第8話:秘められた出力 / Das verborgene Potenzial
試験エリアに出来上がった滑走路。
その一周、約400メートル。
一般的な陸上競技施設のトラックを想定して作られており、魔導アーマーは、この上を走るという至ってシンプルな運動をこなすことで理論的な出力の数値化を図る。
持続時間、最高速度、それに伴う着用者の疲労度など、全てをビジュアライズし、公国を守る軍務士官ひとりひとりの命を預かる装備として、緻密な調整を重ねていく。
だが、今日このエリアを使うのは、その完全なる上位互換とも言えるアーマギアだ。
ハンスは手元のパネルに目を見開き、額から汗を流す。
測定を開始してから数分も経たないが、猛スピードで駆ける深紅のアーマギアは、既に滑走路を十周以上しており、その速度はさらに伸びつつある。
「驚異的だ……」
単純な測定故に得られたその結果は比較材料にできるが、しかしだからこそ、アーマギアという、公国の神秘と魔導科学が融合した兵装をして、汎用装備と比べる事が実に莫迦らしく思えてくる。
興奮と、畏怖。
数値の上昇していく様をつぶさに見届けながら、ハンスは自身の体温すら高まっていくのを感じた。
深紅のアーマギアが駆ける。
実験エリアの滑走路は、目測でトラック一周分程だろう、最初こそ軽く流す程度に走り出したリディアだったが、今はそのトップスピードを更新し続けている。
真っ白な空間に、柔靭な深紅の躯体が四肢を振って走り行く様は綺麗だった。
「すごい……!」
ニーナはまだ疲労を感じていない、むしろ、運動を始めて程よく体が温まってきた時のような、心地よい熱が全身に込み上げてくる。
そしてそれはリディアも同じだ、アーマギアを通して伝わる彼女の鼓動は力強く、エネルギーに溢れている。
もう少し力を込めてみる。
闇雲に力を送るのではく、走路を蹴り前へとリディアの体を押し出すその脚部に、意識を集中させる。
また少しリディアが速くなった、彼女のリズムを読み違えれば力が強くなり過ぎて転倒させかねない、一息には上げず、慎重に力を送る量を見極めていく。
装甲の継ぎ目のような微細な隙間から赤い光が漏れ出して、稲妻のような軌跡を白い空間に描きながら、アウトバーンを走る車よりも疾くリディアが駆ける。
その隣を、自分も併走しているような感覚だ。
初めて、〈エレナント〉の力を使うことを楽しいと感じられた。
光が強くなる、リディアが加速する。
互いの鼓動が共に高鳴り、昇り詰めるような高揚感が胸に込み上げてくる。
『じ……充分なデータを得られました!次の測定課題へ移ります』
少し動揺した様子で、ハンスがスピーカーから呼びかけた。
咄嗟に、リディアが体を後ろへ引くように片足を前へ踏み出し、急ブレーキ。
その脚へニーナが力を込めて制動する。
滑走路に踵が食い込んで火花が迸る、壁材の鉄の抉れる音が甲高く響き渡った。
数十メートル程そのままスライドして、ようやくリディアが止まる。
「リディアさん」
「アップには充分でしたわね」
戻ってきた彼女が、フルフェイス・シールドの向こうからそう言った。
『続いてはパンチ力テストです、床が動きますので、お二方はその場を動かれませんよう』
「……床が動く?」
思わずきょとんとするニーナ。
ブザーがまた鳴り響いて、黄色い警告灯が回り始める。
すると今度は、床の直線的な合わせ目が割れるように開いて、中から、円筒形を横にしたような巨大な装置が迫り上がって来た。
装置を固定する音と振動が床下から伝わり、次いで、その装置からタラップが降りてくる。
「随分と大がかりな代物ですわね」
リディアが呟いた。
円筒を成すアーチの中は空洞になっており、その中には丸い大きな円盤が浮いていて、正面にはタラップを伸ばすステージがある。
『お上がりください』
促され、リディアはそのタラップに足を乗せて上がっていった。
『簡単に説明します。その装置は、魔導エネルギーを使って円筒内に特殊な電磁力を発生させ、円盤を浮遊させております。円盤の加わった衝撃に対し即座に反発し、それに伴うエネルギー量から、今回についてはアーマギアのパンチ力を測定するものです』
「普段はどのように?」
ステージに立つリディアが、アーマギアに覆われた肩を回して尋ねた。
『魔導アーマーの最大出力の測定に使用します、もっぱら、殴るのではなくそれを押すことで測定しておりますが』
上階の窓に映るハンスがまた手元のパネルを操作する。
装置の電装系に光が灯り、いかにも機械的な駆動音を響かせた。
『気の済むまで拳を打ち付けて頂いて結構です。おふたりの負担のない範囲が条件ですが、本気を出して頂いても構いません』
ハンスの口にした本気という言葉に、リディアが僅かに反応したのが伝わってきた。
「ほんき……本気」
リディアがこちらを振り返ったので、頷き返す。
再び浮遊した円盤へ向き直ったリディアは、腰を落として拳を構え、打ち出した。
反響する金属音が鼓膜を揺らす、円盤はびくともしない。
反対の拳を打ち出す、足を入れ替え、さらに反対。
拳がリズムを奏で始める、入れ替える足がステップを踏む。
トレーニングルームでサンドバッグ打ちをするリディアの動き、そのままだった。
両の拳がワンツーを刻む、ステップ、ワンツー、ステップ。
円盤を叩く音が次第に大きくなる、打ち出す拳にニーナが意識を向ける。
腹に響くような音、円盤が僅かに奥へ沈んだ。
反対からさらにリディアが拳を打ち付ける。
彼女のトレーニングをいつも間近で見ているから分かる、最終的にいつも、リディアはサンドバッグが宙返りするほどの一撃を叩き込むのだ。
拳のリズムが早くなる、そろそろだ、ニーナは手のひらに拳を握った、その瞳に赤い光が灯る。
掲げたリディアの腕に光が走る、装甲が開いて、魔導エネルギーを噴き出す一撃が、円盤を打ち鳴らした。
空気の振動が肌へ伝わる、振り抜いた拳が、電磁力の壁を大きく沈ませた。
そこから、戻ってきた円盤へと怒涛のラッシュ、左右交互へ重心を入れ替えるように体を揺らしながら、拳の刻む四分の三拍子が空間を震わせる。
そして___
(いまだっ)
一際大きくリディアが上体を振りかぶった。
引き絞ったその拳に力を注ぎ込むように集中、拳から前腕を覆う装甲が瞬く間に変形し、頑強なガントレットとなる。
その本気の鉄拳を、リディアは全力で振り抜いた。
「っ!」
劈くような金属の絶叫、一瞬、空間そのものが大きく波打ったように感じた。
円盤は電磁力によるクッションを突き破るような勢いで沈み込み、危うく円筒の外へ放り出される寸前まで後退。
そして装置は、完全にショートした。
「あ……」
くぐもった低い機械音を漏らして、文字通り音を上げた装置の中で、ひしゃげた円盤が転がる。
『……』
スピーカーからハンスの沈黙が聞こえた、想定外の結果だったようだ。
「えっと……」
「あら、見た目のわりには貧弱なサンドバッグでしたわね」
『し、少々お待ちください、データのほうは……良かった、取得できている……こ、この数値は___っ!?』
上階の窓に見えるハンスの姿が、少し慌てていた。
彼の他の研究員も、その後ろで騒々しくなる。
「?」
リディアへ視線を移す、彼女は肩を竦めてその腕の装甲を元に戻すと、そのままタラップを降りてきた。
「しかし、ニーナさん。容易く力を扱えるようになりましたわね」
「えっ?」
言われて、ようやく違和感に気づく。
胸の動悸と微かな疲労を感じるが、それは以前とは比べものにならないほど軽微だ。
「あれ、どうして……?」
理由を説明できなかった、やろうと思ってできてしまった、ただそれだけのことだ。
「リディアさん……」
「派閥長戦を通して、多くの闘いを乗り越えて来たんですもの。〈エレナント〉の力が、本当の意味で花開いた、そういうことかもしれませんわね」
そう言って、リディアはアーマギアに包まれた手のひらをニーナの肩に乗せる。
「それに、ニーナさんはトレーニングにもしっかりと向き合っている、その成果と考えましょう」
今こうしている限りでは、自分の体調に大きな変化は感じない。
過負荷は若い〈エレナント〉にありがちな症状だとクラウディア医師から説明を受けたが、リディアの言う通りならば、こうして力のコントロールが楽になったのは確かに、自身が成長したからと言えるのかもしれない。
そう思うと、気持ちが前に向く気がした。
「はい!」
ニーナの返事にリディアが頷いた。
『……失礼しました。それでは、最後の測定課題を始めます』
ハンスの声が聞こえ、装置が床下へと戻っていく。
「さあ、次は何が出てくるのかしら」
『続いては、ちょっとした実戦演習でございます』
「実戦……?」
首を傾げるニーナ、すると突然、目の前の光景がリヒターハーフェンの市街地に変化する。
「え!?」
「これは……」
リディアも驚いて周囲を見渡した、まるで空間を飛び越えたかのような錯覚に陥るが、目を凝らすと、風景は僅かに揺れていて、街の様子も、似ているようで首都のどことも異なっているのが、見て取れた。
『特殊な光学技術で再現した仮想風景です。将来的には、実戦を再現可能な訓練設備として軍務局へ提供する予定ですが、まだ開発中のもののため細かい部分には何卒ご容赦を』
ハンスがそう説明する、言っていることの半分もニーナには理解できなかったが、とにかくすごい技術というのは分かった。
仮想風景上では、ハンスのいる窓辺はビルの二階になっていた。
彼がまた手元で操作すると、空間の映像が歪んで、そこに、魔導アーマーで武装した集団が現れた。
その姿はちょうど、この技術局局舎ビルの前にいた軍務局の魔導アーマーによく似ていたが、これもあくまで再現なのだろう。
『発砲の演出はございますが、実際に被弾するわけではありませんのご安心ください。……アーマギアでしたら、仮に実弾であっても問題ないでしょうが。それでは最後の測定課題です、魔導アーマーで武装した一個小隊の殲滅。被弾数や、被験者のストレスを測定するのですが、いずれも不要でしょう。好きに暴れていただいて構いません』
「暴れるなんて人聞き悪いですわ。一人残らず華麗に叩き伏せて差し上げます」
リディアが振り返る、その視線に頷き返すと、彼女は石火の如く飛び出した。
『補足しますと、映像の中の部隊のフォーメーションについてはヘレーネ閣下にご監修いただいて、再現しております』
ヘレーネの名が出ては、むしろリディアを焚きつけるようなものだ。
魔導アーマーの部隊が素早く陣形を展開し、突進してくる標的へと銃口を向ける。
実戦など知りようもないニーナでさえ、その動きが訓練され効率化されたものだと一目で分かる動きだった。
無数の銃口が火を噴く、放たれる実態のない弾丸のほとんどがリディアにぶつかるが、そのまま光の粒子となって砕けた。
魔導アーマーであれば、弾丸の一発ですらその被弾を最小限にすべき機動を求められるのだろうが、アーマギアの装甲の前では無意味だ。
一息で距離を詰めたリディアが手近な相手に拳を振り下ろす、側頭をブローで抉られた仮想の兵士はブロック状のノイズになって崩れ去った。
魔導アーマーの部隊はすぐさま左右、後方へ散開、距離を取りながらリディアを囲うように広がりつつ、再び銃撃を始める。
「手応えがないのが、何とも言えませんわね」
そうリディアが呟いたのが聞こえた気がするが、銃声の中に搔き消えた。
再び深紅のアーマギアが踏み出す、振り抜く拳がひとり、またひとりと敵を薙ぎ倒していく。
あっという間に部隊のほとんどを壊滅させてしまった。
「これで終わりかしら」
最後のひとりがブロックノイズになって崩れ落ちる。
最終課題、しかも、ヘレーネの名を出されたというのに、彼女の所感は肩透かしといった様子だ。
ただ、ニーナからすれば、例え仮想であったとしても訓練された数十もの敵を苦も無く片づけてしまうリディアに、驚きを隠せなかった。
ハンスの用意した課題も終わりかと思った直後、投影された街の上空から、白い雷霆が落下してきた。
「!」
咄嗟にリディアが身構える。
そこに現れたのは、一角を有する白の魔導アーマー。
まさに白雷とうりふたつの敵だった。
「本命のお出ましですわね!」
弾かれるようにリディアが駆け出す、相手の持つ得物までヘレーネと同じだ。
距離を詰めるリディアから身を引きながら、長大なハルバードを振り払う。
所詮は映像、その刃に捉えられたところで何のダメージにもなり得はしない。
だが、自身の師を模したその幻影を前にして、リディアは回避を選んだ。
上体を沈ませ、ハルバードを紙一重で回避、足を踏み出して、突き上げるようなブローを打ち出す。
白い魔導アーマーが、後ずさった姿勢から身を捩って拳を躱す。
ヘレーネをモデルにしているならば、その動きは確かに本物に追随するものがある、他の魔導アーマーの兵士たちには組み込まれていなかった身のこなしだ。
ヘレーネの幻影が踏み出し、ハルバードを振り下ろす。
リディアがスウェー、彼女の打ち出すカウンターフックを、映像体がハルバードを引きながらダッキング。
そこから、鋭い刺突が繰り出される。
閃光が三回。
再現されたリヒターハーフェンのビル群の光に、迸るハルバードの切先が煌めく。
いずれも回避してリディアがバックステップ、踏み出すアーマギアの脚にニーナが力を込め、彼女の動きが一段、疾くなる。
拳を打ち出す、躱される、ハルバードが迫る、回避、カウンター。
実態を持たない相手に、その攻撃を弾くという防御は成立しない。
今までの闘いにおいては敢えて一撃を受けて反撃に転じるという場面も少なくなかった、しかしここで必要なのは、とにかく避けることだ。
だが、模倣であれ白雷を相手にその鋭い攻撃全てを躱すことは、決して容易ではない、致命的でなくとも、既に相手の得物は何度かアーマギアを掠め、刃がノイズを伴って通り抜けている。
(まだ、足りない……!)
リディアの反応が遅いわけではない、彼女の反射速度に、アーマギアが追いついていない。
ニーナの瞳が輝きを放つ、深紅の装甲全体に光が走って、アーマギアの動きが更に加速した。
彼女の腕の装甲が開く、噴き上がる魔導エネルギーが推進剤となって拳を押し出し、ついに白い魔導アーマーの胴体を捉える。
映像にノイズが走った、だがまだ崩れない。
動きだけでなく、ヒットポイントまで格上仕様という事だ。
白い幻影は一瞬動きを鈍らせたが、またすぐにハルバードを振り払った。
飛び上がって回避、深紅のアーマギアの肢体が宙に踊る、着地を狙う一撃と同時に、上体をスライドさせながらカウンターのストレート、拳が相手の頭部を貫く。
闘志、高揚。
思った通りに体が動くことへの興奮。
アーマギアを通して胸に伝わるリディアの高鳴りが、ニーナの力をさらに引き出す。
リディアの右の前腕がガントレットへ変形、赤いエネルギーを滾らせ、空間ごと抉り取るようなブローが白雷の投影を文字通り粉々に打ち砕いた。
首都の映像全体が大きく揺らめき、その中心で、ブロック状に砕けた純白の魔導アーマーが崩れ落ちる。
映像が暗転、実験エリアの白い壁面に戻ると、ハンスの声が聞こえた。
『お見事でした……ヴァルクライネ嬢、リリエンタール嬢。ご提供頂いたデータについては、貴重な研究資産として、公国のために活用させて頂きます』
彼がそう言って、奥の扉が開いた。
リディアのアーマギアを解除する、前髪は汗に濡れて、ブラトップから覗くデコルテも、艶やかな光沢を帯びていた。
「おばさまから伝言ですわ、ハンスさん」
軽く伸びをしながら、リディアが上階の窓に見えるハンスを見上げて声をかける。
「私の拳に耐えられる魔導アーマーが必要だ、だそうですわ」
『……ぜ、善処させて頂きます。ささやかですが、ドリンクの引換券をお礼としてご用意しております、よろしければ、フードコートでご利用になってお帰りください』
願ってもないことだ。
「では、一杯いただいて帰りましょうか、ニーナさん」
「はいっ」
「こういうトレーニングも悪くありませんわね。欲を言えば、本物のおばさまを相手にしたかったですが」
リディアは口角を緩めて肩を竦めた。
帰り際、なんとなく振り返って見上げた窓際のハンスは、今回取得したデータの精査にさっそく取り組んでいるらしかった。
遠くてよく見えなかったが、彼の愛嬌のある顔はどこか、神妙さを帯びて見えた。




