え得るよう堅牢に設計されているために冷却効率が絶望的であり、立て続けに撃てば、銃腔が熱で歪み、異常腔圧によるバレルバーストを引き起こしかねない。
再び紫の光線、モンストラムの右肩を抉る。
ブレイクアクション、排熱。
銃口側を水平に戻しながら怪物の攻撃を躱すフェリックスと入れ替わるように、ヘレーネが斬り込む。
「フェリックス、もっと出力を上げる!」
『銃身が持たないぞ』
「だから外さないで!」
叫んで、集中。
クラーラの足元に魔導陣が現れ、光が湧き上がる。
ハンドガードを開いて充填を始めるフォルシュトレッカーに、攻撃の気配を察知したモンストラムが緑の蒸気を上げながら吠えた。
大気中に放出されたその濃い霧の中に、燃焼するような黄色い発光現象が混ざって見えた刹那、フェリックスへ意識を向けるクラーラの頭の中に、ノイズの走るような感覚が訪れる。
「な、なに……っ?」
『どうした、クラーラ!』
チャージが僅かに遅れた、フォルシュトレッカーが撃発するよりも早く、モンストラムがフェリックスへと迫り、拳骨を振り下す。
バックステップで回避、続け様の一撃も躱して、振り下ろした怪物の腕を足場に黒と紫のアーマギアが跳躍する。
もう一度集中するクラーラ、空中でフェリックスが照準を合わせ、電光を滾らせる機械銃の外装が、パーツの継ぎ目に沿って次々スライドしながら展開、迫り出すように銃身が拡張して、その砲口からエネルギーの奔流が放たれた。
轟音と閃光。
雨音すら消し去る一撃が高架ごと撃ち抜き、激震が走ってアスファルトとコンクリートが崩れ落ちる。
しかし、モンストラムはその一撃を間一髪で躱した。
いや、正確には脇腹を持っていったのだが、ぎりぎりでモンストラムが身を捩った事で致命的とはならなかった。
怪物が絶叫を上げる、フェリックスとヘレーネに背を向け、抉れた脇腹から緑色の煙を上げながら道を塞ぐ装甲車を蹴飛ばし、その場を逃げ去るように走り出した。
「くそっ!」
『見かけによらずすばしっこい化け物だ。銃身が持たない、後一発だぞ、クラーラ!』
「分かってる、とにかく追いかけて!」
そう叫んで、怪物を追ってクラーラもビルの屋上を駆け出す。
先ほど集中を阻まれたのが何だったのか、考える暇もない。
胸ポケットにしまったスチールケースが、熱を持ち始めていることにクラーラは気づかなかった。
視界にモンストラムの影を捉えながら、雨の水溜りを踏み越え、屋根を飛び、ダクトを潜り抜ける。
「早い……っ!」
怪物の足力は圧倒的だ、後ろを追い駆けるフェリックスとヘレーネとの差は開くばかり。
だが、アーマギアなら出力次第で追いつける。
フェリックスへ意識を向けながら、クラーラが腰に差したワイヤーガンに手を伸ばした、その時だった。
フェリックス達がモンストラムを追う高架道路、その後ろから、赤い稲妻が猛スピードでふたりを追い越していった。
『なんだ!』
フェリックスの声、クラーラも思わず足を止めた。
赤い閃光がアスファルトを蹴り上げて跳躍する、ビルの屋上に立つクラーラの目線よりも更に高く飛び上がると、そのままモンストラムの背を越え、その正面へと躍り出た。
「あれは……!」
それは、深紅のアーマギア。
装甲の合わせ目から鮮烈な赤い光を溢れさせるその体を思い切り振りかぶって、迫り来る怪物を前に、紅の炎の噴き出す右腕を打ち出した。
そして___
「!」
衝撃。
深紅のアーマギアが突き上げた拳に、怪物の巨体が雨粒を散らして浮き上がった。
そのまま仰向けに数メートル滑っていく、体を起こしたモンストラムは緑の蒸気を体から噴き上げながら、憤怒を湛える咆哮を轟かせた。
その怒号を正面から受け止める深紅のアーマギア、腕の装甲から立ち上る魔導エネルギーが、陽炎のようにその姿を揺らめかせる。
「遅くなりましたわ、道が混んでいましたの」
聞き覚えのある女の声が、そう言った。
まるで、招待をもらったソワレにでも遅れて来たかのような、軽やかな声音だった。
しかし、彼女が身に纏うのは華やかなドレスでもテーラードのパンツスーツでもない。
雨の滴る深い紅の甲冑を着こなすその女性___リディアは、拳を構え、フルフェイス・シールドの向こうから怪物を鋭く睨んだ。




