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第11話:祖母の忠告 / Der Rat der Großmutter


リヒターハーフェン、モントリヒト家邸宅。


クラーラは、祖母イェニファーの書斎の前にいた。


「待っていればいいか?」


隣のフェリックスが、ダークスーツの袖を伸ばしながら尋ねた。


「うん、そうだね」


ダブルドアの取手を押す、カクテルドレスの裾を揺らして、クラーラは中へ入った。


「お呼びかな、おばあ様」


重厚なオーク材の書棚が壁際に並ぶ、薄暗い室内。

奥のブラインドから差し込む首都の明かりが、デスクに座るその人物の姿をぼんやりと浮かび上がらせていた。


色素の薄い金色のミディアムを全て後ろへ流した、婦人服の女性。

先代モントリヒト伯爵令夫人、イェニファー=フォン=モントリヒトだ。


「いらっしゃい、クラーラ」


眼鏡の向こうから孫娘へ瞳を向けるイェニファー、ジャケットの胸元で、もう使われることのないブローチが、窓の光を細く反射した。


クラーラは書斎机の前まで歩いた。


「ご用件は?」

「相変わらず、せっかちな孫ね。少しは四方山(よもやま)話でもして祖母を楽しませようとか思わないのかい」


イェニファーはそう言ってため息をつくと、革張りのリクライニングチェアに背中を預け、ブラインドから覗くリヒターハーフェンの夜へ体を向けた。


「お前のフィアンセは?」

「外で待ってる」

「そう。よろしくやってるならいい。向こうの家にも、ちゃんと顔を出しておやりなさい」

「そんな話のために、僕が呼ばれたわけじゃないだろう?おばあ様」


そう尋ねると、イェニファーは視線だけ一度クラーラへ向け、また窓の向こうへ戻す。


「お前……まだ怪盗業を続けてるのかい」

「もちろんさ。公国の貴族すべてが腐っているわけじゃない、むしろ、そういう連中は少数。だからこそ___」

「だからこそ、暁の裁きを下す……なんだって私に似てしまったんだろうね。お前の母親なんて、正義感の()の字も知らん娘だったと言うのに」


イェニファーは眼鏡を取って、目頭を揉んだ。


「あれこれ口を出されるのが、お前の性分に合わないのは知っているけれどね、クラーラ」


再び眼鏡をかけると、椅子を回して孫娘へと視線を真っ直ぐに向ける。

祖母の瞳には、薄闇に漂う微かな光が揺れていた。


「私が、正義を口にして走り回っていたのはお前と同じくらいの歳だ。だがね、」

「お説教なら聞き飽きてるよ、おばあ様」

「話は最後まで聞くもんだ。私の言いたいのは、お前の立っている場所からでは見えない闇があるってことだよ。公国に這いずる影は、ずっと深くて、大きい」


そう言って、イェニファーはデスクの引き出しからファイルを取り出した。

クラーラに差し出し、読め、と目で促す。


「……Monstrum(モンストラム)?」


開いたファイル、綴じられた用紙に書かれた文字をクラーラはそのまま口にした。


「今、元老院を悩ませている怪物だ」

「怪物だって?」

「近頃、港湾で事件が起きたのはお前も知っているだろう?」

「うん」

「そこに書かれているのは、情報局と警務局が出し惜しんでる、その事件の犯人についてだよ。ちょっとした……昔の知り合いから、回してもらったんだがね」


おそらく、怪盗業時代の仲間のことだろう。

イェニファーが当時、いったいどのような繋がりを構築していたのか、それはクラーラも含めて誰も知らない。

調べても、当時のコネクションを裏付けるような手掛かりは何一つ見つからなかった。


しかしそれはまだ活きているようだ、そして、元老院レベルで秘匿された情報をこうして入手できるほど、高度だ。


数ページほどのファイルの中身に、さっと目を通す。


警務局から元老院へ提出された報告書の抜粋、事件担当の刑事警務官クリミナル・ポリツァイには、ミア=リリエンタールの名があり、副総監であるレナード=リリエンタールの署名が最後にあった。


その他にも、魔導義装(オーグメンテーション)や、帝国でのトラッキング、被害者の帝国難民男性など、幾つか目を引く言葉が並んでいる。


「帝国は、随分と物騒な代物を送りつけてくれたようじゃないか。偽ブランド品のほうが、まだマシに思えてくる」

「帝国がなんのつもりでそんなものを作っているのか、私はそんな事知らないし知りたくもない。ただ問題なのは……そいつを招き入れた裏切り者が、公国(身内)にいるということだ」


イェニファーは腕を組んで、背もたれに深く体を預ける。


使い込んだ椅子の軋みが、嫌に耳障りだった。


「……そういう連中のために、〈暁の正義〉が存在するのさ」

「言うと思ったよ。いいかい、クラーラ。そういう奴らはお前なんかよりずっと狡猾で残忍だ」

「手を出すなって言いたいのかい」

「聞きやしないだろうがね。経験上、そういう手合いはたかが怪盗には手に余る巨悪だ」

「だから公爵(グランド・デューク)の地位が僕には必要なんだ。公国の秩序と信念に背く薄汚い連中を、残らず締め出すために」

「はぁ……熟熟(つくづく)、私の若い頃に似てきたね。大公戦だって勝手に出るのを決めて……」


年齢の刻まれた目元の皺をいっそう深くして、イェニファーは項垂れた。


「話はこれだけ?」

「ああ。そいつは持って行くといい」


ファイルをポーチに差し込んで、クラーラは踵を返す。


「クラーラ」


ドアハンドルに手をかけたところで、イェニファーに呼び止められた。


「なんだい」

「お前の身に何かあったら、私はお前の両親に合わせる顔がない。分かってるね」

「大丈夫だよ、フェリックスもいるんだ」

「そうかい」


書斎を後にする、すぐそこで壁にもたれていたフェリックスが声をかけた。


「いいのか」

「うん。あとこれ」

「なんだ」


イェニファーからもらったファイルをフェリックスへ渡す。


歩きながら目を通す彼は、クラーラへ尋ねた。


「こいつに手を出すつもりか?」

「まさか。怪物退治は怪盗の仕事じゃない。まずは、今夜の仕事を片付けよう」

「……了解」


ファイルを閉じて、フェリックスがクラーラへ返す。


足早に邸宅を外へと向かうふたりの靴音が、長い廊下の暗闇へと吸い込まれていった。




リヒターハーフェン___第四区街、21時58分


巡回中だったミアのパトカーに通報の連絡が入ったのは、つい先程だった。

リナリーと共に急行したミアは、通報者だと言う女性から聞き取りを行なっていた。


路地の奥に黒っぽい大きな影を目撃したそうで、女性が言うには、到底、人間には見えなかったらしい。


エリックから、被害者タイラーの足取りが掴めたと報告があったのは、そんな折だった。


「つまり……被害者はあのコンテナを開ける目的で現場にいたということ?」


聴取をリナリーに任せ、車内の無線機でエリックの報告を確認するミア、開けた助手席のドアからリナリーの様子に目を向けつつ、無線機独特の噛み合うような雑音の間から聞こえる彼の話に、耳を傾ける。


『どうやら、そのようです。ただの被害者ではなかったという警務補の読みは、当たってたってことです』


しかしそれが意味するところとは、ご丁寧に難民申請までしてこの国へやって来たタイラーが、帝国の工作員だったという事だ。


『警務補。この件、かなりきな臭いですよ』

「そうね、鼻が曲がりそうなほど」

『そっちはどうですか』

「通報があって……リナリーと聞き取りしているところよ。黒い大きな影を見たって」

『ついに、怪物が尻尾を出したと?』

「でしょうね。巡査部長、今すぐ統括局へ連絡して、SEK(ゼック)を総動員するよう伝えて。私の名前を出せば、副総監にすぐ繋いでくれるはずよ」

『……了解です。通信終わります』


僅かなノイズを残して、通信が途切れる。


ミアはハンドマイクを戻すと、助手席から体を出した。

そこへ、聞き取りを終えたリナリーが戻ってくる。


「警務補」

「ありがとう、リナリー。彼女は何て?」

「ワンブロック手前の路地だそうです、通りを歩いていたら見えたと。目撃したと言う大きな影は、そのまま路地の奥へと消えたそうです。念のため、女性の身元は控えています」


一通り報告を終え、リナリーは警務服の胸ポケットへメモ帳をしまった。


「巡査部長からの連絡は……」

「被害者の足取りが掴めたそうよ。でも今は、事件の真相よりもようやく現れた犯人をこのまま逃さないことが優先ね。SEKの増員要請をエリックに頼んだから、私たちは目撃現場付近で待機、合流するわ」

「了解です」


車内へ戻るミア、運転席に乗り込んだリナリーがパトカーを発進させる。


長く、不穏な夜になる予感が胸に渦巻き始めていた。




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